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  魔王物語 作者:ragana
第二話 -運がいいのか悪いのか-
「そういや、環境の事について何も聞いてなかったなぁ」
 転送され、一呼吸してふとそう思った。
 万が一、酸素がない星であればどうなっていたのやら。まあ、結果オーライだろうから別に良いだろうと、背中に嫌な汗をかきながら頭を振って思考をクリアにする。
 周囲からは住民程度の魔力量の魔力は感じず、変わりに魔物の魔力と視線を感じた。どうやら俺は人里から少し離れた森に転送されたらしい。
 既に臨戦態勢に入っても問題無いほどに魔物達には目を付けられているようだ。
 生憎と、魔物の餌になる気は毛頭無いので仕方なく構えることにした。
「武器は無いから……――肉弾戦は久しぶりになるかな」
 元の世界での戦闘は主にエモノを持って、有利な状況を作ってから挑んでいたからなぁ。
 それに、人生の後半は刑務所にいたわけだからブランクは凄まじいのではないだろうか。
 俺が気づいたことに気づいたのか、構えると同時に四方八方から気配が近づき襲い掛かってきた。
「っと!」
 初撃を運動能力に物を言わせて回避しつつ敵を目視する。
 無数に感じられる気配は、どうやら狼の様な魔物の群れらしい。
「ったく、安全地帯に転送しろよなぁ・・・・・・」
 ぼやきつつ追撃を狙った攻撃が迫る前に手当たり次第に狼の腹を拳と足で打ちぬいた。
 攻撃を受けた狼は3メートルほど吹き飛んだが、空中で器用に体制を整え着地し他の狼の陣形に混ざっていった。
 どうやら、元いた世界の犬とは違い、外皮と全身を覆う毛髪が衝撃を緩和するらしい。
着弾した際に感じた手ごたえは些か物足りなかったのでおそらくそうだろう。
 数が多いので魔道書を展開している間もない。
 いきなり役に立たないなコレ。
 息をつく間所か、瞬きさえさせてくれないほどの連撃が俺を襲うが、その全てを回避してみせる。
 せっかく貰った魔力も使用する機会を与えられないのだから何の脅威にも戦力にも安心にもならない。
 ――不意に、少し離れた位置に魔力を感じた。
 視線を向けると、白を主軸とした所々に黄色と赤色で模様が描かれたローブを身に纏う人間――聞こえる呪文の声色から女性であるが――は、火炎を放ち数匹の狼を飲み込んだ。
 食らった狼は、それで地にふすことは無く未だに走り続けていたが、どうやらダメージは通っているらしくその動きには先ほどのキレはなかった。
 仲間を傷つけられたからかそれとも危険だと感じたのか、その女性(仮)へと目標を変え襲い掛かった。
「やべえ!」
 と、俺が叫び、狼の間に割って入ろうとした所で女性(仮)の魔力に変化が現れた。
 足に魔力を集め、俺より少し遅いが、狼よりかは格段に早い速度で移動し回避して見せた。
 更に、余裕があったのか数匹を魔力を込めた拳で殴り飛ばしている。
 その拳の威力は俺以上で、殴られた狼は動かなくなった。
 どうやら、魔力は魔法に使用するだけでなく収束させることで身体能力などを強化できるらしい。
 幸いにも俺は魔力の扱いは得意らしいので、狼が女性(仮)に注目している間に足に収束させることが出来た。
 このまま魔法を放てば良いのではないだろうかと思ったが、下手をすれば女性(仮)を巻き込みかねないので自重することにした。
 俺は通常は命の恩人と言う程ではないがそれに近い存在を見捨てる程非情には成れない。
 脚の要領で拳にも魔力を収束させた後に女性(仮)の付近まで疾走し、その軌道上と女性(仮)付近にいた狼を全て殴り飛ばした。
 魔力での強化は相当素晴らしい効果を示すらしく、その全ての狼は動かなくなるどころか、殴り飛ばした部分はえぐれていた。
