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< スタート >
 ピンクの目覚まし時計が、けたたましく起きろと音を立てる。ピンクにウサギ柄のカーテンの向こう側から、目覚ましの音に合わせて雀が鳴いていた。

 ピンクの色彩が多い乙女の部屋。ベットの上では、周りの景色とおそろいのピンクの布団で出来た丸い繭が築かれていた。その中から小さな少女の手が伸びて目覚ましを鷲掴み、連れ去るように繭の中へと引きずり込む。

「むにゅむにゅむにゅ……」

 眠たそうな声を溢しながらピンクの布団を割って出てきたのは、またまたピンクの寝巻を着込んでいた少女であった。一目でこの部屋の主と分かる。

「目覚ましよ、おはよう……」

 騒ぐのを宥め終わった目覚まし時計をベットに投げると、少女はぼさぼさになった長い黒髪を撫でながら、緩々としたカタツムリのような速度でベットから降りた。

 そして少女はウサギのスリッパを履き、自分色に染め上げた自室をでると、古風な作りの木製階段を覚束無い足取りで下りていく。

 一階はリビングとキッチンが繋がった大部屋。シャレタ言い方を正せば、キッチンと呼ぶより台所と言ったほうがしっくりくる。

 そのキッチンで、軽快な音を響かせネギを刻む女性の背中。慣れたお手並みに後姿からも穏やかな空気が感じられる。

「おはよう、雪絵おばあちゃん……」

「おはよう、春子ちゃん。早く顔を洗ってらっしゃい、朝御飯が冷めちゃうわよ」

「はぁ〜〜い」

 孫娘と祖母が交わす朝の挨拶。何気ない日々の軟らかさを感じる。少女は祖母に言われるがまま、洗面所へと目指し足を進ませた。

 少女の名前は、堂本春子、14歳。細く可憐な体型に、お尻の前まである長い黒髪。顔付きは、かなり気の強そうだが、美少女であることが否定できない。ただ今は、眠気眼に呆けた表情が力を緩め、間抜けの様で人には見せられない感じだった。自慢の黒髪もぼさぼさだ。

 春子は、洗面場に着くと、顔を洗い、歯を磨く。やがて歯磨き粉から来るミントの爽やかさで、眠気も一緒に洗い落とされていく。

「よしっ!」

 目が覚め、いつもの明るい表情と元気が凛々しく蘇る。一声気合を入れると春子は、長い髪を揺らしながら階段を駆け上がり、自室で髪をとかすと中学校の制服に着替えた。

 学校へと行く準備を終えると、今度は鞄を片手に階段を駆け下りる。短いスカートが揺れて下着が見えそうだった。明らかに校則違反の長さである。

「あれれ、おばあちゃん。お父さんとお爺ちゃんは?」

 春子は自分のテーブル席に腰を下ろすと、いつもなら既に起きてきているはずの家族のことを祖母に訊く。雪絵は、孫娘の朝食をテーブルに並べながら質問に答えた。

「二人とも逃げたのよ」

 50歳を越えた雪絵は、歳相応に皺の増えた顔を困らせて見せた。彼女も60の数が近い。

「逃げた?」

 春子は、自分の味噌汁を祖母から受け取ると首を傾げて不思議そうな顔を作る。話が掴めない。

 今日、母が居ないのは、会社の出張でタイに飛んでいるからだ。何でもタイで建設中のリゾートホテルが、大きなトラブルを起こしているらしく、油儀グループ・ホテル経営の最高責任者として直接対処に向かっているのだ。それでここ数日、母は家を留守にしている。

 母が居ないのは事情が分かる。しかし父と祖父が、何故に朝早くから逃げ出し、姿を見せないのかが理解できなかった。春子は、キョトンとしたまま味噌汁を啜る。ちなみに祖母の味噌汁は、とても美味い。

