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又右衛門、斬ってはならぬ 〈宇都宮釣天井異聞〉 作者:陸 理明
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成敗

 だが、急いで正純の後を追い、根来同心たちが住んでいる城下町の一角に辿り着いた正勝たちは、自分たちがぎりぎりで間に合わなかったことを知ることになる。
 正勝たちがやってくる半刻ほど前、正純は完全武装をした五十人の家士を連れて、根来同心の長屋に踏み込ませると、有無を言わせず、四人の首魁たちを引きずり出した。
 無数の槍と鉄砲を向けられては抵抗することもできない。
 しかも、根来同心たちは手持ちの刀ぐらいしか武器のない状態なのだ。
 いくさでもあるかのような甲冑姿で、武器を構えた宇都宮藩の藩士たちを前にしたら、根来同心は震えあがった。
 根来衆は百人いる。だから、戦えば抵抗はできるかもしれない。
 しかし、完全武装した兵たちとでは話にならない戦力差がある。
 根来衆には鉄砲さえないのだ。
 瞬く間に全滅させられるであろう。
 ゆえに自分たちの頭だった四人が捕縛されて、荒縄で縛られ、芋虫のように転がされていたとしても文句の一つも言えなかった。
 四人はそのまま床几を据えて腰を下ろした正純の前に引きずり出される。
 背後には成敗役の斬り手となる藩士がついていた。

「ま、待ってくれ!」
「なんだ」
「お、お、おれたちは公儀からの付き人だぞ。こんな、ことをしてただで済むと思っているのか、本多上野介!」

 城主を呼び捨てたことで、藩士たちの顔色が変わる。
 身分というものを弁えていないだけでなく、許しがたい不敬であるからだ。
 だが、本多家の家臣たちの厳しい雰囲気にさらに殺気が加わったことに、四人は気が付かない。

「構わぬ。―――罪なき領民を手にかけるような破落戸を、わが城に住まわす訳にはいかぬからだ」
「おれたちが何をしたというのだ!」
「わかっておらぬはずはあるまい。紀州からきた諜者の手助けをし、大工十六名の死体を埋めたのはおまえたちであることは明白なのだ。こちらには証人もある。言い逃れはできぬぞ」
「……それは」

 四人は口ごもる。
 ここにいない阿含坊とともに、紀州からきた七忍の手助けをやったのは事実なのだから、申し開きのしようがない。

「根来衆がすべてこの罪を犯したものとはいいがたいので、ここはおまえたち、主だった首魁の首だけで勘弁してやるということにするのだが、それでもまだ抵抗するか?」
「なんで、おれたちだけが……」
「武士らしく腹を切るか?」
「ふざけるなっ!」

 一人が唾を吐き散らして、喚き散らした。

「なんで、おれが死ななきゃならねえんだ! あれは多髪坊たちの仕業じゃねえか! おれたちは頼まれただけだ! 斬首されるほどのことはしていねえ! しかもただの大工ごときで……」

 それを聞いて、正純は立ち上がる。
 初めは四人を、それから遠目で見守る根来衆を睨みつけた。

「ただの大工ごときだと?」

 誰の眼にもはっきりとわかる怒気を携えて、切り裂くように正純は言う。

「罪なき領民を犬猫のように殺める手伝いをするなど、おまえたちはそれでも武士か! いや、武士ならばすでに自ら腹を切っておるな。それもせずに、かの如く命乞いをするなど許されるものではない」

 彼らは先ほどの阿含坊と同様に、正純をたかが高級官僚と侮っていた。
 だからこそ、火急の場合において今回のように果断な行動を迅速にとれる武将でもあるという一面を見て戸惑いを隠せないのだ。
 一朝ことあればすぐさまいくさに赴ける武士の本来の姿を忘れていたともいえる。

「もうよい、斬れ!」

 白刃がきらめいて、四人の根来同心の首が胴から落ちた。
 周囲に血の濃厚なにおいが漂う。
 合図とともに下人たちがやってきて、死骸をそれぞれ板戸に乗せると、藁をかぶせて運び出した。
 正純はそれから家臣の岡野九郎に頷くと、そのまま後ろを見ずに立ち去っていく。
 完全武装の兵たちは残った根来衆を長屋に押し込んだ。
 正勝と桐たちがやってきたのは、その時である。
 死体運びの下人たちとすれ違ったことで、すでにことが終わってしまったことに気づいてはいた。
 処刑が終わった場所にはまだ血の据えた臭いが漂っていた。

「……間に合わなかったか」
「はい」

 兵たちがそれぞれ撤収していくのを見送り、正勝はつぶやいた。
 あの根来の忍びどもの目論見は叶ってしまったのである。
 そのせいで本多正純は抜き差しならぬ立場に追い詰められてしまったということは、疑いない。
 公儀の付き人を成敗したことで、宇都宮藩―――いや、正純はきっと公儀から咎めたてにられることだろう。
 それをどうかわしていくか。
 いや、かわせるのか。
 昏い暗澹たる未来が大口をあけて待ち構えているようであった。

「……いや、まだだ」

 正勝は落ち込もうとする考えを無理にふりはらった。
 まだ、すべては終わっていない。
 彼の父親や宇都宮藩を狙う魔の手に完全に喉笛を掴まれたわけではない。
 これからはぎりぎりの攻防となるだろうが、まだ終わったわけではないのだ。

「正勝さま」

 振り向くと、いつ戻って来たのか、荒木又右衛門の姿があった。
 いつもの通りに頼りになる巨躯とごつい岩のような顔をして。

「又右衛門。斬ってくれよ」
「……」
「宇都宮を狙う汚らしい陰謀の元を……斬ってくれ」

 それが正勝の心の底からの願いであった。
 だから、又右衛門は、小さく頷き、

「おまかせを」

 と、頭を下げるのであった。
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