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第一部
王宮殴りこみ編1 精霊の守護を受ける者

 ラーニャの住むロキシエル王国は、大陸の中でも屈指の魔法大国である。
王宮直属の魔導庁は日々魔法の研究にいそしみ、その研究水準は他国の追随を許さないほどだ。
またそこから生み出される魔法技術や魔機械の数々は、主に経済活動に転用され、国民の生活を豊かにしてくれている。
一般市民への魔法に対する教育もほぼ義務化されており、この国は魔法によって回っていると言っても過言ではないほどだった。

 ロキシエルが魔法の研究と普及に力を入れるのには歴史的な理由もある。
伝説によるとロキシエルを建国した初代の王は、魔法の源である精霊を束ねるという精霊王に会い、末代までの守護を受ける代わりに、魔法を広く国中に広めることを約束したという。
この話が本当かどうかは定かではないが、ロキシエル王の血を引く王家の人間は、必ず何がしかの精霊の「守護」受けて生まれてくる。

 精霊の守護を受けている人間は類稀な魔法力を持つが、普通ならまずめったに生まれない。
だからなおさら国民は王家の人間を慕い、尊敬していた。
今王家で精霊の守護を受けている人間は現国王とその三人の王子であるが、特に王子たちは皆揃って優秀だと聞こえ高く、国民からの人気もことさらに熱かった。

 だがもちろん、彼ら王家を良く思っていない人間もいる。
そのいい例がラーニャ・ベルガだ。

 ラーニャにとって彼らは、やることなすこと中途半端な甘ちゃんだった。
国民に受ける法令を作るのはいいが、作ったら作りっぱなしで、それがどう使われているかまるで気にしていない。
マオ族の差別を禁止する法令だって形だけは出来ているものの、ほとんど中身が伴っていなかった。
それでも、法令を作るだけマシな方なのかもしれないが。





 今日は久しぶりに仕事が丸一日休みの日だった。
ラーニャは日が大分高くなってから起きると、まず雨戸を開けて外の光を取り込む。
空は気持ちのいい快晴であった。
ラーニャが溜まっていた洗濯物を干そうと窓の外へ顔を出すと、下から聞き覚えのある声で名を呼ばれた。

「あっ!ミハイルにアーサー!」

 この間助けた二人が呑気にラーニャの下宿の前で手を振っていた。
相変わらず、派手過ぎない上品な身なりをしている。

「お前ら何やってんだよこんな所で。ここは昼間でも危ないんだぞ」
「ラーニャにお礼がしたくて来たのー!」
「ったく。今下行くから待ってろ」

 ラーニャが下に行くと、ミハイルは天使のように顔を輝かせて出迎えてくれた。

「ラーニャー、会いたかったよー」
「よくオレの家が分かったな」
「この辺に住んでることは分かってたからねっ」

 ミハイルはどうしてもお礼がしたくて、この辺りを朝からウロウロしていたらしい。
そう言われるとラーニャも無下にはできず、ご馳走したいという彼の誘いを断ることが出来なかった。

 言われるままについて行ったレストランは、普段のラーニャには手が出ないような値段の所だった。
とはいっても、中層階級をターゲットにする店だから、客観的に見ればむしろ値段は安い方だろう。
ミハイルはテラスのそばの客席に案内されると、アーサーに持たせていたカバンから二つ包みを取り出した。

「ラーニャ、受け取って」
「いいよ。そんな」
「いいから開けてよー」

 ラーニャが遠慮がちに包みを開けると、一つは銀で出来た懐中時計、もう一つはなぜか女性大衆紙だった。

「何ぞコレ」
「えへへ。僕の好きなブランドの時計と愛読書だよ。ラーニャにあげる」

 懐中時計なんてブランドでなくても庶民には中々手が届かないものだ。
また女性大衆紙は安いが受け取る以前の問題である。

「時計は受け取れねぇ。大衆紙はいらねぇ」
「えーなんで?時計いらないの?週刊誌も面白いよ?主婦の万引き特集なんだよっ?」
「大衆紙を二度押しするな。つーかガキが読むな!」
「ラーニャのいじわる……」

 ミハイルが下を向いてむくれてしまったので、ラーニャは慌ててフォローする。

「オレはここでメシおごってもらうだけで充分だよ。普段こんないい物食えないからな」
「……ホントに?」
「おうよ。今日は工場も休みだからのんびりできるし」

 すると今までずっと黙っていたアーサーが口を開いた。

「ラーニャさんは工場で働いてらっしゃるんですか?」
「あぁ、紡績工場でな。あ、でも機織の方じゃなくて魔機械の整備の方。コレが単純だけど結構力仕事でさ」

 朝から晩までネジを締めたり魔機械を動かしたり、大量の蒸気が出て蒸し暑い紡績工場の中では、これらの仕事は大変な重労働である。
それでいて賃金も少ないが、マオ族のラーニャに仕事があるだけマシなのだ。
もしラーニャに並外れた筋力と体力がなかったら、きっとここですら雇ってもらえなかっただろう。

「どうしてわざわざそんな所で働くんですか?」
「どーゆー意味だよ」
「私の見る限り、貴方は大地の精霊の守護をうけていると思うのですが」

 ラーニャの紅茶を飲む手が止まった。
爛々と光る金色の瞳でアーサーの方を上目遣いに見やる。

「どうしてそう思う」
「その金色の瞳は、大地の精霊の守護を受ける者特有です。それにあの尋常じゃないまでの筋力――筋力と体力がずば抜けているのも、大地の精霊に守られる者の特徴ですからね」
「お前詳しいな」
「あの街の地下が空洞だらけと知っていたのも、気にかかりました。大地の精霊に守られる者は、地質にも非常に敏感だと聞いていますから。」

 ラーニャはそこまで聞くと、観念したようにふっとため息をついた。

「そうだよオレは大地の精霊に守護を受けてる」
「なら、どうして工場なんかで働いてるんですか。もっと才能を活かすべきでは――」

 精霊の守護を受ける者は、それぞれ守護を授ける精霊の属性に応じた才能を持っている。
魔導庁が高い研究水準を維持しているのも、積極的に精霊の守護を受ける者を雇い入れている所が大きかった。

「精霊の守護を受ける者は、その才能を皆のために活かすべきです。今からでも魔導庁に――」
「うるせぇな。余計なお世話だよ」

 ラーニャは少し乱暴に手にしていたティーカップをテーブルに置いた。

「オレだってな、魔導庁に行くことも考えたよ。でもな、いくらそう思ってもマオ族ってだけであいつらは門前払いなんだ」
「しかしそういった差別は法律で禁止されて……」
「確かに法律だけはあるさ。でも作っただけで人の心はそのまんまだ。未だにマオ族ってだけで仕事も住む所も限られちまう。こないだの警備兵共の行動見ただろ?アレが現実だよ」

 気まずい沈黙がラーニャたちの間に広がった。
うつむくアーサーとミハイルに、ラーニャはわざと明るく声をかける。

「この話題はもうやめようぜ。せっかくのいい天気に美味いメシだ。もっと楽しく――」

 そこまで言いかけた所で、レストランの面している通りにいきなりざわめきが広がった。
見れば褐色の肌をした男がガタイのいい男たちに追われている。

(アイツ、マオ族じゃねぇか)

 気付いた途端にラーニャはいても立ってもいられなくなり、二人へろくに声もかけぬままテラスから飛び出した。
NEWVEL

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