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< 仙女と侍 >




 村長からの話が始まるにあたって、村の女性達の手で宴会の後片付けが行われていた。

 自分達の祖父の真面目な顔に、若者たちが心配になると、何が始まるのかと質問をする。

 しかし、老人達は決まって皆「今から、村長が話す」の一点張りで、何事が始まるのか話そうとしない。

 村長低の大きな庭に集まった村人達。

 里帰りして来た者達。

 今ここに集まっている者の数は、男達だけで100人近くは居るのだろうか。

 この場に居ないのは、幼い子供達と老婆達だけのようだ。



 やがて酒盛りの後始末が終わると、いよいよ村長の話が始まった。
 
「村の衆よ……」

 村長の険しい表情から、真面目な話だと感じ取れる。

「まずは、今まで強き若者を育ててくれた衆に、ワシから感謝を述べる」

 タケシは、村長が何を言い出しているのか疑問に思う。

 その横で祖父の拳四郎が照れた顔をしていた。

 だが、この村に生まれた者は、男女問わず、何かしらの武術を村の老人達から習っていた。

 余所から見たら、異常なまでの武術村である。

 しかし、多くの若者は疑問にすら思わなかった。それが当たり前だと思って育ってきたのである。

 タケシにしろ、上京するまで、その異常さに気付かないぐらいであった。

 普通の子供たちが義務教育を9年間受けるように、全国の子供たちが武術を習うのが当たり前だと思っていたのだ。

「昔の約束、ワシらも若かった、童だったものも居れば、まだ産まれてなかった者も多かろう……」
 
 何の話かと若者達が唖然とするが、老人達には動揺の色は無かった。

 彼ら、老いた者達には、何の話かが理解されているようだ。

「このケジメは村の者で付ける、この恨みは村の者で晴らす!」

 村長の話に力がこもると、拳四郎をはじめとして何人かの老人の表情にも怒りの色が浮かぶ。

 その表情は、今にも噛み付こうとしている狂犬そのものにも見えた。

「おいおい、なんか物騒な話になってきたな」

 タケシが隣に居る陽子にだけ聴こえるぐらいの小声で呟くと、陽子はタケシを横目でチラリと見た。

 タケシが緊張していた。それが一瞬だけ顔を見た陽子にも分かった。

「約束を果たし、仇を取るための苦労、この五十年の苦労、皆には心から感謝する」

 五十年、仇、そのキーワードに多くの若者達が反応を見せた。

 小さな頃から聴かされている昔話。

 山姥伝説。

 それと、五十年前の神隠し事件。

 五十年前の事件の際に、マスコミが報じた山姥伝説は、山から鬼婆が下りてきて人を食らうものであった。

 しかし、村に伝わる本当の話は違うものだった。

 今でも村で語られている真の山姥伝説は、村に不幸をもたらす疫病神を追い払う不老の仙女の話であった。

 偽りの伝説は当時のマスコミが、それでは面白くないと言って勝手にアレンジしてしまったものである。

 そして、本当の山婆伝説の話から、五十年前の神隠しの話へと続き、今の若者たちに言い伝えられていた。

 タケシをはじめとした若者達は、村長の話から、小さな頃に何度と無く聴かされた話を思い出していた。

 家々の老人達が語り部になって話す昔話。

 その内容とは……。



 昔々の話である。

 この山奥の小さな村に、一人の美しい仙女がやって来た。

 髪は地面に付くぐらいに長く、黄金の様に輝き。肌は透けるほど白い。

 そして、おなごですら恋に落ちそうになるぐらいの切れ長の美しい瞳に、整った鼻と、妖艶な唇を持った、絶世の美女であった。

 仙女と表現するより、女神と表現したほうが正しいかもしれない。

 そして、美しい仙女と共に一人の侍がやって来た。

 二人は共に現れ、共に村の山に住み着いた。

 年の頃は二十歳くらいの凛々しい顔立ちのお侍。

 髷を結い、腰には二本刺しをぶら下げ、豪傑と思える太い腕には刀傷が時折裾から見え隠れしていた。

 神々しい仙女と、戦場(いくさば)の死臭漂う若き侍。

 村人衆には近寄りたくとも近寄りづらい二人であった。

 まさに美女と野獣。

 最初は村人衆も、この二人を警戒していた。

