< 動き出す災い >
商店街の中にある一軒の小料理屋。
親から子へ、子から孫へと三代受け継がれてきた小さな店。
ここしばらく店の暖簾は出されておらず、古びた和風の扉には「都合により、しばらく休業いたします。」と描かれた張り紙がされている。
長いこと店は開いてないのか、その張り紙を止めているテープの一箇所が剥がれて、風で時折揺れていた。
窓や入り口の隙間から入る僅かな明かりで、静かな店内をぼんやりと照らしている。
薄暗い店内。外からはまだ、明るい人々の声が聴こえてくる。
その店内に有る色々な物に、何やら紙切れが張ってあった。
カウンターの六つの椅子や、小さな畳座敷に有る二つの漆塗りのテーブル、それを分ける骨董な感じの屏風、天井の角に置かれた古いテレビ、入り口横のレジ、その横の招き猫の置物、カウンター裏の厨房には業務用の大型冷蔵庫、諸食器棚には様々な高価そうなお皿や器、他にも数々の調理道具があるが、それらの全ての物に『差し押さえ』と描かれた赤い紙が張られていた。
この店内で赤い紙が張られていない物といえば、天井の隅に奉られた神棚のみである。
この店は潰れたのであろう……。
店内のカウンター裏、厨房に有る銀色のステンレス扉の大型冷蔵庫。
その大型冷蔵庫の足元に、よりかりながら座り込む男の姿があった。
男は、白い和風の割烹着に、黒い前掛けおした、板前風の姿をしていた。
そして裸足に木のサンダルを履きながら、手にした刃渡り225mmの本焼鎌型薄刃包丁を、ゆらゆらさせながら眺めていた。
「なんで、旨くいかないんだろ……」
男は包丁を眺めながら、気力の無い白い顔で呟いた。
「俺の腕じゃあ、おやじの味を超えるどころか、並ぶ事すら出来ないのかな……」
先代の父が急死して、修行半ば場で受け継いだ小料理屋の看板。
この未熟な息子では、一年と持たずに客足を減らしていった。
客足が途絶え、貯金が日に日に減っていき、やがては店や土地の権利を担保に金を借り入れたが、それでも伝統の有る店を建て直す事は出来ずに、今ではこの有様である。
男は座ったまま、包丁を眺めていた。
「もっと修行を積めば良いのかな、それとも経営学をもっと勉強しないと行けないのかな……」
男は包丁を高く真っ直ぐに立てて見上げる。
「腕がダメなら、素材でカバーなのかな……」
男はゆっくりと立ち上がると、背にしていた大型冷蔵庫の扉を開けた。
冷蔵庫からは白いドライアイスのような冷機が流れ出ると、しばらくして中の様子が伺える。
冷蔵庫内の各棚に置かれた品物は、霜が凍り付いて真っ白な色になっていた。
「冷凍じゃあ、ダメだよな」
男は包丁を持ってない手で、冷蔵庫の中の凍り付いた品物を取り出す。
それは、人の腕。
冷蔵庫の中には、何やら細切れの肉が入ったタッパの他に、人間と思われる腕や足、肋骨や頭やらが冷凍されて入っていた。
その手足や頭の数から、一人や二人の人数ではないことが見て取れた。
「やっぱり素材で勝負するならば、冷凍品より新鮮な素材だよな。じゃないとお客さんも喜ばないよな……」
男は手にしている腕を冷蔵庫に戻すと、バタンと音を立てて扉を閉める。
「よし、新鮮で美味しそうな素材を仕入れに行こう。そうだ、良い物を仕入れないと」
男は包丁をブラブラさせながら、木のサンダルを引きずる様に、勝手口の方へと歩き出す。
外は、そろそろ日が落ち始める時間だった。
男は何処で、どんな素材を仕入れる積もりなのか、口元が僅かに微笑んでいた。
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