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< 村の若者達 >

  翌日の昼前。

 タケシと陽子は、裏山の中腹にある本家のお墓参りに出ていた。

 暖かい日差しを眩しそうに見上げるタケシ。昨日の組み手で祖父から受けたダメージは、すっかり消えていた。若さ故の素晴らしい回復力である。

 タケシの家の墓を目指して草木が生い茂る細い山道を歩む二人だが、出かける前に祖父の拳四郎が言うとおりに、タケシも陽子も墓参りに行くような格好をしていなかった。

 墓に飾る花すら持っておらず、墓石を洗う水も持ってきてはいない。

「ただ手を合わせて来ればいい」

 祖父の拳四郎が言った、その言葉の通りの格好であった。

 二人は着の身着のままの格好で、人気の無い山道を進むと、『堂本家』と刻まれた本家の墓の前に到着した。

 艶の無いごつごつとした墓石。

 しかし、墓石の周りには雑草一つ生えておらず、菊の花束が飾られていた。

「案外と、まめだな……」

「ああ見えて優しいんだよ」

 タケシの言葉が、祖父の拳四郎に向けられたものと気づく陽子は、タケシが口にすることが出来ない優しい言葉を代弁するように語った。

 そして陽子が後ろを振り向く。

 そこには、小さな農村が一望できる、綺麗な景色が広がっていた。

「タケちゃんところのお墓って良いね、こんな景色の良い所に立っててさ〜」

 陽子が笑顔で景色を眺めながらタケシに話しかけた。

「そのかわり、墓参りに来るだけで、山道を歩いて三十分近くかかるけどな」

 そう言うとタケシは、皮ジャンのポケットから線香の束を取り出し、ライターで火を付け始めた。

 そして火が付いた線香の束を墓石の前に添えると、手を合わせゆっくりと目蓋を瞑った。

 景色に見とれていた陽子も、タケシの付けた線香の香りに気づき振り返ると、タケシの横にしゃがんで手を合わせた。  

 タケシは、疑問を抱いていた。

 昨日の祖父との組み手。

 毎年実家に帰ると、決まって行なう祖父との組み手。

 そして、毎年足腰が立たなくなるまで行われるガチの組み手。

 時には、顔の形が分からなくなる程に殴られたり、肋骨や手足の骨がイカレる事も少なくなかった組み手。

 それに不満はなかった。

 より強い空手家と気兼ねなく、ルールも無く戦える機会はそうそうない。

 例えかなわないことが分っている組み手だろうと、あの超人空手家として名高い祖父と戦う、これほどの経験は他では積めないからである。

 『武』の道を究めんとしている者にとって、自分の祖父『堂本拳四郎』といえば、超一流のブランドである。

 曰く、武神。

 曰く、熊殺し。

 曰く、最強の暴力者。

 曰く、卑怯なぐらいの超人。
 
 そんな祖父は、多くの格闘技家を打ち倒してきた。

 これは、真実でありタケシもまた小さな頃に、道場破りを名乗る者達が救急車で帰って行くのを何度も見ていた。

 自分の記憶が確かなら、自力で歩き、道場を出て行った道場破りは覚えがない。

 例え敵だろうと、例え自分の弟子だろうと、例え孫だろうと、例え女子供であろうと、例外無く一度向き会った相手に対しては、敬意を表して心が折れるまで徹底的に立ち合い、徹底的にぶちのめす。

