「さっちゃん」 in グラインドハウス
「さっちゃんという童謡は、世間に児童虐待を助長し発信ている極悪非道な歌であると僕は思います!」
テレビの中で、とある有名なコメンテーターが声を高々にあげてそう主張した。
そして、続けてこう持論を展開し饒舌に語りだした。
「特に注目して欲しいのはさっちゃんの二番の歌詞であります。
さっちゃんは、バナナが大好きと自らの好みを主張しているにも関わらず、バナナを半分しか食べさせて貰えない!幼子であるとはいえど、好物であるバナナを腹一杯ではなく、半分しか親に与えて貰えないとは!」
コメンテーターは立ち上がり、机をどんっ!と叩き、
「これはもう、まさに児童虐待ですよ!これを虐待と取れず、楽しげに歌う人間ははっきり言って頭がイカれてますね!そして、こんな虐待助長ソングを純粋な子供に歌わせてるなんて、もう、恐ろしいとしか言い様がありませんよ!」
コメンテーターはかなり興奮状態である。
「大体虐待なんてものは、人類の悪でしかない。虐待をした人間は皆有無を言わさずに死刑にすべきだ。そう思いませんか?」
コメンテーターは司会者にそう尋ねた。
「そうですね、虐待は決して許される事ではありませんね」
「でしょっ!それをわかっていながら、何故人はこんな極悪非道な行為を野放しにしているのか、私には全く持って理解できませんね!」
コメンテーターは更に声を荒げた。
「でも、さっちゃんは…、本当に児童虐待を助長する歌かどうか…」
「助長する歌に決まってんでしょ?あんた、マジで頭おかしいよね?一体何年情報番組の司会者やってんの?」
コメンテーターは舌打ちをして眉間にしわを寄せて若干キレそうになりながら鼻をフンっと鳴らした。
「さっちゃんはね、バナナが大好き、本当はねって、幼い胸の内を明確に明かしているじゃないか!それなのに!それなのにっ!」
コメンテーターは涙ぐみながらテーブルの上で両拳を握りしめた。
「…親からバナナを半分しか食べさせて貰えないなんて……」
落胆混じりの悲痛なうめき声を漏らした。
「さっちゃんはきっと、一日の食事でバナナを半分しか食べさせて貰えない過酷な生活を強いられていたんですよ…」
「い、いや…。そうでしょうか…?」
司会者は変な汗をかいた。
「そうに決まってます!そんな健気なさっちゃんに親はさぞ楽しげに殴る蹴るの暴行を加えて、てめえなんか産むんじゃなかった!とか、お前のせいで私はこんなにも不幸なんだとか!私の人生を返せ!死ね!とか罵声を浴びせていたんですよ!」
「………」
司会者はどう返答したらいいのかわからずに黙り込んだ。
「さっちゃんは虐待されてたんですよ!そんなこともわからずにのんきに歌ってる人間は、社会は狂ってますよ!」
コメンテーターはカメラに向かって指をさして言い切った。
「い、一旦CMです…」
司会者はADの翳すスケッチブックを見て、仕切りをいれた。
CM中、スタジオでは。
「速報入りました!CM明け、中継繋ぎますので!」 ADが司会者に紙を渡した。
司会者は速読し、つぶやいた。
「また虐待死亡のニュースか…」
このタイミングで面倒クサイというのが彼の心情である。
CM明け。
「ここで臨時ニュースが入りました。つい先ほど、〇県×市の〇〇のアパートで4歳の幼児が死亡。母親と内縁の夫が虐待の疑いで〇県警に―――、放送内容を変更します。中継先の小木さーん」
中継が繋がり、リポーターと事件のアパートが映る。
「あー、ここ、僕の家の向かいだ。そう言えば、ずっと毎晩ドタバタうるさくて本っ当に鬱陶しかったんだよなー。壁、防音にリフォームしようと思ってたけど、静かになったならよかったよかった」
コメンテーターはやれやれと胸を撫で下ろして笑った。
番組を観ていた夜兎は、「世の中なんて、こんなもんだよね」
と失笑してテレビの電源を切った。




