第七話 「八尾弦徳」
タケシの入院生活は、両手足を骨折する重傷にもかかわらず、僅か一ヶ月ちょっとで終了した。
普通の医学的治療方法の他に、妖怪連合が用意した病院での妖術治療が、常識では考えられない程の回復スピードを実現させたのである。
しかも何箇所にもよる両手足の骨折、両拳に関しては複雑骨折の重症を負っていたのだが、それらが後遺症として残らなかった。
タケシの受けた治療術は、本来なら数多くの後遺症を残しそうな程の重症だった傷すらも、回復後に後遺症をまったく残さない奇跡なまでの治癒を実現させる不思議な治療術だった。
今回の負傷でタケシは、武道家としての人生に大きなハンデを背負いこむかと覚悟をしていたが、そのような障害が体に残ることはなかった。何度も言うようだが、本当に信じられない回復だった。
だが、手足のあちらこちらには、手術後の傷跡が数多く残っていた。妖怪医師の話だと、それらの傷跡も妖術治療で完全に消せるそうだが、あえてタケシは傷跡を残す選択をした。
そんなタケシの額の右側には、大きな打撲痕のような傷が残っていた。そしてタケシは、その傷を鏡で見るたびに、井川のことを思い出す。その傷は、戒めなのだと。
更にタケシは、一ヶ月以上の入院生活で、たいした運動が出来なかった為に、随分と体の筋力やら敏捷やらの運動能力がなまってしまっていた。それでも退院後に今まで以上の猛トレーニングを再開させ、一ヶ月程度で以前と変わらない運動能力を取り戻すことに成功した。まだ以前に比べれば100%でないが、病み上がりにしては上出来であろう。
そして世間の流れも進んでいた。
入院後から約二ヶ月。桜の花は随分と散り、そろそろ若者たちの間で五月病が発病し始める季節と変わっていた。
虎野町の面子にも、色々と環境の変化が起きていた。
タケシは、入院中に見舞いに訪れてくれたバイト先の雇い主、オーナー鈴木にバイトを辞めることを継げた。どちらにしても入院している間はバイトに出ることが出来ず迷惑を掛けてしまうとオーナー鈴木に告げると、オーナー鈴木は気にしなくてもいいと言っていたが、結局タケシはバイトを辞めることにした。
本当の原因は、やはり井川のことがあったからである。
井川の件については、妖怪連合が偽造工作を行い、交通事故での事故死ということになったらしい。タケシは、入院していて葬式に主席出来なかったことを悔やんでいたが、退院後直ぐに墓参りへと井川の地元に飛んで行った。
タケシの心の中では、井川への思いが完全な形で決着をつけていない様子だった。その納得の行かないもやもやをトレーニングにぶつける様に励んでいた。
他の者達の様子も語ろう。
自称タケシの一番弟子、十文字カズマは、この虎野町に古くからある名門学院に入学して、中学生としての新学期を満喫しているらしい。タケシが陽子から聴いた話では、早くもガールフレンドを作って旨いことやっているとの話だ。実に隅に置けない。
一方、妖怪連合の方といえば、猫田三兄弟の長男、猫田龍信の死により、彼が所長を務めていた探偵事務所は閉業してしまった。
もともと龍信の趣味で開いていた探偵事務所だった為、その後を残された双子の兄弟が継がなかったのである。
弟の猫田虎二は、少々不真面目だった忍の修行をやり直すと言いだし、調査班の仕事に専念しながら一人修行に励んでいる。
双子の妹、珠美は、死んだ兄の恋人だった蓋口静香に代わって、妖怪連合虎野町支部長代行の油儀裕次郎の秘書になった。ゆくゆく八尾弦徳が長老に就任した際には、彼の専属秘書になる予定である。
そして周りの男たちが、童顔巨乳秘書の誕生に歓喜していたが、珠美の方は、そんな男たちの思いに気付いていない様子だった。だが、珠美の隠れファンたちには、それがまたたまらなく可愛く映っているようだ。
他にも妖怪連合虎野町支部内では、幾つかの出来事が起きていた。
八尾弦徳がタケシ達と決闘に勝てば直ぐに、十二番長老及び虎野町支部長に就任するため、後処理班から弦徳が抜けることを察し、一七五一家の方から虫玄武兜丸ジョニーDXが後処理班に入ることになった。他にも調査班には、同じく一七五一家の黒童子が選抜された。
