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< 妖力共有 >

  五十年前。
 

 場所は民家の直ぐ裏にある山中。

 道沿いでは無いが、まだ草木が多い茂る季節ではない為、それは直ぐに発見された。

 数人の村人がたいまつやランプを手に、それを厳しい表情で取り囲んでいた。

 それとは、太い木と木の間に、グルグルに包帯を巻くように作られた大きな繭。

 繭の形は細長くエジプトのミイラのような形をしており、中身は人間であることを、光を照らしていた村人達にも悟らせた。

 一人の村人が、腰にぶら下げていた鉈を取り出すと、それで巨大な繭を切り裂く。

 そして中身を確認するために切り口を両手で押し広げた。

 村人達が切り口から中を覗き込むと、中から行方不明になっていた若者の姿を見つけた。

 だが、その姿はガリガリの骸骨の様に変わり果てており、肌も乾燥した本物のミイラのようになっていた。

「ちきしょう……、五平だ、まちがいねぇ」

「こんな姿になっちまって……」

「これで六人目だ……」 

 変わり果てた仲間を見つけた村人達が、愚痴るように呟きながら両手を合わせて拝む。

 その中に、まだ若き日の拳四郎が混ざっていた。

「鬼々蜘蛛に体液だけ吸われたんじゃ……」 

「ヤツは、どこに行きやがった……」

「分からねぇずら。今、皆で村中を探し回ってるずら」

 拳四郎が山の中腹あたりから村を見下ろすと、村人達が手にしたタイマツやランプの光があちらこちらで動いていた。

 山奥のド田舎である春婆怒村には、まだ殆ど電気は通っておらず、外灯も少ない為、その光は一層目だって見えた。

「ワシらも戻ってヤツを探すぞ」

「ああ」

「牛太、真二……五平の亡骸をたのむ……。ワシは鬼々蜘蛛を叩く」

「わかった。……拳四郎、一人で無理するなよ」

「……」

 拳四郎達は、村人二名を残して暗く道も無い山の斜面をタイマツの光で照らしながら降りていく。

 山を降りた拳四郎達は、とりあえずことの事態を報告しようと村長邸を目指して歩き始めた。

 其処へ一人の村人が血相を変えながら大声で拳四郎達を呼び止めるように走ってきた。

「拳四郎、大変だ!、はぁはぁはぁ」

「何か有ったのか!?」

 拳四郎の持つ光を頼りに夜の暗闇を走ってきた村人は、呼吸を整えると村の神社の有る山を指差しながら話し始めた。

「居やがった、鬼々蜘蛛だ、あんにゃろう神社の境内に巣くってやがった!」

 拳四郎は、走ってきた村人の話が終わる前に走り出していた。

 他の村人達も慌てて拳四郎の後に続いて走り出す。

 しかし、人間とは思えない足の速さで拳四郎は、他の村人達を引き離して行った。

 そして暗い夜の田舎道を拳四郎は走り抜けると、神社へと続く心臓破りの急斜面な神社の階段をノンストップで駆け登っていった。

 拳四郎が階段を駆け上ると、神社の境内に集まる大勢の村人達の背中が見えて来た。

 その村人達が持つ明かりが本堂の方を照らしており、何やらただ事ではないのか、明らかにざわめき立っていた。

「鬼々蜘蛛は何処だ!」

 境内に入った拳四郎は、目の前の村人達を掻き分け先に進む。

「何じゃこりゃ」
 
 村人達を掻き分け最前列に踊り出た拳四郎の目に入ってきたもの。

 それに百戦錬磨の空手の達人が、口を空けて呆然とした。
 
 それは、生まれて初めて目にする異常な光景。

 境内では、あちらこちらで傷付いた村人達が何人も横たわり、そして中央で巨大な黒蜘蛛と、身長が二メートル以上ある巨人とが戦っていた。

 この時代の活動映画では、まだこのようなCGも特撮も少ない時代。拳四郎は目の前の光景に一瞬、状況を把握できずにいた。
 
 巨大な黒蜘蛛は、村人ら六人を喰らった犯人だが、もう一方の巨人の存在に拳四郎も驚き口をパクパクさせていた。

