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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第六十九話 早く責任者は出て来いよ! 

「カルラさん、お久しぶりですね」

「こちらこそ、エリーゼさん」

 ブライヒレーダー辺境伯達との会合を終えた俺達は、その足で例のカルラ嬢を連れて自分達の野戦陣地へと戻っていた。
 彼女はブロワ辺境伯の娘であり、今回の諸侯軍の総大将代理でもある。

 丁重に扱わねばならないのだが、何分ブライヒレーダー辺境伯軍には女性など一人もおらず、うちで預かる事になったのだ。
 まずは社交辞令的に挨拶をしてから、彼女と世話役で一緒にいたメイド二人を連れて歩く。
 ブライヒレーダー辺境伯は女性は彼女だけと言ったが、やはり世話をするメイドくらいはいたようだ。
 共に二十歳前の若い女性だったので、彼女達の管理も面倒だと思い俺に押し付けたのだと思われる。

 野戦陣地内のテントに入ると、そこには兵士達への治療を終えたエリーゼが護衛のヴィルマと共に戻って来ていた。

 そして、お互いに知己であった二人が挨拶をしたわけだ。

「総大将代理を務めていらっしゃったとか?」

「はい。父はもう意識が無く、いつ天に召されても不思議ではありませんので」

 やはり、ブロワ辺境伯はいつ死んでもおかしくない状態であったようだ。

「あの……。そういう話は……」

「今この時点で隠しても、何も意味がありませんから」

 既に、ブライヒレーダー辺境伯にも話しているそうだ。
 あとは、その死にそうなブロワ辺境伯の病床に二人の兄達がお互いに出し抜かれまいと常に寄り添っている事や、そのせいで自分が総大将代理にされたのだという事もだ。

「その出兵ですが……」

「二人の兄は、共に関わっています」

 軍人しかいないので長男フィリップの命令だけかと思えば、次男クリストフも関与しているそうだ。
 別に軍人全てがフィリップの牙城ではないし、補給などを担当する軍政官の中にはクリストフを支持する勢力も存在する。

 どうやらこの兄弟喧嘩の背景には、古から存在する武官と文官の勢力争いも原因にあるようだ。

 そもそも、クリストフを支持する財務系の幹部が許可を出さないと予算が出ないのだから関与は当然であった。

「つまり、今回の出兵は両者の競合であると?」

「最初は、フィリップ兄様の独断でした……」

 事の起こりは、一年ほど前から体調を崩していたブロワ辺境伯が遂にこん睡状態になってしまった事から始まる。
 彼は二人の息子の内、どちらを後継者にするか決めないままそういう状態になってしまったそうだ。

「フィリップ兄様と彼を支持する家臣達は、『そもそも、長男であるフィリップ様が継ぐのが妥当で、お館様の遺言など必要ない』と言い、クリストフ兄様と彼を支持する家臣達は、『クリストフ様は、正妻であるヒルデガルデ様のお子である。血筋の良さから言っても、クリストフ様が継ぐのが正しいのは言うまでもない』と反論しまして……」

 両者とそれを支持する家臣達によって、現在領内は混乱の極地にあるのだとカルラは説明していた。
 特にブロワ辺境伯がこん睡状態になってからは、息を引き取った後に勝手に遺言の偽装や王国への相続報告をされないように、屋敷内で睨み合っている状態なのだそうだ。

「どうしてブロワ辺境伯様は、後継者を指名しなかったのでしょうか?」

「どちらかに決めると、内乱の可能性も否定できなかったからです」

 物騒な話ではあったが、両者の勢力が拮抗しているせいで、いきなり片方に決めるともう片方の反発が予想された。
 家臣達も勝者を支持していれば出世に繋がるが、敗者を支持していると左遷や最悪クビになる者も出る。
 子弟などの将来もお先真っ暗なので、自然と争いが大きくなってしまうのだ。

「加えて、今回の未開地開発特需からの締め出しです」

「その件で、俺に文句を言われてもねぇ」

「いえ。事情は理解していますから」

 自分達がブライヒレーダー辺境伯にした嫌がらせの数々を考えると、締め出されても文句は言えない立場にある。
 だが、ここで頭を下げるわけにもいかず、寄り子達からの苦情も多かった。

 そこでそれらの不満を解消するために、フィリップと彼を支持する軍系の家臣達が、今回の出兵と、バウマイスター騎士爵領への後方かく乱などを行ったのが今回の戦いの真相だそうだ。

