挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
又右衛門、斬ってはならぬ 〈宇都宮釣天井異聞〉 作者:陸 理明
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

15/32

亀姫

 古河にある堀伊賀守利重が奥平家より与えられた屋敷は、なにやら喧騒に包まれていた。
 屋敷のいたるところにある行灯やらに火が点けられ、庭には高張り提灯が並べられ、まるで昼間のように煌々と輝いている。
 そして、夥しい、屋敷の規模に見合わない人数が動き回っていた。
 まるで一族総出でする大晦日の掃除のようであった。
 速疾鬼坊そくしつきぼうの死骸、気絶した与四郎、そして桐を抱えて戻って来た五人の忍術僧が面喰うほどであった。

「いったい、何の騒ぎじゃ?」
「堀さまの屋敷は、ほとんど奥平家の家人だけでなりたっているはず。あんな人数はおらないだろう」
「まだ大名だったころの家臣でも呼び寄せたか?」
「まさか。堀さまはお預けの身―――罪人じゃ。元家臣を集めれば謀反ととられかねん」
「では、あれは何だ?」

 もっともな疑問ではあったが、長い間二人と一つの死体を運んでいてへとへとになっていた根来衆にとってはもとよりどうでもいいことであった。

「拙僧たちには関係がない話よ。拙僧たちが与えられた離れまではあの騒ぎも届くまい。無視しておけばいい」
「そうはいってものぉ……」
「多髪坊、毘藍婆坊びらんばぼうの言う通りじゃ。忍びである俺たちには堀さまのことなどどうでもいいことだ。何かあればお召しがあるだろう。それまでは籠っておればいい」
「まあ、そうじゃな」
「それに……」

 忍術僧は小脇に抱えている桐の整った美しい顔を見て、

「しばらくは任務を忘れて、こやつで楽しむとしよう」
「そうじゃな。速疾鬼坊の敵をとらせてもらおう。覚悟しろよ、本多の忍びめ」

 仲間の死という現実はあったが、そこで切り替えができなければ死ぬのは自分たちだということを根来衆はよく理解していた。
 その精神の在り様が余人と違うのが忍びという生き物だ。
 もっとも、桐という女忍びを強姦することで現実から逃れようとしているともとれるのではあるが。
 五人は正門を避け、裏の入り口から中に入る。
 彼らが与えられている用人小屋に戻ると、灯篭に火を点け、竈で湯を沸かし始める。
 七忍でしばらく暮らしていたので、生活のための分業はすでにできていた。
 借りぐらしとはいえ彼らには落ち着ける生活空間なのだ。
 全員にどことなくほっとした表情が浮かぶ。
 すると、奥にある小部屋で「うううう」という動物のような呻き声が聞こえてきた。

「まだ、生きておったか」
「そりゃあ、大事な人質ではあるからな」
「大事ねぇ。……しかし煩わしいことだ。堀さまのところの小者に世話を任せればよかったわ」
「さすがに堀さまには言えぬよ。なんといっても、おれたちが大工どもを始末した程度でとやかく言われるお方だ。たいして徳のある殿様でもなかったくせに、口だけは出してくるのが面倒でかなわん」
「どれ、水ぐらいは飲ませておくか。さすがに死体の処理まではやりたくないしな」
「そこの大工が許嫁だというから、そいつにやらせればいい」
「それもそうか」

 仲間に水を配りながら、無厭足坊むえんぞくぼうが与四郎を蹴って起こした。
 目を覚ました与四郎は状況を把握し飛び起きる。
 しかし、いまだに五人のうちの一人の銃口が狙いを定めていることを知り、なにもすることはできなかった。

「おい、大工」
「……なんでしょう」
「その奥の部屋にうぬの女が寝ておる。介抱しておけ」
「お、おはやが!」

 その言葉を聞くと、与四郎は脇目も振らず部屋に飛び込む。
 心配でたまらなかった許嫁のもとへ駆け寄った彼の喉からこぼれ出たのは嗚咽であった。

「お、おはやあ……」

 与四郎が見たのは、暴行され顔が真っ赤に腫れ、唇が蒼く変色した、許嫁の無残な姿だった。
 拷問のあとではない。
 ただの慰み者として暇つぶしに乱暴に扱われたことがわかる、酷い有様だった。
 瞼も腫れているせいで片目が満足に開きそうもない。
 与四郎は思わず抱き上げた。