 しかし、月日が経つにつれ、恐れることはなくなっていった。

 それどころか、自分たちの畑で取れた農作物を、二人へと奉げるようにまでなっていった。

 理由は二人の不思議な力が、村に色々なご利益を齎したからである。

 仙女が、「ここを掘ってみぃ」と言えば井戸と成り。

 侍が、刀を振るえば病気がたちまち治る。

 神業としか言いようのない軌跡の数々。

 昔の田舎の農民達には、二人をおがみ、食物を捧げずにはいられない光景であった。

「お侍様の刀は、病気を治す神様の刀なのけ?」

「刀で切っているが、これは拙者の技だ。刀で災いを断ち、病魔を切る、これぞ活殺の極みじゃ」

 村の童が鼻水を垂らしながら問うと、侍はそう答えた。当時の者には理解できることではなかった。

 そして二人が村に来てから、月日は長く豊かに流れていった。

 十年、二十年と……。


 そして若き侍も年を取り、病魔を切る刀を振るうのも至難になっていった。

 だが、仙女は、あの頃となんら変わらぬ美しく若い姿のままであった。

 二人がこの村にやって来た時と変わらぬ不思議な姿のまま、何一つ変わっていなかった。

 さらに月日は流れ、神技の侍も老衰で亡くなった。

 人生五十年と歌われる時代でありながら、癒しの侍は六十歳まで生き、その生涯をまっとうした。大往生と呼べるであろう。

 しかし、尚も仙女は若きままであった。

 若く、美しく、神々しく生き続ける仙女。

 彼女は、完全に歳を取るのを忘れたかのように、その姿を保ち生き続けていた。

 だが、共に暮らしていた侍の亡き後は、何時も一人で寂しそうにしていた。

 仙女はまるで抜け殻のような瞳で、何時も一人で空を見上げていた。

 彼女は、決して涙を流す事無く。

 ただ、悲しく、寂しそうな表情で、空を一人で見上げていた。

 あの侍とは、夫婦ではなかったようだ。

 だが、恋仲の関係なのは、村人衆、誰から見てもわかることだった。

 侍の死が、彼女を寂しいものへと変えてしまっていた。

「なぁ、村の衆ゃ……」

 ある日、仙女は村人衆を集めると、力なく消え去りそうな声で語りかけ始めた。

「わらわは疲れたのじゃ、しばらく眠ってもいいかぇ?、この村に大きな災いが起きた時には、必ずや目をさます」

 寂しそうな声と、寂しそうな話の内容に、村人衆は困惑した。

 お侍が亡くなり、こんどは仙女まで村から居なくなったら村はどうなるのかと。

 この村の守神が居なくなってしまう事に村人達は、動揺を隠さなかった。

「恐れる事はない、わらわはこの村と共にある。形を変え、鋼の姿で村に残ろう、ただ眠るだけじゃ、長く長く悲しみを忘れるが為に……」

 そして美しき仙女は、その姿を一本の鋼の長槍に変えた。

 最後に一言呟く。

「わらわの名は、『春婆怒』、異国から来た……」



「美人の仙女かぁ……。パツキンの外人さん?」

 陽子の言葉にタケシが答えた。

「さ〜な、でも鋼の長槍が神社のお堂に奉られてるのは本当だ。俺も見たことがあるからなぁ」

 一度、村長邸での集まりが解散になった。

 タケシと陽子は、神社に向かって歩いていた。

 その二人の横を他の村人達が、車、バイク、自電車、中にはトラクターなどに乗って、神社に向かって移動して行く。

 今度は、神社の境内で何かを始めるらしい。

「ねぇ、五十年前の恨みって何?」

「おそらく山姥事件の事だと思うけど、五十年前に七人が神隠しになった事があってな……」

 実のところ陽子は、この事件には詳しくはない。

 幼い頃に陽子も聴いた覚えはあるが、村の子供のように耳がタコになるまで聴かされている訳ではない。陽子は、この村の出身ではないから当然と言えば当然でもあった。

「神隠し?、それと恨みと何の関係があるの?」

「さぁ〜……」

 タケシには心当たりがあった。それは、自分の祖母のことである。

 神隠しに有って唯一遺体の発見されたのが、タケシの祖母である。

 そう、堂本拳四郎の若き日の妻。

 だが、ここでそれを陽子には言わなかった。

 理由など特にないのだが……。


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