「内部のゴタゴタを、外との戦争で紛らわすか……。それで、どちらが主役で?」

「一応、フィリップ兄様がメインです。軍部の支持が厚いので」

 戦争で南部の貴族達から少しでも利権を奪って東部の貴族達の不満を抑えつつ、その功労者である諸侯軍がフィリップを支持すると言えば、当主昏睡で決まっていない後継者争いで有利に立てるはずだと。

 病床で意識が無いブロワ辺境伯を世話しているカルラは、フィリップからそういう風に聞いているそうだ。

「それで、次男のクリストフ殿が出兵に反対のスタンスなのか?」

「表面上はそうですが、必ずしもそうとは言えません」

 内政を担当する家臣達の支持が厚いクリストフは、表面上は今回の戦争に利益はないと反対の立場を取っている。
 だが、諸侯軍を出すには予算の執行が必要であり、それが問題なく出ている時点で百%反対とも言えないのだ。

「それって、どっちの結果になっても俺には功績があるって事?」

「多分……」

 補給などもちゃんと行われているので、戦争に勝てば『後方支援で俺の功績が大だ』と言うし、もし負ければ『だから反対したのに』と非難をする。

 王都の嫌な法衣貴族達には、良くいるタイプである。
 どちらに転んでも良いように、双方に保険をかけておくのだ。

「ところで、カルラ殿は随分と素直に話しますね」

「私が好き好んで、お飾りの総大将代理になったと思いますか?」

 つい一年ほど前までは、領内に入れると正妻が怖いという理由でブロワ辺境伯から僅かな仕送りだけ貰い、母親と共に王都で生活していた。
 母親はブロワ辺境伯が王都滞在時の現地妻扱いで、実家は貧しい法衣騎士爵家であったので、祖父達は金で母親を売り飛ばしたのが真相だ。

 その癖、自分達がブロワ辺境伯領に行けないで居候をしていると、祖父や伯父達からあからさまに邪魔者扱いされる。
 家に居ても嫌な思いをするだけなので、子供の頃から毎日教会に入り浸って勉学や弓などを教えて貰い、残りの時間は王都郊外で狩りをしていたそうだ。

「なのに、一年ほど前に急に呼び出しがかかりました」

 ブロワ辺境伯の具合が悪くなったからなのだが、いざ病床に着くと、正妻は自分の産んだ次男可愛さに早く後継者に指名しろと五月蝿いだけでストレスが溜まり、嫁いだ姉達もどちらに付くと利益が大きいか計算を始め、肝心の二人の後継者達は逆に病床から離れなかった。

 離れている時にブロワ辺境伯が亡くなり、相手が先走って勝手に後継者になる手続きなどを始めさせないためである。

 その様子を見たブロワ辺境伯は、自分の体調を微塵も心配しない家族に失望したのであろう。
 王都で生活している、自分は『避難させていた』と思っている愛娘カルラを呼び出していた。

「病気になって、気が弱くなったのですね」

「そんなところでしょうね……」

 大方イーナの考える通りであろうが、カルラは大物である辺境伯の命令なので断れずにブロワ辺境伯領入りして、彼の傍で世話などをしていたそうだ。

「正妻であるお義母様に、嫁いだ二人のお義姉様達は来る度に私に嫌味を言っていましたけど」

 呼んだのはブロワ辺境伯なのに、彼が死にそうになってから近寄って来た『腐肉を漁る女ハゲタカ』だと、ヒステリー気味に嫌味を言われる事が多かったらしい。

「それは、大変だったね」

「それは、別にどうでも良いんですけど」

 今までの話などからすると、カルラは非常に自立心が強い女性なのであろう。
 弓の腕前などから考えてもその辺の女性になど負けるはずもなく、本妻や異母姉の嫌味など軽く聞き流していたようだ。 

「逞しいですね……」

「つい一年前までは、辛うじて貴族くらいの身分でしたから」

 今まで疎外されていたのに、病気で気が弱くなったブロワ辺境伯は、『自分の死を前に、王都の愛人に産ませた娘との和解と最後のひと時』という勝手な妄想をしてカルラを呼び寄せた。

 彼女からすれば、とっとと終わって多少の謝礼でも貰って王都に戻りたい気分だったのであろう。

「でもさ。そんなに都合よく行く?」

「いえ、いきませんでした」

 ルイーゼの懸念通りに、カルラはそのままブロワ辺境伯家の相続争いにドップリと浸ってしまっていた。
 二人の兄達は年の離れた母違いの妹に優しかったが、その優しさには打算があった。