「おはやあ、おはやあ……!」

 出てくるのは、許嫁の名前とそのほかの声にならない慟哭だけ。
 涙が枯れ果てんばかりの苦しみであった。
 与四郎は許嫁の姿にただ悲しみ、その痛みに涙をこぼした。
 だが、そんな彼を五人の忍術僧は嘲笑いながら見ていた。
 慈悲の心も義侠の魂もない彼らにとって、他人が抱く心の痛みなど娯楽以外のなにものでもない。
 同じ根来の阿含坊がややこの七忍と距離をとってはいたのは、その恐るべき心の持ちようについていけないものを感じていたからだ。

「―――どのみち、うぬもあと数刻ののちには死ぬことになっているのだがな」
「感動の再会というところか。行くも帰るも別れては 死ぬも死なぬも 逢坂の関といったところだの」
「ククク」

 人とは思えぬ人面獣心の会話をしていると、足元から声が聞こえてきた。

「―――あんたたち、外道」

 頑丈に縛られた女忍び―――桐の台詞だった。

「なんじゃ、貴様も目を覚ましたか。どうじゃ、気分は?」
「最悪」
「ククク、元気な女だな。まあ、そうでなければ困るわ」
「おれたちの逸物、全員分を耐えられるぐらいには元気でいてもらわないとなあ」

 けだもののようにケタケタと笑いながら、一黙坊が近寄る。
 だが、桐にはなんの抵抗も方法もない。
 目を覚ましてから縄抜けを試し続けていたが、さすがに同じ忍びによる拘束からは逃げることがかなわない。
 隠し刃も武器もいくつか残ってはいるようだったが、そもそも自由の利く身体がなければ何の意味もない。
 このままいけば、この外道たちの獣欲の餌食だ。
 忍びではあってもいまだ男を知らぬ未通女おぼこである彼女にとって、あまりに耐えがたい屈辱だった。
 こんな時に頭にどんな男も浮かんでこないところが、いかにも彼女らしいことであったが。

(くそ、ここからどうやって逃げればいいの?)

 桐は身をよじった。
 その胸元に手が差し込まれようとした時、

「根来衆の方々、根来衆の方々、お帰りでありますか!」

 と戸が叩かれた。
 全員の視線がそちらに向く。
 普段はこちらに近寄りもしない、堀伊賀守の近侍の武士の声であった。

「……何の御用でしょう」

 藍婆坊らんばぼうが戸を開けた。
 一黙坊がさりげなく桐の姿を隠す。
 見咎められると厄介だからだ。

「殿より、根来衆の方々六人、すべてまかりこすようにとのことです」
「……堀さまから。なにゆえ?」
「加納御前さま……、亀姫さまのお言いつけでござります」
「なに、亀姫さまだと!」

 亀姫と言えば神君家康公の長女である。
 長篠の戦いで武名をあげた三河の奥平信昌のもとへ嫁ぎ、本多正純が配付されるまでは宇都宮藩主であった奥平忠昌の母親でもある。
 忠昌がいまだ14歳ということもあり、実質的に古河にお預かりとなっている堀伊賀守の保護者といえた。
 その亀姫が来ているということで、あの騒ぎだったのだと忍術僧たちはようやく合点がいく。
 だが、その亀姫がなぜ彼らを呼ぶのかはわからない。

「おれ……拙者たちは亀姫さまとはなんの関係もありませぬが」
「いえ、亀姫さまはなんとしてでもあなた方をお連れせよ、と。ですから、六人ともすぐに拙者のあとについてきてくだされ」
「い、いや、我らは今は五人でしてな……」
「五人でも構いませぬ。亀姫さまのご機嫌を損ねないうちにはやく!」

 なんとも急な話だったが、さすがの彼らも行かねばならないことだけは理解していた。
 仕方なく、彼らは近習に倣って伊賀守の屋敷についていく。
 神君の娘という肩書に度肝を抜かれていたということもある。
 彼らにしては珍しく不手際があったということを忘れるほどに。