「ねえ、春子ちゃん」

「ん、なに?」

 春子は祖母の呼びかけに、朝食を取る手を休めて話を聞いた。

「朝早くからね、堂本先生から電話があったのよ」

「曾おじいちゃんから電話? めずらしいね」

「そうなのよ」

 春子はご飯を少しずつ口に運びながら察する。父と祖父のふたりが姿を消したのは、これが理由だと。

「なんでもね、とっても大事な用事があるから、急に今日こっちに来るって言うのよ、堂本先生」

「曾じいちゃんは、相変わらず突然だね」

 春子は口の中のものをモゴモゴさせながら、行儀悪く答えた。しかし雪絵は気にせず、話しながら頬に手を当て、眉間に皺を増やす。

「それでね、春子ちゃん。おじいちゃんもタケシさんも逃げちゃったから、悪いんだけど学校の帰りに駅まで堂本先生を迎えに行ってもらえないかしら?」
 
「え〜〜〜……」

「これ、バス代、お釣りはお小遣いでいいわよ」

 雪絵はテーブルに、すっと千円札を一枚置いて差し出す。

「任せて! 雪絵おばあちゃん!」

 春子は目に\マークを輝かせながら任務を引き受けた。案外と現金である。

 朝食を食べ終わった春子は、祖母に「いってきます」と元気良く告げると家の玄関を飛び出した。

「春子ちゃん、おはよー」

「おっはっよー! 静香〜」

 春子が玄関を駆け出ると、祖母が経営している喫茶店の前で、クラスメイトで幼馴染の轟静香が待っていた。春子ほどに長くないが綺麗な黒髪をポニーテールにまとめ、淑やかさの感じられる少女である。身長は静香のほうが高い。14歳で160センチを軽く越えている。
 
「お待たせ、じゃあいこうか」

「うん、いこ〜」

 春子の明るい言葉に静香が頷くと、ずれた眼鏡をそっと治す。その動きの一つ一つが淑やかであった。

 ふたりの背中を、喫茶店前の民家で飼われている柴犬が、いつものように見送る。ふたりの乙女は何気ない会話を交わしながら学校へと、時間の余裕を残して登校していった。

「ねえ、春子ちゃん」

 仲の良いふたりが会話を続けていると、静香が何かに気付く。そしてじっと春子の頭を凝視しながら言う。

「なに、静香?」

「春子ちゃん、そろそろ地毛が見えてきたよ」

「ああん、そう〜、気づかなかった〜」

 困った表情で頭を押さえる春子。その彼女の真ん中からきっちり分けられた黒髪の生え際に、金色の輝きが僅かに覗かせていた。

 もともと春子の髪の色は、金髪である。両親ともに純血の日本人なのだが、春子は産まれたときから地毛がすべて金髪なのだ。家族は気にするなと言うのだが、学校では目立ちすぎる。春子は、恥ずかしがって黒く染めているのだ。

「ねえ、春子ちゃん。髪の毛、いつまで染めてるの? 高校に進学しても、やっぱり染めちゃうの?」

「うぅーーん、考えどころなのよね〜……」

「私は春子ちゃんの金髪、好きよ。綺麗な蜂蜜色で羨ましいな」

 春子も自分の髪の色を嫌っていなかった。静香の言うとおり蜂蜜色でとても綺麗だ。だが学校では偏見の眼差しを向けられる。地毛だと知らないものは冷たい目でみるし、知っていてもそれをネタに弄られる。それで仕方なく染めたのだ。

 しばらくしてふたりは学校へと到着した。明るい子供たちの声に混ざりふたりは、下駄箱で内履きに替えると教室を目指す。

「あら……、何か騒がしいね?」

 静香の言うとおり教室の中が騒がしい。廊下に居るふたりにも騒がしさが聞こえてきていた。

「なんだろう」

 春子が教室を覗き込むと、三人の男子が、ひとりの少年を囲んで騒いでいる。

「井川〜〜、なんだよこれ〜〜」

「や、やめてよ鳴海君、返えしてよ〜〜」

「返すかよ、うすのろ〜」

 このクラスで一番の悪餓鬼である鳴海少年が、子分ふたりを引き連れて、露骨なイジメを披露していた。イジメられているのは井川少年。このクラスで一番気の弱い少年だ。

「返して欲しかったら、奪い取ってみな〜〜、へへーん」

 三人が奪い取ったのは、なにやら便箋のようなものだった。鳴海のほかに、図体の大きな男子と、小学生の癖にリーゼントヘアーの男子が騒いでいた。それら三人の間でパスされる便箋を井川少年が泣きそうな瞳で追いかける。

