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アルバイター決死圏 作者:大滝よしえもん
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座天使作戦《オペレーション・ガルガリン》(2)

 レベルAAA+の仕事を受けるかどうかはこれから考えるとして、また「会社」でのブリーフィングは午後からなので、オタちゃんとアニキは自分たちのアパートに帰って行った。
 一方俺は軽く朝飯を掻き込んで、午前中のうちに自転車で「ハーゲンズ」へと向かった。例の仕事中の不時着で損傷した、俺の愛機の修理が終わったとの知らせが先日あり、受け取りに行く予定があったからだ。

 「ハーゲンズ」は主に中古の馬人機セントーロイドや搭載火器、各種装備を販売しているが、メンテナンスや修理も請け負っている、アルバイター向けのものなら一通り揃う便利なショップである。それに加えて自転車が売ってるのは、単に主人の趣味なのだが。

 しかしこの租界の道は実にひどい、アスファルトはあちこちでひび割れ、凹んでたり波打っていたり、とても街中の舗装道路とは思えない。平時でも路面の状態が良くない国だった上、戦後は傷んだ舗装を直すことも滅多に無かったので、今ではオフロード用のサスペンション付きマウンテンバクが最も適した乗り物という有様なのだ。

 自動車やバイクはどうしたのか?というと、原油の輸入や国内生産が止まっている上に、ガソリンスタンドに人がいない状況だし、独自に燃料を持ち込んでいる外国の「会社」用のはあっても、俺たち日雇いアルバイター達に回す余裕など無いのだ。

 租界は原発近くの都市にあり、電気だけはふんだんに使える。この国の原発関係者は恐るべき致死率の生物兵器を恐れ、無責任にも仕事を放棄して海外に逃亡してしまったので、それを知った外国の専門家たちは大慌てで決死隊を編成し各所の原発に駆けつけ、今に至るまで施設の維持を続けている。

 ならば電気自動車や電動バイクが使えそうなものだが、ここにあるのは整備された施設内向けのコミューターばかりで、公道を走るのにはまるで合ってない。結局、租界内がさほど広くないこともあり、個人の移動には自転車が一番という結論が出た今では、アルバイターの多くが自転車乗りになってしまった。

 死界との堺にある馬人機セントーロイド用ガレージに隣接した「ハーゲンズ」を目前にして、上空を二機の馬人機セントーロイドが独自のノイズをまき散らしつつ、租界の中心に向かって通過した。
 ショップの前まで来ると、ショップのロゴの入ったTシャツ姿の男が一人、表に出て先ほどの二機を目で追っているのが見えた。

 「やあハゲさん、うちの愛馬を受け取りにきたよ」
 「ハゲ言うな、その日本語の意味は知ってるぞ。そもそもハゲてるんじゃなくて剃ってるんだ」
 ガタイの良い中年ドイツ人、スキンヘッドに顎髭の男、このショップのオーナーである、ハーゲン・ゴスリッヒ氏である。

 「さっきの二機、居住区エリア上空は飛行禁止区域だろうに、ここのルールを知らない新入りか?」
 一昨年まで有能なアルバイターとして知られていたハーゲン氏は、不機嫌そうに言った。先輩として新人の不作法は許せないらしい。

 「AAA+の打ち合わせが午後からあるんだよ、他所の租界からも、応援のアルバイターを呼んだんじゃないかね?」
 「AAA+!そりゃ大変だな、年に一度も無い大仕事、滅多に無い稼ぎ時だぞ」
 「俺の愛馬の修理が終わっていて良かったよ」

 俺たちは施設内用の電動カートに乗って、馬人機セントーロイド用ガレージに向かいながら話を続けた。
 「しかしお前、体の方はもういいのか?」
 「体はね、しかし頭の中、記憶が一部すっとんだまんま、未だに自分がどんな人間だったのかわからん状態」
 「お前も一応、ここの開店以来の常連だったんだけどなあ……」
 「それでも俺がどんな奴だったのかわからない?」
 「今と違って必要最低限のことしか話さなかったからなあ、お前。個人情報がサッパリだし、素顔だって事故後にヒゲ剃ってから初めて知ったわけだし」