タケシによって一人を残して壊滅状態に追い込まれた七人岬は、再び扈鼠により勧誘が始まった。しかし、以前の様なベストメンバーは集まらないと扈鼠が、のっぺらぼうの営んでいるおでんの屋台で酔いつぶれながら愚痴っていた。
こうして死んだ者や事情で穴が開くポジションに人員が追加されたのだ。
そして、あわただしかった虎野町支部内も落ち着きを取り戻し始め、残すは八尾弦徳とタケシの決闘に向けて準備を進め始めたのである。
そんな中、春婆怒が一人で遠くの春婆怒村を目指していた。
まだまだ寒さの残る春の微風が肌に冷たい春婆怒村の農道を、赤い自転車に跨った郵便局員が、口笛を吹きながらのどかな感じでゆるゆると自転車を走らせていた。
少々蟹股で自転車のペダルをこいでいる郵便局員は、堂本と書かれた表札の前に自転車を止めると、後ろに積んでいた大きな籠の中から片手で持てる程度の重さの箱を取り出した。どうやらタケシの祖父、堂本拳四郎宛への郵便物らしい。
郵便局員は、その郵便物をもって堂本家の玄関を目指した。
「ごめんくださ〜い、堂本先生いらしゃいますか〜」
古風な玄関を開けた局員が、大きな声で室内に向かって声を張り上げた。この村の人物の多くが、堂本拳四郎のことを先生と呼ぶ。
しかし中から拳四郎の返事は返ってこなかった。しばらくして局員は、玄関の扉を占めて庭の方へと足を運ばせると、離れにある空手道場を目指して歩いていった。
「堂本先生、いま……す……」
そして局員は、道場の開いた入り口から道場内の様子を覗き見た。だが、道場内を見た局員が声を詰まらせる。
そこには道着に身を包んだ長身の老人が一人立っていた。
身長190センチで異常なまでの筋肉量を搭載した老人。おそらく体重は、100キロをゆうに超えていることだろう。顔は歳相応の皺が年輪の様に刻まれているが、その姿は古代の英雄戦士と見間違えるほどにマッチョだった。まさにグレートである。
しかもその体から鬼神の様な恐ろしいオーラを発し、覗き見た郵便局員の筋肉を硬直させ、拳四郎を呼ぶ声を途中で中断させた。
その威圧的オーラを放つ拳四郎の眼前に、二つのブロックを跨ぐ様に屋根瓦が積まれていた。空手家がパフォーマンスでよく見せる瓦割、あれだ。
しかし、拳四郎の前に詰まれた瓦の数は、異常なまでの枚数であった。何十枚重ねてあるのか瞬時に分からないぐらい詰まれ、その高さは190センチある拳四郎の胸元までの高さが有る。
拳四郎は、この瓦を鎚拳かチョップで叩き割ろうというのであろうか、真っ直ぐにそびえ立つ瓦のタワーを睨んでいた。
その光景を見つけた郵便局員は、荷物の配達に来たことを忘れて、じわっと冷や汗を流しながら見守っていた。
積み重ねられた瓦の柱を睨んでいた拳四郎が構えを取った。しかし、その構えは、上から拳や手刀を打ち下ろすような構えではなく、横に向けた体を大またで腰をおとし、左腕を前に、右拳を腰に添え。まるで一撃必殺の正拳突きを放とうとしている構えだった。
縦に積み重ねられた瓦に対して、横から正拳突きを打ちかますのかと郵便局員が疑問に思った瞬間、構えを取っていた拳四郎が気合を篭めた掛け声と共に瓦のタワーに技を仕掛ける。
「ぜぇあぁ!」
拳四郎が仕掛けた技は、頭上から落とすような槌拳でも手刀でもなく、下から蹴り上げるキックだった。
二つのブロックの上に重ねられた瓦のタワー。そのブロックとブロックの間から瓦を蹴りあげる拳四郎。
まるで金的を放つかのような蹴りに、下の方から次々と積み重ねられた瓦が、タワーを崩すことなく砕けていく。蹴りに砕かれずに形をそのままに飛んで行く瓦は一枚も存在しない。そして、てっぺんにある最上段の瓦まで拳四郎の脚が到達して、全ての瓦を見事に破壊した。
道場内に拳四郎が粉砕した瓦の破片が、火山の噴火で飛んできた岩石の様に降り注いだ。その破壊的光景に郵便局員の男が、届けに来た荷物を強く抱きしめながら身を怯えるように縮めていた。
あやうく拳四郎の気迫と破壊光景に、おしっこをちびりそうになる郵便局員であった。
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