< 二人のラストシーン >
死ぬ程の負傷を追ったタケシと弦徳が目を覚ましたのは、互いに二日後だった。その日の早朝に弦徳が先に目を覚まし、続いてタケシが昼頃に目を覚ました。
弦徳が息苦しさに目を覚ますと、そこは病院のベットの上だった。まず最初に視界に入ってきたのは、ぼやけた天井の景色。瞳が霞んで良く見えない。
「弦徳様、おはようございます」
ベットの横から明るい声が聞こえてきた。優しさと温もりの感じられる女性の声。弦徳は、声の方向を向こうとしたが、首が動かない。ギブスが巻かれているからだ。それでも瞳だけを動かし視線を向ける。
「……た、珠美ちゃん」
明るい光がカーテンの隙間から木漏れ日のように差込み、彼女の瑞々しい黒髪を美しく照らしていた。それが後光にも感じられた。
珠美がニコリと笑う。その何気ない笑みに弦徳は、何故か心が癒された。やはりこの子は不思議な力を持っている。
「弦徳さま、ご気分はいかがですか?」
「あ、ああ……、ここは?」
呆けた表情の弦徳は、現在の状況が把握できていない様子だった。珠美の挨拶に静かな混乱を見せている。
「ここは虎野町総合病院です。弦徳さま、死にそうだったんですよ」
尚も明るい笑みで答える珠美。その話を聞いて弦徳は、やっと自分の体が包帯だらけのミイラ常態だと気づく。顔は右目と口以外が包帯に隠れていた。どおりで息苦しいわけだと納得する。
徐々に蘇る決闘の記憶。弦徳は、タケシの拳を顔面に喰らう瞬間まで思い出した。
「そうか、私はあの一撃で気を失ったのか……、負けたのかい僕は?」
まだ記憶が混乱して曖昧なため、結果を珠美に確認するむ弦徳。
「はい、見事に」
無邪気にも無垢な笑みで答える珠美。その笑みが逆に効いて、弦徳は敗北を素直に受け入れられた。負けたのに何故か清々しかった。
「弦徳さま、今は体を癒すことを考えましょう。そして体が治ったら、双葉さまの救出の任がまっています」
「ああ、そうだね」
弦徳は、包帯でグルグル巻きになって隠れている表情を、笑わせようと努力した。だが顔半分の筋肉が動かない。だが、心の中は、母への再開が待ちどおしく満面の微笑みを見せていた。心底それが嬉しい。もう邪念のひとつもない。
そして昼頃にタケシが続いて目を覚ました。
タケシも目を開けると最初に見たのは天井だった。ベットに横たわり体が動かない。動かそうとすると、腹部に信じられない程の激痛が走った。その痛みに思わず声が漏れる。
「ぃてて……」
「タケちゃん大丈夫!」
タケシのこぼした声に気づき、ベットの横に座っていた陽子が身を乗り出して、動けないタケシの顔を覗き込む。天井を見るタケシの視界に陽子の心配そうな顔が割り込んできた。目が潤んている。流石のタケシもそれには直ぐ気づいた。
「おう、陽子じゃねえか……。なんだか久しぶりだな」
腹に力が入らないためか、虫のように小さな声だった。
「医師から死にはしないと聞いていたが、心配したぞょ」
陽子の泣きそうな顔の横に、春婆怒のクールな表情が並ぶ。長い蜂蜜色の髪が垂れないように耳に掛けられていた。
「よかったー、タケシさんも目が覚めたのですね」
明るい声とともに黒髪の綺麗な女性が、春婆怒の横に顔を並べる。三人の中で一番胸が大きい。猫田珠美だ。向こうはタケシを知っている様子だが、珠美とは初対面だ。
三人の女性がタケシの視界に頭を並べる。何故か珠美が加わったことで、春婆怒が冷たい視線を彼女に突き刺し、陽子が牙を剥いていた。まるで地獄の番犬ケルベロスだ。
タケシは動かない体に目を向ける。全身包帯だらけだ。ドームでの対決を思い出し、こんなになった理由も思い出す。陽子の泣きそうな表情や、春婆怒の台詞からして自分の受けた傷が、致死量を越えていたと悟る。何せ腹を切られ臓物が流れ出たのだ、当然だと感じた。
「よう、堂本くん、お目覚めかね」
老いた渋い声だった。自分のベットを囲むカーテンを開けて、知った顔の老兵が顔を出す。
「烏賊屋さん……」
カーテンを開けて姿を見せたのは、烏賊屋兆殻と妻の鈴だった。烏賊屋も全身傷だらけである。タケシ程ではないが、あちらこちらに包帯を巻き、複数のガーゼが張られていた。ひとりで立てないのか、華奢で小柄な奥さんの肩を借りてやっと立っている。
