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< 春子・ハルバード >


 春婆怒村での一件から三日が過ぎていた。

 タケシを置いて一人で春婆怒村から実家に帰宅していた陽子は、何やら不機嫌な様子であった。

「陽子、タケシ君まだ帰ってこないのかしらね〜」

「ん〜、まだ帰ってこないね……」

 喫茶店の開店準備を行う陽子の母親がそんな会話を娘にしていた。

 陽子は、両親の経営する喫茶店の開店準備を手伝っている最中であった。

 台拭きでテーブルを拭きながら陽子は、母親の何気ない会話につまらなそうに受け答える。

 タケシは、鬼々蜘蛛との一戦後、全身が強烈な筋肉痛で立つこともままならなくなり、祖父の居る実家で寝たきりになっていた。

「妖力共有は、使い手の体に極度の負担が掛かるからのぅ〜。まあ、最初は皆が痛いものじゃ、そのうちなれるじゃろうてぇ」

 陽子は、人の姿をした春婆怒が妖力共有の後遺症を爽やかな笑顔で説明していたことを思いだす。
 
 あの女の顔を思い出し、更に陽子の機嫌が悪くなる。

 あの春婆怒と呼ばれる金髪の女を、陽子の女の勘が、自分の敵と知らせていた。

 そんな陽子は、脳裏に浮かぶ春婆怒の顔を掻き消すようにテーブルを拭く手を早める。

「なんかムカツク、あの槍女……」

「陽子ちゃん何か言った?」

「なんにも〜、独り言〜」

 カウンターの中を掃除している母親の雪絵が、いらつきを隠せない娘を笑顔で見守る。

 本来なら陽子も春婆怒村に残って、動けないタケシを看病したかった。

 だが、実家の喫茶店やちびっ子空手教室の手伝いをしなければならなく、予定以上の滞在も続けられずに一日だけタケシの看病をすると、仕方なく一人で帰宅したのである。

「それにしても、今年は何日も動けなくなるぐらい可愛がるとは……。先生も相変わらず厳しいな」

 カウンターの奥は、喫茶店の厨房をかねた桜木家の台所となっている。

 そこから中年男性の渋目の声が聴こえてくると、大柄の紳士風の顔が覗かせた。

 だが陽子は、父親と思われる男の話には、受け答えをせずにテーブルを拭き続けた。

 おそらく、タケシが動けないのが、祖父との組み手が原因だと思っている父に対して、槍と合体して巨大な化蜘蛛と戦ったからと説明した所で、信じてもらえないだろうと考えたからである。