「は、春子ちゃん……」

 静香が春子を見ると、綺麗な顔立ちが釣りあがり双眸に熱い正義が燃え上がっていた。導火線に火が点火された様だ。

「は、春子ちゃん、暴力はダメだと思うよ……」

 静香が言った刹那、春子が飛び出していた。

 疾風の如き走り、椅子を踏み台に飛び、更に机を踏み蹴る。春子の体が高く飛び黒く染められた長い髪が天井にふわりと触れた。

「あんたたち、なにやってるのよーーー!!」

 飛燕の如く飛んだ春子が、天井の高さから飛び蹴りで降る。狙いはたまたま便箋を手にしていたリーゼントの少年。

「ふごぉぉぉおおお!!」

 春子の強烈可憐な飛び蹴りが、見事なまでに後頭部へと直撃した少年は、自慢のリーゼントから地面に蹴り飛ばされ、幾つかの机や椅子を巻き込みながら数メートル滑っていく。

「に、二階堂!!」

 鳴海が冷や汗と一緒に子分の名を叫ぶ。

「ああ、またやっちゃった……」

 教室の入り口では、静香が幼馴染の強行に苦笑いを浮かべていた。

「てーーめーーー、何しやがる!」

 崩れた机や椅子の中から、二階堂少年が激怒しながら起き上がる。自慢のリーゼントがメチャクチャになっていたが、大きな怪我はない様子だった。

「おお、流石我が舎弟一号! 死ぬほど丈夫だな!」

「慣れです!」

 実のところ、静香や井川を含めたこの六人、小学校一年からの腐れ縁だった。小さな頃から、ずっとこんなことを繰り返している。

「がきんちょ三人衆、今日はなんで井川君をいじめているの!」

「これだよ……」

 春子の怒鳴りながらの質問に、二階堂が手にある便箋を春子に投げた。飛んできた便箋をキャッチすると春子は、おもむろに宛名に眼が行く。そこには何故か自分の名前が書いてあった。

「なにこれ?」

「あわわわわーーー!!」

 キョトンとしている春子の手から井川が慌てて便箋を奪い取る。その仕草を見て静香が、ポンっと掌を叩いた。

「ああ、なるほど。井川君、春子ちゃんのこと好きなんだ」

「え?」

 親友の言葉に春子が首を大きく傾げる。未だことの次第が理解できていない様子だ。そんな鈍い春子に鳴海が、嫌らしい表情で答えを語る。

「今の手紙、ラブレターだぜ!」

「へ?」

 目を点にさせる春子。

「だーかーらー、井川がお前宛に書いたラブレターだって云ってるんだよ!」

 鳴海の告発に、教室ならず廊下の野次馬までもが、どっと湧き黄色い声を立てた。見る見る春子と井川の顔が、真っ赤に染まっていく。

 鳴海たちはもちろん、他の生徒たちからも冷やかしの声が飛ぶ。ふたりは完全に晒し者のか見世物だった。いつも元気で勇ましい春子が俯いて顔を上げない。頭からは湯気が湧いていた。

 ふたりへの冷やかしが続く中、黒板の上にあるスピーカーから朝礼の鐘が響き渡る。しばらくして担任の教師があらわれ、子供たちは指定の居場所へと腰を下ろし大人しくなった。

