頭上に注意。
私の一日をお教えしましょう。
何か大きな音で、今日も目を覚ます。
窓の外に視線を向け、私は思った。
"あぁ、また工事か……"
家の前では、大規模な工事が行われていた。
何でも、大きなショッピングモールが建つらしい。
さて、そんなことよりも。
学校へ行くための支度をしなくては。
そう思い、下の階へと降りて行った。
朝の習慣とは不思議なものだ。
ぼーっとしながらでも、考え事をしながらでも普段通りの行動が取れる。
そう思いながら歯ブラシを手に取った。
歯を磨きながら、物思いに耽る。
何か大事な物を忘れているような気がして、でも思い出したくないような。
薄ぼんやりと、思い出そうと努力してみた。
と、不意に口内に痛みが走った。
驚いて口から歯ブラシを外すと、白いはずの歯磨き粉の泡が赤く染まっている。
うがいをしてから口を開けてみると、歯茎から血が滲んでいた。
考え事に夢中で、歯磨きの力加減にまで気が回らなかったようだ。
まぁ、仕方ない。
私は取り敢えず、授業を受けに行くことにした。
学校には、指定の座席がない。
そんなことを周りの人間も気にしない。
授業さえ受けられれば、特に支障はないのである。
帰り道、誰かと肩がぶつかってときめくようなことはない。
現実からは逃れたいが、夢ばかり見てはいられない。
突然始まるラブストーリーなどに出くわすこともなく帰宅した。
家の外では、まだ工事が続いている。
私はこの音が、嫌で嫌でたまらない。
特に、鉄パイプのぶつかり合う「カランカラン」って音が。
まぁ、好きな人なんていないだろうけれど。
さて、今日も就寝の時間がやって来た。
眠りの夜の時間である。
いつも私は、この時間が怖い。
何故なら、もし目を閉じたら、このまま二度と開かなくなるのでは、と不安に陥るからである。
大丈夫、また明日も目覚めるよ。
私はまだ、生きてるから。
そんな祈りと共に眠りにつき、私の平凡な一日は終わった。
そして、また繰り返す。
昨日と同じような日常を。
どこが奇妙なのか、分かりましたか?
解説↓
この話は、死んだはずの人が出歩いているんですよ。
冒頭の「何か大きな音で、今日も目を覚ます。」は、頭上に落ちて来た鉄パイプの音が頭の中に響いているのです。
食事の風景がない→物を食べられないから。
学校には席がない→死んでしまったため、学校には籍がないから
誰も関わってはくれない→彼女の姿は見えないから
肩がぶつかることはない→実体がないから
「現実からは逃れたいが、夢ばかり見てはいられない」→"死"と言う現実からは逃れたいが、まだ生きていたいと言う夢を見続けることにも限界があることを悟っている
特に工事現場の鉄パイプの音が嫌い→彼女の頭上から落ちてきて、絶命させた鉄パイプを連想させるから
「もし目を閉じたら、このまま二度と開かなくなるのでは」→"死"の暗示
「大丈夫、また明日も目覚めるよ。私はまだ、生きてるから」→もう既に死んでいる、と言う現実を受け入れられずに、また目覚めることを祈ってしまう
「そして、また繰り返す。昨日と同じような日常を」→無限ループのように続く日常。だか全く同じ一日ではないので、少しずつ現実と祈りの歪みに気づいていく……。
いずれ全てを知った時、彼女は本当に死んでしまう。
こんなお話でした。