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< 十二長老・後編 >
 十二長老による会議が始まった。

 人里から離れた山沿いにある古い屋敷。その屋敷の六十畳もある大広間。そこで十三匹の妖怪たちによって開かれる妖怪の為の妖怪達の会議。人は居ない。

 ここに集まった妖怪たちは、大物の中の大物たちで、戦力、権力共に、名高い大妖怪たちであった。  

「では、皆の衆、これより長老会議を始める」

 一番長老ぬらりひょんの声に、他の者達が静まりかえる。

 威厳の感じられる、渋く、鋭い声だった。

「今回の会議の課題は、最近の不景気からきたる連合運営の経済難と、資金の無駄使いに関しての話し合いだ。それと、虎野町支部長老代行あぶらすましの代行役終了に続き、八尾弦徳の虎野町支部の長老就任、及び十二番長老就任に関して、今日明日の二日間をかけて話し合いたいと思う」

 ぬらしひょんの言葉のあと、六十畳もある広間には、山沿いから吹き込む静かな空気だけが流れこんできていた。

 沈黙である。

 その場に居る長老達は、瞑想するかの如く目を瞑っているか、詰まらなそうにそっぽを向いて、まるで会議の課題に興味がないような仕草を見せている。

「まあ、あれだ、銭勘定の面倒な話わよ、明日に回して、今日は皆の衆が期待してきた弦徳の長老就任に関して話し合おうや」

 急にぬらりひょんの口調が、硬い口調から軟らかい口調に変わった。

 その変化に、長老たちの空気が少し和んだ感じが弦徳にも伝わってきた。

「弦徳の十二番長老就任に関して、何か意見のある者は居るか?」

 その言葉に、すぐさま意見を述べたのは、四番長老の雪女だった。

 純白の彼女は、両目を軟らかく瞑りながら、やや俯いた表情で話し始める。

「わたくしは賛成であります。そもそも双葉姉様のあとを継ぐのは弦徳の使命。その為、今まで十二長老の一席は、空席のまま五百年間も空いていたのですから」

 雪女の言うとおり八尾弦徳の母である九尾双葉が、春婆怒に倒されて五百年、十二あるはずの長老の席が一つ空いたままだった。

 それは、弦徳の為というよりも、九尾双葉の意思を、他の長老たちが長老メンバー内に残したいという、強い願いがあったからだろう。

 弦徳の母、九尾双葉の存在は、死して五百年たっても影響力が大きい。それが、長老たちから弦徳には、プレッシャーの様に伝わり、緊張感を強めさせていた。

 雪女の話のあとに、巨大な御神木のような巨体の三番長老見上入道が話しを続ける。

「しかしそれは、弦徳が、虎野町支部を率いるだけの大妖怪に成長したらの話だ。今まだ、八尾と名乗る弦徳に、その資格があるのか、おい?」

「見上殿の言うとおりじゃ。まだ九尾を名乗らぬ若造が、我らと同等の役職に就いて良いものかえ?」

 見上入道の言葉のあとに続いたのは、その巨体の横に座っている枯れ木のような五番長老の井戸仙人だった。

 見上入道と井戸仙人の向かえに座る二番長老の大天狗が、極道の如く威圧的な表情をして、二人の長老の疑問に答えた。

「長老として一支部を率いるだけの信頼と人脈、そして技量、八尾でも弦徳は、既にそれらを持っていると私は見ています」

 こわもての声が、大広間に静かに響く。

 鋭い眼光で大天狗は二人の長老を睨むが、別に敵意があってのことではない、これが彼の素の眼差しなのだ。

「本当ですかね〜」

 チャラチャラしたホストのような風貌の十一番長老鬼童丸が、大天狗のほうではなく、話題となっている八尾弦徳を見ながら言う。

 その表情は、弦徳を軽視するものだった。

 弦徳は、その鬼童丸のなめた表情を無視して、正面に居るぬらりひょんのほうを真っ直ぐに見ていた。

「鬼童丸君、キミは弦徳君を過小評価していないかね?」

 タプタプした贅肉と口髭の隙間から太い声でそう言ったのは、六番長老の隠神刑部狸である。

 鬼童丸の態度に、もの言う言葉使いの刑部狸。真ん丸い顔で笑みを作っていたが、その太った巨漢からは、威嚇にも似たオーラがうっすらと出ていた。
 
 だが、それに気付いている鬼童丸は、尚もふざけた態度を取り続ける。