「助けは余計なお世話だったかしら?」
 と、女性(仮)ローブの隅から微かに見える口の端を吊り上げて俺に背中を預ける。
「いや、かなりピンチだったよ。助かった」
 女性に背中を預けそう答える。
 一応、逃げ果せることは可能だったが最善ではなかったからな。
 さて、女性にあまり負担をかけるものじゃあないからさっさと片付けてしまおうか。
 取りあえず、視界に入っていた30匹程を殴り殺す。
 後ろで女性の息を呑むのを感じたが、魔力での戦闘は初めてだったし、肉弾戦も久しかったのでそれに構う余裕は無かった。
「ん?」
 狼が攻撃を止め、逃げ始めた。
 その逃げ方が怯えから来るものであった。
 同時に、遠くから高速で近づく魔力を感じた。それも空からだ。
「ボンドラ!?」
 女性が叫び空を眺めた。いや睨んだ。
 俺がそれを追い空を見ると巨大な鳥がこちらへ向かってくるのが見えた。
「あんなに大きなボンドラ……間違いない。隠れないと――いえ、もう見つかってるだろうから逃げられないわね」
 そう女性は呟くと魔力を高め何やらブツブツと――呪文を詠唱し始めた。
 女性から感じられる焦りと余裕の無さからあの鳥が少なくとも先ほどの狼の群れより酷いと感じ、魔道書を展開してボンドラとかいうあの怪鳥を迎撃したい所だが、成るべく手札は切るべきではない。
 もう少し粘ってみるべきだろう。幸いにも魔道書の補助が有れば無詠唱で術を行使できる訳だから最悪の場合でも素早く対処できる。
 横からの詠唱が聞こえなくなると同時に、雷がボンドラへと向かっていき襲いかかった。
 命中したが、ボンドラは多少怯んだ程度でこちらへ向かう事をやめようとしない。現状だと、死亡時刻が多少延長された程度の効果しか見いだせない。
 それは女性も同じようであった。
「貴方、何か出来ないの!?」
 少々――状況に合わず少々程度で済んでいる慌て方の声でそう俺に問いかけてきたが、俺は肩を竦めるだけで応対した。
 まだ、ボンドラとの距離は多少ある。それに、思ったほど速度は速くない。俺単独であれば襲撃が有ろうと不意打ちであろうと回避できるかもしれない程度の速度である。
「――っ! 仕方ないわね」
 彼女にとっては脅威である距離だったのか、俺には回避できないと思ったのかまでは判らないが彼女の魔力が増大したという事だけは判った。
 膨大な魔力の放出による力場の乱れが発生し、それによる風により女性のローブのフード部分が用をなさない位置に移動した。
 女性――いや、少女と言った方がいいか。年は俺と同等か1~2歳程しただろう少々焦り顔を歪めているがかなり整っていると判る外見はこの場に似合わなかった。だが、それ以上に、肩ほどまである金髪が根元から青いオーラの様なモノを纏い始めているところに目が行った。
 感じられる気配から、そのオーラは膨大すぎる魔力の残滓の様だ。
 彼女の足元にはネックレスが放り投げられていた。どうやら、そのネックレスは俺の螺旋形状の腕輪と同じく封印の効果が付加されたモノなのだろう。
 それを外す以前はエース級より少し少ない程度の魔力であったが、今ではエース級を凌駕する魔力量である。
 少女は再び詠唱を行う。魔道書を展開していないので内容は判らないが感じられる魔力から相当強力な術を構成しているであろう事がわかる。
 今回は先よりも少し長い詠唱。ボンドラの攻撃が迫りくる、という寸前で再び雷が放たれた。
 先ほどよりも強大で、魔力を感じられずとも判るだろう雷がボンドラを襲い、迎撃した。
 肉の焼ける匂いが漂い、ボンドラだったタンパク質は無様に地に激突しその衝撃でバラバラになった。
 一応、魔道書を随時展開できるよう構えていたが規格外の少女によりそれは無駄になった。いい事ではあるのだが。
