< 黄金の騎士と雲外鏡・5 >
噴水の向こう側から突風が吹き荒れた。
突風に噴水の水が舞い上がり、水しぶきと変わって反対側で戦っている三人の元まで飛んで来る。
その湿った突風を浴びながら、青紫のプロテクターを纏った男が、噴水の向こう側をチラリと見て言った。
「おおぅ、あっちは派手だね、姉さん」
「そうね、鏡慈」
それに、男と似たデザインのプロテクターを纏った女性が、いつもと同じように男へ返事を返す。
鍋中の作り出した茶色いゴリラのゴーレムと黄金騎士の激突で生じた突風を体で受けた青紫の兄弟が、刀を構えた虫玄武を自分達の間に置いて、明るい声で会話をしていた。
「こんにゃろう……」
男女の間で、鎧武者の虫玄武が歯がゆい台詞を小さく吐いた。
「よし、姉さん。このゴキブリ武者を、とっとと蹴り殺そうか」
「そうね、鏡慈」
「誰がゴキブリだ! 俺様は、子供達の永遠のアイドル、カブトムシだ! テメーも男なら俺様の気持ちが分かるだろうが!」
虫玄武が、青紫の男の台詞に感情を露にして、手にある日本刀を振り上げた。
刀身の長さ72.4センチ、反り1.4センチの日本刀。更に妖力で強化されている。その繊細で美しい刀身が、虫玄武の頭上で外灯の光を美しく反射させていた。
「うりゃ!」
虫玄武の剣技が青紫の男を狙い、鋭く振り下ろされた。
しかし、その一撃を青紫の男は、軽々とバックステップで回避した。
すると、虫玄武の背後から、青紫の女の蹴りが飛んでくる。
「ふごぉ!?」
女の足刀。その蹴りが虫玄武の背中の甲羅を叩く。蹴られた虫玄武が、衝撃で前のめりに倒れそうになるが、前に一歩踏み出し堪えて見せる。
「にゃろ、この尼が!」
虫玄武が、自分の背中を蹴った女に凄みながら振り返る。そして、横一線に刃を振るう。狙いは女の首。キラリと光を反射させながら刃が飛んで行く。
しかし青紫の女は、身を屈めて残技を回避した。
刀を振り切った虫玄武に、今度は青紫の男の蹴りが、背後から飛んでくる。
「ぎょ!」
青紫の男の前蹴りが、虫玄武の脇腹を蹴り飛ばす。
虫玄武は、脇腹から斜めに体を反らした。
だが、その直後。
「であっ!」
虫玄武の刀が巧みな剣筋を描いて青紫の足を狙う。
剣筋が、閃光となって暗い空間に光の尾をのこし飛んで行く。
「その脚、もろうたー!、ふご!」
刀を振るいながら生きの良い台詞を放った虫玄武の腿に、青紫の女のローキックが乾いた音を立て打ち込まれる。虫玄武は、その一撃に声を立てながらバランスを崩す。日本刀の刃も、狙った獲物を逃がしていた。
「ざけんな!」
二激。
虫玄武が左右の二人に一振りずつ振るう。
縦の一振り、横の一振り。
感情を映すような荒い剣筋を、青紫の男女は容易く避ける。
青紫の男が、サイドステップで縦の一振りをかわす。青紫の女は、横の一振りをジャンプで刃が過ぎる寄りも早く上空へと飛び、見事にかわした。
そして、青紫の二人は、そこから攻撃を繰り出す。飛び蹴りと中段後ろ廻し蹴り。
女の飛び蹴りが虫玄武の兜を横から蹴り、男の後ろ蹴りが甲冑の胸を蹴っていた。どちらの蹴りも、足の裏で蹴っている。衝撃が、虫玄武の鎧の中へと響いていった。
「ぬぬぬぬぬ!」
虫玄武は、まるで吊るされた鐘になった気分だった。
飛び蹴りで兜を蹴りつけた青紫の女が空中から着地した。まだ、虫玄武はダメージによろめいている。そこに、青紫の男の方が蹴りを繰り出した。
男の廻し蹴り。
爪先が兜と鎧の隙間を突いて喉仏を狙う。その蹴りは、アイスクライミング用のピッケルの如く、虫玄武の仮面の下へと滑り込む様に突き刺さった。
「ぐは!」
爪先の蹴りを喉に喰らった虫玄武の仮面の奥から、苦痛の声と共に涎が飛び散る。苦痛に視界も揺れていた。
「そぉ〜れ」
苦痛に背を丸めた虫玄武の隙を突いて、日本刀を持った右腕の手首を青紫の女が力任せに蹴り上げた。
「あっ!」
すると、虫玄武の手にあった愛刀が宙を舞い、少し離れた公園の地面に落ちて突き刺さる。
虫玄武が、愛刀の飛んで行った先に気を取られている間に、青紫の二人が、更なる蹴り技を放つための攻撃体制の準備を始めていた。