「お……鬼……」

 そして拳四郎の口からやっと出た言葉がそれであった。

 その姿は、額に二本の角が生えている鬼。

 身長は二メートル半有り、顔は鬼の形相その物だった。

 ボサボサの長い髪、堀が深く飛び出しそうなぐらい見開いた丸い眼光、太く長い手足がビリビリに破けた着物から伸びていた。

 そして手には、鋼の長槍を持っている。

「手に有るのは、春婆怒様か?!」

 拳四郎は隣にいる村人に問いかける。

 大蜘蛛と戦う鬼の手には拳四郎が言う通り槍が握られており、鬼のサイズに合わせて其の槍も巨大化していた。

「ああ、だが……」

 拳四郎の質問に隣の村人が答えるが、何やらバツの悪い顔をして拳四郎から目をそらす。

 拳四郎は、村人の仕草の意味が分からず首を傾げた。

 そして鬼々蜘蛛と鬼の戦いに視線を再び戻した拳四郎が、何かに気づいた。

「あっ、あの着物!」

 拳四郎は、隣の村人が見せたバツの悪そうな顔の理由にやっと気付く。

 あの巨大な鬼が着ている破けた着物、その着物の柄によく覚えがあった。

「あの鬼、……まさか、お鶴なのか……?」

 顔を青くして拳四郎が口にした名前。

 『お鶴』、その名は拳四郎の若妻の名前であった。

 拳四郎の顔が歪む。

「そ……そんな……」

 そして両拳を強く握りしめて、辛く悔しそうに表情を顰めながら俯いて顔を上げなかった。

「ワシらは……、止めたんじゃぞ」

「なんて事を、早まりおって……、くぅぅぅ」
 
「この村で、素質の一番高いのは、お鶴さんだと春婆怒様もおっしゃっておったが……、失敗じゃ、鬼化してもうた……」

 拳四郎が、自分の愛した妻を最後に見たのは、この時である。

 その姿は、妖力共有に失敗した、鬼の姿であったが。




「春婆怒ォォォォ、キィキィキィキィキィィィィ」

 鬼々蜘蛛が、自分を五十年前に封印した張本人を前にして奇声を上げる。 

 それを無視しながら金髪の美女は、ゆっくりと周りの状況を見回した。

 切れ長の魅惑的な視線が、先程まで戦っていた男達を物色するように眺めていくと、その視線を追いかけるように怪しい風が吹いていく。
 
「愚か者どもめ、また先走りおったな」

 村の老人達が金髪美女の言葉に、古き記憶の中からお鶴のことを思い出す。

 迫り来る鬼々蜘蛛に決着を急ぎ、鬼と化してしまった女性の名前を。

「は、春婆怒様が、約束の時に遅れて目覚めたからです……」

「ふっ、女子(おなご)には、いろいろと支度時間がかかるものじゃ」

「うんうん」
 
 春婆怒の言い訳に、陽子だけがうなずくが、全ての状況を理解して頷いている訳ではない。

「それにしても皆の衆、派手に負かされている様じゃのぅ」

「だから、貴方が遅いから……」

「しかしじゃ、わらわの五十年後の目覚めまでに、きっちりと約束は守っておったようじゃのぉ」

 春婆怒は、そう言いながら村の若者達を再び切れ長の目で舐めるように見回していく。

「心技体、そして素質、かなりの高品質じゃのぅ」

「しかし、すべての条件が果たされてなければ……」

 拳四郎が、五十年前の自分の妻を思い出す。

 彼女は、体の弱い女性だったが、素質だけは高かった。

 しかし、妖力共有に失敗した。

 危険は承知で春婆怒を手にした事であろう。

 だが、鬼に成り、鬼々蜘蛛と戦い、そして敗れた。

 しかし傷つき逃げようとする鬼々蜘蛛を、最後の妖力で春婆怒が封印し、そして春婆怒もまた眠りに付いた。

 鬼から人の姿に戻ったお鶴も、其の晩の内に息を引き取った。

 それが五十年前の中途半端な決着であり、今の戦いへと続いている。

 「五十年後のこの場所、この刻に、わらわも鬼々蜘蛛もまた目覚めるであろう。その時までに、強き技、逞しき体、素晴らしき心、そして素質ある極上の若者を育てよ。次こそこの妖怪を滅ぼすぞぇ」

