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< 九十九神vs九十九神・伍 >
  

 小さい頃だ。自分でもどのぐらいの歳かは覚えていない。

 いつもテレビの前で食い入るように俺は見ていた。

 プロレス中継だ。

 四角いブラウン管の中で、四角いリングを激しく鳴らして彼らは戦っていた。

 普通の子供たちが特撮ヒーローに憧れるように、俺はテレビの中のプロレスラーたちに憧れた。

 レスラーこそが、俺にとってのヒーローだった。

 俺が中学二年のある日のことだった。父が、そんな俺の憧れを察して、町にやってきた帝都プロレスのチケットを買ってきてくれた。

 父に連れられ俺は、初めて、憧れのプロレスを生で見に行った。前の晩は、興奮してなかなか眠れなかったことを覚えている。

 会場は田舎町の古い市民体育館だった。

 胸が躍った。心が弾んだ。すべてが輝いて見えた。いつも見ている古い市民体育館が、まるで聖地に建てられた宮殿に見えるほどに俺は興奮していた。

 四角いマットも、それを照らす照明も、鍛えぬかれたレスラーも、すべてが眩しかった。

 第一試合、若手のシングルが終わり、第二試合、第三試合と終わって、ベテラン選手と若手選手が混ざったシックスメンタッグマッチの四試合目が終わると、休憩時間になった。残るは三試合だ。

 その休憩中に、父に買ってもらったパンフレットを見る俺は、スター選手のゴーグ大葉のコメントを読んでいた。

 そこには俺の人生を大きく変える言葉が書いてあった。

『プロレスラーは特別な存在だ。最強なのだ。だが、我々プロレスラーは特別な人間ではない。諦めず努力を積めば、君にもなれる。レスラーとは、選ばれた人間だけがなれるヒーローではない。キミにもなれるヒーローなのだ』

 そのコメントを読んで俺は思った。俺にもなれるのかと? 俺もヒーローになれるのかと?

 その日から俺の日常は変わった。

 中学校から帰ると団地の芝生の上で、暗くなるまでスクワットを続けた。千回、二千回と。時には日が落ちても続けたこともある。他の筋トレもだ。

 団地の人々が、俺を奇人でも見るかのような表情で見ていたが、俺は気にもしなかった。

 高校は、アマレスの強い高校を選んで入学した。レスラーになる為のベースを作るためだ。

 中学時代、周りの人々に頭が可笑しくなったと思われるほどにトレーニングをしていたおかげで、高二になったころにはインターハイのベスト4の常連になっていた。

 その成績のおかげで勉強をほとんどしなくても大学に合格できた。

 俺は大学で、更にアマレスを磨き、卒業と同時に、帝都プロレスの社員として入門した。

 そして二年間、国分さんの付き人をしながらプロレスを学び、アメリカのマンハッタンでデビュー戦を行った。

 憧れのプロレスラーとしてのテビュー戦は、マットの上で仰向けになりながらスリーカウントを聞いた。俺の上には百三十キロのデブが乗っていたが……。

 デビュー戦で敗北したが、ファイトマネーは貰えた。その金は、その日のうちに酒場で消えた。どう使ったかは酔ってて覚えていない。

 それから二年間は、会社の指示で日本に帰ってこれなかった。

 アメリカの中堅団体に混ざって二年間、アメリカ全土をマッチョマンたちと一緒にツアーした。

 そこで出会ったアメリカ人レスラーにキックボクシングの技を習い、ついでにドラックも習った。

 俺に取ってアメリカでの二年は、レスラーとして磨きをかけた二年と言うよりも、人間としての器を磨いた二年だったと思える。

 各町での試合が終わると、決まって酒場に繰り出し酒を煽り、女を口説き、ゴロツキと喧嘩をした。

 いろいろな酒の味を覚えたし強くもなった。

 いろんなセックスを味わい、ベットの上での技も習得した。

 いろんな人種のマッチョマンと殴り合い、時にはナイフで刺されることもあったし、ショットガンの銃口を向けられることもあった。

 日々がバイオレンスだった。

 そんな日々が、俺に度胸を付けてくれた。平和な日本では出来ない心のトレーニングだった。

 そして日本に帰ってきた俺は、中堅レスラーとして迎え入れられる。日本のマットに慣れるのにさほど時間はかからなかった。顔も直ぐにファンたちに覚えてもらえた。

 そんなある日、いきなり社長室に呼ばれた。

 社長室に入ると、社長のゴーグ大葉のほかに、中年の外人が居た。ブラット・ニクソンだ。

 社長曰く、俺に七日間以内に三人の空手家を路上で倒してこいとの事だった。

 会社が近いうちに異種格闘技大会を開くことは俺も知っていた。俺は、その試験だと、てっきり勘違いした。

 だが、本当は、チャンピオンベルトの九十九神の後継者試験だった。

 しかし俺は、その試験にすんなりと合格した。そして今ここで、空手家仮面とか名乗る敵と戦っている。憧れの東京ドームでだ。

 俺は、本当は、チャンピオンになりたかった。プロレスラーとしてのヒーローになりたかったのだ。

 それが、どうしてこうなったか、妖怪変化四千五百匹の歓声を浴びながら戦っている。

 何かが違う。そう思った。でも、殴り合いが始まると楽しいのだ。

 殴るのも、投げるのも気持ちいい。殴られ、吹っ飛ぶのも楽しいのだ。

 俺が相手を殴るたびに、妖怪達が歓声を大きく上げる。

 俺が相手に殴られると、妖怪達が歓声を激しく上げる。

 そのたびに、俺の心が歓喜するのだ。それが気持ちいい。

 俺が何を言いたいのか、俺が何を伝えたいのか、俺にも良く分からない。でも、今、この瞬間が楽しい。殴り合いが楽しいのだ。見ている人が興奮するのがたまらないのだ。

 だから、だから、この戦いを最後まで見てもらいたい。

 俺と、こいつの戦いを。

「城嶋君、まだ行けるかね?」

「ああ、ニクソンさん、問題ないっス」

 心の中に、妖力共有しているブラット・ニクソンの声が聞こえ、それに答えた。

「やばくなったら妖術をつかいたまえよ。格闘技にこだわりすぎるなよ。これは九十九神同士の戦いなのだから」

「何を言っているんスかニクソンさん。これは九十九神同士の戦いの以前に、俺たち格闘技家の戦いっスよ」

「なるほど、そうきたか」

「あの空手家仮面のおっさんと、俺が納得するまで、このままやらせてくださいよ」

「ああ、いいとも。気持ちは分からんでもないからね」

「感謝するっス」

「ならば、さあ、存分に戦いたまえ、チャンピオン。キミがプロレスの星だ!」


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