Detective Cat(2/6)PDFで表示縦書き表示RDF


Detective Cat
作:天海 沙月



第二話:ヴァイオリン演奏会


「ああ、志狼、もう一度氷鉋ひがののお嬢さんに会ってくれないか」
 父さんは帰るなり、僕にそう言った。
「『つかみはOK』だそうだ」
「はい?」
 何の事だ。
「黒羽さんは、相当に人が苦手らしいのだが、お前を気に入っていたらしくてな」
 それは、使用人としてという事だろうか。
「ついては、ここに都合よくチケットが二枚!」
 効果音でもつきそうなくらいに勢いよく、父さんは二枚のチケットを取り出した。
「ヴァイオリン演奏会のチケットだ。付き添いとして、氷鉋家のメイドさんも」
 しかし、さきほどとは打って変わって真面目な顔になり、声音を低く落として、父さんは一つ、釘を刺した。
「その日ばかりは、事件にならなければいいがな」



「クロ、入るぞ」
 ノックをしたが、前回と同じように、返事はない。
「ヴァイオリンのコンサートが……」
「知ってる。そのヴァイオリニストは小織さんの知り合いだから。直に会えるわよ」
 へえ、会えるのか。
 小織さんとは、氷鉋家のメイドさん、小織璋こおり・たまきさんの事だ。ずっとクロの世話をしているのだから、きっととても人間の出来た人なのだろう。
「ほら、昨日のリベンジ」
 僕は、クロにお菓子の包みを渡した。
 中身は、おかきだ。
 こういうお菓子は好みらしく、クロはおかきに手を伸ばしたが、一口齧って、顔を顰めた。
「辛い」
 一体何が好きなんだ、お前は!
 それに、そんなに辛いか?このおかき。
 確かに表面に唐辛子が付いているが、ほとんど感じられない程の、辛味だった。
 まあ、僕が辛党だからかもしれないけれど。
 クロはおかきにはもう、目もくれず、本を読み出した。昨日のハードカバーは読み終えたらしい。
 クロが本を読み出して暇なので、コンサートのチケットをじっくり見てみた。
「なになに、若き天才、18才のヴァイオリニスト西川夕希……そりゃすごいな」
 僕らは14だから、たった四才しか違わないのだ。
「でも、出た杭は打たれるものよ」
 これはまたネガティブな、とその時は思ったが、後になってこの言葉を思い出すと、クロはこの時既に、その後起こることを知っていたのではないかとさえ思えた。



「璋さん!久しぶり」
 演奏会当日。僕らは早めに来て、控え室入りする西川夕希と、その友達や付き人の一団を待っていた。
 小織さんと夕希さんが知り合いというのは本当らしく、会うなり、朗らかに談笑を始めた。
 しかし、小織さんは一体何歳なんだろう。
 夕希さんは18歳だが、小織さんはどこぞの有名大学を卒業しているらしく、少なくとも20代だ。
 けれど、夕希さんと話す小織さんは、18歳の少女のようにも見えるし、たまに見せる落ち着いた雰囲気は、ずっと年上の女性にも見える。
「紹介するわ、夕希さん。お仕えしている家のお嬢様の、氷鉋黒羽ひがのくれはさんと、お友達の立森志狼君」
 僕は軽く会釈をする。
 クロも頷くように、微かに会釈をしたものの、どこまでもマイペースに、西川さん達を観察している。
 今日のクロは、よそ行きの黒いスリーピース姿に、首に小さなベルのついたチョーカーを着けていて、それが何だか猫の首輪のようだった。
「よろしくね。こっちも左から順に、友達の川前良樹さん、薬学部で勉強中よ」
「よろしく」
 なかなか気のよさそうな、男の人だった。薬学部らしく、眼鏡をかけている。 
「次が、新藤武彦さん。お母さんのお兄さん……叔父さんね」
「どうも」
 新藤さんは中年の男性で、煙草を口から離し、挨拶する。ここまでの運転手役を務めていたらしい。
「そして……お母さんであり、マネージャーの西川由衣」
「こんにちは」
 何だか、プライドの高そうな女性だった。しわ一つないスカートが、几帳面な性格を現している。
 西川さんは、その几帳面な性格から、兄の新藤さんの服装を注意する。
「兄さん、もうちょっと良い格好してきてよ。だらしない」
「うるさいな」
 二人はあまり仲が良くないようだ。几帳面な西川さんと、見た目からルーズそうな新藤さんでは、兄妹といえど、確かに相性は悪そうだ。
「あの二人は何時もこうだから気にしないで――それにしても、今日は暑いわね」
 夕希さんは、バッグから水色のハンカチを取り出すと、額の汗を拭った。
「そろそろ控室で着替えてくるわ。また後でね」
 そう言って、夕希さんは本番用ドレスに着替えに行った。