 春婆怒は、そう言い残し槍の姿で眠りに付いた。

 村人達は春婆怒の言葉を信じ、七人の仇を討つ為、子から孫まで徹底とした武人としての教育を果たしてきた。

 春婆怒が、長い着物の裾を引きずりながら歩み始める。

 その歩みの先にはタケシが居た。

「む……」

「ほほぅ、高品質じゃ、高品質じゃのぉ。この者が一番の上物の肉体じゃ。わらわとの相性もよさそうじゃのぉ〜」

 鬼々蜘蛛にやられ負傷した者や、粘着糸に絡め取られ未だ倒れこんでいる者達の間を進み、タケシの前へと立つ春婆怒。

 そして春婆怒の美しい顔がタケシの鼻先まで近づく。

「御主、わらわと交じり合わぬかぇ?」

 タケシの顔に近づいた美しい顔の口元がうっすらと笑いながらそう言うと、タケシは間の抜けた返事を返す。

「えっ?」

 その様子は、まるでタケシを誘惑しているように周りには見えた。

 春婆怒の言葉にうろたえるタケシ。

「ちょ!、だぁめぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 しかし、その言葉に強く反応し、大声を上げたのは陽子だった。

「ちょっとーーー、何よ貴方!。いきなり現れてタケちゃん誘惑するなーー!」

 陽子がそう言いながら二人の間に割って入ると、春婆怒を押しのけるようにタケシから引き離す。

「小娘ゃ、誘惑などしておらぬ、わらわと協力せぃと言ってるのじゃ」

「協力?」

「騙されちゃ、騙されちゃ〜ダメだぞタケちゃん!」

「騙しなぞせぬわぁ」

「まあ落ち着け陽子……」

「そうじゃ、わらわと協力して、あの妖怪を退治しようと言っておるのじゃ。御主がこの中で一番の素質を秘めておる」

「一番の素質ってなんだよ?」

「わらわと妖力共有の素質じゃ」

 そう言うと春婆怒は、強風と共にまた槍の姿へと変わる。

「さあ若者よ、わらわを手に取り、こう叫ぶのじゃ、『変身、妖力共有』と」

「タケちゃん……」

「……」

 妖力共有の意味を、老人達は知っている。

 失敗をしたら鬼になることも……。

 そして、鬼になれば理性を失い、目的をはたすか、死ぬまで鬼のまま狂い続けることも。

 そう、お鶴のように……。
 
 返事を待つようにタケシの目の前で浮く鋼の長槍。

 隣に居る陽子が、心配そうな目でタケシを見ていた。

 タケシの表情が決意を決めたのか引き締まる。

 そしてタケシは、長槍に手を伸ばした。

「タケちゃん、ちょっとぉ〜……」
 
 そして、がっしりと鋼の長槍を握り締めた。

 タケシは、何が何だか分からなかった。

 だが、今は春婆怒の言うとおりにすることが、運命なのかもと感じていた。

 今までこの村で過ごしたこと。

 祖父から学んだ空手も全てが、この日の為のものと感じられていた。

 自分だけではない、他の皆もそうなのだろう。

 これは、定め。

 そして皆を代表して今、自分の手の中に長槍がある。

 それは、本堂に奉られていた鋼の長槍。

 春婆怒の長槍。

 全てを決意しなくてはと思う。

 まっすぐ立つ鋼の長槍を掴んだタケシは、大きく一度呼吸を整える。

 そして、春婆怒に教えられた言葉を力強く口にした。

「妖力共有・変身っ!」

 タケシの決意のこもった言葉と共に、長槍から突風が吹き出る。

 その強風は緑色の妖力を含み、タケシの周りを竜巻のようにグルグルと回り始めた。

 村人達が、眩しい光をみるように、其の風に目を細めていた。

 そして、緑色の妖風はタケシの体に纏い付く様に張り付くと、黒緑の鎧のような筋肉に変わり全身を包んで行く。

 あっと言う間にタケシの全身は、黒緑の筋肉の様なプロテクターに包まれていた。

 残りの緑風は、タケシのヘソのあたりに渦を巻きながら吸い込まれていく。

「タ、タケちゃん……!」

「な、なんじゃこりゃ!?」

 タケシは、自分の両腕を見ながら変貌した体に驚く。

「成功か!、妖力共有に成功したのか!」

「あれが、真の姿!!」

 村の老人達がどっとわいた。


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