「『俺が次代ブロワ辺境伯になるのを支持してくれたら、カルラを君の息子に嫁がせよう』とか言っているだろうしね」

 どちらの兄も、複数の有力な家臣達にそう言って支持を集めようとするはずだと。
 確かに、そんなに珍しい話でもなかった。

「カルラさんを奥さんにすれば、次期領主の下でその家の栄達は約束されたようなもの。皆さん、必死で後継者争いに参加したのでしょうね」

 あとは、エリーゼの言う通りであろう。
 だが、肝心のブロワ辺境伯本人はまだ死んでおらず、二人の後継者達は共に勝利の決め手に欠いていた。
 そこで、カルラを餌にされた諸侯軍の幹部達などが、フィリップ考案の出兵案を現実の物にしてしまったそうだ。 

「フィリップ兄様が諸侯軍の幹部達と出兵を計画しましたが、自らは陣頭に立ちませんでした」

 戦争中にブロワ辺境伯が死に、クリストフが勝手に後継者を名乗り、王都に爵位と領地継承の手続きを出してしまう可能性があったからだ。

「総大将には一族の誰かが必要で、私がたまたまいた。そういうわけです」

 カルラからすれば、仕方なしに病床の父親の面倒を見たり、諸侯軍の軽い神輿に就任しているので、どこかどうでも良いと思っている部分があるのであろう。
 俺やブライヒレーダー辺境伯からの問いにも、全て正直に答えていた。

「やる気が出ないか」

「その前に、兄様達は無責任です」

 せめて、自ら陣頭に立つくらいすれば良いのに、それをライバルに出し抜かれるからという理由で、十六歳の小娘に押し付けてしまう。
 いくら飾りの総大将でも、それはないだろうとカルラは思っているようだ。

「適当に任せた結果の悲劇だものね……」

 極少数ではあるがこちらにも死者が出ていたし、ブロワ家側などは死者が百人近くにも上っている。
 加えて一万人近い捕虜も発生してしまい、これらの面倒だけでブライヒレーダー辺境伯は頭を抱えていた。

 管理の手間を考えると、『早く責任者出て来い!』としか言えないのだから。

「慣習破りの大無茶をしているからなぁ……」

 後方に控えさせていた援軍まで呼んで、武器を実戦用に変えて奇襲を企んだのだ。
 ブライヒレーダー辺境伯としては、本当の戦時に移行したので追加で諸侯軍を徴集してこちらに向かわせたり、多数出た捕虜の管理なども必要で、その軍勢は日々増えていた。

 更に、本当の戦争になったので、貴族としては完全に勝ちを狙わなければいけない。

 そこで、合計二万五千人までに増えた軍勢の大半を東部領域に入れて野戦陣地を構築。
 これは、ブロワ軍が使っていた物の再利用であったが、加えて周辺の幾つかの貴族領や村や町などに軍政官を派遣して、その地の占領も宣言している。

 ただ、本当に軍勢を入れて占領をすると面倒なので、統治などは現地の責任者に任せ、軍政官達はそこに居候しているだけだ。
 状況が状況なので占領した事にしたのだが、軍を入れてそこの住民達とトラブルになると王国政府から難癖を付けられる可能性がある。
 犠牲者が出た後の軍勢なので、仕返しで住民達に暴行や狼藉を働く可能性があったからだ。

 もしそうなって被害者達がブロワ家や王国に訴えれば、基本的には国内の戦争を認めていない王国政府としては、ブライヒレーダー辺境伯の非を責めなければいけない。

 そんな事情もあり、ブライヒレーダー辺境伯は魔導携帯通信機で閣僚達と相談しながら、自分の軍勢をコントロールしていた。

『通常の領内の統治に関する仕事に、開拓地関連の仕事に、諸侯軍と占領地関連の仕事に。バウマイスター伯爵、私を分身させる魔法とかありませんか?』

 ブライヒレーダー辺境伯が、目の下に隈を作りながら俺に真剣にこう聞いて来た時には、どう答えて良いものかわからなかったほどだ。

『バウマイスター伯爵。例のトーマスさん達を貸してください』

 占領を宣言した貴族領や町に、軍政官の補佐として付けるのだそうだ。
 元々東部の人間なのでこの辺の地理に詳しい者が多く、あとはそこに置くだけの予定であった軍政官に仕事が多く発生していたからという事情もあった。

