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又右衛門、斬ってはならぬ 〈宇都宮釣天井異聞〉 作者:陸 理明
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又右衛門、震える

 土井利勝の配下の先駆けよりも宇都宮城に一足早く戻った桐の報告を受け、正勝は父・正純のもとへ向かった。
 将軍家宿泊を翌日に控え、二人とも目の回るような忙しさではあったが、桐からの報告は捨て置くわけにはいかなかったからである。
 根来僧絡みということで、又右衛門も交え、親子は頭を突き合わせた。
 ともに鶴のように痩せているので並んでいるとそっくりな二人であった。

「……どう思う、出羽守、荒木」
「はっ、神算鬼謀を謳われる土井大炊頭のこと。なにやら、深い謀りをもっているのは明白かと」
「土井さまが本気でこちらを罠に落とそうとするのならば、並々ならんものになることは、拙者もよく知っております。問題はその中身でしょう。かの御仁が無駄なことをするはずはなく、ゆえに、例の忍びどもを自分の家臣として加えているとなると、おそらくははっきりと仕掛けてくるものと見受けまする。よって、この宇都宮のお城に入れるべきではないと意見具申いたします」
「……わかっておる」

 正純は正座のまま腕を組んだ。
 しばし黙考すると、

「だが、ご老中の家臣が、上様の先駆けとして来る以上、城の内に入れぬわけにはいかぬ」
「しかし、大殿……」
「例え獅子身中の虫であったとしも、上様の御泊まりが明日に迫っている以上、ここで無暗に騒ぎたてることはできぬのだ」
「ですが、父上!」
「出羽守、最後まで話を聞け。……その根来の忍びどもは鉄砲を使うといったな」
「はい」
「では、火縄を持っておるはずだ。その火縄を取り上げたうえで、「火気厳禁のお達し」に触れるとの口実で夜になったら全員を城内から締め出せ」

 将軍秀忠の宿泊中は万が一の家事騒ぎでも引き起こせないと、もともと火気厳禁のお達しが宇都宮城にはでていた。
 将軍の湯あみが済み、饗膳が出されるまで台所以外では火を使うことはできず、燭台の火ですら夕食後に点され、その後も竃で薪を燃やすことができるのも台所のみとされている。
 万に一つの粗相ですら避けようという正純の配慮であった。
 もっとも、これは正純ひとりの発想というわけではなく、将軍家宿泊先のほとんどの城で行われていることではある。
 正純が言うのは、その禁止令を口実にせよ、ということであった。

「土井さまの家臣を締め出して抗議を受けませぬか?」
「それはでるだろう。ただし、夜の城内をかように物騒なものどもが跋扈することの方がはるかに危険であろう? その際には出羽守自らがことにあたれ」
「はっ」

 親子とは思えぬくらいの慇懃さで頭を下げる正勝を尻目に、正純は又右衛門に向き直る。

「荒木、おまえと桐は一人ずつ、その忍術僧に張り付け。さすがに土井殿の家士として入ってくる以上、滅多なことはしでかさないと思うが念のためだ」
「……斬ってはまずいのでござりましょうか?」
「まずい。だが、城外に締め出してからならば構わぬ。その際におまえの仕業だとわかる証拠を残さないという条件付きでな」
「わかりもうした」

 城内での成敗は宇都宮藩の責任であるが、いったん外に出してしまえば土井家側の問題ということにすりかえることができる。
 正純としても、罪のない大工を十六人も殺害した実際の下手人である忍術僧を許すつもりはなく、又右衛門による始末を認めていた。

「……しかし、父上。その、桐が言うおかしな武士どもはいったい……」

 正勝はそのことが引っかかっていたので、思わず口に出してみた。
 桐が見たという、十人ばかりの土井家の武士についてである。
 なんとも気になって仕方がないのだ。
 十町以上離れた忍びの桐を見つけることといい、まず尋常な相手ではないからであった。

「それについてはわしに覚えがある」
「なんですと?」
「ゆえの締め出しでもあるのだ。そうでもせねばならぬ相手かもしれぬでな」

 そう苦い顔で答える正純であった。

 ……何事にも冷静沈着で、頭脳明晰な父親のそんな姿は大変珍しく、部屋を出た後の正勝は首をひねらざるを得なかった。

「いったい、なんなのだろうな、又右衛門」
「さあ、拙者にもとんとわかりもうさぬ」
「……父上があんな歯にものが挟まったようなものの言い方をすることは滅多にないからな」
「大殿にもきっと考えがあるのでしょう」
「頭のよい方の考えることはわからん」

