2・キラの苦悩
明朝、夜明け前のバルト海沿岸。
漆黒が支配する中、月の光がライトブルーの海へ降り注ぎ、幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
その十数m上空では、生ける伝説と化した戦艦『アークエンジェル』が静かにベターメンツへと舵を取っている。
そして、その上部デッキでは、一人の少年が沈痛な面持ちで手摺に体を預けていた。
水平線の向こうにいるであろう太陽を待つかの様に、彼……『キラ・ヤマト』は視線を海の彼方へと向けている。
キラの心の中では様々な想いが浮かんでは消え、彼の苦悩を更に深めていった。
史上最強のコーディネーターを産み出す実験の唯一の成功例。それがキラ・ヤマトだ。
彼が操る自由の大天使は、凄まじい戦闘能力を誇っていた。彼が覚醒すれば、針の穴を通す様な精密な射撃、武力のみを奪う不殺の光刃。十枚の羽根を翻し戦場を駆ける様は圧巻の一言に尽きる。
他のコーディネーターですら、キラの前では赤子も同然なのだ。
だが、キラは争いを憎んでいた。
自由を愛し、平和を慈しむ心穏やかな少年が世界を救ったと何人の人間が知っていよう。
真の平和の為に剣を手に取り、敵を切り裂く。
そう決めたのはキラ自身であり、その信念が揺らぐ事はない。
だが、それでも戦場にこだまする悲鳴、耳をつんざく爆音、自分を呪う声に心は乱され、言い様のない感覚が背中を這う。
そして、それを産み出しているのは自分自身なのだ。
当然、それは仕方のないことだと頭では理解している。
望む未来が違うのなら、どんな手段であろうと相手からもぎ取るしかない。
それが戦争、自分の立つ場所なのだ。
敵がいない戦争なんてない、犠牲がない戦争なんてある訳ない。
もし、それを望んだとしても所詮は自己満足の犠瞞に過ぎず、自分の命を脅かすだけだ。
射たなければ射たれ、殺らなければ殺られる。
それが嫌なら死ぬか逃げるしかない。
結局の所…僕は弱いんだ…。
とキラは思った。
伝説とまで言われた『フリーダム』を駆り、大戦を終りへと導いても、ラクスやカガリの強さには到底及ばない。
自分はただ守るだけで精一杯で、人々を支え、道を示す事などできはしないだろう。
事実、人々が求めているのはキラではなく『英雄が駆るフリーダム』なのだ。
それならば……僕は誰なんだろう…?
戦争が終われば……僕は?
キラの中で、戦いへの迷いが首をもたげる。 |