『バウマイスター伯爵達がみんな捕虜にしてしまったので、統治の人手が足りないそうです』

 思わぬ副産物であった。
 先の利権争いを巡る紛争で、俺達に当主や家臣などを捕らえられていて、統治の人手が足りなくなっているらしい。

『占領状態でも何でもいいから、軍政官なら統治の仕事を手伝えだそうです』

『今思ったんですけど、兵士達も預かっていますよね? 大丈夫かな?』

 諸侯軍の兵士達など、バイマイスター家を見ればわかるが普段はただの農民などが多い。
 既に収穫は終わってこれからは農閑期に入るが、それでも一家の大黒柱の不在は大きいし、このまま戦争が続いて春になれば農作業の人手が不足する。

 東部側の今回紛争に参加した貴族領は、統治体制が破綻する危険性があった。

『仕方がない……』

 俺は、彼らを全て領地に帰す事を決断する。
 当主、家臣、兵士、鹵獲した武具、物資、金品など。
 身代金も含めて全て俺とカタリーナの権利であったが、クナップシュタイン子爵に標準価格を計算して貰って、それで手を打ったのだ。

 あと、拗れている利権や領地の分配率も全て戦前の状態に戻して、その賠償も紛争相手の貴族家に払うようにと条件を出す。
 これも、もう時間が惜しいので計算はクナップシュタイン子爵に一任している。
 彼は真面目な官僚タイプの貴族なので、過去の膨大な慣例を基準に標準的な和解金の額を算出してくれた。

『この条件でいかがですか?』

『特に異存はありません』

『私もありません』

 俺、ブライヒレーダー辺境伯、クナップシュタイン子爵立会いの元で、捕虜になっている貴族達や、家臣や兵士達を捕虜にされている貴族達が呼ばれて交渉が行われたが、共に一切の異議を申し立てなかった。

 ブロワ家側の貴族達は、この非常時に一向に顔を出さない寄り親に失望していたし、ブライヒレーダー辺境伯の貴族達にしても、このまま戦争が続いて隣の領地の統治体制が麻痺したり崩壊すると、難民対策などで一緒に自爆してしまう可能性があったからだ。

 セコく和解金の値上げを交渉している余裕はないと判断して、こちらの和解案を受け入れていた。

『それで、身代金も和解金も分割でお願いしたいのですが……』

 和解に応じたブロワ側の貴族達は、泣き顔で身代金と和解金の分割払いをお願いしてくる。
 まあ、当然であろう。
 まず一括でなど支払えないし、分割にしても彼らが数十年も借金漬けの生活が確定しているのだ。

 しかも、こんな時に肝心のブロワ辺境泊家が何のフォローもしてくれず、かと言ってこのまま交渉が拗れて捕虜のままだと領地の統治体制に不備が出てしまう。

 これからの事を考えると、自然と涙目になるしかないのだから。

『こうなる可能性もあったのに、良く兵を出しましたね』

『これがあったからです』

 呆れるブライヒレーダー辺境伯に、ブロワ家側の貴族達は領地から取り寄せた羊皮紙で書かれた契約書を見せる。
 するとそこには、万が一この紛争で損害が発生した時には、ブロワ家で補填を行うという内容が書かれていたのだ。

『これ、法的には有効ですか?』

『有効ですね』

 ブライヒレーダー辺境伯は、有効であると断言していた。

『筆跡はブロワ辺境伯ではありませんが、サインは長男のフィリップ殿であり、連署名にクリストフ殿と、数名の重臣達も名を連ねています。当主不予でサインが出来ない時もあるので、こういう連署が有効になるのです』

 こういう書類は、当主が署名可能ならば当主のサインが無いと無効だが、当主がサイン出来ない状態にあると連署ならば有効になる。

『これで、公にブロワ辺境伯がサインすら出来ない状態なのは確定ですね』

 ブロワ辺境伯家が当主の不予を公式に認めたからこそ、この書類が有効になる。
 でなければ、ブロワ家側の貴族達も慣習破りまでして兵など出さないであろう。

『そこは、今更な気もしますが……』

『あの、一つ宜しいでしょうか?』

 交渉の席にいた、ブロワ家側の貴族達の懸念。 
 それは、分割とはいえ借金の返済で財政が危機的な状態に陥る事だ。
 契約書によると、それはブロワ家が肩代わりするそうだが、今の時点でその履行は難しい。
 支払いの方を、少し待って欲しいと陳情してくる。

『二百年分割にして欲しいとか言うのかな?』

『いえ、お館様。契約書によると、損害はブロワ辺境伯家による補填となっておりますので……』

 クラウスが、そっと小さな声で耳打ちしてくる。
 要するに、身代金と和解金をブライヒレーダー辺境伯とうちで肩代わりして、こちらでブロワ家側へ請求して欲しいというお願いをしたいらしいのだ。