 実に参考にならない、というか過去の俺の人付き合いの悪さは相当なもんだ。今の俺がこうして普通に他人と会話できているのが不思議なくらいだ。
 「ところで大葉タイハ、修理の支払いの方は大丈夫か?銀行口座の暗唱番号とか、思い出せたのか?」

 そう、自分自身に関する記憶が一切無いということは、暗証番号やインターネットのアカウントの類も綺麗サッパリ忘れていた、ということだ。しかし部屋のパソコンの中のファイルを探しまくったら、
 「クイズの答が、数字の含まれる映画のタイトルというテキストファイルがあって、試しにその数字を入力してみたらビンゴだったわ」
 ちなみにインターネットのアカウント名やパスワードもクイズ型式で記録されていた。さすが過去の俺、そのまんまの文字列をメモしておくような、不用心な奴ではなかったようだ。

 「そりゃ良かった……そら、お前のお馬ちゃんが見えてきたぞ」
 丁度ショップのスタッフたちが、台車に乗せられた俺の愛馬、即ち天間精工のヤブサメ、その軍用カスタム型をガレージから引き出している所だった。

 ヤブサメは元々が民間向けの世界的大ベストセラー機、購入価格も維持費も安く、様々なカスタマイズが可能、軍用機としても充分なスペックで、あらゆる国の警察や国境警備隊、民間軍事会社等でも採用されている。

 出荷時のヤブサメはフレーム内部にエンジンやメカが剥き出しに搭載された「裸」の状態で、これが輸出先で他社製の装甲パネルを装着され、完全な戦闘用に化ける。あくまでも輸出時は民間向けであるとして、武器輸出の規制を逃れているわけだ。

 「この機体も、うちの開店セールの時にお前が買って、ローンがやっと終わったばかりの機体だったんだが、覚えているか?」
 「いやそれもサッパリ。ところでこの外板に書かれている『JA北魚沼』って何だ?」
 「そう読むのかこの漢字?これ日本からの中古機だから、前のオーナーじゃないかね」
 「JA……農協ねえ、農薬散布機だったのかな?」

 フレームの歪みや損傷は無く、墜ちた時の衝撃を吸収する代わりに壊れた前脚部を換装するだけで済んだのは幸いだった。
 こんな場合、各部を独立したユニットに分割し、それをまるごと交換することで手早く整備や修理が可能なヤブサメの設計の良さには感心する、まったく実戦向きだ。

 俺は早速コクピットに滑り込み、計器をチェックする。HEM=ハッチンソン・エフェクト・モーターを駆動するためのリチウムイオンバッテリーの充電状態は100%、すぐにでも起動できる状態だ。
 始動キーを回した直後、HEM独特のBEEP音が響き始める。耳をつんざくようなヘリコプターのタービンエンジンに比べるれば遥かに静か、側で普通に会話できるレベルの騒音だ。

 「しかし本当に80年代のビデオゲームみたいな音だよな、ウィリアムズの『ディフェンダー』の、最初の自機が出現する時の音に似てるぜ」
 「『ディフェンダー』?……ああ、ベクタースキャンのやつ、破片が飛び散るエフェクトが綺麗な」

 大昔のアメリカ製ゲームの知識があるとは、ハゲさんもそうだが、俺も相当なゲームオタクだったようだ。こんなどうでもいい知識より、自分自身についての記憶が必要だというのに。
 加えてこのゲームが「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』で、アスカがポータブルゲーム機でプレイしていたもの」だという、更にどうでもいい知識までが脳内に浮かび上がってきた……ああ心底どうでもいい!

