白道寺 (びゃくどうじ)(33/74)縦書き表示RDF


白道寺 (びゃくどうじ)
作:ジッテル



第33話 誘惑


「ザリエルロよ。 また我らと共に働かぬか。 

そなたは同意するだけで良いのだ。 

後のことは我らが全て取り計らう。 

同意するなら今までのことは咎めぬことにしよう。

何も心配せず戻って来るがよかろう。

また以前のように将軍の地位を保証しようではないか。

どうしてもそなたが必要なのだ。」

滝の中の声が巧妙におかしなことをささやいてくる。

胸のところに巣くっている蜘蛛が金色の光りを脈動させて警戒の色を深めながら、

巣の真ん中でジッと成り行きを見守っている。 

無踏は無言のまま立って、あたりの様子を探った。

ヘデルのうしろに相変わらず大蛇が七匹ユラユラと頭を揺らして、あたりを警戒しながら

無踏をジッと見ている。 

優子に切り落とされた大蛇は元通りに再生されていた。

ヘデルの横に目をやると、さらりとした長い髪で細身の美人だが傲慢な顔をした女が

天女のように裾が長く、袖が拡がって帯を胸前で結んでいる服を着て立っていた。 

朱色の布地に錦糸で龍が雲をはらんでにらみを効かせている刺繍がしてあって勇ましく、

朱色の靴は先が細く上に反り返えって、サファイアがその先端に付いている。 

色彩の乏しい暗黒の世界の中でこの女はひときわ眩く輝いて見えていた。 

その右隣に骨太で太っていて筒袖の麻の着物を着て、その合わせた前がはだけ、

大きな腹がはみ出している巨体の男が杖のように立てた鉄のこん棒を右手に仁王立ちして、

無踏を興味深くジロジロと見ているが、顎を小刻みに前へ揺すりながら鼻をクンクンさせて

あたりの匂いを嗅いでいる。 

その男の陰になっているが小柄でキビキビした感じの痩せた男が見え隠れしながら、

じっと事の成り行きを凝視している。

その背後にズラッと黒い影のような人の姿がひしめきあっているが、

その数は数え切れないほど空間の遥か彼方まで広がっていた。

無踏がだんまりを決めこんで答えようとしないことにヘデルはイライラしていたが、

我慢出来ずにまた激昂して怒鳴り始めた。 

「なぜ黙っている。 さっさと答えぬかー。 

貴様ーっ、このままで済むと思うな。

大王様がたずねているんだ。 さっさと言え。 言うんだ。」 

またもや感情剥き出しで剣を無踏の腹に突き付けた。 

無踏はあまりにもコロコロと感情が激変するこの男の馬鹿さ加減に何だか可笑しさが

込み上げて来て思わず

「フンッ」

と鼻から息が出てしまった。 

無踏はハッとしたがあとの祭りだった。 

「うんぬー、鼻で笑ったなーっ。許せーん」

ヘデルはカーッとして頭までブルブル震わせると、口がグアッと裂けて目が縦に

つり上がったとみると、剣を大上段に振り上げて一気に斬り下げた。 

目にも止まらぬ速さだ。 

無踏は危うく斜め後ろに飛びのいてかわすと、間合いを取って身構えたが、

すぐさま次の太刀が袈裟に斬り込んで来て頬をかすめた。 

ヘデルは怒りの感情のままに、ブンブンと剣を力まかせに振り回して無踏を襲ってくる。 

姐御あねご

太って腹が出ている男が天女の格好をした女にヒソヒソと声をかけた。 

「親分はすっかり本気になっちまってるぜ。 だけどよ、なんであんなにプルプル

するんだろうな。 あれじゃどう見たって気ちげーだ。 

もうちょっと冷静になれねえのかな。 やんなっちまうぜ。 

あんなんじゃ尊敬出来ねえよ。」

「なに言ってるのさ。 地獄に尊敬なんぞありゃしないじゃないか。 

あるのは力だけで、どっちが強いかだけなのさ。 

そのくらいお前にもわかりそうなものだけどねえ。」 

あたりをはばかりながら女が男に小声で言った。 

「そりゃあ、それくらい俺にだってわかっちゃいるけどよ。 

しかし、あの無踏とかいう野郎はそんなに強えーのかい。 

どう見たって強そうじゃねえんだがな。 

そのうち、ズタズタにやられちまうんじゃねえのか。」 

男は愉快そうにニヤついて言った。 

女も当然のように

「まあ、時間の問題だろうねえ。 無踏とやらも意地を張らずに、

うん、と言うがいいじゃないか。 そうすればひどい目に遭わずに済むというのに、

強情な男だよ。 でも、そこがなかなかいいじゃないかね。」 

男は怪訝な顔で女の顔を覗いた。












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