『そんなムシの良い提案……。とはいえ……』

 寄り親の要請を寄り子が断り難いのは、俺が子供の頃の実家を見れば明らかである。
 もしこれから後に、こちらとブロワ家側との裁定が締結して莫大な額の和解金が発生した場合、財政が悪化したブロワ家が自分達の借金返済を優先し、他の貴族達への損失補填を行わない可能性があった。

『さすがに、ブライヒレーダー辺境伯も受け入れないだろう。そんな提案』

 自分の寄り子なら考慮するのは当然であったが、彼らはブロワ家の寄り子である。
 最悪、ブロワ家から回収できない可能性もある借金の肩代わりなど絶対にしないはずだ。

『つまり、彼らは寄り親を変えると言っているのですよ』

『絶対に無いとは言えないが……』

『そう頻繁にはありませんが、今回は状況が状況です』

 当主同士の相性などによって寄り親の交代はたまにあるし、今回のように紛争絡みで境界線際の貴族の寄り親交代も、過去の例を説明できるくらいは発生する。

 今まで、東部を統括するブロワ辺境伯家の寄り子だったり、その影響下にあった貴族達が、南部のブライヒレーダー辺境伯家の寄り子や影響下に入るのだ。

『鉱山の採掘権やら森林の使用権やらで、散々揉めているお隣がいてもか?』

『同じ南部の貴族同士でも、それが原因で仲が悪かったり、代が変わると一騎討ち合戦をしたりもしますので』

 境界線際での争いが大きくなるのは、お互いの親分が違うからでもある。
 虎の威を借るではないが、どうしてもお互いに強気に出てしまうのだそうだ。

 同じ寄り親の貴族同士で争う時は、それなりに遠慮はするようになるらしい。

『慣習破りの強硬占拠を強いられた挙句に、大惨敗して和解金と身代金で身代が傾きかけているのです。続けて、ブロワ本軍も壊滅しました。更に言いますと、この状況でブロワ家はまだ使者すら寄越しません。頼るに値しないと見限られたのです』

『加えて、南部に鞍替えをしておくと、開発地利権に加われるか』

『それもあります』

 紛争の損失をブロワ家に請求する権利、これをブライヒレーダー辺境伯と俺に渡して借金の支払いから逃れる。
 裁定の内容によっては回収できない可能性もあるので、向こうにばかり得で俺達に不利な要請ではあるが、逆に言えば俺達に借金をしている状態と同じで、彼らは進んで南部地域に組み込まれると宣言しているに等しい。

『南部領域が広がるのか』

 今までブロワ辺境伯家の統制下にあった四十家ほどが、その所属をブライヒレーダー辺境伯家に変えるのだ。
 寄り親というのは、今回の利権争いなどを見るに面倒を見るのに大変であまり実利はないのだが、世間からの評価は大幅に上がる。

 戦争で新しい領地を得るような時代ではないが、自分に所属を変えた貴族が四十家以上もあるので、これはブライヒレーダー辺境伯家の評価を上げる事になり、長い目で見れば実利にも繋がるというわけだ。

『マフィアの子分が増えて、親分の評価が上がるというわけだな。身代が大きければ、シノギで稼げるようになるしな』

『例えが極端ですが、まあ貴族もマフィアもそう中身は変わらないので』

 俺の発言に、クラウスは特に表情を変えたり窘めるでもなく言葉を付け加えていた。
 あくまでも内輪だけの会話なので、気にしてもいないようだ。

『ブライヒレーダー辺境伯家は、王家から目を付けられたりしてな』

『当代のブライヒレーダー辺境伯様は、中央からのそういう視線には敏感な方です。事前に相談くらいはしているでしょう』

 魔導携帯通信機を持っているので、中央の閣僚とは相談済みであろうとクラウスは予想していた。

『時が経てば、バウマイスター伯爵家はブライヒレーダー辺境伯家に匹敵するかそれ以上の力を持ちます。そうなれば、自然とお互いを牽制するようになりますし』

 当代同士は違っていても、時間が経てば自然とそうなる可能性が高い。
 だからこそ、俺の正妻は中央で教会の要職を務めているホーエハイム家から迎えたのだし、多分次代以降もその傾向は続く。
 自然と両者が牽制し合うようになれば、中央の王家からすれば危険が減るというわけだ。

