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又右衛門、斬ってはならぬ 〈宇都宮釣天井異聞〉 作者:陸 理明
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根来同心

 囮に使った傀儡を抱きかかえ、又右衛門は桐とともに古河の林の中を疾走していた。
 追われているとは思えないが、相手の鉄砲の腕を考えるとできるかぎり距離を離しておきたいからだ。
 しばらく走った後、適当な岩陰で休憩をとる。
 手にした自分と同じ装束を着させた木と藁でできた傀儡は、見事に胸板を撃ちぬかれていた。
 それをしげしげと眺め、

「あの物見やぐらから撃ち抜いたのか……。とことん恐ろしい業だな、例の忍術射撃とやらは」
「そうね」

 桐としても驚きだった。
 遠町筒という、長距離専門の鉄砲ならばともかく、ただの種子島銃であれだけの距離を正確に射抜くというのは並大抵の技量ではない。
 まさに戦慄を覚える類だ。

「しかし、不思議ではある。きゃつ、この腕を有しているのならば、おれたちを暗殺しようと思えばいつでもできたのではないか?」
「きっと条件があるのだと思う。一定の高さがないと駄目とか……」
「なるほど。それはあり得る話だ。宇都宮城にいる限り、あのやぐら並みの高さの場所は本丸にしかないしな。城下でもそれほど数はない」
「もう少し探れば弱点は炙り出せる」
「かなり危険だがな」

 彼らが用いた傀儡を使った行動は、伊賀では『空蝉』と呼ばれ、主に敵の意表を突くために使われる。
 それがたまたま嵌ったからよいようなものを、あの遠距離狙撃を前にするとおいそれとは屋形に近づけない。
 もっとも、又右衛門たちは根来の忍術僧の居場所を探るために亀姫の屋形を探ろうと思っていただけなのであり、あそこを根城にしていることがわかったのであれば特に問題はなかった。

「……だが、屋形から出てきたのは坊主が一人だけであったぞ。あとはただの奥平の家臣ばかりだったようだ」
「あれ、二丁馬上筒の……確か……藍婆坊らんばぼう
「そうだ、あの厄介なやつよ」

 桐は一度忍術僧に捕らえられたときに、敵方の名前と特徴を完全に把握していた。
 あとで合流した又右衛門とのすり合わせにより、二人は残った四人の忍術僧をおおよそ確認済みなのである。
 倒した三人についても、どのような手口の忍術射撃などを使ったかは伝達済みだ。
 他の四人が使わないとも限らないので、戦い抜くために必須の情報の共有のためである。
 本多家でたった二人の忍びである彼らはその意味では一心同体の相棒関係になっていたのである。

「やぐらの奴がいる限り、もう近づけない」
「……もう少し近づければなんとかなるのだがな」
「? 又右衛門殿も狙撃できるの?」
「まさか。おれにあんなけったいなことはできん。ただし、さっき言った通りにもう少し寄れればなんとかできなくもない」
「ホント?」

 桐は相も変わらず自信満々な相棒を、疑いの眼で見つめた。
 いくらなんでもただの剣士でしかない彼に、あの距離で対抗できる術があるとは思えないからだ。

「じゃあ、どうする?」
「少し策を練る。あと半町近づければ、おれはあいつを無力化できるからな」
「……私は何をすればいい?」
「おぬしはいったん宇都宮に帰れ」
「どうして?」
「質問が多いな。自分で考えよ、といいたいところだが、特別に教えてやろう。……さっきの亀姫さまの屋形にはおそらくあの二人の法師しかおらず、残りの二人はきっと宇都宮にいるからだ」

 桐ははっとした顔をする。

「だから、二丁のやつしか出てこなかった?」
「おそらくな。あとの二人は、宇都宮で例の噂をばらまいているのであろう」
「だったら……」
「そうだ。おれたちがここで足止めされると困ったことになる。とはいえ、あの遠距離からの狙撃ができるやつを野放しにするのは危険だ。いつ、遠くから撃たれるかわからんからな。手口が分かった以上、ここで仕留めておくのが吉というものだ」

 それだけを聞くと、桐は脇目も振らず走り出した。
 彼女は主君の待つ宇都宮に戻らなければならない。
 一方で、又右衛門は手持無沙汰に転がっていた石ころを弄びながら、あの物見やぐらの上に巣食う羅生門の鬼をどうやって退治するかを考えるのであった。