 まだ開演には時間がある。僕はクロと小織さんとで、建物の中を適当にうろつくことにした。
「クロ、随分おとなしいな」
「そう?普段はこんな感じよ」
 そういえば、クロは人が苦手なんだったか。僕からはとてもそんな風には見えないが。
「ふざけないでよ、兄さん!」
「ふざけてなんかいない!お前のやり方は横暴過ぎると言っているんだ!」
 西川さんと新藤さんの声だ。うわあ、完璧に喧嘩になっている。
「そういえば、小織さんは何処で夕希さんと知り合ったんですか?」
「昔、少しヴァイオリンをたしなんでおりまして。私が先輩で、夕希さんが後輩だったんです」
「そうなんですか。今はやってないんですか?」
 小織さんは、何故だか少し哀しそうに微笑んだ。
「ええ、今はあまり。昔、少し腕を怪我してしまって……」
「そうだったんですか……」
 その場に訪れた、どこか重たい空気を振り払うように、小織さんは明るい声をだした。
「そうだ、夕希さんの控え室に行ってみませんか?もう本番用のドレスになっていると思いますし」
 僕らは夕希さんの控え室に向かったが、人生そう甘くはなかった。
「迷った……」
 さっきから、ぐるぐるとずっと同じところを回り続けている。
 クロならば場所がわかるのではないかと思ったが、さっきからずっと二ノ宮金次郎スタイルで、本を読みながら歩いているので、助言は期待出来そうに無い。
 さっきから何分経っているだろう。もう始まってしまうんじゃ……。
「あ、夕希さん」
 その時、ちょうど、女子トイレから夕希さんが出てきた。
 手を振って水を切っている。
「良かった……迷ってたんですよ」
「あはは。広いもんね、この建物」
「それが本番用ですか?」
 夕希さんは、ノースリーブのシックなドレスを着ていた。後ろにチャックの付いているタイプで、胸のコサージュが洒落ている。
「ええ、そうよ。もうすぐ開演だから。そうだ、終わったら控室に来てくれない?ここで会ったのも何かの縁だし」
「いいんですか!?是非行きます」
「ありがとう。それじゃあね」
 そして、開演に向けて、僕らと夕希さんはその場を離れた。



 本番の、幕が開けた。
 ヴァイオリンを持った夕希さんが、ステージの真ん中へ出てきた。
 さっきまで普通に会話していた人が、今ステージの上に立っているとは、何だか変な感じがする。
 夕希さんは、ヴァイオリンを左肩で支え、弓を構える。
 そして、弓と絃が触れた瞬間、花が開くように、弦楽器の音色が流れ出した。
「すごい……」
 僕は驚嘆のため息をついた。
「また腕を上げたみたいだね」
 そういったのは、夕希さんの友人である、川前さんだった。
 この場にいるのは、僕とクロ、小織さん、川前さんの四人だった。西川さんはマネージャーとしての仕事があるのか、ここには居らず、新藤さんも、クラッシックは苦手なので、外に出ている。
「そうかしら」
 クロが、僕と川前さんの感想とは違った意見をもらした。
「あの人、あまり楽しくなさそうだわ」
 小織さんも、首を傾げている。



 それから、二時間半余りが経ち、夕希さんの演奏会は大成功に終わった。
 僕らは早速、夕希さんの控え室へ行く。
「あれ?どうしたんですか」
 僕らが見たのは、控え室の前で難儀している、夕希さんの姿だった。
「ああ、皆……控え室の鍵は何時もお母さんが持ってるんだけど、見つからなくって……」
「どうしたんだろう。守衛室で合い鍵を借りてきます。
 言うやいなや、川前さんは守衛室へ向かった。
「もう、お母さんったらどこ行っちゃったのかしら」
 僕はドアノブを押してみた。確かに鍵がかかっている。
 三分ほどして、川前さんが戻ってきた。
「借りてきましたよ」
 鍵を、鍵穴に差し込む。
「!!」
 そこには、夕希さんのお母さん――西川由衣さん、いや、西川さんだった死体が倒れていた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう