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  メスと珈琲 作者:GFJ
第13話 疑惑
 旅行二日目。小雨。
 本当は昨日のうちに京都に行く予定だったんだけど、急遽変更して、地中海病院近くのビジネスホテルに泊った。病院内のレストランで食事をした後、ふと、池を見ていないことに気づいたのだ。そう、地中海病院のシンボルの池。食事を済ませたら薄暗くなっていて、池を見に行く気になれなかった。いきなり、マスターを知る師長さんに捕まるなんて考えてもいなかったから、『ちゃらんぽらん旅行』のはずが、いきなり『ドキドキ旅行』になってしまっていた。
 ビジネスホテルでの500円の朝食を取った。トーストと温泉卵とサラダと飲み物。朝食を済ませて、私は一旦部屋に戻った。あんまり居心地のいいホテルじゃなかったけど、外の雨に出かける気力を失いつつ、私はベッドに仰向けになると、ぼんやり考え事に耽った。

 モロオカコウイチは、ここ地中海病院に勤務していた。手術が上手かったというから外科系の医師。地中海病院事件に何らかの形で関与していて、それが、この病院を辞めた理由。そして、医療ミス、患者死亡、カルテ改竄、これが当時のニュースを見ていた母親の地中海病院事件に関する記憶。
 しかし、小柳師長の話を聞いていると、どうもモロオカ医師を慕っている雰囲気があった。いや、確かにそうだ。仮に、モロオカ医師がひどい医師だったならば、小柳師長が私にあそこまで親切にすることはなかっただろう。不審者を見る眼が、「モロオカ先生」の言葉を聞いた途端に、とても親切になった。
 では、一体、どういう形で関与したと言うのだろう。ミスの当事者じゃなかったのだろうか。私は、ますます、頭が混乱してきた。

 そろそろ、池を見に行こう。そして、京都へ出発だ。小雨の京都も風情があっていいじゃない? 私は、荷物をまとめると、チェックアウトをしようとフロントに下りた。
「おはようございます。チェックアウトお願いします」
 フロントではめがねをかけた、60過ぎのおじさんが座っていた。
「おはようございます。よくお休みになれたでしょうか?」
「ええ。お陰様で。」
 私は財布を取り出すためウエストポーチをまさぐった。
「こんなビジネスホテルしかなくて、お嬢さんみたいな人には申し訳なかったですね。これでも、昔は、あと2件、小さなホテルがあったんですよ。」
「へえ。そうなんですか」
 他愛もない世間話だと思った。軽く受け流しつつ財布を出した。
「地中海病院事件があってから、2件とも潰れてしまいましてね」
 え? 一瞬、聞き間違いかと思った。
「地中海病院事件? 地中海病院事件で、何でホテルが潰れるんですか?」
「あそこに手の手術で有名な先生がいてね、全国から患者さんが来られていた。何でも、手の手術は特殊らしいね、よく知らないけどね。患者さんの家族が泊ったり、手術の前後に泊る宿泊施設として利用されていたんだよ」
 マスターのことだ。マスターは手の手術を専門にしていたんだ。

「ところが、その先生が逮捕された」
 え??
 私は急にドキドキしてきた。本当にマスターのことなんだろうか?
「あの……その先生の名前は、もしかしてモロオカ先生ですか?」
 答えを聞くのが正直恐ろしかった。フロントのおじさんはしばらく考えてから、
「あぁ、確かそんな名前だったねえ」
 私の心臓は自己主張を強めていった。私の身体の中で確かな存在として過剰なまでの役割を果たしている。マスターが逮捕?
「人間は分からないものだねぇ。どんなに立派な先生でも、裏でどんな悪いことをしているかわかりゃしない。手術がうまいと騒がれて傲慢になっちまったのかねえ。いやあ、病院は怖いと思ったさ。それより、こっちまで手痛い仕打ちを食らっちまったよ、収入激減でさ。ああ、いけない、愚痴になってしまったね。ええっと、6500円お願いします」
 私は、昨日の師長の言葉で、マスターがそれなりの人物だったことを知り、嬉しかった。マスターは、やっぱりマスターで、医師をしていた時から何も変わっていないんだと感じていた。ところが、どうだ。今日は、逮捕された医師、という情報。いや、めがねおじさんは、確実にその先生の名前を覚えていたわけではない。人違いかもしれない。逮捕されたのは他の医師で、そこにマスターが何らかの形で関与していたに違いない。

「あのー、お客さん。大丈夫ですか?」
 めがねおじさんの言葉にハッと我に返る。
「ああ、すみません。6500円ですね」
 私は一万円札を出し、お釣りを受け取ると、ぼーっとしたまま、ビジネスホテルを後にした。


すっかり寒くなりました。私はストーブを出しました。部屋が暖かくなるのと同時に、ストーブの意外な使い方を見出して、一人喜んでいます。

コーヒー焙煎の最初の段階をこれで済ませるのです。
通常、10分くらい遠火で煎るのですが、それをストーブの上に置いておきます。時々揺すりながら20分かけてじっくり焙煎します。その後、一旦、シルバースキンを飛ばしてから、ガスの近火で焙煎すると5分程度で出来上がります。

20分間、間断なく腕を動かし続けるのは結構大変で、ストーブを利用してみて、ニンマリ笑っている私です。
味も申し分ありません。


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