「……いったい、なんの用件なのだ?」
「わからぬ」

 忍び特有の音の出ない会話をしつつ、五人は奥に向かった。
 案内された部屋には、上座に座った豪奢な着物の老女とそして端に控えた堀伊賀守がいた。
 元一万石の大名であったとしても、今は罪人であり、しかも相手は家康公の娘である。
 しかも二代将軍秀忠の姉にもあたる。
 堀伊賀守が逆らえる相手ではなかった。
 力関係が如実なまでに表れていた。

「根来の六忍。参上しました」
「六忍? どうみても五人しかおらぬが」
「そ、それは……」

 老いてもまた張りのある亀姫の声には事実を確認するだけで、あざけるような色はなかったというのに「虚仮にされた」と忍術僧たちは思った。
 ただ単に疑心暗鬼なのだが、今の彼らの精神状態ではその程度だ。

「まあ、よい。―――おぬしたちが土井利勝の雇ったという、根来の忍びで間違いないのか」
「は、その通りでございまする」

 平伏する五人を亀姫は無視した。
 彼女が見ていたのは堀伊賀守だけである。

「堀殿、ではさきほどの話のようにこのものどもはわたしが預かるので、よしなにはからってくださいね」
「し、しかし、加納さま……」
「堀殿。あなたはこのものどもの雇主ではなく、土井利勝の依頼によって監督の任についていたにすぎませぬ。翻ってわたしは土井利勝から直接、このものどもの手綱を受け取っておる。おわかりかしら」
「は、はあ」

 二人の話が読めない根来衆は首をひねらざるを得ない。
 話を簡単に解釈すると、彼らの監督が堀伊賀守から亀姫に移るということなのだが、家康公の娘がなんのために忍びの手綱を握るというのだ?

「わかったか。今日より、おぬしらの飼い主はわたしじゃ。胆に刻めい」
「はは」

 平伏する五人の忍術僧たち。
 それを冷たい目で見下ろし、

「では、わたしは自分の屋敷に戻る。おぬしたちもそのままついてまいれ」
「は?」

 疑問の声をあげた一黙坊に対して、

「ぬしらのような飼い犬がわたしの指図に疑問をあげるとはなんのつもりじゃ。わきまえよ。そして、今後、二度とわたしに対して今のような声をあげることは許さぬぞ」

 再度平伏した忍術僧を尻目に、亀姫は部屋を出ていった。
 少し遅れて伊賀守も続く。
 見送るつもりなのだろう。
 その様子を見て、忍術僧たちは、

「どういうことだ? おれたちはあの―――婆あの配下になるということなのか?」
「わからぬ。だが、神君の孫のいうことには、相手が女であったとしても逆らえぬ。特にあの―――婆あは二代将軍さまの姉上でもあられる。もし機嫌を損ねでもしたら、おれたちだけでなく根来寺までが危ない」
「我らの悲願の再建立まで泡と消えるぞ」
「では、仕方あるまい。気に入らん婆あではあるが従うしかなかろう」

 忍術僧たちはそのままついていくことにした。
 だが、その途中で、離れにおいてきた虜囚たちのことを思い出した。

「おい、あいつらはどうする?」
「残すわけにもいかん。誰かが行って片づけた方がいいだろう」
「では、俺が行こう」

 片腕の一黙坊がいう。

「右手のないうぬでは大変ではないか?」
「気にするな。どうせ殺して死骸をどこかに捨ててくるだけだ。朝までには合流できる」
「―――面倒をかけるな、では頼む」
「おうよ」

 実は一黙坊は、仲間のためにというだけで殊勝なことを言い出したわけではない。
 桐の身体に実際触れていたことで、女に対する獣じみた欲情を押さえきれなくなっていたのだ。
 少しぐらいの役得はいいだろうという下心丸出しであった。

 そして、一黙坊は小屋へと戻った。
 身動きの取れない桐を辱め、そののちに殺すために。
cont_access.php?citi_cont_id=59036440&si
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