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又右衛門、斬ってはならぬ 〈宇都宮釣天井異聞〉 作者:陸 理明
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秋の異変

 元和七年の秋、宇都宮にもそろそろ冷たい空気が流れ始める頃、宇都宮城の普請もほぼ完成に近くなっていた。
 藩士たちもそろそろ先が見えたこともあり、徐々に余裕の表情を浮かべはじめていた。
 初夏にふらりと現われた荒木又右衛門も、もともとの豪放磊落で人懐っこく、おしゃべり好きな性格のおかげか、彼らに十分に溶け込んでいた。
 正純親子の命を受けて諜報活動に従事する一方で、請われれば柳生の里で学んだ新陰流剣術を披露し、自ら持ち込んだひきはだ竹刀で気軽に仕合いを受けるなど、剣士としての存在感を見せていた。
 その日も、道場で藩士たちと激しく鍛錬を繰り広げていた。

「しゃっ!」

 打太刀と使太刀に別れ、九箇之太刀の九本をそれぞれ見せていた。
 九箇之太刀は上泉伊勢守が諸流の奥義を究め、その精髄を取り入れた太刀の形である。
 又右衛門はまだ若い剣士であるが、幼少のころからの研鑽のおかげで認可を受けていたほどであった。
 その指導の下、「必勝」「逆風」「十太刀」「和卜」「捷径」「小詰」「大詰」「八重垣」「村雲」という九本を連続して行う。
 又右衛門は打太刀となって、斬りかかる使太刀の藩士に後の先の技を見せ、それをなんども繰り返させることで覚えさせるという見取り稽古であった。
 半分まで消化したところで道場に本多出羽守正勝が顔を出し、最後まで終わるのを見届けてから汗を手拭いで拭う又右衛門に声をかけた。

「精が出るなあ、又右衛門」
「おお、正勝さま。どうです、正勝さまも汗を流しませんか?」
「おれはあまり剣の方は得意ではないんだよ。それに、おまえに頼みたいことができたのでここに来たんだ」
「―――拙者に?」

 又右衛門は汗にまみれた道着のまま、正勝とともに城の三ノ丸の中庭に出た。
 もし彼らを見張っているものたちがいても、盗み聞きができない場所で立ち止まると、正勝が口を開く。

「例の大工たちの亡骸が見つかった。十人だけでなく、他に行方不明になっていた六人の分も含めてだ」
「だいぶ時間がかかりましたな」
「仕方ないだろ。宇都宮中を掘り返す訳にはいかんからな。ある程度の目星がつかなければ藩士たちに掘り返させるわけにもいかない」
「その目星とやらはどうやって?」
「おまえが根来同心どもの動向を探ってくれたあとで、阿含坊などの行きつけを見廻りの証言などから割り出して、内偵をすすめたおかげだ。あやつらがもし亡骸の遺棄に関わっていたとなると、自分たちのわかる場所を遺棄場所に選ぶだろうというおまえの意見をそのまま採ったのがうまくいったようだ」
「首尾よくいかれたのならよう御座いました」

 夏に起きた城の普請に関わった大工の行方不明が、例の根来忍びの仕業だと判明した時点で、又右衛門は正勝に遺体の捜索を進言した。
 忍びに関わって行方不明になった場合、十中八九、その者は殺害されているはずだからである。
 そして、あの七忍の忍術僧その性格からすると、自分たちが作り出した遺体を見つからないように隠匿するという行為を率先してやるとは思えない。
 誰かに命じて、どこか人目につかない場所に埋めたであろうことは確実であった。
 となると、忍術僧を匿っていた堀伊賀守利重が奥平家預かりで家臣がいない以上、その労働を行った可能性があるのは、先に宇都宮城に入っていた百人ほどの根来同心以外にないことになる。
 又右衛門と桐は手分けして、根来同心たちを見張り、そのおおよその行動を掴み、どこかで尻尾をださないか探り続けた。
 結果として、正勝が根来同心たちの死体遺棄に使いそうな場所を割り出したというわけである。
 遺棄場所として突き止められたのは、御堂の森と呼ばれている杉林を抜け、蓮池掘を見下ろす平地。荒れ果てた的場の跡であった。
 正勝はわずかな口の堅い家臣とともに朝早くから訪れ、時間をかけて幾つもの亡骸を発掘した。
 証拠隠滅もされず、殺された当時の衣服のままであったので、身元の特定も非常に容易かった。
 死因については全員が鉄砲で撃たれたものと断定されている。
 確実に例の忍術僧の仕業であろう。