『貴族ってのは、本当に面倒だな』

『習性のような物なので仕方がありません』

 そんな未来の事まで考えてご苦労な事だが、このような細々とした出来事の後に、ブロワ家以外の捕虜になっていた者達は全て開放されていた。

 その時に一緒に鹵獲された武具や金品なども全て返していたのだが、別に無料でくれてやったわけではない。
 全てクナップシュタイン子爵が金額を査定しているので、形式上は全て彼らの借金となっていた。

 ただ、それらの請求を全て、俺とブライヒレーダー辺境伯が例の契約書を元に行うだけなのだから。

『最悪、ブロワ家の屋敷まで進軍して接収でもしないといけませんかね?』

 アーカート神聖帝国と停戦してから二百年、ここまで揉めた味方貴族同士の紛争は初めてなようで、あまり前例が無い分ブライヒレーダー辺境伯も困っているようだ。

 一万人に近い捕虜達を管理し、エチャゴ平原の東部領域と、ブロワ家本軍野外陣地、後方の食料貯蔵施設、周辺の村や町にも占領宣言を出し、一日でも早い裁定の再開を待っているのだから。

『それは、やり過ぎじゃないですか?』

『王宮側も困惑しているのです。ブロワ辺境伯が重篤なのはわかったものの、どちらの息子が交渉を行うのかという問題もありますし』

 片方とだけ裁定案の調印を行っても、もう片方が無効だと言えば、まだ法的には次期当主は正式に決まっていないのでそれが通ってしまう。

 まずは、次期ブロワ辺境伯が決まらないと裁定を始める意味が無いのだ。

『二人の息子達は、何をしているのでしょうかね?』

『今回の夜襲は現地責任者の独断の可能性もありますし、報告を聞いて慌てているのかもしれません』

 今もこん睡状態であるブロワ辺境伯の枕元で、二人でどちらが悪いのだと言い争っている可能性もあった。
 だとしたら、どちらが後継者になっても問題がありそうだと思うのは俺だけなのであろうか?

『この問題の難しい所は、ブロワ辺境伯家を潰せないところです』

 改易するにしても、ではその跡をどうするのかという話になる。
 東部に千年以上も君臨してきた、大貴族家であるブロワ辺境伯家が消えれば、東部の統治体制が不安定になってしまうからだ。

 新しい貴族を入れるにしても、旧家臣や領民達がそう簡単に靡くとも思えない。
 下手に内乱などが発生すれば、それだけで隣接する南部と中央部の治安や経済などに負担を与えてしまう。

「まさか、バウマイスター伯爵やうちに任せるわけにもいきませんし」

 未開地の開発があるのに、そんなお荷物を押し付けられたらブライヒレーダー辺境伯は過労死するし、俺は土木工事ばかりの毎日になってしまう。

 その前に、王家としても俺達が大きくなり過ぎてしまうので許可は出さないであろう。

 色々と思うところはあるが、何とか新しいブロワ辺境伯に東部を安定させて貰わないと困るのだ。

『でないと、正式に毟り取れないですしね』

 こちらとしても、これだけ迷惑をかけられたのだから和解金をオマケするなどと言うつもりはなかった。
 今のところは金には困っていないが、金はあっても邪魔にはならないからだ。

 あとは、ケツの毛まで毟り取ってブロワ家が借金塗れになっても、そう簡単には潰れないので問題は無い。
 前世で言うと、アメリカの自動車メーカービック3や日本の東電が潰れないのと同じ理由である。
 ただ、ここで甘やかして第二のブロワ辺境伯が出ても困るので、うちに喧嘩を売ると大損だと世間に知らしめる必要もあったのだ。

『本軍の壊滅で、更に損害が増したでしょうね』

 一万人規模の軍が壊滅し、そのほとんどが捕虜になっているのだ。
 身代金だけでも、余計に負担が増えたであろう。
 彼ら無駄な事をして、また損失を増やしてしまったのだから。

