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第2章−10.路地にて
 その日の夕方、三月と左田は市内で一番大きい繁華街から一歩入った路地にいた。

中央通りから道一つ離れているとは言え、さすが繁華街だけあって店も多い。ただ、平日の昼間という時間帯のせいか、人通りはやや少なかった。そして、問題の場所はそんな路地の端っこにあった。
 

 そこは確かに三月も左田と同じ予備校に面した道だった。


 実際、今日もさっきから予備校の中へ消えて行く学生を何回も見掛けている。一歩道を出れば車が激しく行き交う国道なのだが、なるほど、こちら側は一角を予備校の建物がすべて占めているせいか、予備校の開く直前や終了直後、或いは時限の切れ目などとにかく生徒が出入りするごく限られた時間帯以外は人通りは皆無だ。
 男である三月はあまり意識したことは無かったが、改めて見ると昼間ならまだしも、確かに女子生徒が日が落ちてから一人で歩くにはやや勇気がいるかも知れない。そして、問題の場所はそんな路地の端っこにあった。

別にスラム街のようになっているとか、どこか大都市に一箇所はありそうな、浮浪者や流れ者なんかの溜まり場と言う訳でもない。

 ただ、何となく言葉に出来ないような不気味さがその路地にはあった。

 そんな狭い路地をまた一人学生服姿の男子生徒が三月を一瞥して建物の中へと入って行く。彼はあと数十分もすれば、英語だか数学だかの授業を受けるのだろう。だが、同じ世界、しかもこんな近くに、三月が何をしているかなんて想像も付かないに違いない。
それはさて置き、とにかくこの辺りでなら左田に限らず、ほんのちょっとした隙に何かあってもおかしくはなさそうである。

「なあ、お前がその・・・襲われた時、なんか気付いたこととか無かったか?」

三月は何とか手掛かりを探そうと左田に訊いてみた。

―うーん・・・私逃げるのに必死だったから・・・。それにすぐにワケわかんなくなって、気付いたらこんなになってたし・・・。―

「うーん、とりあえず来てみたはいいがごめん、残念ながら何にも進展は無さそうだ・・・。」

三月はバツが悪そうに頭の後ろを掻いた。

そんな三月の気持ちを知ってか知らずか、

―ううん、私のためにしてくれるんだから構わないよ、全然。―

と左田は答えた、

 
 その時である。

「ちょっとごめんね。君、風見野高校の生徒さん?」

いきなり背後から声がした。振り向くとスーツ姿の見知らぬ中年男性が立っていた。

「・・・そうですけど。」

三月は警戒しながらも、ひょっとすると左田失踪に係わっている刑事か何かかもしれないと思いながらそれだけ答え相手の反応を窺う。

「いや、驚かせて悪いね。驚かせついでにちょっと訊きたいんだけど、君は左田塩理さんって知ってるかな?」

その男は、名乗りもせず不躾にそんなことを訊いてきた。

「・・・一応・・・知ってますけど?」

三月は少しむっとしながらも答えた。ついでに言うと、居場所も知っている。

「・・・もしかして左田さんと同じクラスだったりする?」

「はい。」

「そうか・・・。なら話しても大丈夫か。なら、左田さんが行方不明になっているのも知ってるよね? 自己紹介が遅れて申し訳無かったけど、私は探偵をしている高沢というものです。実は左田さんのお父さんに依頼を受けてね。まあ、まさか最初は左田財閥の社長から依頼を受けるなんて思いもしなかったけど、あんだけ積まれた上に頭下げられちゃね・・・。」

「・・・三月です。」

ここで相手がようやく名乗ったので、一応三月も名乗り返しておく。どうやら刑事では無くて探偵だったらしい。たが、三月が今の三月でなかったら、或いはここにいるのが三月以外の、例えば伊折や他のクラスメイトだったらこの男の無遠慮な態度に殴りかかっていたかも知れない。

―父が?!