            ◇◆◇


 牢にまで顔を出した正勝に対して、阿含坊は憎々しげな態度を崩さなかった。
 彼とともに入牢した仲間とともに、城主の嫡子に対するものとは思えぬ振る舞いに、正勝に従っていた藩士たちは眉をひそめる。
 間違いなく、それは目上の者にとる態度ではない。
 阿含坊を含めて根来同心の増長はそこまで強くなっていたのである。

「……何の御用ですかな? 若殿」
「詮議だ、阿含坊」
「罪もないのに詮議される覚えはありませんな。それよりも早くここからだしてもらえないものでしょうか。おれたちは公儀の付き人なのですぞ、おわかりか」

 しゃがれ声で抗議をしてきた。
 この牢に入れられてから、力の限り叫び続けたせいでこしわがれていたが、もともと耳障りな声の持ち主なので違和感はなかった。
 ただし、その声にこめられた嘲りの色は露骨であった。

「……不遜だな、阿含坊」
「おれたちは本多の家臣というわけではありませんからな」
「ならば陪臣の分際でもう少し弁えろ」
「クク、陪臣の分際ですか? あなたさまのお父上はこのお城から退出なさる加納御前様から荷物をことごとく奪いといるという悪さをしたではないですか。加納御前は家康公の長女。主筋の方に対してそのような理不尽を働く家系のものに、とやかくいわれる筋合いはありませんなあ」

 阿含坊の言うことは事実であった。
 だが、一つの事実であったとしても見方が変わればどこまでも逆にとらえられるということの証左でもあった。
 もとの宇都宮領主であった奥平家が国替えの時に、領主の忠昌の祖母にあたる加納御前―――亀姫が城の明け渡しに腹を立てた挙句、城中の襖、障子、板戸、畳を根こそぎ剥ぎ取り、庭の木々までも持ち去ろうとした事件のことである。
 そのため、正純が入城したときには、宇都宮城は当然からっぽという無残なものであった。
 あまりのことに、さすがの正純も激怒した。
 自ら揃えられる限りの軍兵を率い、国境まで追いかけると力尽くで奪い返したのである。
 亀姫は当然のことだが抗議したが、正純は一蹴した。
 当時、城明け渡しの際にはそれに関する大法が存在し、法に従う限り、亀姫のなしたことは違法であり、決して許されぬ行為であったのだから。
 明け渡す側が自分の城であるからといって、備え付けのものをすべて持ち出したりしたら、新しく入城したものにとってはすべてを自分で負担せねばならなくなるのだ。
 よって、正純の行為は正しいものといえた。
 ただし、息子である正勝ですら、もう少し融通を利かせられたのではないかと思わなくもない。
 亀姫といえば阿含坊の語る通りに家康の娘であり、二代将軍の姉にあたる。敵に回してなんの得もない。
 それに大久保忠隣の件と今回の国替えの件でぎくしゃくした間柄なのはお互いわかっているはずだ。
 しかし、正純は正しいことは正しいと言ってしまう男なのだった。
 自らの保身よりも先に、天下の御法を律儀に遵守し、相手が誰であろうと筋を通そうとする。
 二代将軍選定の時に、長幼の法に従い、家康の次男である結城秀康を推したことによって、秀忠の恨みを買ったことも同様だ。
 筋を通して恨まれる。
 本多正純の損な性格がある意味ではもっとも深く顕わになった逸話であった。
 だからこそ、正勝は父に従う。
 父がこうと決めたのならば、それは正しいことなのだ。
 目の前の小汚い坊主の罵りなど父の言に比べれば、何の価値もない。

「言いたいことはそれだけだな。―――では、詮議をする。おまえたち、根来同心はここしばらくの間に藩にとって看過できぬ噂を流し続けたに相違ないな」
「なんですと?」
「行方不明になった大工たちを、宇都宮藩が密事を守るために粛清したという噂のことだ。おまえたちがばらまいているのであるから、当然知っているだろう」
「―――知りませんな」

 阿含坊とて、自分たちが入牢させられた理由は察していた。
 それが冤罪ではないこともわかりきっている。
 ただし、正式な裁きの場でもない限り、公儀から派遣された自分たちには手が出せないと確信していた。
 根来衆に手を出すことは将軍家に刃向うこと、すなわち叛逆であると。

