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< 元凶 >


 タケシと陽子の二人は間もなくすると、神社の境内に続く階段の前に到着した。

 大きな鳥居の向こうには、急勾配の長い階段が見える。

 そして、其のそばには、各自乗り物を使って移動してきた村人達の車などが何台も並んで停められていた。

 車から降りた老人達が若者達と一緒に次々と急な階段を登っていくが、其の足取りは本当に六十から七十を超えた老人なのかと陽子を驚かせた。

 ほぼ最後尾と思われるタケシと陽子も、神社の境内に続く階段を登り始めた。

「懐かしいね、タケちゃん」

 二人は、一段一段と石の階段を踏みしめながら登っていく。

 たまに後ろを振り返ると、階段の角度がかなりあることを再認識できた。

 陽子にとってこの階段は、懐かしい思い出の場所である。

 小さな頃、タケシと一緒に何度かこの神社の境内で遊んだ思い出があった。

 まだ、タケシをただの幼馴染の兄のように思っていた頃である。

 異性と意識するようになってからは、祭りの夜にしか来ていない。

 日が高い内に神社に来るのも久しぶりのことであった。

「そうかぁ」

 陽子の何気ない一言にタケシがそっけなく答えた。

 タケシにとってのこの神社の境内は、急な階段をランニングコースとして毎日のように汗を流した記憶しか残っていない。

 タケシには、昼間の神社に対して陽子のように楽しい記憶と思える物は、僅かな欠片も残っていなかった。

 今でもこの階段を登っていると、思わず走り出してしまいそうで仕方なかった。

 二人が階段を登りきると、高台の為か、少し風の強さを感じた。

 そして、二つ目の大きな鳥居をくぐると、神社の境内に集まる村人達の姿と、その向こうに有る立派な神社の本堂が見えてきた。

「あれ、本堂の改築したんだ〜、去年より立派になったね〜」

「この村出身のスポーツマンは金持ちおおいし、それ以外にも政財界にやたらと顔が利く人も多いからな。かなり寄付を貰ってるらしいぞ」

「さっきのベンツの警視総監とか?」

「ああ、その他にもまだまだいるんだけどな」

 タケシの言うとおりである。この不景気な余生にもかかわらず、いかにも私は成金ですといった感じの老人達がちらほら見に付いた。

 ダブルのスーツに煌びやかな指輪やロレックスの時計を身につけた裕福そうな老人達。

 金は有る所には有るってことなのであろう。

 金欲に乏しいタケシにはどうでもいい話だった。

「村長のヤツ、今度は神社に集めて何する気だ?」

 本来なら今頃ここは、祭りの屋台が並んで賑やかになっているはずの場所。

 なのに今年は的屋の一つも出ていない。

 それなのにディーゼルの大きな発電機が境内の隅に置かれ、発電の仕事をこなすエンジン音だけを響かせていた。

 そして、そこから引かれた電気で幾つもの照明が、薄暗くなり始めた境内を隅から隅まで照らしていた。

「ねえ、タケちゃん……」

 キョロキョロとする陽子。

「なんだ?」

「皆……なんで武装してるの?……」

 陽子に言われて初めてタケシも気が付いた。

 雅にぃはアーチェリー、拓也は日本刀を持たされている。

 他の若者も、各自今まで習ってきた武術の得物を持たされていた。

 そして老人達もまた、それぞれの武具を手にしている。

 日本刀、槍、弓、警棒、鉈、中には鎖鎌を手にしている老人もいた。

 物々しい空気が流れていたが、何故かタケシには心地よくも感じられた。
 
「どう言うこと……?」
 
 陽子の問いかけに、タケシは答えられなかった。

 だが、その景色から時期に始まる事は、明らかに戦闘じみた事だとは分かっていた。

 祖父の拳四郎が後ろからタケシの肩を軽く叩く。 そして、タケシにボソリと耳打ちして来た。

「我々は素手だ。空手家だからのぉ」

 意味が分からない。

 だが、その拳四郎の表情は、何やら嬉しそうな顔にも見えた。

 タケシは気づいていないが、タケシの表情も似たような顔をしていた。

 それに気づいていた陽子が上目遣いで二人を見ながら軽く笑う。

 理由が分からなくても好いた男が楽しそうにしているのが陽子にも嬉しいらしい。

「タケちゃん、ベンツのおじさん……拳銃持ってるよ……」

 タケシは、陽子に言われるまま、杉原のおじさんに目をやった。

 その手には、黒いリボルバーのピストルが、陽子の言うとおり確かに握られていた。

「ほら、警視総監だし……」

 タケシがそう答える。しかし、そう言う問題ではない。

「ふぅ、あんなもの利かぬといってあるのにのぉ」

 拳銃を握る杉原の様子を見た拳四郎が鼻で笑い飛ばす。

 まるで自分の拳のほうが、ピストルよりも優れていると言いたげな感じである。

「じいちゃん、一体何が始まるんだ……?」

 タケシが祖父に、質問した時である。

 日の落ちかけた神社の境内に、薄気味悪い空気が風と共に吹き上る。

 その風が周りの木々の枝をガサガサと強く揺らしだす。

 それに気づいた陽子が、キョロキョロと辺りを見回した。
 
 陽子だけではない。他の若者達も、其の異変に辺りを見渡し始めた。

 怪しい風は、境内を包むように回り続ける。

 何かが(ゆが)む感覚と、空気が(ひず)む音が聴こえてくる。

 老人たちも空を見上げた。

 敵でも睨むかの形相で、手にした光物を強く握り締めていた。

 今までにないほどの緊迫した空気が境内に立ち込める。

「ちっ」

 舌打ちしたのはタケシであった。彼は感じ取ったのであろう。

 今、この場に流れる空気は『闘争』寸前の空気。

 間違いない。この空気は戦いの空気だと。

 幾度も味わってきた闘争の香り。

 道場でも、村でも、町の路上でも、人気の無い空き地でも、高校の屋上でも、体育館の裏でも、リングの上でも、ヤクザの事務所でも、夜の公園でも、これと同じ香しい臭いがした。

