< 八尾弦徳・4 >
焼けた拳を見ていたタケシが、崩壊したリングの上に残る弦徳に視線を替える。そして走った。それを見た弦徳が、握られた刀を両手で振り被ると、頭上でドームの照明を浴びた刀身がキラリと光っていた。
「でぇぁーー!」
意思の強そうな声だった。振り上げられた刀からレーザーが天を目指して登っていくと、見えない結界に突き刺さり火花を散らした。そのまま掛け声と共にレーザーとブレイドが振り下ろされる。
崩れたリングに走り寄ったタケシを狙って、結界の壁をなぞりながらスパークを燃やす閃光が落ちてくる。だがタケシは、走りながら閃光を容易くかわした。弦徳の攻撃は、音を立てながら地面だけを焦がした。
そしてタケシが、腰を捻りながら豪腕を後方へと振り被る。その拳に見る見るうちに気合と同時に緑の妖風が集まっていった。
「どぉりゃゃぁあああ!」
力強い声と共に振られるタケシの一撃。
左足で重く震脚を踏むと全体重をそれに乗せる。そして震脚から爆発するような脚力を開放して載せた体重を破壊力に変えると、緑風を纏った拳でアッパーカットを打ち上げた。
狙ったのは崩れたリングだった。
その一撃に打たれたリングの端が飛び上がると、緑風が津波となって他のリングの破片も舞い上げた。ビッグウェーブだ。
「なに!?」
刻まれたリングの破片と一緒に緑風の波へと飲まれる弦徳が、目を細めて声を上げる。弦徳の体も突風に巻き込まれて舞い上がっていた。そして緑風と舞い上がったリング片との隙間にタケシの姿を探した。だが、タケシの姿が見つからない。見失った。
リングの破片と一緒に舞う弦徳が、空中で首を振ってタケシの姿を探していた。その時である。右の足首を掴まれた。
「キャッーーチ!」
下を見る弦徳。その視線の先にタケシの姿があった。足袋を履いた自分の脚を掴んでいる。
「おぉぉぉぉらぁぁぁあああ!!」
片手で弦徳の足首を捕らえたタケシが大声を上げながら弦徳の体を引っ張った。そのまま地面に叩き付ける積りだ。弦徳の体が力任せに振り落とされる。
「ぐほっ!」
弦時の背中が地面に叩き付けられると、口から息と共に呻きが一言漏れた。体に衝撃が走る。骨が軋み、内臓が響いた。
その僅かあとに、ふたりの周辺に刻まれたリングがドスドスと振ってくる。
叩きつけられた弦徳は、それでも手に持つ刀を放していなかった。未だに右足を掴むタケシの脚を切りつけようと狙う。しかし、その反撃の刃が届くよりも早く、タケシが再び弦徳の体を振り回す。
「まだまだ、いくぞーー!」
両手で確りと握られた弦徳の右足。タケシは自分を中心に、グルグルと竜巻のように回転して弦徳を弄ぶ。
これは、空手の技ではない。そう、プロレスの技。ジャイアントスイングだ。
「どうだい! 派手にいかせてもらうぜ!!」
「ふざけるな!」
回転するふたりから声が飛ぶ。
タケシは仮面の下で笑っていたが、弦徳は屈辱に顔を怒らせていた。しかし、見ている観客たちは楽しそうに盛り上がって居る様子だった。それがまた弦徳には屈辱だった。
辺りに散らばっていたリングの破片が、振り回される弦徳の体にぶつかり飛んで行く。その度に弦徳が小さな声を漏らしていた。
もう何回振り回されたことだろうか、タケシの回るスピードは緩まない。それどころか回転数を増やすごとに加速を増していくようだった。
「飛んでけ、にーちゃんよー!」
そう言いタケシが弦徳の足をやっと離した。
開放された弦徳が宙を飛んで行く。高さが五メートル程ある。手を放したタケシは、勢い余り、一度だけ回転すると、その勢いのまま投げ捨てた弦徳を追って走り出す。追い討ちを決める積りらしい。
しかし……
「あら、あらら?」
走り出したタケシの脚が縺れて顔面から転倒した。ジャイアントスイングで、自分もしっかりと目が回っていたらしい。それを見た観客たちが痛そうにと自分たちの鼻を押さえる。
一方、投げ捨てられた弦徳は、二十メートル程とんだところで後頭部から地面に墜落すると、ワンバウンドしたあとに三回転ほど転がりやっと止まる。
