< 九十九神 >
美しい女性が一人歩いていた。
スレンダーで美しいボディーライン、それをなぞる様にキュートなヒップまで垂れ下がった長い金髪。
その長い髪は、額の前からきっちり半分に分けられ、髪の間からはシャープで美しい顔が覗いていた。
そして、其の美しい顔には青い宝石のような瞳と、スリムな鼻やセクシーな唇が、バランスよく配置されている。
それは、完璧に近い美貌と言っても良いだろう。
周りとは美貌の上限が違う彼女は、白いフワフワしたセーターにデニムスのカートを履き、そして茶色のスラウンジルーズブーツをカツカツ鳴らしながら歩いていた。
その女性は時折辺りをキョロキョロしながら何かを探しているようだった。
「見うしのぉてしもうたぁ……」
彼女は自分を侮辱した若者を追っかけて来たが、不慣れな土地にあっさりと目標を見失い、しかもタケシと分かれたコンビニの場所も、完全に何処に在るか分からなくなってしまっていた。
「ウムゥ〜、どうしたものかぇ」
片膝を少し立てた内股で、片手をそっとシャープな顎先に添えると、悩ましいポーズで彼女は何かを考え込んでいた。
その一つ一つの仕草が、何処となく決まっている。 五十年ぶりの久々の目覚め。しかも、長年暮らし自分の名前が付いた村を離れてやって来た見知らぬ街。知人も指で数える程度しか居ない。
山の中に引きこもり生活が長かった為、見知らぬ民衆に声を掛けるのも気が引ける彼女は、しばらく立ち尽くし考えていた。
「悩んでいても始まらぬ……かぁ……。まあ、歩いてみるかのぉ」
当ても無く、向う場所も分からず、彼女は歩き始めた。
本格的に困ったのなら、何らかの妖術を駆使して、この状況を打開するつもりであった。
それが強気な自信に繋がっているのだろう。
春婆怒が当ても無く歩き出してしばらくすると、ゴミ捨て場に幾つもの粗大ゴミが置かれているのが目に入ってくる。
薄汚れたテレビ。
子供向けのアニメキャラのステッカーがベタベタ張られたタンス。
茶色い焦げ目の付いた旧型のトースター。
口の掛けた大きな花瓶。
メモ用紙を止めておくマグネットが付いたままの大型冷蔵庫。
HDDやDVDプレイヤーの外されたデスクトップパソコンとキーボード。
中に腐った食品が入ったままの電子レンジ。
他にもまだまだある。
それらの粗大ゴミには、名前の書かれた紙が貼り付けてあった。
最近ではこうして名前を書き、役所にお金を払わないと、粗大ゴミは回収してもらえない。
年々不当投棄が増える原因でもあるのだが……。
その粗大ゴミの捨て場の前で、春婆怒は足を止めた。
春婆怒は、置かれた粗大ゴミをゆっくりと眺めた。
「まだ二十年、否、十年すら使われておらぬ物ばかりではないか……」
数居る妖怪の中で、『九十九神』と呼ばれる妖怪が居る。
それは、人々に長い事使われた道具が妖怪化した魑魅魍魎の呼び名である。
昔の人々は、物を大切に使っていた。
現代のように、壊れたからといって直ぐには捨てずに、何度も何度も壊れるたびに修理を繰り返す。
もう本当に限界、もうこれ以上は使うのは不可能と言われるまで修理して、物を大事に使い続けていた。
今で言うリサイクル精神そのものである。
その為、どんな家にも先祖代々受け継がれる様々な道具という物が、一つや二つは有ったものである。
だが、長く使い続けるということは、その道具に情や念が染み付くとされ、百年経った道具は、それが原因で妖怪になると多くの地域で言い伝えられていた。
その為、九十九年が経った年に、妖怪にならないように、お払いや供養を行うのである。
今までの感謝を込め、神様になれるように、火葬などで天に送る儀式や、祭りをおこなう地域が多かった。
こういった、言い伝えから、供養されずに百年経ってしまい、妖怪化してしまった道具を『九十九神』と呼び、百鬼夜行の絵巻などでも多く描かれることとなる。
様々な粗大ゴミの前で、それらをじっと見詰める西洋の美女。
春婆怒もまた、その九十九神である。
ただ、彼女の場合は、家庭で人々の暮らしの手助けに百年の時を費やした道具ではない。
生と死と、血と骨と、殺戮と虐殺、混沌と混乱、そのような殺伐としたものが渦巻く暗黒時代の殺し合いでの百年が、彼女を九十九神に仕立てた。
彼女は、人殺しの道具が変化した九十九神である。
「さて、タケシの居場所も分からぬ、長屋の場所も分からなぬ……、こまったのぉ〜」
春婆怒が、そんな独り言を呟きながら歩いていると、後ろから聴き覚えのある声で呼び止められた。
「あら、春子さんじゃない」
「おお、これは奥方殿ではないか」
それは陽子の母、雪絵だった。
「春子さん、こんな所で何をしてるの?」
「ふむ、少々道に迷ってのぉ〜」
「あら、迷子になったの?」
「否、そう言った訳ではあらぬ」
「あら、そうなの」
「うむ」
「じゃあ、私これからお買い物だから、またね」
「うむ、さらばじゃ」
そう言って、この場を離れた雪絵の後ろを、春婆怒はぴったりと付いていく。
すぐに雪絵もそれに気付いて、後ろを振り向く。
「あら、どうしたの、迷子になったの?」
「否、そうではあらぬ……」
「そう、じゃあ私これからお買い物に行くから……」
「うむ、たっしゃでのぉ」
そしてまた、雪絵が歩き出すと、其の後ろを春婆怒が付いて回る。
「あら、どうしたの?」
(あと3回ぐらいリピート)
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