< タケシと陽子と春子とカズマと朧 >
「じぁあ〜、私も部屋に帰るから〜。皆、稽古がんばってね〜」
眞鍋を見送った朧は、もうここには用が無いと言わんばかりにアパートの庭を後にした。
「朧さんと眞鍋さんって、恋人同士ですか?。」
朧が階段を上りアパートの二階に姿を消すと、カズマがタケシと陽子に質問した。
「うん、高校時代から付き合っているらしいよ」
「へぇ〜」
陽子の回答を聞いたカズマは、素っ気無い返事を返す。そして、朧の消えた階段の上をもう一度見上げた。
「ん?、カズマ君、朧さんが気になるの?。もしかしてカズマ君のタイプとか〜〜!?」
「いや、えっ、ちょっ、えっと、えっと、違いますよ!」
自分の言葉に慌てる少年を見て、陽子が悪戯に微笑む。
「なるほど、カズマはボインボインが好みなのか〜」
「ちょっとタケシさんまでちゃかさないでくださいよ!」
「うし、冗談はさて置き、カズマもう帰っていいぞ。帰りはロードワークがわりに走って帰れよ」
「えっ!、ちょっと待ってくださいよ、タケシ先生?!」
そう言ってアパートの外を指差すタケシにカズマが異論を挟む。
「ん?、何だ、走って帰るのが嫌か?」
「そうじゃ無いですよ。僕はまだ筋トレしかしてませんよ、空手の稽古を付けてくださいよ!」
カズマの顔に、タケシが怖い表情を近付ける。
「はぁ〜ん、何寝ぼけてんだカズマ。そんなの家帰って、好きなだけ自分でやれ」
タケシは、カズマをそう冷たくあしらって、アパートの庭を出て行く。
「タケシ先生……」
残されたガズマが、呆然とした顔で立ち尽くす。
すると陽子が後ろからカズマの肩を叩いた。
「家に帰ったら、左右の正拳を千回、前蹴り千回、上段廻し蹴り千回をやりなさい。
基本はちびっこ空手教室で習っているでしょ」
「陽子先生……」
陽子の微笑みながらそう言うと、カズマはその笑みを見上げた。
「もしもタケちゃんに稽古を付けてもらいたいなら、日々の基本稽古は自分で考えてやっておきなさい。
そうしたらタケちゃんだって稽古の一つぐらい付けてくれるかもよ」
カズマはしばらく何かを考えこみながら黙っていた、そして何かに気付いたのか、その重い口を開いた。
「学校のクラブ活動じゃあ無いのだから、ここに来て筋トレなんてやってるようじゃあ、ダメって事なんですね。
日々の筋トレや基本稽古は自分でこなして、ここにはタケシ先生の技術を盗みに来るような気持ちじゃないとダメって事なんですね……」
そう言ってカズマは一つ正拳突きを放つ。
「稽古とトレーニングは別物なのですね……」
トレーニングは、体作りの事。
稽古は、技を極める事。
「ふふ」
事の違いに気付いたカズマを見て、陽子の笑みが一段と輝く。
「この小僧、将来良い武人に育つかもしれんのぉ〜」
「そう思いますか、春子さん!」
今まで黙っていた春婆怒の台詞に、カズマもやっと微笑みを取り戻す。
「たわけ、御世辞じゃ」
何故かカズマは、この女性に自分の将来が有望だと言われて嬉しかった。
例えお世辞だと言われようとも、嬉しかった。それが何故なのかは少年にも見当が突かなかった。
アパートの二階。
一番奥の部屋の窓。
その窓に掛けられたカーテンの隙間から、アパートの庭に残る三人の姿を朧がこっそりと覗き見ていた。
その朧の顔は、先程まで眞鍋と一緒に居た妖艶でありながらも優しさの感じられる笑みでは無く、冷めきった無表情なものであった。
「あの女、春子って言ったかしら……。あれは妖怪ね……」
そう独り言を呟く朧は、ゆっくりとカーテンを閉めると暗い部屋の中へと姿を消していった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。