28 「村長の就寝前と寝起き」
満足いくまで風呂を堪能した俺は、心も身体もさっぱりとした気分で自分の寝室に戻ってきた。
寝室は、何だかんだで立地が良かったので最初俺が倒れた時に運ばれた部屋を使っている。まぁ、最初の時と比べてかなり手を入れたから、内装は随分と変わったけど。
唯一変わってないのは、ベッドくらいだろうか。
ベッドは、元々あったものではなくて俺が意識を失っている間に頑冶たちが用意したものだ。
ベッドに使われた材料が、仲間の高位のモンスターからとれる素材で使われているので、現時点でこれ以上ないくらい上等なものになっている。
使われた素材が素材だけに、かなり頑丈で、素材由来で防刃、防魔、耐熱、耐火、耐蝕、保温、吸水まである。さらに、頑冶が製作したことで、寝るだけでHP・MPの持続回復、状態異常の緩和と回復の効果が発揮され、施された【付与】で常に清潔に保たれて、自動修復機能まである。
当然寝心地は最高だが、寝具に無駄とも言える程、高性能さだ。
精々、保温と吸水、浄化、自動修復の四つがあれば寝具としては十分な気がする。
「まぁ、それだけあの時は心配かけたってことなのかもな……」
そう考えると、心配してくれたことが嬉しい反面、それ以上に物凄く申し訳ない気持ちになる。
これに報いるためには、やっぱり皆の専用装備を再び作ることかな。
それとなく聞いてみたりしたのだが皆は、やはり愛用していた専用装備には愛着を持っていて、出来ればまた手に入れたいと言う声が多かった。ゲームの頃のことを憶えているみたいなので、当然だろう。事実俺も、自分の愛用していた装備を出来たらまた作りたいと思っている。
しかし、ゲームの頃の専用装備となると相当希少な素材が必要になるし、それを作るためにはそれ相応の専用の設備が必要だ。さらに言えば、素材を集めるための装備や道具も必要だし、それがこの世界に存在するのか、そして討伐や採取は可能なのか調べなければならない。そう考えると専用装備が作れるようになるのは先になりそうだ。
だとしたら目下、皆に報いれそうなのは、皆が暮らしやすい環境づくりだろうか。
仲間の多くは、高位の存在となって完璧な人化もできる者も多く、大抵の環境で暮らすことが出来るようになっているとは言え、元々棲んでいた棲みやすい環境というものがある。
分かり易い種族としては、水棲系のモンスターや人魚などがあるし、雪原や火山地帯、地下に棲む種族もいる。さらに、瘴気で満たされた環境を好むアンデットや悪魔と言ったモンスターもいるし、逆に聖気で満たされた環境を好む所謂、聖獣や幻獣と言ったモンスターもいる。
………改めて考えると、そんな様々な環境で暮らしていた皆が棲みやすい環境というのは両立できるか?
特に瘴気と聖気という真逆の性質で満たされた環境を両立させるのは難しい。
いや、結界で外界と隔離したりすればいけるか?
「ふわぁ……」
ああ、ダメだ……考えがまとまらなくなってきた。
ベッドに寝転がって考えていると、ジワジワと眠気が訪れて俺の思考を妨げてきた。
うん、今日はもう寝よう。
まぁ、みんなの要望に少しずつ応えていけばいいか。そうすれば、その内何か妙案が浮かぶかもしれないし。
じゃ、おやすみなさい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
東の空が白み始め、日が昇ってきた早朝。
頑冶たちのベッドでぐっすりと眠れた俺は目を覚ました。
「ん~~っ、よく寝た」
ぱっちりと目が覚めた俺は、大きく伸びをしながらベッドから起き上がる。
外に注意を向けると、既に多くの人が起きて外で活動しているようだ。
この村の朝は早い。
頑冶のような徹夜の人も多いけど、寝ていた人も日の出とともに目を覚まして活動を始めてるのだ。
寝間着の服から普段着に着替えて部屋を出ると、廊下に肉が焼ける香ばしいいい匂いが漂っていた。
よく聞こえる耳は、下で鼻歌を歌いながら料理をしている女性の存在を教えてくれる。
「天狐か」
聞き慣れた声から当たりをつけて俺は、朝食を期待しながら一階に降りた。
「おはよう。カケル」
足音で気付いてたのか、階段から降りてすぐに天狐が声をかけてきた。
初期装備であるいつもの着物の上に割烹着を着ている。手には長い箸とフライパンを持っている。
「おはよう、天狐。いい匂いだな。ご飯を作ってくれてるんだな」
「ええ、もう少しで出来るからテーブルにでも座って待ってて」
そう言いながら天狐は、手に持つフライパンを掬ってベーコンっぽい肉を裏返した。
フライパンの裏面に貼りつくように青白い炎、天狐の【狐火】が燃えている。
どうやら直接フライパンを炙って調理してるようだ。前までは、普通に竈を使ってたのにいつの間にそんな芸当が出来るようになったんだろうか……
