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うっしゃー、いっちょ、やりますかー!
< 空手の攻防・1 >


 結局タケシのバイト時間が終わるまで、春婆怒は返ってこなかった。

 タケシは、何故かイライラしたので、井川が止めるのを聴かずに、もう一時間残って遅れて来た安田をひと殴りしてからバイト先のコンビニを出た。

 その手には、賞味期限の切れたお弁当と幾つかのおにぎりの入ったビニール袋が持たれていた。

 それらは、今晩の夕飯になる。

 タケシがコンビニでバイトを始めようと思ったのも、この賞味期限切れになると廃棄されてしまう、お弁当などが目当てであった。

 タケシは学生時代に、コンビニでバイトをしていたクラスメイトから聴いたことがあった。

 賞味期限の切れたお弁当などは捨てられてしまうだけなので、バイト連中がレジで廃棄登録後に、こっそりキープして家に持ち帰ることを。

 それを思い出したタケシは、食費を浮かせる為にコンビニでのバイトを始めたのである。

 タケシは、今晩の夕飯をリックカバンに詰めると、バイクでコンビニの駐車場を出て住んでいる古いアパートを目指した。

 バイクで走る町並みは、既に暗くなっていた。

 タケシの乗ったバイクは、サラリーマンが同僚と飲みに繰り出す姿が増えてきた、繁華街を抜けて住宅街へと入っていく。

 けたたましいバイクのエンジン音、それだけが住宅街に鳴り響く。

「……」

 車とすれ違わない。

 人ともすれ違わない。

 住宅街に入ると、今までと空気の色が変わった。

 そしてタケシは、住宅街の静けさにバイクを止めた。

 何かが可笑しいと。

 タケシは、フルフェイスのヘルメットを取ると、バイクに又がったままエンジンを止める。

 そして辺りをゆっくり見回す。

「静かだな。まるで丑三つ時のようだぜ……」

 まだ午後七時ぐらいだというのに眠ってしまったかのように静まり返った住宅街。

 タケシもまた民家のどの部屋からも、明かりが漏れていないことに気付かなかった。

 ただ、静かな住宅街の風に、何か違和感を強く感じていた。

「ん?」

 バイクを止めたやや右前方。
 そこには、古い町工場の建物があった。

 昔ながらのコンクリートのブロック塀、敷地内に入る門は鉄パイプを溶接して作られた牢獄の檻のようなお手製門。

 その門から、枯れた雑草に挟まれた砂利道を、五〜六メートル進んだ所に、トラックの搬入口の大きなシャッターが有り、時折突風に吹かれてさび付いた音をキィーキィー鳴らしていた。

 工場事態は閉鎖されて長いのか、窓のガラスは薄汚れており、割れてガラスが完全に無くなっている窓も有った。

 敷地ないに入る鉄の門を、施錠してあった鎖と鍵は外されてだらしなくぶら下がり、門は人一人がゆったりと入れるぐらいに開いていた。

 タケシはバイクを降りると、工場の入り口までバイクを押していく。

「なんだ?」

 タケシは何かを感じていた。

 この灰工場が、この静けさを生む奇怪な空気の発生源であるのではないかと。

 バイクを路上の角に止めると、タケシは檻の様な門から灰工場敷の地内を覗き込む。

 上下に開け閉めできる大きなシャッターの横に、アルミのドアがある。

 ガラスが割れても、破片が飛び散らないように針金が網目状に入った曇りガラスは、罅が蜘蛛の巣状に入っている。

 しかし網の目の針金のおかげで、ガラスが抜け落ちずに済んでいた。

 そのアルミのドアの曇りガラスから、うっすらと光がもれていた。

 タケシは、鉄の門をすり抜けると、砂利を僅かに鳴らしながらシャッターの横に有るアルミドアに近づく。

 そしてドアノブに手を描けた。

 鍵は掛かっていなかった。

 タケシは、ドアを開けると、明かりの漏れる工場内を覗き込む。

 二十五メートル四方ぐらいの大きさだろうか。

 工場内はこれといって物は無く、高い天井は柱の鉄骨がむき出しで全ての電灯は消えていた。

 しかしコンクリートの床に、蛍光灯型の懐中電灯が置かれ、灰工場内の隅々までを、ぼんやりと照らしていた。


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