 殴り合える相手がいれば同じ香りがした。それは、タケシが好きな臭い。

「タケちゃん!」

 陽子が空を指差すと、タケシもその先を見上げた。

 そこには不自然な黒雲が噴出す様に広がり始めていた。

「あの雲近いよね……、二十メートルも離れてないよね?」

「あれは雲とか煙とかじゃあないぞ。ひでぇ……なんて言うか……」

「敵じゃ、仇じゃ!」

 村の老人の一人が叫んだ。

「じいちゃん、何が起きるんだ!?」

「カンちゃん、春婆怒様をここへ!」

「けんちゃん、抜かりはない、もう、お連れ申しておるわ!」

 拳四郎の呼び声に答えた神主さん。

 その手には、神社の奥に奉られていた鋼の長槍が握られていた。

 仙女が変化したと言い伝えられる長槍。

 2メートル位の鋼の柄の先端に、鋭く尖った刃物と、手斧用サイズの小さい斧が付いている。

 派手な装飾はされていない。

 しかし、鋼の黒さと先端の刀身と斧の輝きが、貫禄のような威圧感を発していた。

 空に現れた黒雲は、怪しく蠢きながら大きく膨らんでいく。

 村人達はそれを睨むように見上げ続けた。

 握り締めた武器に手の汗が染み込んでいく。

「何か潜んでる……」

 明らかに黒雲の中に、何かが潜むように蠢いていた。

「ヤツじゃ」

 皆が皆、黒雲を見上げて睨むように構えていた。

「春婆怒様の緑風の結界が、解けかかっている」

「あの中から敵がくるのか?」

 何とは分からない。しかし、村の若者達も、戦いを意識する。

 この村で学んだ武術武芸者の血が、それを意識させた。

「五十年前の宿敵!」

「よくわからねえが、やるしかね〜みたいだな……」

「何とだよ!?」

「知るか!」

「仇じゃ!」

「ヤツが来るぞ!」

「だから、ヤツって何だよ!」

 直径十メートル位まで大きくなった黒雲。それは、赤く大きな鳥居の右上に引っ掛かるように包んでいた。

「雲の中から何か出てくるぞ!」

 黒雲の中で何かが蠢き、今にもそこから何かが出て来る素振りであった。

「何だよあれ……」

 それは敵。

「化け物!」
 
 黒雲の中から姿を現したのは、巨大な黒蜘蛛。

 真っ黒な皮膚には産毛と呼ぶには棘々しい刈り込まれた芝生のような産毛を生やし、八つの赤い瞳をギラ付かせ、八つの長く太い脚を気持ち悪く動かしていた。

 そして、巨大な黒蜘蛛は、のそのそと鳥居の上に、へばりつくように移動した。

 そのサイズは、マンモスを捕食するのではないかと思える大きさであった。

「鬼々蜘蛛じゃ!」

 誰もが見ただけで理解できる。そのサイズは、常識的な物ではなかった。

 それは、完璧な化け物。

 人間の常識では、存在しえない生物。

「うぁ……冗談でしょ……」

 両手を口に当てた陽子が、唖然とした表情で冷たい汗を流した。

「キィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィィィィィ。」

 黒き大蜘蛛が鳥居にしがみ付いたまま、奇怪な泣き声を響かせた。

 その時、乾いた火薬音が響わたった。

 三発の銃声。

 警視総監の杉原が、手にした拳銃を大蜘蛛に向って放っていた。

 更に銃声が続く。そして、全ての弾丸が撃ちつくされた。

 しかし杉原は、弾の無くなった拳銃の引き金を、憎しみの顔で引き続けていた。

「よくも、よくも、よくもぉぉぉぉぉぉ!」

 だが、大蜘蛛に向けられて放たれた弾丸は、全て狙いを外れていた。

 弾丸は、大蜘蛛の横を、目には見えない速度で飛んでいっていた。

「やめい、杉原のぅ」

 弾の入っていない拳銃の引き金を引き続ける杉原。それを悲しげに村長が止めた。

「当たってない?、拳銃が効かない……!?」 

 警視総監とはいえ警察官。射撃訓練を積んでいる筈の人物が、あれ程大きな的を外すはずもない。

「火薬だ、火薬が気を乱す」

「気?」

「あのバケモノは、気のこもってない攻めは受付ぬのじゃ」

