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ヒロイン症候群

作者: ゆいる

『おめでとうございます。あなたはヒロインに選ばれました』



 頭の中でそんな声が響き、わたしは授業中だということも忘れて、思わず叫んでしまった。

「嘘でしょっ!?」

 教室中の視線が、いきなり素っ頓狂な声を上げたわたしに向けられている。

 それがわかっていても、わたしは恥ずかしいなどと感じている暇はなかった。

「どうした逢坂。何か質問か?」

 黒板に白い粉を落としながら、古文の成り立ちについて綴っていた先生が振り向いた。

「……いえ、なんでもありません」

 なんとか言葉を返し、わたしは頭を抱えて机に突っ伏す。

 訝しげに首を捻りながらも、先生は再び板書に戻っていった。

 失礼だってことはわかってる。けど今はそれどころじゃない。

 できればこれが夢や冗談であってほしいと思いつつ目を閉じた。

 が、いまだに脳内に響く無機質な声が、現実を嫌というほどに叩きつけてくる。

『――よって、これからのあなたの言動はこちらで最適化、統制させていただきます。多少の不便はあるかと思いますが、それ以上のご満足を約束いたします。それでは、輝かしいスクールライフをお楽しみください』

 そう言って、頭の中の声は静かになった。

 しかし、それはわたしにとって何の助けにもならない。

 むしろ最後通牒に等しいものだった。

「……楽しめるわけ、ないじゃない」

 簡単に言うと、わたしは選ばれてしまったのだ。

 物語の、ヒロインに。



 ヒロイン症候群。

 それはここ数年で一気に広まった謎の現象だ。

 原因は不明。便宜上、症候群と名が付いているものの、実際のところこの現象がなんなのか、一向に解明はされていない。

 わかっていることは、それがいきなりやってくるということと、なぜか若い女性にしか発症しないということだけ。

 ある日突然、何の前触れもなく頭の中で声がする。そしてその声が言うのだ。

『あなたはヒロインに選ばれました』と。

 その声を聞いた者は、ありとあらゆる場面で目立つようになる。

 街で不良に絡まれたり、なんでもないようなところで躓きかけたり、不意に着替えを覗かれたり、などなど。

 ようするに、イベントに巻き込まれやすくなるわけ。

 それだけならまだいい。問題はその先。

 ヒロインと呼ばれるからには、その対となる存在が必要となる。

 主人公と呼ばれるその存在は、たいていの場合発症した少女たちの近くの人間が選ばれる。彼らの場合は声が聞こえるというわけではなく、本当に無作為に選ばれているみたい。

 ならばなぜ彼らが主人公だとわかるのか。

 それは、発症した少女たちが彼らのもとに集められるからだ。

 多くのイベントを通し、少女ヒロインたちは主人公へと惹かれていく。

 その過程では、あの声が言っていたように輝かしい生活が待っているというのも、まあ、間違いではない。

 文字通り、アニメや漫画の世界の登場人物になれるようなものなのだから。

 ここまでを聞くと、あまり悪いことではないように思う人もいるでしょう。

 実際、発症を楽しみにしている人だっているくらいだ。何の苦労もせず女の子たちを手に入れることができるかもしれない男子たちなどは、言うまでもない。

 誰だって一度は思うはずだ。物語のような人生を送れたら、と。

 でも、わたしは自分が発症したと知ったとき、絶望した。

 どうして……どうして、よりによって今日なのか。

 わたしには――好きな人がいるのだ。

 付き合ってはいない。けれど、小学生の頃からの腐れ縁だ。お互い憎からず思っていることはわかっている。

 周りからも、くっつくのは秒読みなどと囃し立てられていた。

 照れ合い、気心の知れた口喧嘩をしながらも、横目で視線を絡ませていた。

 そして、明日。

 あいつの誕生日に、わたしは告白するつもりでいたのだ。



 頭の中の声は言った。言動を最適化、統制する、と。

 そこに、発症者本人の意識は尊重されない。

 つまり、逆らえないのだ。

 勝手に動く身体や、思ってもいない言葉を紡ぐ唇。内心とは裏腹に、好きでもない相手に恋慕を振りまく。

 この操り人形状態は、主人公が一人のヒロインを選ぶまで続けられる。

 逆に言えば……、彼らがこの状態を続けたいと思う限り、ヒロインとなった少女たちが解放されることはない。

 自分のためだけのハーレム。男の子にとっては最高に甘い夢だろう。手放しがたいというのは、よくわかる。

 けれど、勝手に支配される女の子たちにとってはたまったものじゃない。

 わたしのように、すでに好きな人がいるのなら、なおさら……。

「それでは、今日の授業はここまでとする。各自、しっかりと明日からの予習をしておくように」

 思考を、先生の声と終業のチャイムが切り裂いた。

 日直の号令が、どこか遠くのものに聞こえる。

「……っ」

 選ばれてしまった以上、もう時間がない。

 いつどこで主人公が覚醒するかもわからない。

 わたしは、挨拶もそこそこに教室を飛び出した。丁寧に整えた髪が跳ねてしまうけれど、気にしていられない。

 目を丸くするクラスメイトたちには構わず、隣の教室へ。

 勢いのまま、視線を走らせる。

 いた。

「亮介!」

 わたしの幼馴染は、急な呼び声に驚いたのか、いつもの悪戯めいた表情を忘れてこちらを見返していた。

 近くには、背の低い男子が同じようにしている。

 言え。言うのよ。ここで言っておかないと、わたしはきっと、いや、絶対に後悔する。

 それだけは、はっきりとしていた。

「わたしは、あんたのことが好き!」

 ざわざわとしていた教室が、一瞬で静まり返った。

 もともと大きな目をさらに見開いて、亮介は驚いている。

 正直、恥ずかしい。衆人環視の中での告白なんか、わたしの柄じゃない。

 それこそ、物語の中のような光景よね。

 でも、わたしは選ばれてしまった。

 きっと、これからのわたしは変わってしまうだろう。

 今は顔も知らないような人に惹かれ、媚び、愛を囁く。

 わたし自身の意思は関係なく、周囲からはそう見えるのだ。

 そしてその牢獄のような甘い生活が終わる保証もない。

 だったらせめて、本当の気持ちを、彼には知っていてもらいたかった。

 ……そのことで、彼が苦しむとわかっていても。

「有紗? お前、いきなり何言って……、まさか!」

「だから、お願い。覚えていて、わたしの、本当の気持ちを」

 呼ばれた名前に、胸の奥が暖かな気持ちに包まれる。

 大丈夫、この暖かさがあれば、わたしは頑張れる。

 たとえ彼以外の誰かに、名前を許すことになったとしても。

 彼も気付いたのだろう。

 わたしがなぜこんなことをしたのか。

 わたしの身に、何が起きたのか。

 悔しげに、苦しげに歪んだ表情で、こちらに歩み寄ってくる。

「有紗……、俺も、俺もお前のことが――」

 そんな彼の横をすり抜けて・・・・・、わたしは、


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