 ヤブサメを「愛馬」と称するのは、戦闘ヘリコプターのコクピット周りを思わせるコアユニット左右に付いた「腕」、即ちハードポイント及びマニュピレータと、その下のHEMユニットからに生えた四本の「脚」、即ち斥力発生装置付き姿勢制御ブーム兼着陸脚が作り出すシルエットが、セントーラス(ケンタウロス)を思わせ、近年では「馬人機セントーロイド」がこの手の兵器の総称として定着しつつあるからだ。

 ちなみに二十世紀末から高性能な携帯式地対空ミサイルの普及により、それまでの高評価を落としつつあった攻撃ヘリの代替候補として公表された当時は、ヘリコプターならぬHEMヘムコプターと名付けられ、今でもセントーラス型でない民間機などはそう呼ばれている。
 「じゃ飛ばしてみるわ、ちょっと離れてくれ」
 ハーゲン氏とメカニックたちがガレージの端に移動したのを確認し、俺はHEMの出力を上げ、機体を上昇させるペダルを踏み込んだ。

 地球の重力から切り離された機体が浮き始めると同時に、機体内の重力も消え、浮き上がった俺の体が固定ベルトに抑えられた。
 このHEM作動中の無重力状態は、体質的に人によって酷い「宇宙酔い」をもたらし、しかも酔い止め薬の効果が無いので、HEMコプター=馬人機セントーロイド乗りになれる人間が限定される原因になっている。

 次第に大きくなる例の古いビデオゲームみたいなBEEP音と共に、機体はぐんぐん上昇を続ける。ただし暫定的な重力制御しかできないこの機では、ヘリ同様にあまり高いところまでは上がれない。
 その代わり、千メートル以下の低空では比類無き運動性を発揮できるのが強みなのだ。



 オーストラリアの自称発明家、ジョー・ハッチンソンがその原型を作ったとされる、暫定重力制御装置ハッチンソン・エフェクト・モーター。球形のカバーの中に収められているのは、発明者がアダムスキー型円盤の下側に付いている物を模したせいだという、何ともオカルトじみたシロモノだ。

これが何故「暫定」かと言うと、下手にパワーを上げると、途端に重力制御を維持できなくなる、未完成な装置だからである。
 弱いパワーで低速で低空移動するのは問題無いのだが、最大パワーで急加速・急上昇すると、次の瞬間には失速し、回復するまで重力に引かれ落下することになる。なので最大速度を出す時は、上昇しては滑空、また上昇しては滑空の繰り返しとなる。

 跳ね回るような非常にクセのある機動性なのだが、それに慣れれば敵の予想も付かない回避運動が可能で、また斥力発生装置を向けることで何かと衝突するのを防止することができ、ビルの谷間や山岳地帯などの狭い空間をヘリよりもずっと安全に飛び回れる。
 加えてヘリ程の爆音をまき散らすことがないので隠密性に優れ、軍では敵勢力圏内に特殊部隊を送り込むのにも多用されているという。



 俺は重力制御を維持できる低速・低空のまま租界エリアを出て、見捨てられた小さな軍港上空に侵入した。内戦中の空襲やミサイル攻撃のため、係留中に被弾浸水したり湾内に半ば沈んで放置された廃船や、錆びかけた軍用車輌や機材がうち捨てられているのが見える。

 河口にある租界の方にもっと状態の良い港があるせいもあって、この死んだ軍港を修復する予定もなく、今ではアルバイター達によって、勝手に残骸を標的とした射爆演習場にされている。
 俺は湾内の小島に座礁した哨戒艇に、ヤブサメの機首を向けた。今までさんざん機関砲やミサイルの試射を受けていた艇は穴だらけで、上部構造物など原型を留めていない。

 今現在この機体に積んである武装は、固定装備であるコクピット真下のKPV14.5ミリ機関砲だけだ。この辺の馬人機セントーロイドには、旧ソ連・ロシア規格の銃弾・砲弾を使う火器が好んで搭載されている。この地にはその口径の弾薬が豊富に残されており、安く入手できるからだ。

 武装関係のパネルにあるボタンを押すと、モーター音がして機関砲の薬室に初弾が装填される。原型の機関砲では手動でやらなくてはならないのだが、この機に搭載されたKPVでは電動で遠隔操作が行えるように改造されているのだ。