『また軍勢の準備をしていたりして』

『ブロワ家側がよほど愚かではない限り、それはないと思いますよ』

 ブライヒレーダー辺境伯の言う通りで、追加の軍勢は来ていなかったが、同時に裁定案交渉を再開させましょうという使者も来ていなかった。

 ブライヒレーダー辺境伯は政務と軍務で疲労の極地にあったが、俺は陣地の馬避けの塹壕と土壁だけを作ったら、あとは暇になっていた。

 トーマス達は占領地の軍政官の補佐で出向していたし、モーリッツ達は俺達の警護や諸侯軍の細々とした雑務などに没頭していた。

「そんなわけで、魔法の訓練以外でする事が無くて暇なんだ。弓の腕前を見せて」

「バウマイスター伯爵様。私は捕虜ですけど……」

「今更、一人や二人射って倒しても裁定で余計に不利になるだけでしょう? はい、カルラさんの弓矢」

「大胆な方なのですね。バウマイスター伯爵様は」

 カルラプラス女性陣でのお茶会にも飽きたので、俺は陣地の近くに立っている木に弓矢専用の的を設置して、弓の名人だと評判のカルラに腕前を披露して貰う事にしたのだ。

 ブロワ家のせいで暇なのに待機せざるを得ない状態だし、このくらいの娯楽は許されるであろう。

「俺もやる!」

「じゃあ、俺もやろう」

「ヴェル様、私も」

 一応競技形式にする事にして、五十メートルほどの位置から五本の矢を的に向けて放つ事にする。
 まずは的に何本刺さるかで、次に中心との距離で点数を決める。
 的自体が適当な板に書いているだけなので、正式な弓術の的というわけでもなく、半分遊び感覚であった。

「順番はクジで決めよう」

 木の棒を使った簡単なクジで射る順番を決め、最初はエルが五本の矢を放つ。

「まあまあだな」

 五本全部が中心点から三十センチ以内に納まっていたので、エルは弓の腕前にも優れているという証拠であった。

「というか、このくらい出来ないと田舎貴族のガキは肉が食えない」

 子供が弓で獲る獲物はウサギが多いので、このくらいの精度が無いと肉が食べられないというわけだ。

「何羽か獲らないと、兄貴達に肉を奪われてしまうからな」

 獲った獲物も、まずは父親や兄達が先に食べてしまう。
 彼らも狩りをするが必ず成果があるわけでもなく、ボウズならエルから奪ってしまうのだそうだ。

 だから、エルは多くの獲物を獲らないと自分で口に出来ない。
 俺よりも弓が上手いのには、そういう理由があったのだ。

「次は、ヴィルマなのか?」

「弓は習っている」

 エドガー軍務卿から養われている時に、弓の教師も付いていたそうだ。
 ある程度色々な武器をこなせる方が潰しが利くという理由もあり、軍系貴族家同士では教師役を融通し合う事が多いらしい。

「ヴィルマが弓ねえ……。大丈夫か?」

 今まで使っているのを見た事が無かったし、彼女のイメージはパワーファイターその物であった。
 エルからすれば、正確に弓を引くヴィルマというイメージがし難いのであろう。

「上手じゃないけど、下手でも無い」

 そう言いながら立て続けに五本の矢を放つと、それらは全て的には刺さっていた。
 エルよりは分布が広いが、そう俺と実力に違いは無いようだ。

「上手いな」

「でも、本当は自分専用の弓を使う」

「何か想像できたわ……」

 エルに続き、俺もすぐに想像がついていた。
 ヴィルマ専用の弓矢とは、きっと普通の人では引けないような豪弓で、全て鉄で出来た矢を放つとかするのであろう。

「今回は使わなかった」

「人に命中すると、貫通しそうだな」

「フルプレートも、普通に貫通する」

 豪弓をヴィルマの怪力で引けば、そういう事になるのであろう。
 本当の戦争ならば良い武器なのであろうが、今回のような『紛争』では多くの人死にが出るので使用しなかったそうだ。

「次は、ヴェル様の番」

「プレッシャーだなぁ……」

 最近、魔法の鍛錬に集中していて弓はサボっていたので、少し自信がなかったのだ。
 それでも集中しながら矢を放つと、一本は外れてしまったが残り四本は的に命中していた。

「あちゃあ。鈍ったなぁ」

 最近は、魔法の鍛錬を優先していたせいかもしれない。

「そうですか? お上手だと思いますよ」

 突然後ろから声がしたので振り返ると、そこにはブライヒレーダー辺境伯が立っていた。
 相変わらず目には物凄い隈が浮かんでいて、気分転換に弓勝負を覗きに来たのであろう。