 その正勝よりもさらに武辺者である彼にわかるはずもなく、又右衛門はなんとも答えることができなかった。
 しかし、それからすぐ、又右衛門は甚大な戦慄をその身に覚えることになる。
 彼をして身に恐怖を覚えさせるような事実を突き付けられることになるのであった。


        ◇◆◇


 それは宇都宮城の正門から入って来た土井利勝配下の先駆けを桐と共に見張っていた時のことであった。
 一行の中心に位置する籠の周囲に集う者たちを見て、又右衛門は目を丸くした。
 自分が何を見ているのか、一瞬、正気を疑ってしまったほどである。
 彼のおかしな様子を察し、桐が袖を引っ張る。
 彼女自身はついさっき国境で見ていたこともあり、なんの驚きも感じていなかったのに、隣にいる又右衛門の反応はまったくもって予期せぬものであったからだ。

「どうしたの、又右衛門殿」
「……なんだと」
「ちょっと。ねえ、どうしたの?」
「いったいどういうことなのだ。なぜ、あの連中がここにいる?」
「どうして、そんなに震えているの?」

 桐には驚きの出来事であった。
 あの荒木又右衛門が。
 豪放磊落で不敵すぎる男が。
 ―――震えている。

「又右衛門殿ってば」

 どうせ効きはしないから殴りつけようと桐が拳を握りこんだとき、その肩をがっしと掴まれた。
 痛い、と思う間もなく、又右衛門に引きずられて狭い場所につれこまれる。
 そして、なにごとかを問おうとする前に、目の前に流れるような汗をかいた又右衛門の暑苦しい顔があった。

「……どうしたの?」
「桐、すぐに大殿に報告しに行け」
「何をよ」

 又右衛門は苦悶の表情を浮かべて、一言一言を発するために、身をよじるようにして単語を紡ぎだす。
 言葉を発することが苦痛以外のなにものでもなかったからだ。

「……あそこにおるのは木村助九郎、狭川新左衛門、庄田喜左衛門……柳門十哲の面々なのだ」
「柳門十哲?」

 聞き覚えのあるような、ないような……
 桐が戸惑っていると、

「柳生新陰流の誇る……剣士たちだ……おれと同じ……」

 いかつい顔を汗で濡らしながら、又右衛門は言う。
 それでようやく桐も理解する。
 あそこにいる武士たちが、荒木又右衛門の同門・同郷の者たちであると。
 つまりは柳生新陰流の剣士たちであり、彼と同類の剣士兼忍びなのだと。
 そして、気が付く。

「まさか……?」
「おそらく、そのまさかだ」
「それこそ、いったい、なんのためなの?」
「わからん。だからこそ、大殿に一刻も早く伝えるのだ。―――いいか、桐よ」
「うん」

 又右衛門は震える声で言った。

「―――あの籠のなかにいるのは、柳生宗矩さま。……おれの師匠に違いないということを、一刻も早く、大殿に」
「わかった」

 桐は振り向かずに走り出した。
 あの柳生宗矩が土井利勝の名をもって、この宇都宮にやってきた。
 その驚くべき事実をどのように解するのかは、彼女の仕事ではない。
 ただ、伝えなければならない。
 一刻も早く。

「頼んだぞ、桐……」

 一方の又右衛門は、彼の目の前を過ぎて城内の一角に入っていく籠の一行を見送りながら、湧き上がる寒気を押さえきれなかった。
 理由はわからない。
 だが、産まれもった野生の勘が告げる。
 彼の師匠の来訪が、すべてを無残に終わらせる終焉の先触れとなるであろうということを。
 この宇都宮で、ときに死闘を演じながらものんびりと楽しく暮らした一年あまりの暮らしがすべて無に帰すだろうということを。

 ……だが、又右衛門はまだ知らなかった。
 彼が真に主君と仰ぎ始めていた公正明大なる一人の高潔な人格との悲劇的な別れが近づいているということさえも。

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