 少女がネックレスを拾い装着すると魔力が封印され髪のオーラが空気に溶けるように薄まっていった。
「おー助かったわー」
 と、妙に明るく声をかけてみるが、肉片が飛び散るこの場では酷く場違いであった。
「貴方、なんでこんなところでうろうろしてるのよ! ここは立ち入り禁止だって赤ん坊でも知ってるわよ!」
 そういえば、言語は兎も角、常識等についてのフォロー頼むの忘れていたな。まあ、あっても結果は同じだっただろうが――テンプレで記憶喪失っつー事にするか。
「どうやら記憶喪失っつーヤツらしくてな。大半の記憶が無い。というより、言語以外は殆ど覚えてないな」
 少女は少し驚いた表情をしてみせ、悲しさそうな表情をみせた。その表情を見て若干の罪悪感を感じたが度外視することに徹した。
「私はフィニーア・クランタ。貴方は――覚えてないのよね……」
 と、申し訳なくするフィニーアに笑みを浮かべる事だけはした。記憶喪失設定から名乗りだせないのは辛いが若干の緩和程度は努めてみようと思う。
「ま、適当に呼んでくれたらいいよ。俺は別に気にしてないしな」
 フィニーアは若干表情を緩めうんうん唸って悩み始めた。おそらく俺の呼び名を考えてくれているのだろう。いや、自意識過剰かもしれないけれど。
「俺の呼び名は急いで考えてくれなくていいよ。今は、この危険地帯から脱出しようか」
「そうね」
 返事をすると、未だに難しい顔をしてまだ悩んでいるのだろうか競歩と言えそうな速度でずんずん進んでいった。
 それから一時間もしない内に森から出る事が出来た。
 森を囲むように柵が有り、所々に骸骨が描かれた看板が地突き刺されていた。これを見るだけでどれ程ここが危険かわかる。
 記憶喪失設定が無かったら完全に俺は頭がオカシイヤツ扱いだった。危ない危ない。
「ここまで来ればもう安全よ」
 森の入口付近にあったテント群の1つに入るとフィニーアはそう呟いた。
「そっか。助かったよ。んじゃ、俺は行くわ」
 と言って踵を返そうとすると服の裾を引っ張られる感覚を得た。
「貴方、記憶喪失なんでしょ? なら、私と一緒に来ると良いわよ。もしかしたら貴方の身元が分かるかもしれないし」
 面倒だから断りたい所だが、身元の情報が得られるかもしれないという条件で断るのは聊か不自然すぎる、か。
「それは嬉しい申し出だけど、ただの少女が見知らぬ人物を調べるなんて現実的じゃないだろう。無理はしなくていいぞ?」
「ううん。大丈夫。私、これでも軍の部隊に所属しているからそのぐらいなら簡単よ」
 いや、そんなどや顔をして胸を叩いてアピールまでしてくれなくてもいいぞ。いや、それ程に自信が有るのか。
「そうか? 問題ないならお願いしようかな」
 まあ、調べても判らんのは明白だけれど。
「まっかせなさい! じゃあ、さっそくだけど行きましょうか」
 そういうと、フィニーアは呪文らしきモノを呟き始めた。
 同時に、テント内部の床に魔法陣が浮かび上がった。それは、淡い黄色の光を放ち発光していた。
 俺は特にする事が無いのでそれをぼーっと眺めていると一瞬の浮遊感を感じ、慌てて頭を上げると見知らぬ場所にいた。
 フィニーアに尋ねようと辺りを見回したがフィニーアの姿は見えず、変わりに所狭しと蔓延る人が見える。
 ここは所謂、町の大通りを逸れた横道というやつらしい。
 おそらくフィニーアによって転送されたのだろうが、逸れる等という事前説明は無かったはずなので、現状は不測の事態というやつだろう。
 現状把握はこれぐらいにして今後の動きをどうするかだ。
 一番まともそうなのは、この場から動かずに待機し待ち続けることだが、それは叶いそうにない。
