ラーニャの突然のジャガイモ宣言に、城門の周りは静まり返っていた。
やがて皆正気に返り、訳の分からないことを言うラーニャに野次を飛ばし始める。
「何言ってんだ野良猫!!」
「マオ公は引っ込めー!!」
周囲はまた元のように怒号の飛び交う空間に戻った。
だがラーニャは次々に飛んでくる罵声をものともせず、雷のような大声で叫び返す。
「うるせえエェェ!! 今はオレが話してんだ。テメェら黙って聞きやがれ!!」
まるで喧嘩を売っているような彼女の口調に、群集たちはいきり立つ。
一触即発の空気が辺りに流れたが、群衆の中の一人の男が彼女の顔を指差して叫んだ。
「おい皆! コイツの顔どっかで見たことあるぞ!! ――そうだ! コイツ、英雄グスタフを倒したマオ族だ!!」
彼の一言が、波紋のように周りに広がる。
やがて人ゴミの中からチラホラと、その男に同意する者が現れた。
目の前にいるマオ族が、あの恥さらしの英雄を倒した猛者であることを知り、民衆は小波のようにざわめく。
彼らの興奮がとりあえず収まったのを見て、ラーニャはにやりと笑った。
「よーし。静かになったみてぇだな。言いたいことはたくさんあるが、その前にお前らに一つ聞いておく」
ラーニャは息を大きく吸い、言った。
「お前らどうしてもパンじゃなきゃダメなのか? 他に代わりがあってもダメなのか?」
ラーニャの静かな問いに、群集たちは顔を見合わせた。
王都の民にとって、日々の食事の中心はパン以外に考えられない。
他に代わりがあるなどと考えたことは、一度もないに違いなかった。
戸惑う群衆に、ラーニャはさらに追い討ちをかける。
「お前ら、今パンが高くて困ってるんだろ? だったら代わりの物を食えばいい話じゃないか。違うか?」
ラーニャの疑問に、群衆の中の誰かが答えた。
「そんなものがあるのか?」
「あるさ。さっき言ったろ? パンが買えないなら、みんな代わりにジャガイモ食えばいいのさ」
再び周囲に戸惑いの波が生じた。
ジャガイモは王都にあることはあるが、あまり馴染みのない食べ物で、料理に使うものは少ない。
「みんなは慣れねぇかもしれないが、オレたちマオ族が住む場所は、小麦が育たねぇから代わりにジャガイモを主食にしてるんだ。――ちょうどいいことに、ジャガイモに限っては今年は豊作だ。テメェらが食う分はたっぷりあるぜ?」
思わぬラーニャの提案に、群衆の中で互いに相談するような空気が起きた。
慣れ親しんでいるが値が釣りあがったパンと、馴染みのないジャガイモという食べ物。
どちらを取るか、詰めかけた王都の人間たちは迷っているようだった。
だがどちらつかずの雰囲気を打ち破るように、一人の中年男性が怒りの声を上げる。
「ふざけるな!! マオ公の食い物なんか食えるわけがないだろ!!」
彼の意見につられるように、賛成する声がそこかしこで上がった。
「そうだ!! 野良猫共の食いモンなんか食えるか!!」
「俺たちはそんな下品な野菜なんか食わねぇんだよ!!」
「ひっこめマオ公」
しかしラーニャはそんな罵倒に怒ることもせず、黙って彼らの言い分を聞いていた。
ひとしきり罵られた後、やがてラーニャは最初に声を上げた中年男性に向かって声をかける。
「おいおっさん。隣にいる美人はアンタの奥さんかい?」
てっきりラーニャが怒ると思っていただろう男性は、彼女の呑気ともいえる言葉に調子を崩されたようだった。
「ああ。そ、そうだが……」
「随分綺麗な奥さんじゃないか。でも勿体無いねぇな。着てる服が古すぎるよ。せっかくの美人が台無しだ」
ラーニャはこれでもかと大げさに肩をすくめて見せた。
そして勢いをなくした男に向かって諭すように話かける。
「なぁ、オッサン。つまんない意地張ってるより、安いジャガイモ買って、その浮いた金で奥さんにドレスの一つでも作ってやんなよ。皆もそう思うだろ?」
集まった王都の民は、尤もだという風に頷いた。
つまらない意地より実を取れ。
今の会話を聞いては、群集はそう思わざるを得なかった。
自然とどちら付かずだった雰囲気が、段々とラーニャに賛成する流れに変わっていく。
あと一歩だった。
ラーニャはその流れを確実にするために、さらに話を続ける。
「なぁ、みんな。みんなは何で小麦が値上がりしたか知ってるか?」
目立った反応はなかったが、それはすなわち、彼らが答えを知っていることを意味した。
それなら話は早い。
ラーニャは一気に「詰め」に入った。
「オレたちがこんなに困ることになったのは、小麦を買い占めた小麦問屋や一部の貴族のせいだ。アイツらは、こうやってオレたちが小麦を欲しがって、値段が上がるのを待ってる。皆がパンをを求めることは、奴らの思う壺なんだ」
ラーニャのあくまでも穏やかな口調に、群集は拳を振り下ろし、彼女の話しに聞き入った。
困窮した民が詰めかけた城門は、いつの間にかラーニャの演説場へと変わっていく。
「それは国が小麦を買い取っても同じ事だ。奴らに一矢報いる一番の方法はな、小麦を買わないことなんだよ。そうすれば小麦の値段は下がって奴らは大損だ。みんなはどうしたい? プライドを取って汚ねぇ奴らを儲けさせるか。それともジャガイモを食べて奴らに思い知らせてやるか」
「嫌だ」「儲けさせてたまるか」という声が、群集の中から次々と上がった。
パンを求めることは、結果的に買い占めたヤツラを儲けさせることにつながる。
ラーニャの演説によりそれに気付いた民たちは、最初の怒りを違う方向へ向け始めた。
「だったらジャガイモ食おうぜ皆。皆でジャガイモ食って、オレたちを苦しめた奴らに思い知らせてやろうじゃないか。オレたちだってバカじゃないってことをな!!」
最後にラーニャが拳を振り上げると、大きな歓声がわきあがった。
皆口々に彼女に賛同する言葉を叫ぶ。
民衆たちの矛先は、完全に王族から小麦を買い閉めた人間たちへと変わっていた。
「小麦問屋の好きにさせてたまるか!!」
「目にもの見せてやる!!」
「ジャガイモ食って大損させてやる!!」
暴徒になる寸前の民衆が押し寄せていた城門の空気は、ほんの数分で一変していた。
もはやそこにパンを求める民の姿はない。
あるのは小麦の値段を吊り上げた元凶に一矢報いてやろうと勇む民衆の姿だけだ。
「ここに集まった皆! 帰ったら他の仲間たちにもオレの言ったことを伝えてくれ! みんなで思い知らせてやろうぜ!!」
ラーニャの言葉に促され、群衆は彼女の話を伝えに城門からそれぞれ散っていった。
瞬く間に数百人はいたはずの民衆の姿はなくなる。
彼らの対応を一歩間違えていたら、きっと死人の出る大惨事になっていただろう。
だが驚くべきことに、ラーニャは一切の武力を介入することなく、民衆の群れを自発的に城門の前から解散させた。
戻っていく王都の民の後ろ姿を見届けながら、ラーニャは背後にいるだろうマドイに告げる。
「な? 死人、出なかっただろ?」
振り返れば、マドイは呆然としながら去っていく民たちを眺めていた。
ジャガイモを食べるときは、ちゃんと加熱してからにしましょう。
NEWVEL
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