 それが祖父の空手道であった。

 だが、昨日の組み手は、中途半端な物だった。

 納得がいかない。

 あれでは、実家に帰って来た意味が無いような気がしてならなかった。

 二人は、堂本家のお墓に両手を合わせてしばらくたつと、山を降りる事にした。

「ね〜ね〜、タケちゃん〜」

「ん、なんだ?」

 陽子が不安定な山道を降りながら、前を歩くタケシに話しかける。

「今年は春祭り……やらないらしいね」

「ああ、そういえば昨日の夕飯の時、じいちゃんがそんなこと言ってたな」

 春婆怒村では、春祭りがある。普通の祭りは、夏や秋に豊作や今年の病息災を祈っての祭りが多い。

 しかし、この村の祭りは、五十年前の事件の被害者を敬う為の祭りであり、七人の供養祭に近い。

 春祭りの季節になると、陽子もよく春婆怒村に遊びに来ていた。

 若き日の堂本拳四郎の弟子の一人だった父に連れられて、陽子は春婆怒村に来ていたのだ。

 村には同年代の女の子が少なく、何時も一緒に遊んでいたのが二つ歳上のタケシであった。

 陽子には幼い頃、タケシと一緒に遊びに行く春祭りが、心の中で楽しい思い出として強く残っていた。

 陽子がタケシを慕い、恋心に変化していった理由も、そんな祭りの夜の回数が関係していた。

 そして、今年は初めてタケシと二人っきりでの里帰り。

 陽子の中では、来る最大のチャンスと燃えていた。

 こっそり浴衣も持ってきた。

 寒い夜でも気合で着こなす積もりだった。

 しかし、春祭りは中止。

 陽子は激しくガッカリしているところだった。

 もしも愛おしいタケシが直ぐ側に居なければ、とてもじゃないが立ち直れないところである。

 そのタケシと二人で、墓参りの終わった後に、堂本家の実家の庵でヌクヌクしている陽子。

 家主の拳四郎は、村長の家へと出かけていった。

 本来ならば、タケシも村長の家へと来いと言われているのだが、何故かタケシは出かける支度を何時まで経っても始めなかった。

 そしてまだグズグズしているタケシに陽子がおせっかいを焼く。

「タケちゃん、何ボーーーとしてるの〜、村長さん所行かなくていいの?」

「……行くけど、もうちょっと遅れていく」

「はぁ〜、なんで?」

「村長さんところに行けば、絶対に酒を飲んでるに決まってるから……」

 陽子は、引き締まった自分のくびれに両手を当てポーズを取ると、困った旦那でも見るかの様に、ため息をついてタケシを見下ろす。

「あ〜〜、そうか、タケちゃんお酒飲めないんだっけ〜。お酒飲めない人の事を何て言ったっけ?。ん〜〜……っと、あっそうだ、たしか〜〜、ゲイ!」

「ゲコだろが!!」

「あ、そうそう、ゲコゲコ〜〜、たけちゃんゲコだもんね〜」

「どうでも良いがゲイとゲコって、普通まちがわんぞ……」

「へへ〜〜」

「じいちゃんが最低でも三時までに来いって言ってたから、もうちょっとボーーっとしてる」

 再び陽子は大きくため息をついた後に、何かを思いついたように顔を上げた。

「じゃあさタケちゃん、歩いて村長さんの家まで行こうよ」

「歩いて?」

 タケシは何を言い出すのかと、陽子の顔をキョトンとして見詰める。

「たまには一緒に歩くのもいいでしょ、ねっねっねぇ〜。田舎の新鮮な空気を吸いながらさ」

 陽子は甘える猫のように振舞い、庵の前でぐずるタケシの腕に絡みついた。

「バイクあるのに……そうだな、歩いて行くか〜」

 タケシは少し嫌な顔をしたが、諦めが付いたのか陽子の発案に同意すると、陽子に引きずられるように玄関へと引っ張られていく。

「うんうん、そうと決まれば出発よ〜」

 タケシは陽子に引っ張られ、渋々と玄関に連れてこられる。