下段前蹴り。
同じ蹴り技だった。
二発の蹴りが、虫玄武の両膝を外側から同時に蹴り飛ばす。
二つの蹴りを喰らった虫玄武の両足が、内股になって両膝の内側をぶつけ合う。
蹴られたままの内股で立つ虫玄武が、バランス感覚を無くした酔っ払いの様に立っていた。両足へのダメージで、立っているのがやっとに見える。
兜の仮面に隠れて見えないが、虫玄武の表情は、苦痛と悔しさで歪んでいた。
思うように戦えないとは、とても悔しい。
この相手は、自分達のペースを守りながら戦い、相手のペースを崩しながら戦うタイプだ。以前に戦ったタケシと春婆怒組とは、まったくの正反対のタイプ。
タケシと虫玄武が戦った時は、お互いに全力で技と技を、力と力を、心と心をぶつけ合えた。実に気持ちいい戦いだった。
だが、こいつ等は違う。
自分達の戦い方を徹底的に守り、相手に何もさせない。そうやって勝利を掴もうとしているタイプだ。
虫玄武の様な闘いの中に情熱を求めるタイプとは、まったくの正反対のタイプだ。まともに噛み合うことはないだろう。
そして、虫玄武のようなタイプは、青紫の怪人にとって、手玉に取りやすいタイプ。特に得意としている相手であった。
「鏡慈、決めましょう」
「ああ、姉さん」
そう言った青紫の二人が、更なる同時攻撃のタイミングを合わせる。
女は、柔軟な股関節で右足を天高く振り上げ、男の方は、サッカーのエースストライカーの様に、後方へ右脚を振り被った。
青紫の二人は、全身のバネを伸ばして勢いを力として溜めると、同時に溜めた力を開放しながら蹴りを放った。
下から男の蹴りが跳ね上がり、上から女の踵が落ちてくる。
二つの蹴り技が狙うのは、虫玄武の頭部。
「ふががっ!」
内股になってよろめいていた虫玄武は、その攻撃をガードする事すらままならなかった。
鉄が割れる音が、激しく響く。
男の蹴りが虫玄武の顎を蹴り上げ、女の踵落しが虫玄武の脳天目掛けて落とされていた。
内股で立っていた虫玄武の頭部が、下と上からキックで挟まれ揺れている。
二つの脚に挟まれたままの虫玄武の体から、力が消えていくのが見えた。
勝負が決まったと思えた。
「なめんなよ!」
そう言いながら虫玄武の体が動き出した。まだ、事切れていない。そして、自分の兜を蹴り挟んだ二つの足を、両手でガッチリと掴んできた。
「やっと捕まえたぞ!」
下から顎を蹴り上げた男の脚を、胸の前で抱えるように片腕で挟み。頭部に落とされた脚を後頭部で抱え、伸びきったむ膝を決める様に右手で押さえていた。
「「!?」」
外れない。
「喰らえ、電撃大放出!!」
虫玄武の兜に生えた角から電撃が、ここぞとばかりに激しく放出された。そして、捕まえた両足から青紫の男女へと放電していく。
「「!!!!!!!」」
青紫の男女は、筋肉が電撃で収縮して、上げたくとも上げられない悲鳴を心の中で叫んでいた。
しばらくして虫玄武の報復の放電が止る。
片足を虫玄武に取られて、片足だけで立っていた二人から、うっすらと焦げ臭い煙が上がっていた。
「ざまあ見やがれ!」
そう虫玄武が呟いたとき。煙を上げる二人の地にある脚が跳ね上がった。
その跳ねた脚が空中で胸元まで引き寄せられると、今度は、虫玄武の頭を両サイドから蹴り挟む。
「あぎょ!」
今度は、頭を横から蹴り挟まれた虫玄武が、可笑しな声を上げた。
二人の掴まれた足が、蹴りの勢いで引っこ抜け、その反動で後方へと飛んで行く。そして、背中から地面に落ちると両膝を丸めてゴロリと転がり、素早く立ち上がる。
左右に飛んで行った二人が立ち上がると、代わりに虫玄武ひとりが片膝を地に付けた。
虫玄武に、確実なダメージの蓄積が見て取れた。
「姉さん、もうめんどくさいよ、あれで決めちゃおうよ」
「ええ、そうしましょう、鏡慈」
二人の言葉から、何か、更なる大技を仕掛けて来るのが悟れた。その気配を感じ取った虫玄武は、震える足を堪えて立ち上がった。
「ちっ、脚に来てやがる……」
そう呟きながら、飛んで行った自分の刀を探す虫玄武。