だが、受身は成功していたらしく、さほど大きなダメージを受けていない様子であった。直ぐに立ち上がり、袴に付いた埃を払う。
「どうでい!」
既に立ち上がったタケシが、腰に手を当てながら威張るように言った。
その台詞に春婆怒が「すっ転んどいて、何を言っておるのじゃ、戯けが」と、冷めた言葉でツッコミを入れていた。弦徳も同意権である。投げられながらもタケシが転倒する瞬間を見ていた。
今度は弦徳から走り出した。真っ直ぐにタケシを目掛けて突き進む。それに初めてタケシが構えを見せる。それは、空手の構えでも珍しくないポピラーな構えだった。
右爪先の向きを四十五度の角度で踏ん張り、体重の七割を乗せる。そして前に出した左足は爪先に体重を掛けて踵を僅かに上げられていた。
後屈立ち。
それが、今宵タケシが始めて見せた構えだった。
「む!」
タケシの構えを見た弦徳が、五メートル弱をのこして急ブレーキを足で掛けた。足袋が地面を擦る音が鳴る。
ふたりが睨み合う。
弦徳の視線がタケシの視線とぶつかり合い、気迫と気迫で押し合う。
「先程から貴方を見ていると、ちょくちょく戸惑いを抱く……」
言ったのは弦徳だった。その言葉にタケシは鋭い抜き身の刀のような視線を弦徳の双眸から外すことなく首を傾げる。何を言い出しているのやらと言いたげな表情だった。
「時に、羅刹の様に。時に、外道の如く。時に、武士。時に、道化。そして、時には仏のような眼差しすら見せる。貴方は戦いの中でコロコロと表情を替える。何故ですか……」
弦徳は、戦いが始まって僅かな時の中に、タケシの替わり続ける幾つもの表情を見た。まるで、同じ人間を前にしているような感覚がしなかった。その時その時、タケシの人格が入れ替わっているように感じた。これ程に、戦いの中に喜怒哀楽を見せる相手は、初めてだった。それが、戸惑いになり、思わず言葉にだした。
「はぁ?」
引き締まった表情を崩したタケシが、そう声を漏らした。タケシのほうは、弦徳の言っている言葉の意味が理解しきれていないようだった。
しばらく悩む。そして返答を見つけて口に出す。
「あんた、弦徳とかいったっけ?」
「ああ、キミならば呼び捨ても構わん」
「そうか、じゃあ、容赦なく呼び捨てにさせてもらうぜ」
そういいタケシが構えを解くと、弦徳も構えた刀を下ろした。その光景を観客が見て、詰まらなそうにざわめく。
「なあ、弦徳。あんたは戦いの中で、笑ったり、泣いたり、悔しがったり、むかっときたりしないのか?」
「負ければ悔しい、怒りを感じることもある。しかし、笑ったりしない。出来れば泣きたくはない……」
普通の会話だった。ふたりは戦いながら、お茶でも揉みながら話す友達のように会話をしていた。こんなことは、弦徳の戦いの中で一度もなかった。その可笑しな状況になっていることも本人は気づいていない様子だった。
「あな、楽しければ笑う。悲しければ泣く。腹が立ったら怒る。それが人生だろう。一度しかない人生なんだからよ。そんな風に生きようぜ!」
そう言いタケシが、ニコッと歯を見せて笑う。子供の笑みよりも無邪気な笑みだった。それを見て弦徳が驚き唖然とした表情を見せる。
弦徳は思う。
この男は、今、こうして戦っていることも人生だと言いきり笑っているのだと。友達と楽しく遊んでいるのと同じように、恋人と甘い夜をベットのなかで過ごしているのと同じように、風呂に入り汗を流しているのと同じように、トイレで用をたしているのと同じように、この人知を超えた環境での戦いを、私生活とかわらないと言い戦っているのだと。
この男は、戦いも生活の一部なのだ。だから、なんの疑問もなく、すべての感情を出せるのだ。この男は、自分と死闘を繰り広げていながらも、普段とかわらない私生活を送っている最中なのだ。この戦いすらも、この男にとっては生活の一部。弦徳は、そう思った。
「うらやましいほどに、大きな器だ!」