陽子がベットの横に備え付けられた電動コントローラーを操作して、タケシの寝そべるベットを起こす。機械音とともにタケシの上半身のみが、ゆっくりと起き上がり、動けないタケシに会話しやすい態勢を作ってくれた。
「烏賊屋さんもこの病院にお泊りですか?」
上半身を起こしたタケシが、包帯に包まれた顔を和ませながら烏賊屋に問う。声の色が楽しそうだった。
「ワシだけじゃないぞ。おう、お前もこっちにこい」
カーテンの外に顔を向けて手招きする烏賊屋。やがて手招きに誘われて顔を出したのは、烏賊屋と九十九神対決を繰り広げたプロレスラーの城嶋であった。
「あんた、たしか……」
「ちわっす、城嶋悟っス」
城嶋も烏賊屋同様の負傷を追っているが、ひとりで歩ける様子だった。包帯が巻かれた頭を大きな手で書きながら餓鬼の様に笑っている。あの時の緊張勘は既に消えうせていた。
「ここは大部屋だぜ、四人部屋よぅ」
豪快な口調で烏賊屋が言うと、城嶋が向かえのカーテンを無造作に開く。その向こうには、タケシと同じようにベットを起こし、寄りかかった姿でこちらを見る八尾弦徳の姿があった。
「やあ、堂本タケシ」
「あっ」
片手を上げ挨拶を掛ける弦徳。包帯の下で友好的な笑みを作っていた。
四人用の大部屋。この部屋に入院しているのは、あの日、敵として戦い、力と技、そして心をぶつけ合ったもの同士だった。
「なるほど、誰が企んだか知らないが、面白い気の配りようだな」
「なぁ、まったく面白い計らいだろぅ」
軽く微笑みながら述べるタケシに、他の男たちも笑みを見せる。女たちも、それに釣られ優しく笑っていた。病室の空気が確実に和み軟らかくなる。もう軋轢が感じられない。
こうして男たちは、各々の傷が癒えるまで相部屋の住人として暮らすこととなった。
あの日の戦いですべての蟠りが消え、既にいがみ合いに決着が付いた者たちには、ただの同じ武人でしかなかった。戦いが趣味と言える者たちで話も合い、不自由な体から来るストレスも大分和らいだ。
城嶋は、これから九十九神の公認として、何処かの支部で後処理班と代わらない任務に付くだろう。妖怪との戦いに関しては経験が無い。そのため三人の話は、参考以上のアドバイスとなっていた。後輩らしく日々の話を食い入るように聴いている。
烏賊屋は、ドームでの戦いを最後に、公認としての退治屋を引退することとなっていた。理由は烏賊屋の体調のためである。幼少時代から繰り返した妖力共有が原因らしい。もうチャクラがズタズタなのだ。退院後は、夫婦で田舎の実家に帰り、静かに暮らすと言っている。
弦徳の方は、傷が癒えたら紫色の妖刀を使い、再び春婆怒の胃から九尾双葉の救出を試みるとのことだ。母に会えるのが待ち遠しいのか、その話をちょくちょくしていた。皆が心の中で、弦徳はマザコンなんだと感じていたが、希望へと微笑む弦徳に、それは言えないと口を塞ぎ、黙って話しを聞いてあげていた。
そして月日が過ぎ、半妖で回復力の速い弦徳から退院して、続いて城嶋、烏賊屋といった順で退院して行った。最後に残ったのは、タケシひとりだった。
時刻は夕暮れ、ひとり残り静まり返った大部屋で、ベットに寝そべるタケシを、窓から見える夕日が赤く染めていた。
つい先程、お見舞いに来ていた陽子が帰り、入れ違いに春婆怒が訪れた。
「タケシや、あんばいはどうじゃ?」
「おう、春婆怒か……」
夕日を見ていたタケシが声に気付き言葉を返した。
「もうちょっとで俺も退院できるそうだ」
「ほほう、それはよかったのぉ」
そう言いながら春婆怒は、ベットの横におかれた丸椅子に腰を下ろした。
「今日は、弦徳の母親を吐き出して来たんだろ?」
「うむ……」
「旨くいったのか?」
「まあのぉ……」
春婆怒は、あまり優れた表情をしていなかった。タケシもそれを察して深くは聞かない。何があったかは分からないが、こうして無事に帰ってきたのだ、無理に聞くほどのことでもなかろう。
「これでわらわも晴れて公認の九十九神ぞょ。もう、妖怪たちに寝首を狙われる心配もない。少しは緊張感が解けたというものよのぉ〜……」
