昨日はあんなに晴れていたのに。
わたしは傘を少し傾けて、灰色のどんよりとした、重々しい分厚い雨雲が広がる空を見上げた。
少し風の強い、雨の日。
何度見上げても、まるで人の絶望を映したような空模様に、わたしの心も比例するように段々と暗くなっていく。
いつもは夕明かりに照らされて、橙色にやわらかく染まる、住宅街や道路は、今はどこにも見当たらない。あるのは、ただ陳列された家々と街路樹、無機質に延々とのびた道路。体の熱を冷ますひやりと冷たい風が煩わしい。
はあ、と深く重苦しい息を吐いたところで、何も変わらない。
じめじめとした空気がなぜか腹立たしくて、わたしはイライラをどこかへぶつけようと水溜りを蹴る。
ぱしゃり、と軽快な音を立てて水しぶきを上げるのを見ても、ざあざあと降り続ける雨のせいで気分は全く晴れない。
梅雨というものは、どうしてこうもわたしをイライラとさせるのだろうか。
湿気のせいでぼさぼさになる髪、鬱陶しい雨、傘を差すのさえわずらわしく、おまけに今日みたいに風が強いと折角手入れした制服だって濡れてしまう。
マイナス要素の詰まった時期が、どうしてこの世に存在するのだろうか。勿論、いくら考えても答えが出るはずもなく、梅雨への嫌悪というよりかは、自分に対する嫌悪が更に募っていくだけ。
わたしはため息をついてから、家へ帰る道を歩く。
たまに脇を通る車に水を掛けられ、足元が濡れる。ぐっしょりとした感触が、とてつもなく気持ち悪い。
妙な不快感を味わいながらも歩いていると、誰かの家の前にある少し大きめのプランターに、紫陽花がきれいに咲いているのを見つけた。
薄い青、紫、浅葱色、濃い水色など、様々な濃さの寒色の小さな紫陽花が、花びらをしっかりと伸ばして、雨水をはじいている。
その紫陽花の大きな葉に、一匹のカタツムリが見るからに粘着質な体をうねうねと動かして、ゆっくりと葉の上を這う姿があった。
元来爬虫類や昆虫など、世の女の子が嫌うであろう生き物が逆に好きなわたしは、何のためらいもなくカタツムリへと手を伸ばす。
脆くやわそうな殻を掴んでみると、意外に頑丈だということに気がつく。
右巻きに巻かれた色帯の模様の殻が、なんとも美しく見えてしまう。
カタツムリをつまみ上げ、目の前に持っていくと、カタツムリは体を殻の奥へと押しやり、こもってしまった。
しばらく何もしないでカタツムリが出てくるのを待っていると、そろそろと怯えたように殻の中からカタツムリが姿を現す。
その体にそっと触れてみると、ねっとりとした粘着質なものが指先に糸を引きながらくっ付いてくる。
ぴん、と伸びた触角は、まるでわたしを探っているかのように四方へと動いている。
カタツムリをひっくり返して裏を覗いてみると、なんと、心臓がどくんどくんと、脈打っているのが見えた。音は聴こえないものの、その一定のリズムを刻む心臓の動きに、わたしは妙な恍惚感に襲われる。
心臓の部分を指で突付いてみると、一瞬だけ心臓の動きが鈍り、そしてまたどくんどくんと脈打ちだす。
なんともまあ、奇妙な生態をした生き物だと感心しながら、わたしはカタツムリをそっと紫陽花の葉の上へ戻す。
カタツムリは特別自分のペースを乱されたという様子もなく、相変わらずゆったりとした動きで葉を這っている。
寒色が広がる紫陽花に、生き生きとした葉と妙にマッチングする、存在すら忘れかけられているであろうカタツムリ。その異様な組み合わせに少しだけわたしは何かを取り戻した気になる。
何かを得たというわけでもなく、何を取り戻したかすらわからないけれど、なぜかわたしを苛んでいたイライラはどこか遠くへ消え、妙な慈愛が芽生えていることに気づいた。
自分の絶対的な世界観をまるで失わないカタツムリとは対照的に、天気によって牽制されている自分自身がひどく滑稽に思えたからなのかもしれない。
あまりのバカらしさに、わたしは傘を放り投げて笑い出したくなった。
どくん、と自分の心臓が脈打つのを感じた。
傘を畳んで腕に掛けると、左の手首に右の人差し指と中指を添えてみる。
カタツムリと同じように、一定のリズムを刻む脈を感じて、急に顔が綻んだ。
雨なんか、くそったれだ。
ふと空を見上げてみると、気づかぬうちに雨はやんでいた。太陽の周りの雲が薄れ、やわらかな陽光が雲の間からこぼれていた。
---了 |