追われているマオ族の若者は、暴行の途中で逃げてきたのだろう、顔中青あざだらけで足取りも不確かだった。
追ってきている男の数は五人。
身のこなしや酷薄な雰囲気から察するに、おそらく暴力的行為のプロだろう。
このまま捕まれば、彼は最悪殺されてしまうかもしれない。
ラーニャはミハイルを助けたときと同じように、男たちと追われているマオ族の間に割って入った。
「おっさん、何されたのか分からんけどコイツもうボコボコだぜ?それくらいにしといてあげてくれない?」
男たちはよくいるチンピラのように声を上げることはせず、無言のままだった。
そのうち一人が音もなくラーニャの背後に忍び寄り、羽交い絞めにしようとする。
だがラーニャは寸でのところですばやく身をひねり、すぐさま男たちから距離を置いた。
(コイツらやっぱりプロだな)
少なくとも先日相手にしたチンピラと格が違うのは確かだ。
筋力と体力にものを言わせれば勝てる相手ではない。
(下手に反応される前に一気に片をつけるのが正解か……?)
ラーニャが即座に反応できるよう身構えていると、ミハイルとアーサーがこちらに向かって駆け寄ってきた。
心配したのだろうが、あまりにも間が悪い。
「バカッ!来るんじゃねぇ!!」
「えー、でも……」
しゅんとなるミハイルの背後に、男の一人が忍び寄る。
「逃げろ、ミハイル!!」
とっさにミハイルが振り向く。
だがその瞬間、目のくらむような閃光が当たりに瞬いたかと思うと、男が大きく吹き飛んだ。
思いもかけない事態に、ラーニャも残りの男たちも戸惑う。
「ミハイル、お前何した?」
「光系魔法だよっ。今日は晴れてるから調子いいの」
ミハイルは緊迫した状況下にもかかわらず満面の笑みを浮かべながら、両手を空に向かって振り上げた。
「中級光系魔法、行っきまーすっ」
まだろくに呪文も唱えていないにもかかわらず、辺りに閃光と爆発が沸き起こった。
規模が大きすぎるのだろう、ラーニャまで立っていられなくなる。
強すぎる光にくらんだラーニャの目が元に戻ったときには、男たちのいた所には見事なクレーターが出来上がっていた。
もちろんそこに男たちの姿はない。
「……あいつら、ひょっとして灰になったんじゃねーか」
「あれれ~?ちょっと強すぎたかな」
「強すぎたじゃねーよ。やりすぎだろーが!」
ミハイルに食って掛かるラーニャを、今まで黙っていたアーサーが制す。
「多分どこかに逃げたんですよ。この程度の爆発なら死体は残りますから」
「さりげに怖いコト言うな。やったことあんのか」
「そんなことより今はこの男性の手当てが先決でしょう」
男性は地面の上で腰をぬかして怯えていたが、同じマオ族のラーニャを見て安心したのか、そのまま倒れこんだ。
改めて彼を見ると、体の至る所に傷があり、骨もところどころ折れているようである。
これだけの大怪我で今まで走っていられたのが不思議なくらいだ。
ラーニャたちはとりあえず下宿まで彼を運び、そこで手当てをすることにきめた。
男を背負うのは当然ラーニャの仕事である。
しかし小柄なラーニャが体つきのいい若者を運ぶのは、いかに筋力があるとはいえ少々やりづらかった。
「ラーニャ大丈夫?」
「大丈夫だけど、ミハイルお前さー、あんな魔法使えるならなんであん時使わなかったんだよ」
「光系魔法ってねぇ、晴れの日の日中屋外でしか使えないの。あと室内曇り逆光全部ダメ」
「インスタントカメラかテメーは」
下宿につくとラーニャは男をベットに寝かし、とりあえず濡らしたタオルで彼の顔を拭ってやった。
するとうめき声と共に男が目を覚ます。
すぐ無理やり体を起こそうとしたが、ラーニャはそれを押しとどめた。
「大人しくしてろ。ただでさえボロボロなんだ。無理すんなよ」
「ここは一体?」
「オレの部屋だ。あいつらはどっかに逃げたよ」
ラーニャが告げると、若者はほっとしたようにため息をついた。
だが依然として口元は硬いままである。
「あんなヤバそうなヤツラに追われて、アンタ一体何したんだい?」
「それは……」
男は気まずそうにミハイルたちに目をやった。
「マオ族以外には聞かれたくないのか?」
「大丈夫だよっ。ボクたち誰にも言わないから!」
「だが……」
「ボクの父上は結構偉い人だから、力になれるかもしれないよっ?」
ミハイルの言葉にアーサーも無言でうなずく。
「ミハイル、アーサー……。悪いなつき合わせちまって」
「いいんだよっ。だってラーニャはボクの友達だもん」
「兄ちゃん気持ちは分かるが、コイツらはオレたちをマオ族だからって差別したりしない。だから信じて良いと思う」
若者は一層表情を硬くすると、静かにうなずいた。
「分かった。それならコイツらを信じて話そう――お前はマオ族の住むマルーシ地方を支配するレスター伯爵を知ってるか?」
「ああ」
レスター伯爵はラーニャが小さいころに父親の後を継いでマルーシ地方の領主となった男だ。
彼が継いでからというもの税は高くなる一方で、ラーニャのような一般庶民は食うにも困る生活を強いられている。
ラーニャが故郷を離れて王都に出稼ぎに来たのも、重すぎる税金を払うため、ひいては飢える家族を養うためであった。
「そいつがどうかしたのか?」
「俺はそいつが不正に税を搾取している証拠を手に入れたんだ」
予想だにしていなかった彼の発言に、ラーニャたちは思わず顔を見合わせた。
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