怪談:少年の絵
私が幼い頃、夏になると帰省する祖父の家に、一枚の絵が飾ってあった。
油彩の人物画で、サイズはやけに大きい。描いてあるのは、少年――いや、男の子と言える年頃の子だ。大きな絵なのに、描かれているのはその男の子と渓流の風景だけ、妙に空白が目立つ奇妙な絵だ。
幼い頃、それこそ絵に描いてある男の子と同じぐらいの年頃の頃、私はその絵が気に入っていた。
もっとも、好きだったのかと問われると、そうではないと答えるのが妥当であろうとは思う。
その絵は不気味だった。こちらを向いて――正確にはこちらを見て突っ立っている少年は妙に顔色が悪く、目がぎょろりとしていた。口元は笑みを浮かべているが、笑みの形を作っているだけであり、まるで蜥蜴のようだ。
そんな絵なのに、或いはそんな絵だからこそ、子供の頃の私はその絵から目が離せないで居た。
理由も分からず、絵の前に座り、描いてある男の子をずっと見ている。そんな私を、祖父達は不思議な顔をしてみていたような気がする。
そうして、絵を見ていたある時の事だった。
その日は目眩がするほど暑い日だった。あまりの暑さに、子供の体力を持ってすら、外に出る気力すら出ない。アスファルトの上に陽炎が揺れる夏の日。
私はアイスを舐めながら、絵を見ていた。いつもと変わらない絵、不気味な男の子。変わらない筈のその背景が、揺らめいた。
なんだろう、家の中にまで暑さが入り込んできたのだろうか。そんな事を思って、私は絵に顔を寄せた。
揺らめきは、男の子の肩の辺りに発生していた。蜃気楼のような、水面の揺らぎのようなそれは、決して見間違いなどではない。
一体何事だろうと思い、その場所に向かって私は手を伸ばした。
その時だった。
ぎょろりとした、男の子の目が動いた。視線が向いているのはこちら――私の方だ。
ひ、と喉を引き攣らせ、飛び退こうとした私の肩を、何かが押し留めた。
押し留めたのは、人の手。絵の中から伸びた、男の子の手。それが、まるで水面から伸びる葦のように、現実へと突き出してきているのだ。
ぬるりとした、蛙の表皮にも似た感触の手で私の肩を掴みながら、男の子の口が動く。
――そろそろ代わってくれよ。
にぃっと男の子の口が三日月形になり、その手で私の肩を引っ張った。
全身の力を振り絞って、私は男の子の手を振り払い、絵に背を向けて走りだした。
それ以降、私はその絵に近付くことはなくなった。
あれから長い年月が経ったが、恐らく今でもあの男の子の絵は祖父の家にある。
あの男の子もまた、別の誰かが代わってくれるのを待っているのだろう。
或いは、あの男の子も元々は――