「言いがかりはやめていただきたい。だいたい、おれたちが何をしたというのだ? こんな牢に閉じ込められただけでも不愉快であるというのに。まるで、例の大工のように自害でもせよということでしょうかな?」
「なんだと」
「たかだか六人程度に念仏講をかまされただけで死ぬような女の情夫ごときと同じ扱いをされてははなはだ迷惑ですな」

 正勝は目を細めた。
 許嫁のおはやの死が与四郎の自害の引き金だということは城下でも知られている。
 ただし、彼女が何者かに犯されたことは伏せられているはずだ。
 噂としては立っていたかもしれないが、ここまで断言できるほどではない。
 それなのに、阿含坊は確かに「六人」と断定した。
 口を滑らせたことは間違いない。
 阿含坊はおはやを死に追いやったものどものことを熟知している。

「与四郎という大工はここで死んだわけではないぞ」
「奥の宿直部屋で死のうとここで死のうとたいしたかわりはございますまい。どのみち、不自由極まりない」

 正勝はこの時点でほぼ確信した。
 与四郎の死が自殺ではないことを。
 間違いなく、彼の死にこの阿含坊……もしくは根来衆が関わっているということに。
 よく考えてみれば、又右衛門と桐が与四郎を救出した直後から精神に異常をきたしていたことから、まともに話を聞くこともしなかったが、彼は大工の行方不明に根来が関わっていることの生き証人なのであった。
 本多と根来の暗闘について知るものは少ないが、もし表ざたにするとしたら、本多側にとって有利な証人となること間違いない。
 そうなると、根来にとっては致命的な証言をされる前に口を塞いでおけということになってもなんら不思議はない。
 例の忍術僧は又右衛門だけでなく藩士にも警戒されていたとしても、この根来同心ならば本丸までの立ち入りは役職上簡単に認められている。
 つまり、この連中ならば与四郎を自殺に見せかけて殺害することは極めて容易いのだ。
 正勝は手が刀のつばにかかりそうになるのをギリギリで堪えた。
 彼の権限で殺すことはできない。
 少なくとも、御法に則るのならば。

「……おまえたちが大工の与四郎をあやめたのか……」

 喉から振り絞るような台詞を聞き、一瞬だけしまったという顔をした阿含坊であったが、すぐにさっきまでの薄ら笑いを浮かべて、

「さて、なんのことですかな」

 と嘯いた。
 証拠がなければ罪には問われないとタカをくくっているのだから当たり前だ。
 とことんまで舐めた態度をとれる。
 正勝が怒りのあまりに歯を食いしばる程に舐め腐った態度を。

「よくぞ、ほざいたな下郎」

 その時、牢の外から声が響いた。
 重厚な抉りとるような低い声。
 正勝は振り向く。

「ち、父上……」
「出羽守、その下郎どもを引っ立てて、馬をだせ。―――岡野九郎は兵に具足と槍を持たせて馬場に集めよ」
「……何をなさるおつもりで」
「知れたことよ」

 鶴のように痩せているくせに、とてつもなく大きく見える幕府の重鎮はおもむろに言い放った。

「公儀直参の身でありながら、罪もない多くの大工や町娘を死に追いやる片棒をかついだ外道どもを成敗するのだ。こやつらが汚した公儀の威信、将軍家の誇りを、この正純自らが回復して見せようぞ」
「ば、ばかな!」

 あらん限りに叫ぶ阿含坊。
 そんなことはありえない。
 許されるはずがない。
 阿含坊は思わず牢の中からにじり寄り、格子から手を出して本多正純にすがりついた。
 正純は袖の袂を掴まれぐっと引き寄せられる。
 だが、次の瞬間、腰の小太刀を鞘走らせた正純の斬撃がその手首を両断した。

「ぐぎゃぁああああああ!」

 役人なりといえど、戦国の世を生き抜いた武士の強烈な一撃であった。
 正勝をはじめ居合わせたものたちすべてが瞠目するほどに。

「わしの覚悟のほどを理解しておけ。……では、出羽守。すぐに動け」

 そう鋭く命じ、正純は牢からでていく。
 背中に厳格なる公正さを携えながら……。

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