 俺は哨戒艇を中心に、機首を向けたまま半径三百メートルの円を描くようにヤブサメを横滑りさせつつ、試射を開始した。14.5ミリ弾の発射速度は一秒間に最大十発だが、ボタンを押しっぱなしにせず五発ずつ発射する。しかし機体が横滑りしているため、ゆるい放物線を描いて飛んでいく曳光弾は集弾せず、海面に水柱を上げるだけだ。

 デジタル照準機との連動を忘れていたのに気付いた俺がスイッチを入れると、速度や目標との距離、Gや機関砲の反動を考慮した照準補正が完璧に働き、今度は初弾から次々に目標に命中しているのが見える。機体がどんな動きをしていても、単純にレティクルの真ん中に目標を捕らえているだけで当たるのだから、楽なもんだ。

 14.5ミリ弾は元々対戦車ライフル用、人体をもちぎれる12.7ミリ機銃弾の更に1.5倍のパワーだけに、装甲など無いに等しい哨戒艇の外板など紙切れも同然、ブスブスと小穴が増えていく。

 唐突に「この弾丸を使う二種類の対戦車ライフルが『ルパン三世 カリオストロの城』と、『DARKER THAN BLACK 流星の双子』という二つのアニメに登場している」という情報が脳裏に……自分自身の記憶は無いのに、どうしてこんなオタクな知識が?!ますます記憶喪失前の自分がわからない。

 気を取り直し、今度は動きを変えて射撃を続けてみる。上へ、下へ、後退しつつ、更に五十発ばかり撃ち込むと、かろうじて下半分だけが残っていた哨戒艇のマストが根本から折れ、左舷に落ちて沈んで行った。
 俺は飛行能力とと射撃管制が完全であることを確認して満足しガレージに戻る途中、廃軍港に向かう何機かの馬人機セントーロイドとすれ違った。AAA+の仕事に参加希望のご同輩も、俺同様に機体のチェックをしたいのだろう。

 ガレージに戻ると、ハーゲン氏は自転車乗り向けの雑誌を読みながら、律儀に待っていてくれた。ちなみに(例によって記憶に無いのだが)俺のマウンテンバイクもハーゲン氏の店で買ったものだとか。
 現役アルバイターだった当時の彼が、死界内での仕事中に大量の自転車フレームが眠る倉庫を発見、「会社」から現物支給として受け取り、趣味と実益を兼ねて、それを組み立てて売り始めたのだという。

 フレームに貼られたロゴデカールは「GOSPEEDERゴスピーダ」、ハーゲン・ゴスリッヒのショップブランドである。今は拾い物を再生して売ってるが、将来はオリジナルのフレームを作って売りたい、とカートを運転しながら彼は語った。
 数年前まで凄腕と言われ、それなりに有名だった男の意外な趣味と夢。何をどうしてこんな所でこんな事をやってるのか、過去を聞いていいのか悪いのか。まあ俺の方は、答えたくても答えようがないのだが。



 世界の工場でもあり大規模な市場でもあったこの国の崩壊は、当然ながら多くの企業に損害を与え、平均株価は暴落し世界的な大不況を巻き起こした。各国はこの迷惑きわまりない内戦により生じた損害の賠償を求めたが、国民の大半が死亡し、海外に逃れた一部も散り散りという有様で、請求しようにもその相手がいなかった。

 そこで各国は、バイオハザードの終結した無人の地に進駐して、債権の回収、ぶっちゃけると金目のものを差し押さえる、という何とも直接的な手段に出ることにした。ここで問題となったのが、未だに国連の常任理事国であったその国の政府だけは、形だけとはいえ残っていたことである。

 彼らは自分たちの国(があった場所)に外国の軍隊が入る、即ち占領されることを拒否した。そこで各国は、公的機関ではなく民間企業に「復興協力」という名目で、実際は「負債の取り立て」を代行させる手に出たのである。そして今度は各国の企業同士が、金目の物を巡り争っているというわけだ。

 俺たちは「アルバイター」、他所の同業者との喧嘩上等、言うなれば「戦う債権回収人」だ。
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