「刑部さんまで、そんなことを言いますか」

 鬼童丸は、片手で両目を隠しながら上を向くと、呆れたような溜息をわざとらしく付いて見せた。

 その鬼童丸を睨みながらぬらりひょんが言った。

「おそらく鬼童丸、御主と弦徳が、戦争をしたのならばだ、御主に弦徳が勝つことはありえんじゃろう」

 ぬらりひょんの台詞に鬼童丸が、当然といった表情でニタつく。

「しかしだ、一騎打ちとなれば、御主と弦徳は、ほぼ五分だ」

 ニタついていた鬼童丸の表情が、付け足されたぬらりひょんの台詞に、イラつきを見せる表情へと変わる。

「あはは、それは、弦徳お兄ちゃんが、九尾に成長したら、鬼童丸お兄ちゃんだと、絶対にかなわなくなるってことだね〜」

「そうね、そうなるかしら」

 七番長老の前鬼があどけない口調で未来を推理すると、それに八番長老の後鬼がクールに相槌を入れる。

 そんなように無垢を演じる少年少女を鬼童丸が、まさに鬼の表情で睨んでいた。

「ダガ、弦徳ガ、長老ノ座ヲ継グノニ、条件ガマダアッタデハナイカ」

 カメラがセッティングされた三脚の下にある座布団、そこに置かれたスピーカーから九番長老うみぼうずの耳障りで奇怪な声が意見となって飛び出る。

「双葉姉さんの仇、春婆怒ですね……」

 三脚とスピーカーが置かれた席の隣、空席に見える座布団の上から、そう言う声だけが聞こえてくる。

 十番長老の透明人間、山田太郎(仮)の声だ。

「それだそれ。春婆怒が虎野町支部の縄張りを出ずに、弦徳の奴が仇を取ると言うから、これまでの五百年、我々は手を出さなかったんだ。いい加減に決着を付けやがれ」

 見上入道が、大きな一つ目を見開きながら弦徳を睨み、強目の声を出して言う。

「もしも春婆怒の奴が、虎野町から一歩でも出れば、ワシの手で呪い殺してやったものを……」

 そう言いながら感情をあらわにする井戸仙人が、顔の皺を吊り上げ、何本か前歯の抜けた口から唾を飛ばしていた。

「それは、皆が同感。掟がなければ私もそうしていたわい」

 隠神刑部狸も、大きく出っ張った腹の肉を摩りながら苦い表情をして言う。

 妖怪連合の掟の一つに、このようなものがある。

 九十九神は、その土地の者が倒し、余所の土地者は、その土地の者が助太刀を願わなければ、手を出してはならない。

 遥か昔に、長老会議で決めた掟である。

 掟は絶対。破るわけにはいかない。変えることも許されない。

 だからこそ意味がある。

 例え長老の一人が亡くなっていてもだ。

「てかさー、やっぱり母親の仇も取れていない奴が、長老の座に継いでいいのかよ」

 弦徳にあてつけるような鬼童丸の言葉。

 しかし、弦徳は、真っ直ぐにぬらりひょんを見ていた。一切口を開かない。

 その弦徳に代わって、隣の油儀が口を開く。

「それにつきまして、進展がありましたのでご報告が」

 油儀の言葉に、十一名の長老の視線が集まる。

「このたび春婆怒の使い手になった男と話がつきまして、弦徳様と春婆怒との一騎打ちによる決闘が確定しました」

「ほ〜〜!」

「一騎打ちとな!?」

 長老達がざわめく。

「面白いことを言い出したな、油儀の〜」

 刺すような視線で油儀を見るぬらりひょんが言う。しかし、口元と瞳の奥が僅かに笑っていた。

「はい、正直言いまして、今回の展開に関しては、私も驚いています」

「その決闘の話し、春婆怒の使い手は信用できるのか」

 大天狗も、鋭い視線で油儀に問う。

「何かの罠じゃあ、あるめ〜な〜」

 見上入道も、一つ目で睨みながら問う。

「逃げるための口実だったりして」

 笑顔で前鬼が言った。

「そう言うのもあるかもね」

 後鬼が、それにクールな口調で続く。

 人を喰らい、妖怪を喰らい、同族を喰らう九十九神。妖怪からから見て、信用できなくて当然である。

「あの男は、信用できます!」

 力強い声だった。

 初めて弦徳が口を開いた。

 誠実な口調で、発言に自信が強く感じられた。

 ここに来て初めて意見を口にした弦徳に、長老達の視線が集まる。

 その長老たちの瞳に映る八尾弦徳の姿が、生前の九尾双葉の姿に重なって見えた。僅か一言で、八尾弦徳は、九尾の狐の血を引く妖怪だと、長老たちに思い出させたのである。