 そして、靴を履いた二人は、祖父の家を出て村長の家を目指してゆっくりと歩き出した。

 外は結構寒かった。

「ちょっと寒いね」

「ああ、まだ少し雪も残ってるしな」

 もう二月の後半になる。

 山奥の小さな村にはチラチラと雪が残っており、二人の息もまだ白く寒空を感じさせていた。

 祖父の家を出てから大分歩いたが、二人は舗装されているが凍てつく田んぼに挟まれた景色の良い道を、未だ歩いていた。

 田んぼの向こうに何軒かの民家が見えるが、人の気配は感じられない。

 家を出てから誰一人として出会ってはいない。

 そして暫くの間、二人が静かな村の道を歩いていると、後ろから車が迫ってくるのに気づき道の隅による。

 それは黒く輝く車体、いかにも高価そうな外国車、ベンツ。

「うわぁ、ベンツよベンツ!!」

「そうだな、ベンツだな」

 このような田舎の高齢化が進む小さな村には似使わない高級車に陽子が驚きの顔を隠さなかった。

 高級車の代表と呼べる黒いベンツは、田舎道を歩く若い二人の横まで来るとスピードを落として停車した。

 そして、後部座席の窓がパワーウィンドーによってゆっくりと開かれた。

 戸惑う陽子を余所に、ベンツの後部座席の窓からタケシに向けられて渋めの声が投げかけられた。

「やぁ、堂本の所のタケシ君じゃないか」

「杉原のおじさん、こんにちわです、いつぞやは大変お世話になりました」

 タケシは車の中の老人に、礼儀正しく頭をさげた。

 このような礼儀正しいタケシの姿は珍しい。

 陽子も暫く事の成り行きを見守ることにした。

「いやいや、同じ村の出身として手助けしたまでだよ。……だが何度も面倒は見切れんから程々にな」

「はい、肝に銘じておきます」

 タケシは、頭をかきながら苦笑いを浮かべる。

「ところで村長の所にいくのだろ、乗りたまえ、そちらのお嬢さんも一緒にどうぞ」

 その話に陽子が一瞬明るく喜ぶが、期待は直ぐに裏切られた。

「杉原のおじさんすみません、俺たち神社によっていくので……」

 タケシがすまなそうな顔で、予定に無い事を言って相乗りを断わった。

 陽子が「エー…」と表情を曇らせるが、車の中の杉原は、そんな少女の表情には気が付いていない。

「そうかね、じゃあ私は先にいってるよ」

「すみません」

 タケシがもう一度頭を下げると、ベンツの窓が機械音と共に閉り、その場を走り去っていく。

 その直後、陽子がタケシに怖い声で話しかける。

「たーけーちゃーん、何で嘘つくの〜」 

 神社に立ち寄る予定は、無い事である。頬を膨らまして抗議する陽子を余所に歩き始めるタケシ。

 陽子は完全に無視される形となったが、少し歩くとタケシが口を開く。

「今、車に乗ったら……村長の所に早く着いてしまう」

 タケシが拳に力を込めて嘘を言った理由を語る。

 それを見て陽子は、あきれた顔で肩を落とした。

 陽子にとってはこのようなことを気にしていたらタケシの側には居られないと諦め、直ぐに別の話題へと話を変えた。 

「それにしてもベンツで里帰りって、あのおじさん誰なの?」

「本庁の警視総監さん」

「へぇ?」

 さらりと答えたタケシに陽子が間の抜けた声で返事をした。

「だから警視庁のお偉いさん、それで以前ケンカで捕まった時に、杉原のおじさんの力ですんなり出してもらったりしてね」

 陽子は「なるほど」と言った表情をすると、握り拳を掌でポンッと軽く叩いた。

「お世話になったって、そう言う事だったのね。でも、こんな小さな村から警視総監まで出世するなんて凄いわね」

 感心した様子の陽子に、タケシは何の反応も見せなかった。

「……そうか?」

「うんうん、凄いわよ」