「許しがたい外道どもだ」
「まったく」
「……しかし、おまえもよくきゃつらのうちの三人まで斬り捨てられたものだ。おれはおろか、桐でさえも歯が立たぬ相手だという話ではないか」
「ふふふ、そこはそれ、拙者ほどの剣士はそうはおりませぬからな」

 自信満々の又右衛門はふんぞり返って男らしく微笑んだ。

「腹を撃たれたと聞いたときは、さすがにもう死んだかと思ったぞ」
「なあに、相手が鉄砲だとわかっておれば、それなりの準備はできるというもの。避けることがかなわなくても、受けきることができないわけではないのですからな」

 しまった筋肉で固く引き締まった腹をぽんと叩く。
 そこは夏の闘いで藍婆坊らんばぼうの忍術射撃『大威徳撃ち』で撃たれた場所であった。
 だが、今の又右衛門の腹には傷一つない。
 撃ったはずの藍婆坊ですら驚いていた又右衛門の不死身ぶりの証拠である。
 なぜ、撃たれても平気だったのかというと、実際には答えは簡単であり、それは分厚い鉛の板をさらしで幾重にも撒いて固めていたからであった。
 それ以外にも、伊賀の忍び特有の技術である、気で全身を強化する〈硬気功〉を併用していたりと万全の備えはしてあったのであるが、ぎりぎりの死闘のさなかで狙ったところを撃たせるという離れ業を演じられるものは、そうはいないであろう。
 荒木又右衛門とはそれほどまでに優れた忍びでもあったのだ。

「……で、どうなされますか。忍術僧の跳梁の手助けをしていたとなると、根来の同心どもも捨て置くわけにはいかないと思うでござるが」
「父上には報告してある。あの厳格な父上のことだ、近いうちにきゃつらを城から放逐するであろうな」
「それがいいでござる。獅子身中の虫をいつまでも手元に置いておくことはよいことではないですからな」

 大工たちの殺害に加担するという、これまでは見逃されていた反抗的な振る舞いをはるかに越えた行動に対して、正勝は怒りを覚えていた。
 かつては直参の御家人であるということで多少は大目に見ていたが、義に篤い彼にとって罪のない領民を殺害するということは断じて見逃せない。
 一方、もともと冷酷な忍びである又右衛門にとっては、それほどの怒りをかんじることではないが、ここしばらくの間で莫逆の友という関係になっていた正勝の心は手に取るように理解できていた。
 公平誠実な本多正純の統治が、この宇都宮にもたらしている恩恵と平和を考えても。

(正勝さまはいい殿様になられる。おれも正勝さまのために、なんとしてでも大殿を守り、ご老中土井利勝さまの企む陰謀を阻止する助けとなろう)

 と、心に決める又右衛門であった。

「しかし、又右衛門。少し気になることがある」
「なんでござるか?」
「残りの四人の根来忍びが姿を見せぬことだ」
「それは拙者も同意見でござる。おそらく、何らかの形でこちらを窺っているとは思いますが、最近、一向に姿を見せませぬな」
「諦めたのだろうか?」
「その可能性はありえなくはないです。しかし、堀伊賀守を探ったところ、この件の裏で糸を引いているのはご老中土井利勝さまであることは間違いないところでござる。かのお方が政敵である大殿を陥れるつもりならば、城の普請が完成し、備えが完全になる前の今の時期がもっとも容易いはず。普請工事の完成前までに仕掛けてくることは明白でしょうな」
「だが、そろそろお成り御殿も最期の建具職人との打ち合わせに入っている。もう、来年の正月には完成だぞ」
「ですから、その前に何かをすると思いまする」

 二人は首をかしげた。
 爾来、攻める方が簡単であり、守備側はその倍以上の戦力を必要とするという。
 本多家側には忍びは又右衛門と桐の二人しかおらず、敵側の半分にも満たない。
 それでは効果的な防衛計画は立てられないのは確かである。

「……では、拙者はまた堀伊賀守の屋敷を探ってみるでござる。あの御仁の屋敷にまた舞い戻っているかもしれませぬから」
「頼む。おれは根来同心に対する見張りを増やして、自由に動けぬように圧力をかけるとしよう」
「それではごめん」

 又右衛門と正勝は別れた。
 ……二人はまだ知らないことではあったが、彼らの予想通りにすでに根来忍びの生き残りの四人は新たな陰謀を企んでいたのである。
 それは今度こそ本多正純を窮地に追いやるものではあったが、それとはまったく別のところで新しい問題が発生していた。
 その後の正純を間接的に追い詰める嚆矢となる事件であったが、きっかけ自体はちっぽけなものでしかなかった。



 ―――大工の与四郎が首をつって果てたのである。
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