そう言い弦徳の瞳に気迫が戻る。
今言った言葉は、正直な意見だった。これ程に、闘争を生活に溶け込ませられれば、戦いに苦悩することはないだろう。
この現代ではなく、もっと古い時代に生まれてくるべき人材だと思う。生れ落ちる時代を謝っている。戦国時代ならば、少なくとも天下取りの有力候補として歴史に名前が残ったことだろう。間違いない。弦徳は、そう思っていた。
弦徳の表情が変わったのを見て、タケシも構えを戻す。再び、後屈立ちを取る。瞳が鋭くなった。
弦徳は、刀を両手で持つと、ゆっくりと頭上へと持っていく。光り輝く真剣が、光の尾を引きながら上段の高さで静止した。上段の構えだ。
弦徳も戦いを思い出した鋭い眼差しに戻っていた。
ふたりの睨み合いが再開された。ふたり同時に、ジリジリと少しずつ前に出る。全神経を、目の前の敵に向け合うふたりには、観客たちがあげるざわめきも聞こえていなかった。ふたりが、ふたりだけの世界を作り出していた。
距離は、まだある。しかし、弦徳が先に仕掛けた。閃光斬激と呼ばれる術を使う弦徳のほうが、間合いを無視できたからだ。例の光線が切っ先から真っ直ぐに放たれる。
上から下へと光線が走る。しかしタケシは右に体をずらし避ける。
続いて刀を一度引いた弦徳が、尚も切っ先をタケシに向けてレーザーを発射させる。
「突き!」
点のような閃光がタケシを狙う。しかしタケシは、何の苦もなく回避した。この術は既にタケシには効かない。完全に見切られている。
レーザーの輝きと熱を頭と肩の対角線に感じながらタケシが前に走る。ふたりの距離が一瞬で縮まった。そのままタケシが、レーザーの発射されている刀をくぐり、更に懐へと入る。弦徳は、それを許してしまう。
「リィヤァァ!」
タケシのブーメランフック。
背後から上へと跳ねた拳がアーチを描き、弦徳の顔面を狙い降っていく。
大振りだが、勢いと速さを掛け備えたパンチだった。重そうだ。
だが、その豪腕の下を、こんどは弦徳がくぐり抜けていく。自分の脇の下をすり抜けた男を、タケシが敏捷に振り向き視線で追った。
「ちっ!」
拳をかわした弦徳が走っていた。逃げるように背を向けてだ。その光景に、思わずタケシは声舌打ちをひとつ溢した。しかしタケシは、追わなかった。振り向いたあとに弦徳の走る背中を見送る。
三十メートルほど逃走した弦徳が振り返った。
「やはり、こんな子供だましのような技じゃあ、貴方には勝てません。技を替えさせてもらいます」
振り返った弦徳は、そう言いながら刀を鞘に収めた。すると背後から黄色に輝く狐の尻尾が現れ弦徳から刀を受け取る。タケシは、その光景を黙って見ていた。
「これが八尾弦徳、真の姿です!」
弦徳が、タケシを真似たのか、不敵に笑って見せた。若干違和感がある傲慢な笑みだった。やり慣れてないからだろう。
そして、その笑みと共に狐の鳴き声が「コーーーーン!」と響く。七回連続でだ。
すると黄色く輝き刀を握る尻尾のほかに、七本の尻尾が姿を現す。その尻尾の数々が、白、黒、赤、青、緑、紫、灰色と、様々な妖気の輝きを陽炎のように放っていた。そして尻尾の一本一本に、様々な刀が握られている。
「なるほど、八尾弦徳ねぇ。八本ってことか」
そう言いながらタケシが本家といわんばかりに傲慢な笑みを見せる。
八本の尻尾に、八色のオーラ。そして八刀の武器。闘争に乾いたタケシの心に、弦徳の見せる光景は、十分すぎるほどに美味しく見えた。
「これから見せる技の数々、たっぷりと味わってもらう!」
「ああ、言われなくても良く噛んで味わってやるぜ! なぁ〜、春婆怒よ!」
「わらわは結構じゃあ、出来ればすんなり終わりたいのじゃかのぉ」
「さあ、来い! 弦徳!」
「ああ、いくぞ!!」
春婆怒の言葉は、完全に無視されていた。熱くなった男たちだけが血気している。もう、ふたりの世界だ。
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