その虫玄武を相変わらず左右から挟むフォーメーションを組む青紫の怪人は、五メートル程の距離を残したところで、サイドワインダーの構えから股を左右に開き腰を深く落とし始めた。
「「八鏡面方位結界」」
「ぬ!?」
二人が叫ぶと、虫玄武を囲むように一畳サイズの鏡が八枚、床から起き上がり現れる。
「これは、天野太陽を殺った術か!」
虫玄武が身構えるが、もう遅かった。
八枚の鏡に囲まれた虫玄武。その鏡の背後が黒く染まっていく。
暗黒。
八枚の鏡と虫玄武だけが、暗黒の空間に残された。
「ど、どうなってやがる!」
合わせ鏡となって無限に重なり合い映り合う鏡たちに、虫玄武の姿も無限に映っていた。
虫玄武は、体に残るダメージを忘れて辺りを警戒した。
「これがフィニッシュキックだ!」
「来るか!」
八枚の鏡の中から虫玄武の姿が消えた。代わりに四人の男と、四人の女が、姿勢の低い忍者走りで迫ってくる。虫玄武は、その八枚の鏡の中央で、キョロキョロしているだけであった。
「「八体同時、多勢無勢脚!」」
鏡の中の八人が、飛び蹴りを放とうと跳躍しようとした。
その刹那。
「なに!?」
そう叫んだのは、鏡の中の男たち四名。
「えっ!?」
四名の女達も、僅かに遅れて声を上げた。
その声と同時に、八枚の鏡が割れて崩れ落ち、暗黒と化していた辺りの景色が、元の公園の風景へと戻っていく。
割れ落ちた八枚の鏡の後ろには、無常水越斎と七人岬が一人ずつ立っていた。
この八名が、八枚の鏡を後ろから割ったのだ。
「水越斎……か、助かったぜ……」
安堵の声を漏らした虫玄武が、再び片膝を付きながら体を落とす。
「これは、貸しでござる」
「ちっ、遅れてきた癖に、恩着せがましい奴だな……」
余裕の笑みで言った水越斎に、虫玄武がもっともな言葉を返した。
片膝を付いている虫玄武を八名の妖怪仲間が囲んでいた。
その九人が居る場所から、七から八メートル程離れた場所に、青紫の男女が立っている。僅かに息が上がっている様子だった。二人の胸が上下している。
七人岬の一人が、その青紫の男女に気付き白目を向いた顔を向けると、他の者達も其方に体を向けた。そんな中、虫玄武も肩で息を切らせながら立ち上がる。
「まさかあのタイミングで助けが入るとは……。運のいい奴だ」
「まったくね、鏡慈……」
「姉さん、こうなったらこっちも、本気の本気で行こうよ」
「そうね、鏡慈。本気の本気の本気で行きましょう!」
「「合わせ鏡の術」」
そう言って二人は、左右に一歩踏み出し、男女男女と、四人に分裂する。
「「「「合わせ鏡の術」」」」
更にそう言って四人は、左右に一歩踏み出し、男女男女男女男女と、八人に分裂して横一列に並ぶ。
「面白いな……」
青紫の怪人が八人に分裂していくのを見ていた無常水越斎がそう言うと、その横に七人岬が一列になって並ぶ。
八体に分裂した青紫の怪人と、無常水越斎と七人岬が、甲子園の試合前の球児の様に向かい合う。
今度は、八対八。
横一列に並ぶ七人岬の横へ、飛ばされ地面に突き刺さっていた自分の刀を引き剥いた虫玄武が戻って来て並んだ。妖怪連合の方が、これで一人多いことになる。
「虫玄武殿、貴方は鍋中殿の方を助けに回ってください」
列に加わった虫玄武に気付いた水越斎がそう言う。
しかし。
「ざけんなよ。こっちとらぁ、散々蹴られまくったんだ、ここで引けるか。お前が向こうの助太刀に回れ!」
虫玄武の言っている事は、もっともであった。水越斎が、その言葉に従い、列から外れようとした時である。
「「「「「「「「合わせ鏡の術」」」」」」」」
更に青紫の怪人が分裂した。その数、十六人へと。
「虫玄武殿、やっぱり私は残るでござる。虫玄武殿も此方に残ってくだされ……」
「ああ……、そうするぜ」
二人は十六体に増えた青紫の怪人を見て、呆れた声を漏らしていた。
「それにしてもこいつら、限度をわきまえやがれよ……」
複数の視線が、バチバチと音を立てて飛び交う。
八対八を改め、十六対九の団体戦による大乱闘が始まろうとしていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。