「じゃあ、村長さんの所に行ったらもっと驚くかもな〜」

「え、なんで?」

 タケシとは長い付き合いだが、こうして陽子にも理解しずらい会話をすることがタケシには多い。

「まぁ、到着したらわかるって」

 タケシはそう言って話をあいまいなまま終わらせた。

 二人がしばらく歩いていると、村長の家が見えてきた。

 村長邸の前には、駐車場から溢れた数台の車が路上駐車されていた。

 先ほどの警視総監のベンツも、路駐してある。

 しかし、ちゃんと運転手が車内に待機しているようだ。運転手が乗っていれば、路上駐車で切符を切られる事は無い。

 もちろんこの村には、警視総監の自家用車に切符を切るような警察官は居ない。

 警察と言えば、交番に一家三人で住み込んでいる駐在さんが一人居るだけだからだ。

 そして、村長邸の庭先からは、いかにも大勢の人間が集まっていると言った賑やかな音が聴こえてくる。

「ちっ、まだ酒盛りが続いてるのか……」

 タケシが言う通りあそこでは、酒盛りが派手に行われている最中である。

 タケシが残念そうな顔をすると同時に、歩幅が小さくなった。

 そんなタケシを陽子が思わず追い越して立ち止まる。

「おっ、タケシ君じゃないか、ひさしぶりだな」

 タケシ達が通り過ぎようとしていた路上駐車の車の影から、白いワイシャツの男が声をかけてきた。

 七三の髪型に紳士的なイメージの青年。

 タケシよりも五つぐらい年上に見えるだろうか。男は、笑顔でタケシに接する。

「雅にぃじゃないっすか、こちらこそお久しぶりです」

 雅にぃと呼ばれる男は、車のトランクに大きな荷物をしまっている最中だった。

 そして車のトランクをパタンと音を立てて閉じると、一度手を払うように叩いてタケシの元に歩み寄る。

「雅にぃは、こんなところで何してるんですか?」

「ははぁ、さっきまで爺さん達に言われて、ちょっと腕前の披露さ。ほとんど酒のツマミ扱いだけどな」

 二人の隣で話を聴いていた陽子は、見知らぬはずの男の顔を見ながら考え込んでいた。

 見た事のない男のはずなのに、何処かで会ったことがあるような感じがしていたからである……。

「ところでタケシ君、このお嬢さんを、是非紹介してもいたいのだが」

 男は、人の良さそうな笑みで、タケシに陽子の自己紹介をせがむ。

 その笑みには、下心らしい物が感じられなかった。どうやら陽子をタケシの正式な彼女だと思っているようだ。

 もちろん陽子もタケシの彼女になりたいと思っているが、タケシはそん陽子の気持ちに答えることはなかった。

「こいつ、桜木の叔父さんところの娘で、陽子です」

「はじめまして、桜木陽子です」

 あまりにもあっさりしたタケシの紹介に、紹介された陽子もまた、あっさりとした自己紹介を返してしまう。

「堂本先生のお弟子さんの〜、おおきくなったな〜。私は武田雅史です」

「私を知ってるの?」

「ああ、小さな頃に、タケシ君と遊んでいたのを、何となく覚えているよ」

「じゃあ、はじめましてじゃないですね」

 陽子が可愛らしく微笑む。

「はは、そうなるね」

 小さな頃に出会っている記憶、陽子が感じたものは、様なものではなかった。

 もっと新しい記憶。もっと最近になって出会っているような記憶であった。

「ところで雅にぃ、腕前の披露って、もしかしてこんな所まで来て、弓撃ちさせられたのか?」

 タケシが弓を射るポーズを真似ると、雅史が照れくさそうに頭を掻きながら答えた。

「ああ、里帰りする前から実家の婆さんに電話で強く言われてね。アーチェリー一式をわざわざ持ってきて酒の席でお披露目、……ははっ、こんな事をする為にオリンピックに出たわけじゃあないんだけどな〜」