異世界に来たことで自由度が更に広がったスキルや魔法の新たな活用法を仲間達は、まるで思い出していくようにどんどん編み出していってる。
未だゲームで出来た以上のことが出来ない俺としては、ちょっと羨ましい。
特に武技や呪文を使うことなく自分の魔力を体や物などに自由に纏えるようになりたいものだ。そしたら、ゴブ筋との模擬戦とかもう少しよくなるのになー
天狐が朝食を用意してくれるまでの間、俺は体内魔力を左手に集めようと試してみたが、やはりうまくいかなかった。
「ふーむ、コツとかないのかなー」
「カケル、左手がどうかしたの? 怪我でもしたの?」
「いや、何でもないよ。怪我とかしてないから」
難しい顔をして左手をグーパーしているところを朝食を持ってきた天狐に見られて、心配された。慌てて誤魔化す。
「ご飯が出来たんだ。サラダにハムエッグにパンかー、おいしそうなだな」
「ええ、あと昨日採ってきたリニッシュもあるわよ」
そう言って天狐は、料理を置いた後のテーブルの上に尻尾で包んだ乳白色の果物を置いた。
「白リンゴか。あの森で採ってきたのか」
「私じゃなくてタマだけどね」
色が違うけど、味や形はリンゴだ。リンゴに似た風味の果物は他にも何種類か存在するけど、リニッシュはその中でも特に甘味が強くおいしい果物だ。個人的に凍らせてシャーベットにするのが好みだ。
リニッシュのみのドリンクは甘すぎてくどいところがあるから、食べるとしたら今日はそのまま食べた方がいいな。
「タマには感謝しないとな。じゃ、いただきます」
「いただきます」
天狐が席についたのを確認してから、2人で一緒に食事始めた。
最近は、ルパイのような香辛料が草原や森などから手に入って、塩も多少なら村のを使えるので味は随分とおいしくなってる。剛樹猪の肉らしい肉厚ベーコンとかは、やはり塩胡椒で味付けされてるとおいしい。
パンは、ナンではなくライ麦を使った黒パンだ。焼き立てなのでそこそこ柔らかく噛み応えがあって個人的には好きだ。小麦のパンにはない独特の酸味が昔は苦手だったけど、母親が健康の為と食べさせられてるうちに癖になった。天狐の作ったものなので、日本のライ麦パンと比べて遜色なくおいしい。
まぁ、アッシュたちからすると硬いわ、すっぱいわ、ぼそぼそとするわで、あまり好きではないらしいが。
レナたちはパンが主食だけど、小麦のみのパンは贅沢品で、普段はライ麦などを混ぜた黒パンを食べてたらしい。一度、地下室に保存されてた黒パンの1つを試しに食べさせてもらったけど確かに硬かったし、酸っぱいし、ぼそぼそとしてた。
あれだけで食べるのはちょっときつかったなぁ。
普通は、スープとかにつけて柔らかくさせて食べるものらしい。それもやってみたけど、それはスープの味が染みて普通においしかった。
カナンや森から採れた野菜を使ったサラダをベーコンで包んで食べ終えた後は、薬茶で一息ついてデザート代わりにリニッシュに齧り付いた。充分に熟れていたようで果肉は桃のように柔らかく、口いっぱいに甘い果汁が広がった。
味はリンゴだけど、やはり完熟だとかなり甘いな。今更だけど、ジュースにして水で薄めればよかったかもしれない。
そう思いながらも、その甘さに引かれて俺はあっという間に芯を残して食べ終えた。
口直しに薬茶を飲んで、一息つく。
「ごちそうさま。おいしかったよ天狐」
「ふふっ、お粗末様でした」
天狐は嬉しそうににっこりと笑った。天狐の背中から見える尻尾の先は嬉しそうに左右に揺れていた。
『リニッシュ』
リニッシュと呼ばれる高木に実る乳白色の果物。味や形はリンゴ。
リンゴ味の果物は他にも何種類も存在するが、その中でも特に甘味が強い果物。
完熟になると果肉が桃のように柔らかくなり甘さも格段に上がる。
まだ果肉の硬い未熟な方が、食感もリンゴに似ていて甘すぎない。
用途によって完熟と未熟を使い分けられている。
ゲーム時代から存在する。
『ルパイ』
胡椒の代わりとなる種で、香辛料の一種。
多年草の一種であるルパイという植物がつける種で、袋状の皮の中に種が複数個入っている。中は空洞で、完全に成熟したのを振るとカラカラと音が鳴る。
乾燥させたものを使う。味や見た目などは胡椒と大して変わらない。
ゲーム時代にも存在した。
香辛料として、レナ達も活用していた。
今章では、カケルの言う「棲みやすい環境作り」というのがメインになっていきます。天狐たちのゲーム時代に愛用していた専用装備は、次章以降になっていくと思います。必要な素材が素材なので
あとカケルがゲームのシステムとしてではなく、自分の力として魔法とかを扱えれるようになるのが今章で出来るようになったらいいなと思ってます。
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