掃除の妖精
「ねぇ、もう遅いし泊まって行けよ」
この部屋の主、圭介さんは連れ込んだ女性の肩を抱きながらかすれた声で囁きます。
圭介さんはとても爽やかな男前で、毎夜様々な女性をこの部屋へ連れ込み、そして毎回この台詞を女性に囁くのです。
しかし圭介さんは毎回同じ台詞で女性たちに振られてしまいます。今回もそうでした。
「こんな汚い部屋に泊まるなんて真っ平! よくこんなゴミ屋敷みたいな部屋に女の子が呼べたわね」
女性はもう我慢できないなどと言いながら部屋を出てしまいました。そう、圭介さんの部屋は足の踏み場もないほどのゴミで埋め尽くされている、俗にいう「汚部屋」なのです。いろんな意味でだらしない圭介さんは掃除が大嫌いでした。たまに「部屋を掃除してあげるわ」などと言う殊勝な女性も現れるのですが、この部屋を見るやいろんな言い訳を垂れ流しながら逃げ出してしまうのです。もはや素人にはどうすることもできないほどの部屋でした。
圭介さんは大きなため息を吐きながら誰に聞かせるでもなく呟きます。
「あーあ、誰か部屋掃除してくんねぇかな。靴屋の妖精みたいにさ」
そんな事を言いながら圭介さんはゴミに塗れてふて寝してしまいました。
部屋の主人が大いびきをかき始めた頃、ふいにどこからか小さな同居人たちがわらわらと現れました。彼らは額を突き合わせ、先ほどの圭介さんの言葉について話を始めます。
『ねぇねぇ、靴屋の妖精って何?』
『寝ている間に妖精が靴を作ってくれるお話だよ。圭介さんは自分じゃ掃除したくないんだ』
『そっかぁ。じゃあさじゃあさ、僕らが部屋を掃除してあげるのはどうだろう?』
『それは良い案だね、僕らは掃除の妖精ってわけだ!』
同居人たちは圭介さんが大好きです。圭介さんの部屋には彼らが隠れる場所がたくさんあり、彼らにとってとても住み心地の良い部屋なのでした。
でも彼らは人間に姿を見られてはいけません。「部屋の掃除」は姿を見せることなく圭介さんに恩返しができるとても良い機会という事で、彼らは喜び勇んで掃除をすることになりました。
彼らは部屋に散り散りになり、さっそく掃除を始めていきます。とはいっても、彼らの身体は圭介さんに比べればうんと小さいので、山積みになった漫画を本棚に並べたり、いつの物か定かではない中身の濁ったペットボトルを捨てたりといったことはできません。
でも彼らはその小さな体を使い、床に落ちた髪の毛やお菓子のカス、腐った弁当の残骸などを一生懸命に処理していきます。
本当に本当に一生懸命に掃除をしていたので、彼らは圭介さんが体を起こしたことにも気が付きませんでした。
圭介さんは掃除に励む「妖精」を目にするや、凄い勢いで叫びました。
「うわーッ!! ゴキブリ!!」