 雅史がぼやくように言った言葉に、陽子が反応をしめした。

 オリンピックと言う言葉に。

「オリンピック……アーチェリーって……もしかして、五輪のアーチェリー銀メダリストの武田雅史!……さん」

 陽子のはっとした表情に、雅史がまたしても自分の頭をポリポリと軽く掻く

「今気付いたのか」

「うん、ごめんなさい」

 タケシの言葉に陽子は、目を丸くして目の前の五輪のヒーローを見つめた。

 これでも雅史は、テレビにもたまに顔を出すメダリストである。

「ははっ、まあ普段は平凡なサラリーマンだから」

 雅史は謙遜するタイプだ、自分のことをあまり派手には語らない。

 三人が和やかにそんな会話をしていると、村長邸の庭先から大きな歓声にも似たどよめきが上がった。

「さっきまで雪次のヤツが、お前んとこの爺さんに可愛がられていたぞ……今の歓声、KOされた感じだな」

 雅史が、歓声の上がった方を向いてそう言うと、タケシと陽子の二人も村長邸の方角を見る。

「雪にぃも来てるんだ」

「なんでも空手を見世物にしたとか言って、堂本先生が怒ってたぞ」

「ボクシングで日本ランキング五位までなったんだから許してやればいいのに」

 タケシと雅史が、可哀想にと言った感じで話していると、横から陽子が口を挟む。

「日本ランカー五位って、もしかして、もしかして、フライ級五位の本城雪次!?」

「君、女の子なのに詳しいね」

 雅史が少し驚いた感じで陽子の顔を見ると、タケシが横からちゃかす。

「こいつ格闘技オタクだから」

 三人が、そんな会話をしていると、村長邸の立派な門から大柄の男がよろよろと出てきた。

 身長も高く、横幅も広い男。五分刈りの大きな頭にびっしょりの汗を掻き、顔は子供のように泣きそうな表情をしていた。

「よう健太、どうした?」

 大柄の男に雅史が声をかけた。男は話しかけた雅史を見つけるとヨロヨロと走りより愚痴にも似た言葉で話し始めた。

「どうしたもこうしたもないぜ。あっ、タケシ〜〜!、お前の所のじじぃをどうにかしてくれ!」

 その巨漢とは裏腹に、今にも泣き出しそうな情けない表情でタケシに苦情を叫ぶ健太は、タケシの両肩を大きな掌で掴むと大きな顔を近付けた。

「どうにかって、どうかしたのかよ?」

「お前んとこのじじぃが、体育会系の若いのを捕まえて、組み手始めやがってよ!」

「健太、お前、機動隊だろ、自分で止めろよ」

 そう言い自分の肩を掴む健太の両腕をタケシは、無下に振り払う。

「無茶言うな、俺だってやっと解放されたんだぞ。それにお前ん所のじじぃを止めるのに機動隊とか自衛隊じゃあ無理だよ!」

 健太の叫びとほぼ同時に村長邸の庭から再び歓声があがった。

「拓也だ、拓也がのばされた歓声だ……。あのじじぃは、武器三倍段の法則も無視かよ……」

 大柄の男は、息も絶え絶えにそう言った。

「竹刀、木刀、日本刀、どれでやってたんだ?」

「さすがに木刀だったけどよ〜」

「拓也さんって人、剣道なの?」

「ああ、剣道三段だよ」

 陽子の質問に雅史が答える。するとタケシは、仕方ないなといった顔で、村長邸に向けて足を運ばせた。

 その後ろを陽子と雅史の二人が付いていく。しかし健太は、一人だけ車に寄りかかりながら其の場に残った。

「おい、じいちゃん、何してんだよ!」

 大きな和風の庭。

 老人たちが円を作るかの様に酒盛りをしていた。

 ビール、焼酎、日本酒などの空き瓶が散乱する中庭の中央は、酔いどれの老人達に囲まれるように円が作られ、闘技場の如くなっていた。

 その外周には、困った表情の若者達が何人も居るが、彼らも雅史同様に里帰りを強制された者達であった。

 即席の野試合の場に、拓也と呼ばれる二十代半くらいの男が、剣道着姿で大の字のまま白目を向いて倒れていた。

 気絶している拓也の横には、真ん中からポッキリと枯れ木のように折れた木刀が転がっていた。

「いやな、村の衆に自分達の息子や孫が、どれだけ成長したかを見せようかと思うてのぉ」

 気絶した拓也の側に立つ祖父の拳四郎が、悪餓鬼の如くタケシの言葉に微笑む。

 先程まで折れた木刀を持っていたと思われる拓也を伸したのは、この暴君のようだ。

「ひゃっはっはっはっ」

 タケシの祖父拳四郎が、そう言うと酒盛りをしている老人達が一斉に笑う。

 おそらく、先ほどからこんな感じで、酒盛りが行われていたんだろう。

 何をふざけているのかとタケシが怖い顔をしてみせるが、老人達には脅しにもなっていない。

 その横で雅史が、あきれた顔で溜息を付く。

「タケシ君ゃ、私が頼んだのじゃよ」

「村長さん……」


 そんな状況の中、口を挟んだのは、頭のハゲ上がった村長であった。

 自分の家の庭で酒盛りを始め、若者をいびるように指示し、毎年恒例の春祭りを中止した張本人。

 この村長は、何を考えているのかとタケシは怪訝な顔をする。

 しかしタケシの横では、何か楽しそうなことが始まるのではないかと陽子が笑顔で期待しながら立っていた。

「まあ、拳さんも、そのぐらいにして、皆の衆も本題に入るぞぃ」 

 村長がそう言うと先程までほろ酔い感じで賑やかだった老人達が、その言葉に静まりかえり表情を変えた。

 まるで空気が一転した村長邸の庭。タケシと陽子だけではなく、他の若者たちも不思議そうに辺りを見回した。

「な……なんだ」

 雅史をはじめとする里帰りを強制された若者達は、その老人達の顔を見て、何が始まるのかと息を呑む。

 陽子が背伸びをしながら庭の中をぐるりと見渡す。

 先ほどのベンツの老人が、スーツ姿で田舎の村人といった感じの老人達に混ざって座っていた。

 それだけではない。

 未だにバブル絶好調な感じの成金風老人や、タケシの祖父のように老人場慣れした体格の元気な者も何人か混ざっている。

 それに村の若者達。

 アーチェリーオリンピック銀メダリスト、日本ランキング五位のプロボクサー、機動隊の人や剣道三段の人、その他にも何かスポーツや格闘技をやっていそうなガッチリした体形の若者達の数々。そんな様子の若者が、ごろごろ居る。

 陽子がタケシに小声で質問する。

「ねえ、タケちゃん……」

「なんだ?」

「今年さ、春祭りやめて、天下一武道会でもやるの?」

「やらね〜ょ……」


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