 どうやら、大通りから外れると治安が良くないらしく、先程から好意的でない視線どころか、殺気を放っているといっても過言ではない視線を感じるし、何人かは物陰から姿がちらちら見えたりする。
 その際に人影の手にあるナイフは何かの間違いであってほしい。
 そういう訳で俺は大通りへと歩を進めることにした。無駄な戦闘を行うぐらいなら迷子になった方がいい。個人的にはおさらばしたいわけだから万々歳だ。
 どこに行けば良いとかわからないし神が言っていた猟兵所にでも行ってみるか。もし、城を見かけたら顔を出してみてもいい。
 フィニーアは嫌いじゃないからな。まあ、殆ど知らない内での評価だから変動するかもだけれど。
 神の恩恵で言語はどうにかなるので看板を読めばすぐに猟兵所は見つかった。
 街並みを見る限り、木製の建造物か石製の建造物ばかりであり、鉄は剣や包丁やナイフの様な刃物ばかりで、武器屋に売っているようだった。ぱっと見は中世ヨーロッパのイメージだ。
 猟兵所は平均より大きめの木造の建物だった。手入れをして小奇麗にしているが、内包する年期は隠せないでいる。
 俺は早速神の言うとおりここを利用しようと登録と書かれた看板がぶら下げられたカウンターへと足を向け――ようとした。
「あ、俺、戸籍も何も無いんだった。登録とかどう考えても出来ないだろ」
 よく考えなくてもわかることだった。
 俺は自分に憤慨することを通り越して呆れつつ、ため息をついてからカウンターへと進んだ。
「すみません。登録に必要なものを教えてもらえませんか?」
 カウンターに座る赤毛の女性に声をかけた。所謂、受付嬢という人物だ。
「はい、身分証明書だけで結構です。身分証明書になるものは、戸籍書類、無ければ身分の確かな方に保護者として登録して貰う事のどちらかになります」
「そうですか、ありがとうございます」
 いきなり詰みましたねありがとうございます。
 ゲームやら小説なら気にせずポンポン進むところでやたらと現実的な問題によって阻まれたなぁ。
 現実的過ぎるが故にどうしようもないな。通常なら放置すりゃ良いんだろうけれど、生憎と財布は飢餓状態どころか、この世界で一度も腹を膨らませていない。
「登録しないと猟兵所で働くことは出来ないのですか?」
「はい、難しいです。魔物の必要部位と呼ばれる、何らかのモノに使用できる部位があれば登録の有無に関わらず買い取らせていただく事もありますが、この辺りには必要部位のある魔物はあまりいませんので現実的ではないです」
 んー、これもテンプレではなかったかぁ。
 真剣に詰みそうだ。
 やっぱり、フィニーアを見つけ出して登録だけでもやるしかないかなぁ?
「そうですか、ありがとうございました」
 俺はにっこりと笑みを浮かべて(多少引きつっているのはご愛嬌だろう。引きつっているのは見なくてもわかる)猟兵所から立ち去った。
 大通りに出るが、何もすることは出来ない。
 お金があればそれはもう嬉しいのだろうが、お金の無い現状では、そこら中にある見たことの無い料理や見たことのある料理を売っている出店とその店主と商品を買って頬張っている奴等が恨めしい。
 それとなく中身が空気だけになってきた胃を装備しているので尚更だろうが。
 そんな危機的状況になっている俺だ。この世界に来る原因でもある無駄な余裕の際に生じた無駄なハイテンションに似た状態のテンションになりつつあるのは自分でもわかった。
 漂う良い匂いに誘われて腹の住人が合唱を唱えだす頃に俺は既に限界状態になっていた。臨界点ギリギリというレベルではない。寧ろ、表面張力的にギリギリである。
 空を見ると赤くなる事を通り越して少し暗くなってきている。
 暗くなるにつれて行き交う人も段々といなくなり、賑わっていた大通りも静けさを取り戻してきていた。それに比例し、よくない気配、つまりは横道の気配が大通りへと浸食してきている。