左田が声を上げる。しかしこの高沢とか言う探偵にはおそらく聞こえないだろう。

「探偵まで雇うとはな・・・。まあそれだけお前のことが心配なんだろう。」

「ん?何か言った?」

「いえ、独り言です。」


危ない、危ない。これだから人前で左田と話すときは注意が必要だ。


「えっと・・・『みつきくん』でいいのかな。もしかして君は光進社の生徒さんだったりする?」

「光進社」と言うのは、三月や左田が通っている、今まさに目と鼻の先にある予備校の名前そのものである。

「はい、そうですけど・・・。ちなみに、左田も通ってたことも一応知ってますし、ここから帰る途中でいなくなったというのも聞きました。」

知っている情報ばっかりだらだらと前置きされるのも面倒なので、おそらく次に来るであろう質問も想定して答える。とりあえず昨日大島先生から聞いたことしかしゃべってないし、知っていて不自然な情報は無い筈だ。

「おーっ、君はなかなか頭が良いね。私もいちいち質問の手間が省けて助かるよ。じゃあ、単刀直入に訊くけど、何かこの辺とか塾の中で変わったことなかった? 或いは塾での左田さんの態度とか・・・。」


むしろこっちが知りたいところだ。


「いや、特に無かったですし、それに彼女は同じ光進社なのは知っていましたが、取っている講座は違いますので・・・。」

「そうか・・・それは残念だな。たまたま同じ風見野の制服を見掛けたもので、もしかしたら何か手掛かりが得られるんじゃないかと思ったんだけど・・・まあいいや。とりあえず協力ありがとう。時間取らせて悪かったね。一応これ名刺。後でなんかまた気付いたこととかあったら連絡くれるかな。」

その名刺には


「私立探偵 高沢牧人」


とあった。事務所の住所は一条市内になっていた。


「わかりました。」

三月はもう会うことはないだろう、と内心では思いながらも名刺を受け取りそう答えた。



「あ、そうそう、それと最後にもう一つだけ。ちょっと前にこの辺でこんなの拾ったんだけど、これ、何かわかるかな?」
立ち去ろうとした三月に高沢は胸ポケットから小い透明な袋を取り出して見せた。

中には小さな丸い金属が入っていた。

「バッヂ・・・ですか?」

それはスーツの襟などにつけるピンバッヂだった。三月も制服のブレザーの胸元に高校の校章バッヂを付けている。しかし、高沢が見せたそのバッヂは、校章にしては少々モダン過ぎると言うか、凝り過ぎている。どこかの会社の社章か・・・或いはひょとして・・・、

「まさか・・・左田を誘拐したヤクザとかマフィアなんかのものだったりとか・・・。」
実際、「誘拐」というのは本人から話だが、まあ、実際聞いていなかったとしても、この位は推理出来る範囲だろう。
 

 どうしても必要になったとき以外、あくまで左田の存在は秘密だ。


「うーん、君は本当に頭が良いらしいねぇ。実は私も同じように考えてみたんだ。」

「どこのヤクザかわかったんですか?」
もしかすると、初めて手掛かりが得られるか?

「・・・まだ、ヤクザと決まった訳じゃないけどね、残念ながらこの国にはごく小規模の組織も含めると無数の犯罪組織があるんだ。それに、表向きは一般企業である可能性も否定は出来ない。今、出来るだけ調べてはいるんだが、数が多すぎてとてもじゃないが、調べきれないというのが現実かな。」

「そうですか・・・。」
三月は軽く肩を落とした。念のため、高沢に気付かれないようこっそりと左田に訊いてはみたが、案の定、「覚えが無い」という答えが返ってきた。

「ただ・・・」

高沢はさらに続けた。

「一応仕事柄大きいトコロは会社だろうが何だろうが全部把握してるからね・・・おそらく規模の小さい組織というのだけは間違いないなようだ。」
規模の大小が特定出来たところで、結局名前がわからなければ、バッヂを見付けても意味が無いが、まったく何も見付けられないよりは多少マシかも知れない。

「そうですか・・・。」

そう言う意味では、偶然ながらもこの胡散臭い探偵と出会えたのは良かったかも知れない。

「まあ、じゃあ、とりあえず何かわかったら連絡頂戴ね。あ、私は今日車で来てるんだけど、君、家どこ? おんなじ方向だったら乗ってく?」

「いえ・・・結構です。じゃあこれで失礼します。」

しかし、これ以上この相手に係わっていても、ロクなことにならなさそうだったので一応礼儀上挨拶だけすると、三月は踵を返して元来た道の方へとっとと歩きだした。


気が付くと、三月達が駅を出て、光進社のあるこの路地へやって来てから既に1時間以上が経過していた。


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