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< 春婆怒 >

「キィキィキィキィキィィィィィィーーーーーー」

 神社の境内に鬼々蜘蛛の奇怪で甲高い鳴き声が響き渡ると、各自にさまざまな武器を握り締めた村人たちが、仇である妖怪鬼々蜘蛛を取りか組むように陣を取る。

 まるで訓練された兵士のように村人達の行動は機敏だった。

 その中央で、数人の村人達を踏み潰したまま鬼々蜘蛛が、威嚇するように鳴き続ける。

 そして、八つの赤い目を光らせながら、ニッパーのような鋭い口を左右にカチカチと音を立てながら開いたり閉じたりすると、その鋭い口から粘りけの強い涎が、踏みつけられている村人の背中の上に垂れた。

「おぅらぁぁぁぁぁーーー!」

 一人の老人が手にした日本刀を振り上げると、掛け声と共に先陣をきって鬼々蜘蛛に飛びかかった。

 銀色の刀身がライトの光を反射させると、鉄と鉄が弾き合う耳障りな音が響く。

「なぬ!」

 老人の振り下ろした日本刀は、鬼々蜘蛛のドス黒く太い足の一本で弾き飛ばされた。

 日本刀の刃は、鬼々蜘蛛の棘のような産毛に納まっただけで傷すら付けていない様子だった。

「この化け物め、なんと固い足を!」

 一方、弾かれた老人はよろめきながら皆の輪の中へと後退していく。

 攻撃こそ通じなかったが、その勇気ある老人の行動が他の者達に感染していった。士気が上がる。

「ならば頭をカチ割ってやるわ!、とう!」

 続いて拳四郎が、空手家らしく素手のまま正面きって鬼々蜘蛛に攻め行く。

 老いた巨漢が、たったの一歩の踏み込みで五メートル近くを跳躍して行った。

「キィキィキィキィィィ、小ザカシヤ」

 正面から突っ込んできた拳四郎を、鬼々蜘蛛は二本の前足で払いのけようと振るう。

 しかし、老いても勇ましき空手の達人は、軽やかな体さばきで見事にそれをかわして巨体の鬼々蜘蛛の目の前へと入り込む。

「キッ、キィィィィィィ!」

 素手の射程距離。

「思い知れ、お鶴の仇、怒りの空手技をぉぉ!!」

 拳四郎の連続攻撃。

 下から鬼々蜘蛛の顎を蹴り上げた蹴り。

 そして浮いた巨体を引戻すかのように打ち下ろす肘鉄。

 ちょうどいい高さに戻って来た鬼々蜘蛛の顔面に向けて右左の連続中段正拳付きを叩き込む。

 更に止めとばかりに、一呼吸分の力を貯めた強烈な正拳付きをぶちかました。

「フゥギィィィィィィィィーーー!!」

 拳四郎の強烈な連続攻撃に、悲鳴を上げる鬼々蜘蛛。

 撃たれた顔面を庇うかのように八本の足をばたつかせた。

 その無造作に振り回された丸太のような足に、巻き込まれんと拳四郎も慌てて後ろへと下がった。

「利いてるぞ!」

「やれるのか」

「皆、いっせいにかかるぞ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!」

「とりゃーーー!」

 拳四郎の攻撃に勝機を見出した村人達。今度は掛け声と共に一斉に飛びかかった。

「キィキィキィキィキィィィィィ、小ザカシヤアアア!」

 鬼々蜘蛛は奇声と共にその巨体をまるでドリフトするスポーツカーのように回転して、飛びかかる村人達を力任せに次々と弾き飛ばす。

「どわわぁぁ!」

「ぐほぉ!」

 プロレスラーに飛びかかった子供のように弾かれた村人達は、地面に叩き付けられ苦痛の表情を浮かべた。

「いてぇ〜……!」

「折れた折れた!」

「ちっ、なんてパワーだ!」

「誰か怪我人を離れた場所へ!」

 周りの状況を冷静に判断した村長が、的確な指示を村人達に飛ばす。

「皆の衆、この化け物を侮るな!」

 村長に続き、先に有効打を見せた拳四郎もまた、村人に檄を飛ばした。

「キィキィキィキィィィィィ、人風情ガ小ザカシヤ!」

「もしかしてこいつ、それしか言葉をしゃべれないのか!?」

 鬼々蜘蛛のドリフト攻撃を紙一重でかわしていたタケシが、鬼々蜘蛛のかわいそうな事情に見事に気づくとそう言った。

「キィキィキィキィィィィ……、コ、コザカシヤ……」

 再び奇声を上げる鬼々蜘蛛の叫ぶトーンは、明らかに下がっていた。

「やっぱり昆虫は昆虫なのね、思ったより頭良くないんだ」

 気づかれた真実に陽子が追い討ちをかけると、それはもう悲しき悲鳴にしか聴こえなくなっていた。

 だが、鬼々蜘蛛の見せたドリフト攻撃で受けた村人達のダメージもまた、かなり深刻だった。

 多くの村人が手傷を追い、何人かは自力で歩くことすら出来ない様子である。

 村人サイドの戦力低下は見て取れた。

「やはりワシの拳で蹴りを付けてやぁ、うお?!」

「じいちゃん!」

 拳四郎が意気込みを口にした瞬間、鬼々蜘蛛の口から蜘蛛妖怪と言えば蜘蛛妖怪らしい粘着性の白い糸が大量に吹き付けられた。