 陽子は、こんな話を続けても仕方ないと判断したのであろう。

「毎年毎年、あの空手の鬼とガチンコ組み手とは……。父さんも、堂本先生の家に住み込みで弟子入りして、殴り倒されていた頃を思い出してくるよ」

 陽子の父親は、タケシを自分の若い頃に照らし合わせるかのように思い出を語る。

 そして、自分の短い顎鬚をゴツゴツした手で撫でまわし、娘の機嫌を遠目に伺う。

「お父さん、いいからゴミ捨てて来てよ……」

「はい……」

 陽子は、冷めたトーンで店内の隅にある大きなゴミ袋を指差しながら怖い顔をした。

 陽子の父親である銀は、娘に脅えるように背を丸めカウンターから出てくると、ゴミ袋を軽々と持ち上げた。

「かあさん、最近陽子は、ご機嫌斜めだな……」

「タケシ君が帰ってこないからよ」

「向こうでケンカでもしたのかな?」

「さぁ〜」

「お父さん、ゴミ捨ててきて!」

「はい!!」

 陽子の父は、娘に怒鳴られるとブツブツ言いながら手にしたゴミ袋を持って店を出ようとする。

 娘に顎で使われ頭の上がらない父親だが、身長は180を超える長身で、ぶ厚い筋肉バストを持った逆三角形の上半身をしている。

 そして、両腕は丸太の様に太く引き締まり、拳はまるで蟹の甲羅の如くごっつい物だった。

 四十歳を超えて、これだけの肉体を維持している上に、空手超人と名高い堂本拳四郎の愛弟子の一人なのだ。

 本来ならば、五〜六人のチンピラ程度を、瞬殺できるほどの実力をもった人物でもある。

 その空手の達人が、情けなくも娘に言われて、ゴミ袋を片手に店の入り口から出ようとした時である。

 店の前を見慣れた一台のバイクが通り過ぎ、隣に有る古いアパートの前にブレーキ音を立てて止まるのに気づく。

「おぉ、今のタケシ君のバイクだな」

 父親の声に反応して陽子はテーブルを拭く手を止めた。

 その顔は、本人も気が付かないうちに満点の笑顔に変わり、若々しく輝かせていた。

 先程とはまったくの別人のような表情である。

「あらあら」

 娘の笑顔に、母親の雪絵だけが気づき、笑顔を釣られたように作る。

 娘の乙女心に母親は、きちんと気が付いているようだ。

「陽子、タケシ君がこっちに来るぞ」

「本当!?」

 父親の言ったとおり、しばらくすると喫茶店の入り口が開き、カランカランと扉の鐘をならす。

「ただいま〜ッス」

「おかえり〜〜タケちゃん〜〜」

「タケシ君お帰り」

 我が家にでも帰って来たかのような一声に、家族を迎えるかの如く全員が答えた。

「タケちゃん〜、もう体は大丈夫なの〜?」

「おう、ばっちり完治したぜ」

 タケシの体を心配していた陽子が、甘える声を出して問いかけると、小走りでタケシの元へと足を進めた。

 それに答えるようにタケシは、腕を曲げて力瘤を作ると、完治をアピールして見せる。

 それを見た陽子の顔がポッとした表情に変わり、和やかな笑みを見せた。

「小娘や、御主も元気だったかぇ」

「へっ?」

 陽子は、タケシの後ろから自分に掛けられた女性の声に、目を丸くした。

 陽子にとって其の声は、全てを台無しにする雑音に聴こえた。

「んっ?、どちらさまですか?」

 声の主に疑問の問いを掛けたのは、カウンターの奥に居た雪絵だった。

「槍女!」
 
 陽子が、母親の質問に不正解の答えを大声で叫ぶ。

 槍女と呼ばれた女性は、喫茶店の入り口前に立つタケシの横をすり抜け、店内に入ってきた。

 春婆怒村では、昔のお姫様か、大奥の住人のような古風な着物姿だった春婆怒だが、今は白地に赤いハイビスカスが鮮やかなチュニックワンピースを着ていた。

 どこから見ても違和感の無い、普通の若い外人女性の容貌をしていた。

 否、普通と呼ぶには、余りにも美しすぎるかもしれない。

 パリコレにモデルとして参加できそうな風貌に、陽子の父親である銀も目を丸くさせていた。

 ただ、もうちょっと胸が有ればパーフェクトであると思いつつ。

 そう、春婆怒の胸は、お世辞にも大きいとは言え無い。むしろ、俎板と言っても良いだろう。

 その事を本人が気にしているかどうかは、周りの物に分からない話ではあった。

「槍女とは無礼ぞよ、小娘や」

 春婆怒は、スリムな腰元を通り過ぎてキュートなピップの下まで有る蜂蜜色の長い髪を揺らしながら、パリコレの一流モデルのようなウォーキングで喫茶店の中を歩いて回る。

 店内に置かれた何気ない物一つ一つが彼女には珍しく映り、見て回っている様子だ。

 春婆怒本人は意識した歩き方ではないのだが、自然体のウォーキングとしては余りにもセクシーすぎた。

 それを見ていた桜木夫妻が、何処にでもある普通の作りの喫茶店には、場違いの存在感と思ったのか、その春婆怒を見つめていた。

 ふと銀が我に帰る。

「タ、タケシくん、こちらの美人さんはどちら様ですか?」

 陽子の父親が、春婆怒のことを目じりと鼻の下をゆるゆるにして質問した。

 すると陽子と雪絵が、瞬時でギロリと睨みを利かせて銀を見る。