 ふ、と見てみると今大通りを歩いているのは、馬車を引き連れた商人らしき人物や、剣を携えた冒険者らしき人物やらばかりで、近隣の住民らしき恰好の人々は見当たらない。
 すごく、嫌な予感がする。
 行き交う人々以上に視線の数がある。つまりは横の住民の視線。
「おわっ!」
 横道の前を通りかかると服を引っ張られ引きずり込まれた。
 もしかすると何らかの用やら俺の不注意による弊害が生じた可能性があるので暴力に訴える訳にはいかないし、折角新しい世界で新たな人生を始めたのだから無意味で無理由の暴力は差押えにしておきたいのだ。
 俺は前の世界で暴力的過ぎたし思考もそうだった。
 そんな訳で無抵抗のままに引きずられていったのだ。
 普段なら逃げる程度はしたかもしれない。そもそも、俺の不注意による弊害だった場合は面倒しかない訳だし。
 やっぱり、悪い癖と言えるかもしれない変なハイテンションのせいなのかもしれない。いい加減に自分へ注意を促すべきかなと真剣に悩む。
「黙って金目の物を置いていけば命は取らねえし怪我もさせねえよ」
 眼前に刃渡り20cm程のナイフが突き付けられていた。
 どうやら俺を引っ張ってきた異様に痩せ細った男は俺の腹の虫の暴動を活性化させる貢献をするつもりで引っ張ってきたらしい。
 御苦労様である。
「……」
 こっそりため息をつきつつ、通常ならここで顔を青くしてガタガタと震えておけば良いのかなぁ、等と思っていると、男は俺が俺の思考通り面白おかしく怯えているので口を稼働できないと思ったのか調子に乗って「早く出せや」とか若干の笑いを含みながらナイフを握っていない手で脇腹を小突いてきた。
「おーい! 大物だ! そんな貧乏そうなヤツなんて放っておいてこっちを手伝え!」
 俺よりも大通り側から声――おそらくこの男の仲間かこの横道の住人だろう――の方に視線を移すと、少し太っているという意味での身体が大きい男を三人のガタイの良い男達が三人がかりで引っ張ってきていた。
 その太った男は、白の生地に金色の細工を拵えた高価そうな服で身を包み、何らかの商品が入っているのか、一杯になっているサンタクロースよろしく大きな袋を持っていた。その姿からはどう考えても商人にしか見えず、怯えるばかりでなすがままになっているのでカモとしか言えんない存在だと傍目から見ても断言できるような存在だった。
「剥ぎ取り程度ならお前らで出来るだろうが! 俺はこっちを片づける!」
 面倒を避けようと行動していた――殆ど何をすればいいのか判らず途方に暮れていただけだけれど――のだが、裏目に出ている。泥沼へと片足を突っ込んでいるこの現状を見る限りはそれ以上な気がしなくもないが気にしても仕方ないので肩を竦めるだけにしておいた。
 新たに引っ張られてきた商人らしき男は怯えるばかりで目はきょろきょろと見回している。明らかな挙動日不振だが、現状を考えれば脱出経路やら解決につながる何かを探しているのだろう、なんて悠長に構えていた訳だが、商人らしき男と目が合てしまった。
 今の俺は傍から見れば刃物を不審者に突き付けられているにもかかわらず気にも留めずにあらぬ方向を見ている、阿呆か強者か紙一重である男に見えるだろう。
 おそらくこれが失敗だったのだろう。いや、正解だったと言った方がいいのか? 兎に角面倒に巻き込まれた。
「おい! そこのナイフを突き付けられている君! 助けてくれ! 謝礼は払う!」
 なんて言われてしまえば相判ったと頷くしかあるまい。
 この申し出は希望の光(主に腹の住民にとって)であり、断るなどという暴挙を行えば腹の虫一揆が勃発するであろう事は明白だった。
 断るなんてとんでもない!