「根拠は?」

 ぬらりひょんが問う。

「そう言う男の話し方でした」

 弦徳は、真っ直ぐにぬらりひょんの鋭い刃物のような目を見て言葉を返す。

「なんだよそれ」

 弦徳の近くに座る鬼童丸が、呆れた仕草混じりのジェスチャーと一緒に呟いた。

「だが、面白い話だね」

 隠神刑部狸が、自分の顎の肉を摩りながら半笑いの表情で言った。

 鬼童丸は、呆れたかのような台詞を言ったが、刑部や他の長老たちは、弦徳の返した理由に納得したかのような表情を見せている。

「わたくしは、弦徳がそう言うのならば、信じてもいいと思いますわ」

 すましたまま雪女が言う。彼女はいつでも弦徳寄りのようだ。

「私もだ。弦徳が、そう見る人物ならば、間違いなく武人の血が流れているのだろう」

 武闘派の大天狗も、弦徳の言葉を信用した様子だった。

 この男にも、同じような熱い雄の血が流れているのだろう。

「だが、その手のタイプは、真っ直ぐ故に強い。過去の春婆怒の使い手、十六夜剣兵もそうだったように……」

 隠神刑部狸が口に出した名前。

 それは、過去に春婆怒と組、九尾双葉を倒した使い手の名前だった。

 そして、春婆怒村の言い伝えに出てくる癒しの侍の名前であり、春婆怒が愛したと言われた男の名である。

 春婆怒村では、神技を使う癒しの侍と云われ崇められていたが、その以前は、戦場で千の兵士を切り捨てた鬼神とも呼ばれていた。

 妖怪界でも、春婆怒と共に多くの妖怪を切ったことでも名が知れている。

「十六夜剣兵か……」

 大天狗が、頬の刀傷を撫でる。

 二番長老の大天狗、彼も過去に春婆怒と戦ったことがあった。

 決着は付かなかったが、頬の傷は、その時の思い出と一緒に刻まれたものである。

 そして、その時の春婆怒の使い手が、十六夜剣兵と名乗る侍だった。

「あれは、人とは思えない強さを持った男だったな……。人のまま、鬼になった男よ」

 思い出すように大天狗が言葉を溢した。その鋭い瞳とは裏腹に、口元が僅かに笑っていた。珍しい光景である。この大天狗は、真面目なあまりシャレの一つも通じない男だ。その男の笑み。きわめてレアな光景だった。

「今回の使い手は、あの十六夜剣兵の再来か?」

 ぬらりひょんが問うが、八尾は首を左右に振ったあとに言葉を返す。

「いいえ、心意気は似ていますが別人です。外見も、戦い方も、考えすら似ていません」

「ならば八尾弦徳、御主は、その男に、春婆怒に勝てるのか?」

「もちろんです!」

「九尾を待たずにかね?」

 弦徳とぬらりひょんの言葉と視線が、十名の長老達の前で、撃ち合う様にすれ違い交差する。

「勝算無くして、決闘を挑むほど、私は愚かではありません」

 言葉を返す弦徳。

 十一名の長老達が、自信に溢れて凛々しく引き締まった表情の弦徳を、じっと見ていた。

 しかし、弦徳の言葉に嘘があることを、数人の長老達は知っている。

 この八尾弦徳という男は、勝算がなくとも、時に、名誉や、誇りや、義理人情やら、男の意地やらを懸けて戦う人物であることを。

 ぬらりひょんが、手にある煙管を一度ふかす。

 僅かな沈黙が流れ、その沈黙の中に、ぬらりひょんが煙管から吸い込んだ煙を吐き捨てる。

「ならば皆の衆、こんなのはどうだろう?」

 ぬらりひょんが提案を出す。

 そして、皆がぬらりひょんを見た。

「弦徳の十二番長老就任の件。この決闘が済んでからということでは?」

「道理が、とおってますな」

「ですな」

「問題ないかと」

「いいんじゃあんくて」

「私ハ、ソレデイイト思ウ」

「けっ」

 各長老の台詞に混ざって、鬼童丸の吐き捨てるような一言があった。

「異論はなさそうだな」

 とばらく他の長老達の言葉を聞いていた一番長老が、そう言って締めくくった。

「では、今日の会議はこれまでだ、残りの話し合いは明日と言うことで」

 ぬらりひょんが、そう言って頭を下げると、他の妖怪達も続いて頭を下げる。こうして長老が全員集合した会議の一日目が終わりを告げた。


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