「ぬおおぉぉ、なんじゃこりゃ、動きが!」

 鬼々蜘蛛から吐かれた大量の粘着糸で、超人の動きを完全に封じてしまった。

 ベトベトの大量の糸に自由を奪われた拳四郎は、取り餅に掛かった鳥のように地面でバタつく。

 その様子から脱出は、不可能に見えた。

「キィキィキィキィィーーーー!」

 村人サイドのエースを封じた鬼々蜘蛛は、さらに粘着糸で村長を襲う。

「いゃぁぁぁぁぁぁ!」

 だが、今度は動きを封じるだけではなく、そのまま村長を粘着糸で自分のほうに引き寄せた。

 すると村長は、地面に爪を立てながら女々しい悲鳴を上げ鬼々蜘蛛のほうに引きずられていく。

 村長は抵抗虚しく、あっと言う間に鬼々蜘蛛の目の前まで引き寄せられた。

「村長!」

「キィキィキィキィーー、ハグハグハグ」

「あぁぁ!、喰った!」

「村長が食われた!」

 頭から丸呑みであった。その後景を見ていた村人たちが唖然とする。

 仕方あるまい。人が化け物に食われる瞬間など、普通の人生では決して目にすることが無いだろう。

 ましてや、それがよく知った知人ならば唖然ともする。

 しばらくして村長を喰らった鬼々蜘蛛に異変が見られた。

 わずかにカタカタと震えたかと思うと、背中の辺りにニョキニョキと何かが生え始める。

 それは見る見るうちに人の形をとり始めると、先ほど喰われた村長の上半身の姿へと変った。

「村長さんだ!」

「死んで無かったのか!」

「ちっ」

「今舌打ちしたの誰だ!?」

 鬼々蜘蛛の背中から生えた村長が、不気味な怖声で語り始めた。

「キィキィキィキィィィ、小ざかしや人間どもが、調子にのりおって、全員食ろうてやるわぁぁぁぁ」

 村長の目は虚ろで、口からは涎を垂らし、肌はハゲた頭のてっぺんまで紫色に変色していた。

 そして額には緑色の血管を何本も浮き立たせ、何故か乳首には星型のキラキラとした二ップレスを付けていた。

 村長は、僅か一点を除いて亡者そのものの風貌であった。

「キィキィキィキィィィィ、貴様らの中で一番賢そうな者を取り込んでやったぞ。本体の口では人語は、言いずらくてしかたないからな〜」

 背中に生えた村長が、どうやら鬼々蜘蛛のしゃべりを代弁しているようだ。

「そんなバカな!」

 鬼々蜘蛛の言葉に、声を抗えたのは警視総監の杉原であった。

 この中で一番賢そうなのが自分ではなく、村長だと言う鬼々蜘蛛への抗議なのだろうか。

「村長さん……」

「キィキィキィキィィ、あのジジイの拳は多少効いたが、それでも人間風情に遅れを取るワシではないは!」

 鬼々蜘蛛はそう言うと、今度は村長の口から粘着糸を戦車の砲台の如く、四方八方に吐き散らかす。

「うわぁ!」

「ちきしょう、動けん!」

 次々と村長の吐く粘着糸に捕らえられていく村人達。

 そんな中、鬼々蜘蛛のドリフト攻撃で肩を痛めた雅史が、境内の隅に生えた大きな木の陰に隠れていた陽子のそばに駆け寄って来た。

「陽子ちゃん、ここはもうヤバイ、君は逃げなさい」

「でも……」

 鬼々蜘蛛の粘着糸を回避しつつ、尚も攻撃の機会を狙っているタケシの背中を、陽子は心配そうに見つめた。

 タケシを置いて一人で逃げるなんて彼女にはとても出来る行動ではない。

「キィキィキィキィィィ、愉快なじゃ、愉快じゃ、取り放題じゃ、絡め放題じゃwww」

「むむむ……、春婆怒様……なぜ、約束を……」

 粘着糸に動きを封じられている拳四郎が、悔しそうな表情でそう呟く。

 そして目線を、神社の本堂の影で隠れている神主の方へと向けた。

 その神主もまた、手にした長槍を強く握り締め、鬼々蜘蛛の暴れ回る姿を歯がゆく睨んでいた。

「何故です、早ようお目覚めあれ、春婆怒様……くぅぅぅ」

 神主は、手の中にある鋼の長槍に、そう語りかけた。

 一方、鬼々蜘蛛と対決を繰り広げている村人の数も、時が過ぎるにつれ、また一人、また一人と鬼々蜘蛛の粘着糸に捕らえられていく。

「キィキィキィキィィィィ、直ぐには殺しはせぬぞ、直ぐには殺しはせぬぞ、捕らえてから体液だけをチューチュー食ろうてやるわ!」

「にゃろう、でかい虫けらのくせに!」

「ええぃ、かくなる上は、ワシがこの手で!」

 仲間のピンチを見ていられなくなったのか、物影に隠れていた神主が姿を現し手にした長槍を構えた。

「鬼々蜘蛛ぉ、ワシが相手だぁぁ!」

 神主は震える足で、鬼々蜘蛛にそう叫んだ。

「んん〜、キィキィキィィィ。それは、その槍は、もしや、もしやして!」

「神主さん!」

「キィキィキィィィィ、春婆怒か!、なるほど五十年間ワシを封印していたと思えば、まだ目覚めてもいなかったのか。キィキィキィキィィィ、この騒ぎでも尚、姿を見せぬわけだわい!」