「そのわりには、晴れた顔をしてねえな」
タケシの目には、作られた余裕に映った。
「そうかえ……」
ベットに寝ているタケシが、春婆怒の顔を下から見上げる。春婆怒の心を覗いているのか、双眸が穏やかだった。
「やっぱあれか、あの男か?」
「おとこ……?」
「癒しの侍、十六夜剣兵?」
「っ!?」
春婆怒が女の子っぽく驚きの表情を見せた。まさかタケシの口から、その名が出るとは思っていなかった様子だった。ハートに触れられた乙女の如く、春婆怒が可愛く顔を紅く染め上げた。
「ななななな、なにを言うか、タケシや!?」
慌てる春婆怒を見てタケシが嫌らしく莞爾した。そして顔を逸らした春婆怒に、表情を真面目なものに変えるタケシが語りだす。
真剣な眼光だった。
「妖力共有すると、過去の使い手たちからピックアップされた技術が記憶として使い手に流れ込む。空手しか使えない俺が、槍術の数々を使用できるのも、そのためなんだよな?」
「ああ、そうじゃ……?」
顔をタケシに戻した春婆怒が、今更なにを言うのかと云いたげな表情をしていた。
「最初の頃は、あまり気になるほどじゃあなかったんだ……。ぼんやりしていて何だかも分からなかった……」
ベットに寝そべるタケシが、今度は真っ直ぐ虚空を眺めるように天井へと視線を移す。そして、今まで感じた思いを淡々と語り続ける。
「お前と妖力共有を繰り返すうちに、そのぼんやりとした何かが、徐々に何だか分かり始め、八尾弦徳と戦った際に、やっとそれが何だかはっきりと分かったよ」
「何が言いたいのじゃ……?」
「妖力共有とともに、お前の思いが……、十六夜剣兵への思いが流れこんで来てたんだよ」
いつも細めて余裕を演出している春婆怒の瞳が、恥らうことも忘れて大きく見開かれていた。呆気に取られた仕草でタケシの顔を見下ろしている。
「お前、十六夜剣兵が、今でも好きなんだな……」
春婆怒村出身のタケシは、村の言い伝えで春婆怒の過去を知っている。春婆怒が村に現れた際、一緒に居た若い侍。その侍との日々。そして侍が死んだ後の春婆怒も。それらの思いは、未だ村では語り継がれていた。
その言い伝えと、妖力共有時に流れ込んでくる僅かなものが徐々に重なって行ったのだ。妖力共有のたびに、パズルのピースがひとつずつはめ込まれていく様に。
呆けていた春婆怒がゆっくりと席を立つ。蜂蜜色の長い髪が表情を隠していた。そのまま春婆怒は、幽鬼の如く寂しい足取りで病室を出て行こうと歩み始める。
「なあ、春婆怒……」
呼び止めるタケシの声に振り返る事無く春婆怒が足を止める。返事もない。悲しさが小さな肩から滲んで見えた。
「俺がお前を百計神にしてやる。お前が百計神になるまで俺が戦い続けてやる!」
タケシの言葉には、強い意志が感じられた。自信や傲慢、それらとは違ったものが感じられた。しかし春婆怒は、タケシに背を向けたまま動かない。
「俺は他人に願いを叶えてもらうという行為自体が他力本願で気に食わなかった。だからお前から褒美を貰う積りは、未だにこれっぽっちもない」
春婆怒がゆっくりと振り向く。
春婆怒が泣いていた。クールな表情に流れ落ちる雫。春婆怒は、この後にタケシが何を言うのかが想像できた。
タケシは、難しいことを言わない。いつも単純なほどに真っ直ぐだ。だから容易く心が読める。それが枯れ果てたと思えた彼女の涙を誘う。
「俺が得たい褒美は、俺が願うものは……」
「あ、ありがたや……」
先に春婆怒の口から感謝が呟かれた。そして彼女の顔が歪み、唇が震える。慈悲に歓喜を見せる肩が静かに振るえ、やがてこぼれ落ちる涙を隠すように両手が顔に添えられた。
「俺が願う褒美は……」
夕日に染まる病室が、希望を願う言葉を暖めた。それがふたりの新たなる目標と変わる。もう三種百食の本能が故の欲からの戦いではなくなった。
春婆怒が、再び涙を流す日は近い。
次に流れる雫は、幸福を象るだろう。
他人のために戦う。そもそもこの戦いは、そのために始めたもだ。
初心を思い出しながらタケシは、それを夕日に誓った。
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