 拳四郎が、鳥居にへばり付いた大蜘蛛を睨みつけたままタケシの問いに答えた。

「よくも、よくも兄を……」

 村長に止められて、打ちつくした拳銃を力なくおろした杉原は、悔しそうな顔で仇の大蜘蛛を見上げ続けていた。

 この人の兄は、五十年前の行方不明になった六人の内の一人である。タケシもそれを知っていた。

「あの巨大昆虫が拳銃の弾を反らして見せたってのかよ!」

「そうじゃ、あの鬼々蜘蛛は気の通ってない攻めを妖力でかわす。そして火薬は、気の流れを乱すのじゃ。奴には、拳銃もマシンガンも爆弾も効かんのじゃ」

「妖力とか気とか何だよ!」

「要するに気を集中させたせめしか効かんのじゃ」

「気を集中させるって!?」

「思いっきりぶん殴ればええんじゃ!」

「わかった!」

「本当にわかったの……」

 タケシと拳四郎の会話に、陽子が少し心配な顔をする。

 しかし難しいことが考えられないのだからこれで良いかと直ぐに陽子は諦めた。

「要するに火薬を使わずに、集中力を高めた攻撃ならば、あの化け物を倒せるのだろ。まるで、オカルト理論だな」

 そう言って雅史が、手に有るアーチェリーのボウを力強く引き、大蜘蛛に狙いを定める。

「まさか、本当に居るとわな、俺も婆さんの話しは、半信半疑だったが……」

 鳥居の上の黒き大蜘蛛に、弓の狙いを定める雅史。狙いに集中するオリンピックメダリスト。それだけの腕前があれば、外す事は無いだろう。

 そして、会心の一撃を放った。

「なに!」

 雅史の放った一撃の矢を、大蜘蛛は避けるように鳥居から地上へと跳躍する。

 大蜘蛛の巨体が宙を舞、地上の村人達を影に隠す。

「くはぁ!」

「うわぁぁぁ」

 鳥居から飛び跳ねた大蜘蛛は、地面に居た村人達の真上へと着地した。

 黒い巨体に足蹴にされる村人たち。そして、何人かを踏み倒しながら鬼々蜘蛛は威嚇する。 

「キィキィキィキィィィ、人風情ガ小ザカシイヤ」

「こいつしゃべるのか!」

 大蜘蛛がしゃべったことに若者が驚きの声を漏らした。

 確かに大きくても昆虫、それがしゃべればショックであろう。

「この化け物の名は鬼々蜘蛛!、かつてこの村に現れ六人の村人を攫って食ろうた張本人!」

 村長が怒りを込めて叫ぶ。

「こいつが神隠しの正体!?」

「攫って喰ったって!?」

「人食いだと!」

「うちの爺さんを……食ったのは、こいつ!?」

 雅史は自分の婆さんに、聴かされた事があった。

 神隠しではなく、自分の爺さんは、化け物に殺されたと。

 雅史の婆さんは、何時も雅史にはやさしく接してくれていた。

 嘘を付くような人ではないと雅史は思っていた。

 それでも爺さんが、化け物に殺されたと言う話だけは、半信半疑だった。

 だが、目の前に化け物が存在する。

 しかもこの化け物は、爺さんを食い殺したと言う犯人。

 会ったことがない祖父とは言え、この化け物に身内が食い殺されたとなれば、尋常ではいられない。

 おそらく雅史と同じ感情を持った村人が、他にもいるであろう。

 そして、この村の人々の絆は深い。

 身内じゃないにしろ村の仲間を食われたとなれば、自然に怒りが湧き上がってくる。

「何となくわかってきたぜ。何でこの村がやたらと武道武術にたけ。何でやたらと闘志を若者に教え込んで来たのか」

 タケシの言葉に他の若者が続く。

「俺達は、この日の為に今まで武を志し」

「村の仇を打ちのめす為に」

「全ての恨みを晴らす為に」

「今、ここに集い集まった」

 全ての若者達が、この村に生まれし宿命に今気づく。

 常識であり得ない化け物級の黒い大蜘蛛。それを前に、恐怖を感じる者はもう居なかった。

 今、目の前にある現実。

 ただ、宿命の敵を倒し、全ての仇討ちを果たす事。

「覚悟しやがれ、この化け物が!」 

「生きて帰れると思うなよ!」

「俺達が仇を取ってやる!」

「今ここが、最終決戦!」


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