「カンちゃん、今は引け、逃げるんだ!」

 地に転がる拳四郎が神主に叫ぶ。

「キィキィキィキィィィィ、所詮は九十九神、使い手が居なければ、ただの鉄クズじゃわい。キィキィキィキィキィィィ人間ごと、踏み潰してやるわ!」

 ドドドドドッと、土煙を上げながら、本堂の前で震えながら槍を構える神主目指して、鬼々蜘蛛が突進を始めた。

「神主さん、避けろ!」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 神主は、突進して来る鬼々蜘蛛に対して、手に有る長槍を突き立てた。

 激音が、埃や砂煙と一緒に広がる。

 タケシの叫びは届かなかった。

 鬼々蜘蛛は、神主を押しつぶしながら本堂の壁や扉を突き破り、その姿を境内にある照明の光が届かない本堂の奥へと、激音と共に隠れる様に消した。
 
 村人達が、本堂に開いた大きな穴の中に視線を合わせる。

 だが、中は暗い上に埃が舞い上がり、まったく様子を窺えない。

 …………。

 ……。

 一瞬、皆が静まる。

「くぅぅぅ、カンちゃん……」

「糞、化け物がぁ!」

 村人達の心配をよそに、鬼々蜘蛛が突っ込んだ本堂の奥は静かに沈黙を続けていた。

「どうなったんだ?」

「やったのか?」

「やられただろ……」

 本堂の奥から人影がヨロヨロと歩きながら姿を見せる。

「神主さん、無事でしたか!」

「くぅぅぅ……」

 血だらけで服もボロボロの神主が、長槍を杖代わりに姿を現す。

 だが、神主のすぐ後ろに、怪しい大蜘蛛と背中に生えた村長の影が現れ、まがまがしく八つの目と二つの瞳を光らせていた。

「早く逃げろ神主さん!」

「カンちゃん、後ろ後ろ!」

「ぁぁぁ……」

 神主はヨロヨロしながら、ゆっくり後ろを振り返ると、真後ろにいる鬼々蜘蛛と目が合ってしまう。

「キィキィキィキィキィィィ、ズタズタにしてやるわぁ」

 もう神主は、体を震わすだけで何もできなく立ち尽くしていた。

「愚か者、何をしておる」

 それは、女性の声だった。

「えっ?」

「なんだ!?」

 何所からともなく聴こえて来た女性の声。

 その声に聴き覚えもなく。鼓膜を揺らさず心に届いたテレパシーのような透き通った美声に、若者達は動揺をみせた。

「キィキィキィキィキィィィィ、春婆怒かぁぁぁ!?」

「うわぁぁ〜」

 神主の体が、手にした長槍に勢いよく引っ張られ空を飛び、本堂から境内の真ん中へと着地する。

「は、春婆怒様……か?」

 神主は、手にした長槍を離すと、その場にヘロヘロと腰を落とす。

 だが、手を離された長槍は、尚も真っ直ぐに立っていた。

「あの槍、ちょっと浮いてない……?」

 陽子が槍の足元を指差す。

「どう言う事だよ……」

 陽子の指差す先を雅史が見ると、僅か十センチ程度だが確かに浮いていた。

「春婆怒様だ!」

「お目覚めだ、春婆怒様のお目覚めだ」

 村の老人達が、宙に真っ直ぐと立つ長槍に、熱い視線を飛ばしながらも口々に『春婆怒』の名を語る。

 だが、老人達とは別に、憎しみの表情で鬼々蜘蛛が宙に浮く長槍を睨みつけた。

「キィキィキィィィィィィィ」

 突風。

「風?」

 何所からともなく風が吹くと、境内の周りの木々の枝を揺らす。

 鬼々蜘蛛が、黒雲と共に現れた時にも似たような風が吹いたことをタケシは思い出す。

「あの槍から出ているのか、この風は……」  

 間違いない、タケシの感じたとおり、この風は長槍から出ている。

 そして長槍が、一瞬だが目をくらますような強い風を放つ。

 皆が風の勢いで目を細め、一瞬だが視界を失う。

「村の衆、約束、今こそ果たすぞ」

 その声に引かれ細めた目を開くと、そこには既に長槍は無く、代わりに一人の着物姿の女性が立っていた。

 髪は長く金色、切れながの美しい瞳、透けるような白い肌、大奥にでも居そうな裾の長い和風の着物を着た女性。

 一言で表すならば、絶世の美女。

「あれが春婆怒!」


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