「はーい、皆さんおはよー、早速だが今日は、新しい先生を紹介します」

 担任教師のいきなりの話に、先程まで春子たちを冷やかしていた生徒たちも、そのような過去を忘れてしまう。新たなニュースに興味を抱く。

「今日の一時間目、国語の安田先生が授業の予定でした、が、一昨日の土曜日、交通事故に遭いましてね……、脚を骨折して入院しました」

 そう担任教師が述べると同時に、多くの生徒が「グット!」と、親指を立て歓喜した。国語の安田先生は、何故か生徒に嫌われている。同僚にもだ――。

「それで急遽、臨時教師の先生に来てもらう事になりました。では、紹介します。国語の授業を担当なさる、臨時教師の森一郎先生です!」

 担任の紹介に合わせて教室の入り口が勢い良く開いた。そして、ビシッとしたスーツの好青年が登場する。

「!?」

 だが、皆が肝を冷やした。顔半分は好青年だが、もう半分が爆弾で吹き飛ばされたかのような面をしていた。トゥーフェイス。まさに顔半分が妖怪だった。

「臨時教師の森一郎です。安田先生が回復するまでよろしくねがいます!」

 そう言い笑う臨時教師。しかし右半面のみ微笑み、傷ついた左半面は、ピクリとも動いていない。左顔の筋肉は、神経までズタズタで、表情が作れないのだ。

 春子を含めたクラスメイトたちが、その顔をみて凍り付いていた。小学生が初見で拝むには刺激が強すぎた様子だった。

 そして新しい教師を迎えた小学校の月曜日は、順調に進み、いつもどおり平穏のまま終了した。クラブ活動に励む子供たち以外が、我先にと帰宅の準備を始める。

「静香〜、私、今日さ〜」

「なあに、春子ちゃん?」

 帰り支度を済ませたふたりが教室を出る。そこで春子は、祖母から曾じいちゃんを駅まで迎えに行く用事を思い出した。

「そういえば私さ、駅まで曾じいちゃんを迎えに行く用事があったのよ……」

「あら、そうなの」

「うん、ごめんね、今日は此処でさよならね」

「うん、わかった。春子ちゃん気を付けてね」

 そう言ってニコリと微笑む静香。春子も釣られて微笑んだ。

 ふたりの幼馴染は校門で別れ、春子ひとりで駅へと向かうバスに乗った。二十分ほどバスに揺られると、虎野町でも一番大きな駅へと到着する。そして春子は、改札口が見えるロビーで、ひとり待つ。

 しばらくの間、大きなコンクリートの柱を背に春子が待っていると、渋い声に呼び止められた。渋さの中に自信が詰まった威圧感の存在する声。直ぐに待ち人の声だと悟れる。

「おう、春子ちゃん、待たせたな」

 俯いて足元を見ていた春子は、掛けられた声に視線を上げる。そこには身長190センチもある屈強な老人が立っていた。

 年輪の如く刻まれた顔の皺とは裏腹に、アメリカのパワーレスラーのようなマッチョなポディー。岩を連想させる空手家特有の拳。生きたまま伝説となった武神、堂本拳四郎だ。

 笑っていても周りの空気がオーラに揺れる。これで90歳を越えているのだ、霊長類の無限の可能性を、未熟な春子ですら感じて止まらない。

「曾じいちゃんーー」

 気配もなく現れた巨漢の老人に笑顔で抱きつく春子。無邪気な曾孫に老人は顔の筋肉を緩めながら頭を撫でる。

「春子ちゃん、げんきだったかーー」

「うん、曾じいちゃんも元気そうでよかった!」

 ハグをしていた曾孫を両手で掴むと、軽々と持ち上げる拳四郎。春子の体重は約45キロ、その重さを、実年齢90歳を越える老人が、自分の頭よりも高く持ち上げていた。

 周りの目を気にせずに戯れるふたり。再開に歓喜する心が落ち着くのに三分ほど掛かった。

「ところで曾じいちゃん、今日は急にどおしたの?」

「ああ、そうじゃった」

 そう言いながら持ち上げていた曾孫の体を地に下ろす拳四郎。

「お父さんとお爺ちゃん、曾じいちゃんが来るって聞いて、朝早くから逃げちゃったよ……」

「ちっ、あいつらめ……!」

 拳四郎の舌打ちと愚痴から殺気が見えた。

 堂本拳四郎は、男女差別が激しい人物である。子供だろうと老人だろうと歳に関わらず女性に優しいが、その反動と思えるほどに男性には、冷酷で厳しい態度を往々に取る。春子は、自分が女の子に生まれて良かったと思ったことすらあった。

「まあ、別にいいわい!」

 拳四郎の独り言のような台詞を聞いた春子は、何故か強がりに聞こえた。だからその分は、自分が優しく接してやろうと思う。やっぱり孫や弟子とフレンドリーに接したい気持ちがあるようだ。でも、その思いが直ぐに消えて猛る血が疼くメカニズムが歯痒く切ない。

「今日は、あいつらになんか用は無い!」

 声が大きい。駅の構内に響き渡る。

「そうなの?」

「そうじゃ、今日は春子、お前に用事があって来たのじゃ」

「私に?」

 珍しい。誕生日などのように、個人的イベント以外で拳四郎がわざわざ春子ひとりのために出向くことは今までなかった。

「春子ちゃんや、お前に紹介したい奴がおるのじゃよ」

「えぇ?」

 春子が怪訝な表情を作る中、拳四郎は辺りをキョロキョロと見回した。誰かを探している様子だ。

「もしかして……」

 春子の勘に、嫌なものが電撃の如く素早く走った。その理由は、視界に入ってきた不憫な光景。

 改札口の横に立つ、誰のものかも良くわからない芸術的オブジェ。女性の裸体を象った白い石膏の像。それを見上げる風変わりな人物がひとり。背は低い。後姿で子供と分かる。しかし白い道着に黒い袴を履き、素足に草鞋を履いている。それ以上に不振なのは、背中に背負った日本刀。それらのパーツが不審者としての警告を鳴らしていた。