「あ〜っと、これ『春子・ハルバード』って言って、フランス人と日本人のハーフって言う設定で行くらしい」

「春子・ハルバード?、春婆怒じゃないの?。それに何よ、ハーフって設定で行くってさ、何事よそれ!?」

 春婆怒を指刺して紹介をするタケシに、陽子も春婆怒に指を刺して強めの声でツッコミを入れる。

「タケシがお世話になってる知人殿かぇ。わらわは春子・ハルバードじゃ。しばらくタケシの住いに厄介になる、タケシ共々宜しく頼み申すぞよぉ」

 陽子のツッコミを無視して、春子と紹介された春婆怒が、自分の口から自身に満ちた高飛車な口調で改めて自己紹介をした。

「ちょっーーーーーーーーーーーーとまてーーーーーーー!!」

 陽子がひときわ甲高い声で、全ての会話の停止命令を出す。

「あんた春婆怒でしょ、設定って何よ!。それよりタケちゃんの所に厄介って、えっ、えっ、ど〜〜〜ゆうことよ、何なのよ!!!」

「流行の言葉に言い換えると、わらわとタケシが、同棲生活する意味かのぉ〜」

「どっ、同棲!!!」

 その言葉の意味に陽子が狼狽した。

「タケシ君、しばらく会わないうちに随分とやるようになったね。こんな美人を連れ込むなんて、おじさんビックリだよ」

「おとうさん、そうじゃないでしょうが!!」

「そうよタケシくん、陽子はどうするの?。おばさん、二股は良くないと思うの。ましてや片方は自分の娘ですからねぇ」

「おかーーーさんもそうじゃないでしょ!!!」

「小娘はタケシと夫婦(めおと)なのかぇ?」

「め!、夫婦って!!、いゃ、まだ、ほら、私たちまだキスすらしたこと無いし……結婚なんて、まだ早いと思うし……ねぇ〜」

 陽子がモジモジとデレデレする。

「タケシ君は思ったより奥手なんだな、陽子とはもうキスの一つや二つ、私らに隠れてしてると思ったのだが。おじさんはおとうさんと呼ばれても良いと思ってるんだがな〜」

「おばさんもおかーさんって呼ばれたかったのに、二股かけるような男性には娘を任せられないわね〜」

「おかーさん、まだ二股ときまってないでしょ。タケちゃんと槍女の同棲生活がスタートした訳じゃあないんだし!」

 陽子は一人、四人の中央でアタフタと忙しくしている。

「雪絵さん、モーニングコーヒー入れてもらっていいですか?」

「はいはい、ちょっとまってね」

 タケシがテーブル席に座ると、雪絵が笑顔でコーヒーメーカーの準備を始めた。

「いや、わからんぞ陽子、お前の知らない間に二人は燃え上がるような甘い甘い夜をすごしていたのかも知れんぞ。くぅ〜〜、おとうさん羨ましい!!」

 陽子の父親の顔面と後頭部に、濡れ雑巾が勢い良く投げつけられた。

 すると雑巾サンドイッチ状態の頭部から鈍い水分の音が二つ同時に響く。

 母と娘のタイミングの合った、ダブル雑巾攻撃だ。

「ちょっとタケちゃん、どう言う事かちゃんと説明してよ!」

「え〜と、確か……」

 タケシはぶつぶつ言いながらGパンのポケットから、茶色い封筒を取り出し陽子の父親にさしだす。

「じいちゃんからの手紙です」

 それは祖父拳四郎からの手紙。

「ん、なにかな」

 陽子の父親は封筒を受け取ると、口を切り、中身の手紙を読み始める。



 前略、桜木 銀へ

 訳有って孫と一緒に、春子・ハルバード嬢を、御主の所で預かってもらいたい。
 詳しい理由は聞くな。これは師匠としての命令だ。

 断ったら、一家皆殺しにする。
 あとは頼んだ。

 堂本拳四郎より  
     

                            
「……」

「お父さん、手紙なんて書いてあるの?」

 陽子が手紙の内容を覗き見ようとするが、銀は大きな両手で手紙を挟み隠すように閉じた。

「タケシくん、事情は良くわかった。春子さんって言ったかね、この小娘の父、銀と申します、こっちは妻の雪絵です」

「うむ、よろしゅう頼むぞよぉ」

「ちょっとお父さん!」

「タケシ君、はい、コーヒー入ったわよ」

  つづく
「春子さ〜ん」

「なんじゃ、タケシゃ」

「もの凄く寝ずらいんだけど」

「なぜじゃ?」

「いゃ、寝ようと思ってる人の枕元に正座されてると、ちょっとな……」

「気にするな、思う存分寝るとよい」

「気になるわ!」

「仕方あるまい、わらわは眠らんのじゃから」

「だからって、人の枕元に座り込むなよ」

「じゃあ、どうしろと?」

「とうしろもこうしろも、枕元に座るの止めてくれない?」

「んー、しかたないのぉ」

「わかってくれるか」

「じゃあ、ウェポンモードで壁によっ掛かっておるぞ」

「ああ、それなら気にならないかも」

「どっこいしょ……。これでいいかえ?」

「おう」

「……」

「……」

「……」

「春婆怒……」

「なんじゃ?」

「倒れてこないでね……」

「心しておく」

「……」

「……」


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