「と、言う訳だ。残念だけど俺の為に散ってくれ」
 ナイフを突き付けていた男は俺への注意を逸らしていたので、そいつの顔へ俺の拳をピクニックに向かわせることは容易だった。
 男が鼻血を撒き散らし地に伏せる前に商人らしき男を追い剥ごうとしていた三人の男の脇腹へと次々と足でクレーターを作成しようと試みてみた。
 結果としてクレーターを作成する事は叶わなかったが、全員が全員地に伏したので、その間に商人らしき男を肩に担ぎ大通りへと走った。
 それにしてもこの男、異常に重い。ダイエットしたらどうだろう。90kgを超えているんじゃないかと思える体重である。
 それを肩に担いで走っているのだから腰を痛めそうだ。
「あ、ありがとうよ。この恩は何れ……」
 大通りに出るや否や商人らしき男は飛び降りる様に俺の方から移動し距離を取りそう言った。
 そのままあらぬ方向へと方向転換を始めたので、明らかに俺への謝礼を有耶無耶にして逃走しようという魂胆であるという事が理解できた。
 当然、逃がすわけがない。
「飯、奢ってくれよ。あとお小遣い頂戴ね」
 肩を掴んでにっこりと笑みを浮かべて言うと、男は顔を青くして何度も頷いていた。
 いやー、人助けって良いモノだな。前の世界ではやった事なかったからな。






「あ、あのぅそろそろ財布が辛いのですが」
「そうか、んじゃ、そろそろ止めるか」
 俺が大凡、大皿を20枚分程の料理を平らげたところで制止がかかった。
 現状でも腹の虫の一揆は先送りになったので、目的が商人らしき男の財布を飢餓状態へと追い込む事ではないのでここで止めることは吝かではなかったのだ。
「んじゃ、ごちそうさん」
「は、はい。ありがとうございました」
 リアルで俗に言うゴマすりとかいう動作を見たのは初めてだったので若干の感動を噛み締めながらそこそこに早足で店を出た。
 商人らしき男の支払いを考えると少し後ろ髪を引かれるが俺には物理的にどうしようもない事だったしどうもするつもりも無かったので忘れることにした。俺の腹の肥やしになったとはいえ、追い剥ぎにやりたい放題されるよりかはマシだっただろうと考えると罪悪感は緩和された。
 腹が良い具合に膨れて空は暗くなってきている。
 そうなれば次の問題は宿であった。宿は身分証明書等無くともいけそうだったのだが、生憎と一番重要なものが無かった。
 俺は何処の世界でもお金に困る存在なのだろうかと自分が嘆かわしかったが、運命だろうと悟りを開けそうな勢いで諦めることにした。
「今日は野宿で良いかなぁ」
 横道付近には行かないようにしないと、寝て起きたら装備は無しで、下手すれば厳つい男達に手錠だけ装備させられて監禁されてしまうかもしれないと思うと背筋がゾクリ、とした。
「……やっと、見つけた!」
 聞きなれてはいないが聞き覚えのある声が聞こえた。鼓膜が急に大きな仕事を寄越されたので慌てふためき過ぎて阿波踊りをしてしまいそうな程大きな声であった。通るような声であったのでそれも拍車をかけたのかもしれない。
「よぅ」
 見るとフィニーアが少し息を切らせていた。
 フィニーアは呼吸が整うのまで掌で制止の意を示し、俺はそれに従った。
「貴方、魔力の耐性があるのかちょっと転送に失敗しちゃったのよ。記憶が無かったのに放り出されて困ったでしょう? ごめんなさい」
 息が整うや否や、また息を乱すのではないかと思える程度に早口でそう並べ立てた。
 困ったのは困ったが、俺は寧ろフィニーアを避けるというか逃げようとしたから特にきつくは言えないんだよな。
「いや、良いよ別に。気にしてないし」
「そう? そう言ってくれて安心したわ」
 鉢合わせてしまったし逃げるという事は出来なくなってしまった。
 何だか思うように行かないどころか寧ろ思わない方へと率先して進んでしまっている感があるので余計な考えは捨てて成るがままにやってみた方が良いかもしれないなぁ。
「もう暗いし、身元については後で話すわ。取りあえず、今日貴方に泊まって貰う場所へ案内するわね。こっちよ」
 俺は言われるがままにフィニーアの後を金魚の糞の如く付いていった。
 それは傍から見ればどう考えても不審者的でありストーカー的であったが、その時気が付かなかった。
 宿について部屋を教えられベッドに潜り込んでから一日を思い返していたところ気が付いた。
 俺のその日の最後の教訓というか自分が注意すべき点は、俺はどうやら適当に行動していると怪しすぎる行動を容易に取ってしまうので何とかしたほうが良いという事だった。
 その結論に至って、俺は生粋の変質者なのかと本気で悩みこんでしまった。


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