 春子は、鳥肌を立てながら、その人物を凝視する。間違いなく厄介ごとの到来だ。拳四郎が、固まる春子に気づき、その視線の先に探し人を見つける。

「おお、いたいた!」

 拳四郎は、豪快な声と共に、その人物に近づき大きな手を伸ばした。

「こら、こっちにこい」

「なあ、拳四郎殿……?」

 呼びに行った拳四郎へと、少年が問う。

「この奥方殿は、何故にこのような破廉恥な姿で立っているでござる?」

「気にするな。とにかくこっちへ来い」

 質問を無視して拳四郎は、少年の道着を掴み春子の元へと無理やり引きずる。

「なあ、春子ちゃん」

「は、はい……?」

 引きずられ連れられた少年は、困った表情をしていた。しかし、そんなことを無視して話し続ける拳四郎。春子も状況に戸惑っていた。

「タケシや銀には、ちゃんと話は通っている。今日からこいつを春子ちゃんのところで預かってもらいたい」

「ええ! なんで!?」

 拳四郎の話に驚く春子。 

「ホームステイってやつだ!」

「分けわかんない!?」

「さあ、お前も自己紹介を兼ねて挨拶せんか。当分の間、一緒に暮らすお嬢さんだぞ!」

 ポニーテールの様に揺ったちょんまげ頭をグリグリ押してお辞儀を強制する拳四郎。その手を不機嫌そうに少年が払いのける。

「分かっているでござるよ!」

 時代遅れの風貌に、語尾に付く『ござる』。そして背負った日本刀。そんな容姿に春子は、呆然と化していた。

「拙者は、春婆怒村の守り神、癒しの侍が使った刀が変化した九十九神。今日からこの町でお世話になる。よろしく頼むでござる」

 少年は、そう言いながら満面の笑みを春子に見せた。無知なほどに無垢な笑みだった。

「これ、名前もちゃんと紹介せんか!」

「あ、忘れていたでござる。ふごっ!」

 拳四郎の空手チョップが少年の脳天に落ちた。

「もう、拳四郎殿は暴力的で嫌いでござる!」

「いいから、ちゃんと最後まで自己紹介せんか。挨拶は武の基本だぞ!」

「分かったでござるよ……」

 小言が細かい拳四郎に愚痴を投げたあと少年は、深呼吸で仕切りなおすと、再び笑顔で春子を見た。春子も少年の双眸を見詰める。

 ふと、春子が何かを感じ取った。

 なんだろう? 懐かしい何かを感じる。神秘な思い。

 そして、少年の言葉を、鼓動を早めながら待った。まるで憧れの男性を前に、告白でも待つかのような感情。

 何故に心がトキメクかが不思議だった。

「拙者の名前は……」

「名前は……?」

「十六夜剣兵だ!」

 その名を聞いて、春子が大きく眼を見開いた。

 懐かしい響き。記憶の奥から海馬が何かを引っ張り出そうとしていた。否、脳に刻まれた記憶ではない。きっと魂に刻まれた運命。

「わ、私……」

 春子の口から、喉の奥から何かが込み上げてくる。まるで溶岩が噴火しそうな熱い思い。

「私の名前は……」

 記憶の奥、体の底、魂の果て。それは何処からやってきたのか分からない。でも、それが形となって具現化していく。

 心と感情が、魂と運命に呑まれていく。

 出会いなのか、再開なのか分からない。なぜか涙が出そうだった。でも、

 悲しくない。だから――。

 この涙は嬉しいから――。

 だから流さない――。

 私は笑う。笑顔を見せる。

 昔、誰かと約束した気がする。遠すぎるほどの昔に――。

 この出会いを、笑顔から――。

 だから、この思いを、笑顔から――。



「私の名前は、堂本春子。よろしくね!」

 
 
   九十九   完



 
2008/8/18〜2009/8/23完結

どうも読んでくれた皆様、ありがとうございました。

一年かけて書き続けた結果、なんとか完結ししました。
誤字の訂正をしてくれた方々、感謝感謝。勉強になりました。
読者やそんな皆様があったからこそ完結できました。そう思っております。

次回作の案も色々考えていますが、まとまったら書き始めたいと思います。
良かったらまたお付き合い願えれば幸いと思っています。

それでは、次回作「魂/骸」でお会い出来る事を、願っております^^
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