< 空手vs中国拳法・1 >
時を少し巻き戻して、話は始まる。
「うぃ〜す」
「あ、おはようございます」
バイト先のコンビニエンスストワーの入り口をくぐったタケシが、レジカウンターに居るバイト仲間の井川と挨拶を交わした後、店の奥にある控え室を目指して歩いていく。
「タケシさん、ちわっす」
「おう」
タケシが控え室に入ると、アフロヘアーの安田がパイプ椅子に座りながら中古車の雑誌を眺めていた。
ドス!。
「イタ!、何するんですか!」
「いや、なんとなく」
タイムカードを押したタケシが、いきなり安田のアフロに意味も無くチョップを落とした。
安田が抗議するが、タケシはそれを無視してロッカーから制服を取り出すと、私服の上に制服を着込み店内に出て行った。
「相変わらずタケシさんは、なんなんだよ、も〜……」
安田は、自慢のアフロを擦りながらタケシを見送ると、小さな声で愚痴をこぼす。
「うし、井川、俺が交代するからいっぷくしてこいよ」
「はい、じゃあ、ちょっと行ってきます」
タケシが、普通人に近い生活を送れるのは、このコンビニでのバイトの時間ぐらいである。
あとの全ての時間は、空手に繋がる生活だ。
日々、稽古やトレーニングに時間は使われ、他人から見れば過酷な生活を送っている。
自分で望んだとはいえ、食事、睡眠、風呂、バイト、それ以外は空手漬けの毎日なのだ。
ある意味、自分がしたい事だけをやっているのだ、他人から見るより幸せな人生なのかも知れない。
タケシが店内を見回すと、お客の姿はまったく居なかった。
店内スピーカーからチェーン店系列用のCMが流れているだけで、店内は静かなものである。
タケシは、その静けさに釣られるように、足元にある鉄アレイを二つ取り出し、さぞ当たり前の如く筋トレを始めた。
もう既に暇さえあれば、何らかのトレーニングをしていないと落ち着かない性分になっている。
タケシは、黙々と鉄アレイで筋肉を温める。ここまで来るとトレーニング病と言っていいだろう。
タケシのそんな行動も、オーナーやバイト仲間たちも黙認しており、レジカウンターの下に忍ばせている鉄アレイには、今では誰も疑問を持つものは居なくなっていた。
「じゃあ、タケシさん、俺、あがりますから〜」
バイトの時間が終わった安田が控え室から出てくる。
「おう、お疲れ、帰り道は車に気を付けるなよ。できれば派手にダンプカーとかに引かれて死んでしまえ」
「はい〜、期待にはそわないように、気を付けて帰りますよ!」
「ちっ……」
「何故、舌打ちかな……」
「いいから、さっさと帰れ」
タケシが、シッシッと手を振る。
「じゃあ、お先ですー……」
タケシと安田の捩じれた会話。他人から見たら相当中が悪そうに見えるが、これでも二人の関係はお互いの中で成立しているのだから不思議なものである。
そして何事も無くタケシのバイト時間が過ぎていく。
ここのところタケシの生活は大きく変わった。
その原因が、故郷での常識を超えた春婆怒との出会いである。
今までは空手三昧、修行三昧、喧嘩三昧、暴力三昧の日々だったタケシ。
それで居て人の道を外さないように心がける精神修行の日々から、人知を超えた魑魅魍魎達の世界に踏み込んだ。
タケシは、人間相手のケンカに対戦相手が居なくなり不便をしているところだった。
戦うというテーマを目指すのなら、ちょうどいいステップアップだったのかもしれない。
妖怪との初対決は、巨大な大蜘蛛。
きたる二戦目は、身長二メートルを超える人食い鬼。
そして三戦目は、姑息な妖術を使う箪笥の九十九神。
どれもこれもタケシひとりの力ではかなわない相手だった。
しかし、春婆怒との妖力共有で圧倒してきた。
自分より強くて弱い敵、少々微妙な気持ちのタケシだった。
自分より強いのに、春婆怒と妖力共有すると、圧勝してしまう。
それでも、戦いの餓えを癒すには丁度いい相手だったのかも知れない。
「タケシ君、もう時間だからあがっていいですよ」
「はい、オーナー」
タケシは、店長権オーナーの鈴木にそう言われると、奥の控え室に戻り帰り支度を始める。
そしてバイトの終了時間になるのを確認すると、タイムカードを押して控え室を出て行く。
「オーナー、お先でーす」
「はい、おつかれ。」
メタボリックな腹を揺らしながら、オーナー鈴木がタケシを見送る。
タケシが店の外に出ると、辺りは日が沈みかける時間帯で、夕日の赤い光が近くのビル達の壁を鮮やかに染め上げていた。
「ん?」
タケシが、コンビニの隅に停めておいた自分のバイクに跨った時である。コンビニの駐車場に一台のベンツが入って来た。
そのベンツは、タケシの目の前まで走って来ると停止する。
そして後部座席の窓が開くと、中からタケシの知った顔が覗かせた。
「よぅ」
「……鳴海先輩」
