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反則御伽草子
作:皓月 白斗



第四話:平穏


「それ」の隙間を縫うように滑り込んで来た鳴神と保寿は雫を挟んで背中合わせに
「それ」と対峙した。
「大丈夫か?」
鳴神が雫へと問い掛ける。長時間、正気を犯すかのような禍々しさに耐えてきた反動で膝の力が抜けた。
その場にへたりこみそうになるところを鳴神の腕が抱き留めた。
「おい、本当に大丈夫か?」
やっと頷く。
「ふふん、無理も無いね。戦闘経験がほとんどない雫には、この禍々しさはキツ過ぎるよ。」
保寿の意見に、鳴神は8体の
「それ」を見た。
「確かに、関心しないが。何だ?こいつら。」
ふと、保寿があることに気付いた。
「雫。君、悲鳴をあげたかい?」
首を振り、いいえ、と答えた。保寿の耳が捕らえた悲鳴。それが雫の発したものではないならば。
「鳴神、別に襲われてる人がいるようだ。僕はそっちに行くよ。」
「あぁ。」
人間の力ではあり得ない跳躍。垂直の壁を蹴り、ビルを駈け登りながら向こう側へと姿を消した。
保寿を見送り、視線を戻せば先ほどの
「それ」が再び包囲を掛けて来ていた。
「タフだな・・・。」
ややあきれ気味に呟く鳴神。
「雫、後でこの場の浄化頼むな。・・・お前ら、いったい何なんだ?」
鳴神の問い掛けに、当然のように答えは無く。
「ま、なんにしたって・・・放っておくわけにもいかんわな。」
鳴神の霊力がひるがえり、二人の服がひらめく。
それに呼応するかのように
「それ」がざわざわと動き始めた。
殺す、という意志しかもたない
「それ」が己の死に恐怖を感じたのか。
誰も、
「それ」すらも知る事無く、黒き異形は消滅した。
* *
午前6時。この季節ではまだ夜が明けきらない時間に鳴神は帰宅した。頭が少しふらふらとしている。あの後、雫を陰陽寮まで送り、事後報告。未知の異形の存在が明らかになり、緊急対策会議兼警戒態勢。
鳴神が頼んでおいた占いが
「それ」を操る、さらに上の存在を示したため、問題はさらに複雑化し、それがつい先ほど一旦の終了を迎えたのだ。完徹。
対策会議では居眠りもできず、休憩もなかった。
体力はともかく、精神が疲労している。
「あのジジイども・・・。『若いのに気概が足りん。』ってあんたらしっかり寝てんだろうが、くそぅ・・・。」
悪態をつく声にも覇気がない。
なにか食べてから寝ようと考えていた鳴神の嗅覚に自宅からの優しい匂いが触れた。
あぁ、そういや今日は、とノブに触れ、扉をくぐる。
そこに、みそ汁とご飯、焼き魚といった純和風な朝ご飯を用意する、女性の姿。
長い黒髪のふわりとした笑顔の女性であった。
エプロンを着け、今は髪を一つにくくっている。
佐保姫さおひめ
春の女神の名。もちろん本名ではない。本当の名前を鳴神は知っている。
だが、敢えてそう呼んでいた。名付け主は他ならぬ鳴神だ。
「おかえりなさい。」
優しく微笑む佐保姫に、鳴神は全身の疲労が消えていく気がした。
「ただいま、佐保姫。」
佐保姫は2日に一度、食事や家事の手伝いに来てくれる。
言わずもがな、鳴神は佐保姫に想いを寄せているのだが、博愛主義の佐保姫は気付かない。
まぁ確かに、昔からよくモテるのにそれに気付かないという典型的ヒロインタイプではあったが。
もっとも、佐保姫はそれを覚えていない。佐保姫が持つ記憶と実際に経験した過去が違う、少々特殊な記憶喪失なのだ。
鳴神と同じ時間を過ごしながら、記憶を共有しない佐保姫。
その責任をすくならず背負う鳴神はそれ以後、佐保姫の本当の名を一度として呼んだ事はない。想いを伝えた事も、ない。
* *
とはいえ、こういう状況は素晴らしく幸せだ。
席につき佐保姫を待つ。
合掌。
「いただきます。」
「おあがりください。」
のろのろとみそ汁へ手を伸ばし、啜る。幸せそうな溜め息。
オヤジ臭いが、鳴神は心底幸せを味わっている。
最初こそ、互いに黙々と箸を進めていたが、やがて佐保姫が口を開いた。
「疲れてますね?どうしたんですか?」
「あ〜、新種が出て来てさ。さっきまでずっと会議兼警戒態勢敷いてたから、気が休まらなくてな。とりあえず食べたら眠らせてもらうよ。」
米粒ひとつ残らずたいらげ、再び合掌、ごちそうさま。
「じゃ、時間がずれてるけどおやすみ。」
手を振って、自室へ。
「おやすみなさい。」
優しく朗らかな佐保姫の声を背に受けながら、自室へ入り、畳ベッドへと潜り込んだ。












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