「ブライヒレーダー辺境伯様も、やってみますか?」

「いえ。遠慮しておきましょう」

 刺さった矢を的から回収してきたイーナの誘いを、ブライヒレーダー辺境伯は断っていた。

「私の腕前では、一本も当たりませんし」

「そうなんですか?」

「はい。私に弓を教えた教師はこう言いました『アマデウス様は、人が周囲にいる時には弓を引くのを控えた方がよろしいかと……』と」

「凄いですね。その教師の人」

「一応、親切で言ってくれたみたいですよ。誤射で怪我人や死人が出ると大変ですから」

 そういえば、ブライヒレーダー辺境伯は武芸全般で才能がマイナスだと評価されていた。
 辺境伯だから家臣に任せれば良いわけなので、特に問題でも無いわけだが。

「私よりも、カルラさんの腕前が見たいですね」

「あの、本当に宜しいのでしょうか?」

 一番の親玉が顔を見せたので、本当に捕虜が弓を射って良いのか気になったのであろう。

「ここで、私やバウマイスター伯爵に矢など射っても何の得にもならないどころか、余計にブロワ家の立場が悪くなりますよ」

「それもそうですね」

 ブライヒレーダー辺境伯からの返答に納得した彼女は、俺から受け取った弓に矢を番えて集中を始める。

「良い弓ですね」

「田舎貴族の嗜みですよ」

 子供の頃から剣よりも弓矢の方が得意であったし、今も金が無いわけでもないので、練習用でも弓矢はかなり高級な品を使っていたからだ。

「では……」

 再び集中を始めたカルラが矢を放つと、それはピタリと的のど真ん中に刺さっていた。
 あまりの神業に、全員が黙り込んでしまう。

「真ん中に近い位置なら、上手い人ならある程度は当たる。でも、ど真ん中は……」

 続けて二射目を射るとその矢もど真ん中に突き刺さり、前に刺さっていた矢が弾かれて的から地面に落ちていた。

「惜しいですね」

「惜しい?」

 始めは彼女が言っている事の意味がわからなかったのだが、それは第五射目で判明する事になる。
 第三射目も第四射目も、ど真ん中に刺さって前に刺さっていた矢を弾き飛ばしていたのだが、最後の第五射目の矢は第四射の矢尻の真ん中に突き刺さり、真っ二つに割れて地面に落ちてしまう。

「ええと、これは?」

「ど真ん中に当たるのは当たり前で、前に射った矢を弾き落とすのではなくて、真っ二つに切り裂いてから落とすのが一番良い結果なのだと」

 田舎領地で弓を嗜んでいるから上手などと言っていた俺達など、子供に見えるくらいの名人ぶりであった。
 『女那須与一』、『女ロビンフッド』、あだ名は何でも良いが、恐ろしいまでの腕前である。

「凄いなぁ。俺、弓を教えて貰おうかな」

 俺がカルラに一番感じた感情は、『尊敬の念』であった。
 自分も子供の頃から懸命に弓を練習していたのだが、やはり魔法と二足の草鞋だったりしたせいもあって、『中途半端に上手い』くらいの評価しか受けていない。

 なので、あの武芸大会で準優勝という実力を持つ彼女を純粋に凄いと感じたのだ。

「でも、準優勝なのに仕官先が無いのね?」

「女性ですからね……」

 それでも結婚前までは、式典要員で武芸に優れた貴族の娘の就職先はあったりする。
 本当に二~三年間だけで嫁入り修行の一環と見なされるのだが、相応の実力がないと入れては貰えない狭い道だ。
 カルラなら仕官できそうな気がするが、彼女は認知はされているが隠されている娘であった。
 自ら積極的に、仕官先を求めるなどは出来なかったのであろう。

「二度目の裁定の使者が来るまで暇だし、カルラさんから弓でも習おうかな」

「それは良いけど」

「良いけど?」

「随分と綺麗な人だからって、奥さんにしようとか考えちゃ駄目よ」

「その気もないし、立場的に無理だろうが……」

 信用が無いのか?
 俺はなぜか、イーナから釘を刺されてしまう。
 そしてもう一人、彼女の弓の腕に感心している人物がいた。

「カルラ様かぁ……。弓を射る姿が美しい……」

 エルがぼーーーっとした表情で、カルラが弓を射る様子を眺めていたのだ。

「あのね。ヴェル。エルには、絶対に他の感情もあるから」

「みたいだねぇ……」

「カルラ様は、素晴らしい弓の腕前ですね。俺なんて、足元にも及ばないですよ」

「エルヴィンさんも、とてもお上手でしたよ」

「いやあ。それほどでも」

 呆けから回復したエルは、無駄にさわやかな笑顔を浮かべながらカルラに話しかけ、彼女に弓の腕前を褒められて満更でもない様子だ。
 そしてその様子を見た俺とルイーゼは、新たに増えたかもしれない問題に判断がつかず、ただお互いで見つめ合うのみであった。
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