ベンツの後部座席から顔を出した人物は、タケシが高校時代に喧嘩相手として抗争を繰り広げた先輩であり、今ではヤクザの若頭を務める『鳴海 優』であった。
いろいろあったが、今では友好関係を築いている人物ではある。
「どうしたんですか、鳴海先輩?」
「まあ、立ち話もなんだから、時間が取れるなら、ちょっとドライブでもしながら話さないか?」
「ええ、構いませんが……」
タケシが同意すると、助手席から降りてきたリーゼントの男が、後部座席のドアを開けてくれた。
タケシは、警戒もせずにヤクザのベンツに乗り込む。
そしてタケシが乗り込むと、何処を目指すかも告げずに車はコンビニの駐車場を出て行った。
後部座席に乗るタケシは、運転席で体を縮めながら運転する大柄で坊主頭の男と、助手席に座るリーゼントの革ジャンを着た男を確認した。
この二人は、以前公園で遊んだ時に居た二人である事を思い出す。
「で、鳴海先輩、何の話ですか?」
「ああ、実わな〜、お前さんに戦ってもらいたい男がいてな」
「おいおい先輩、俺にヤクザの用心棒でもさせるつもりかよ?」
タケシの拳が、膝の上で握り締められる。
「いやいや、お前さんがそういったのを好まね〜のは分ってるよ。だから、今回はお前さんに頼みに来たんだ」
「言ってる意味が分んなね〜よ」
後部座席の二人は、顔を会わせる事無く正面を向いたまま話し続ける。
「先日の話だが、うちが仕切る縄張りないで乱闘が起きてな……」
「はぁ〜?、ヤクザ同士の抗争かだろ?」
「いや、その乱闘で、うちの若いもんが十人ばかり病院送りになってね」
「ふぅ〜……」
タケシは、興味が無さそうな返事を返す。
だが、その態度は偽りで、本心はかなり興味を抱いている事に鳴海は気付いていた。
「その相手ってが、たった一人でね〜」
「へぇ〜……」
鳴海曰く、一対十の喧嘩。
タケシも、その程度の喧嘩なら幾度とくぐり抜けてきている。
「しかも、中国人でカンフーの達人と来ていやがる」
「へぇ〜」
またも鳴海の話に興味のなさそうな返答を返すタケシ。
しかし、横で話す鳴海には、タケシが完全に食うついた事を察知していた。
伊達にヤクザの若頭を任せられるだけの存在ではない、この手の交渉ごとや人の感情を読み取る事に関しては一流を自負している。
そんな鳴海は、確信していた。
間違いない、タケシは鳴海の話にカッチリと食いつき、餌を針事胃の中まで飲み込んでいると。
「しかも、その十人を倒したカンフーの達人は、中国拳法なんたらかんたら連合に加盟してやがってな」
「中国拳法総合伝授連合、日本支部です」
助手席に座るリーゼントの男が、なんたらかんたらの部分の正しい名称に訂正する。
「まあ、相手は日本在住の中国人達で構成された武術集団でな。俺らヤクザでも簡単に手出しが出来ないってわけなんだ」
「鳴海先輩、俺にヒットマンでもやらせるつもりか?」
「まあ、話をあせるな。とりあえず全部俺の話を聴け」
鳴海は白いスーツの内ポケットからタバコを取り出すと一本口に銜える。
すると助手席に座っていた二階堂が、狭い隙間から体をよじらせながらジッポライターでタバコに火を付けに来った。
「それでだ、こっちは十人もやられているんだ、面子ってものもある、ほっとく訳にもいかないからな。
……それで、そのなんたらかんたら連合の偉いさんと話し合った結果、
問題を起こしたカンフーの達人とこちらの代表がタイマンをして手打ちって事になった」
「タイマンで手打ち?」
「そう、どっちが勝とうが負けようが、それで恨みっこ無しって事になった」
「その代表ってのを俺に……って事か?」
「ああ、それを頼みたくて今日はやってきた。是非引き受けてくれねえかな?」
「……事情は分った」
「引き受けてくれるか!?」
タケシは、鳴海とは反対側の窓の外を眺めながら指でOKサインを出す。
鳴海の顔が「やった!」といわんばかりに明るく微笑んだ。
「ただし、俺からの条件がある」
「なんだ?、何でも言ってくれ」
鳴海は知っている。
この男は、決して金品を要求してこないことを。
「俺はヤクザの手先としてその拳法家と戦うんじゃないって事を理解してもらうぜ。
ただ、俺の空手と、その拳法家のカンフー、どっちが上かの試し合いをしたいだけだ。
……わかるよな」
「ああ、そんなの理解しているさ。俺らヤクザ者とは関係なく、空手代表と中国拳法の試合だと思ってくれれば良い」
自分が企んだ思惑どおりに事が進んでいる。その事に鳴海の顔が怪しく微笑む。
どんな形であれ、あの中国人をぶちのめせれば鳴海の組の面子は保たれる。倒せれば、鳴海の株も上がる。
まずは作戦成功といったところだ。
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