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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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幕間二十三 ルックナー兄弟。

「ワシに客だと?」

「はい」

「誰だ?」

「それが……」

 ヘルムート王国の王都にある、王城内の財務卿執務室において。
 現在懸命に、積み重なる書類へのサインを続けているルックナー財務卿は、突然秘書から来客の訪問を告げられていた。

「いやに歯切れが悪いな。コンラート」

「実は、『あの方』でして……。まさか、ここに来るとは予想外だったと言いますか……」

 ルックナー財務卿が、ハッキリと報告しないこのまだ二十代前半の若い男性秘書に非難めいた口調で追求すると、彼はしどろもどろな口調で『あの方』が来たと告げていた。

 ルックナー財務卿の秘書であるコンラートはその将来を嘱望されたエリートで、将来は財務卿も夢ではないと噂される人物であった。
 それほどの男が、来客の名前すら告げられないで動揺する。

 となれば、『あの方』とは間違いなく、あの不肖の弟であろうとルックナー財務卿は思っていた。

 ルックナー会計監査長は、ルックナー財務卿の実の弟である。
 父違いとか、母違いという事もなく。
 同じ両親から生まれた年子の弟で、子供の頃は仲だって悪くなかった。

 ルックナー侯爵家は財務系の要職を世襲する法衣貴族で、当主は必ず一期五年は財務卿職を全うする。
 例外は、在任中に当主が急死してしまったとかそういう理由だけであった。

 王国には他にも、財務卿を世襲可能な伯爵家やら侯爵家が四家ほど存在する。
 ルックナー侯爵家を入れて五家で、なるべく五家が同じくらいの期間、財務卿の職を全う出来るよう。
 談合に近い、水面下での交渉があったりするのだ。

 これを悪と言うべきなのか、王国の治世が安定しているからと言うべきなのかはここで論じる話ではない。

 ルックナー侯爵家の兄弟は子供の頃は仲が良かったのだが、大人になるにつれて弟が家を継げない事実を知り、兄と対立するようになる。

 子供が食べるお菓子は分けられるが、侯爵家当主の地位と世襲可能な財務卿職は、お菓子のように分け合うわけにはいかないというわけだ。

 正直なところ、そんな話など珍しくもない。
 子供の頃は仲が良かったのに、大人になると憎み合う貴族の兄弟など、さほど珍しくもなかった。

 成人した兄弟は、兄の方は財務系のエリートコースに。
 弟の方は、成人後に家を出て中級官吏からその経歴をスタートさせる。
 中級からスタートなのは、せめてもの実家や兄からの援助というやつなのだが。
 弟からすればその程度の支援など、当たり前というか上から目線の嫌味にしか見えず。

 結果、弟は兄への憎悪を更に募らせていた。

 それでも、努力に努力を重ねて法衣男爵の爵位と会計監査長の地位も手に入れている。
 兄は、あまり感心しない手段を用いてでも弟がその地位を掴んだ事に驚いていたが。
 弟の方は、兄が先に財務卿の地位に就いた事を知って余計に憎悪を募らせていた。

 兄としては、だからと言って弟に地位を譲る気など無かったし、不可能でもあった。
 それに、この件で弟に謝ったりすれば、余計に彼のプライドを傷付ける事になるのを理解している。

 それに加えて、次第に弟が自分と敵対する財務系法衣貴族達と組んで嫌がらせをするようになったので、自然と敵対する他は無くなってしまったのだ。

 そのような経緯のその結果、会計監査長になった弟はこの執務室に一度も入っていなかった。
 意地なのか?
 暗殺を恐れてなのかは知らなかったが。

 不自然ではあったが、別に会計監査長がこの執務室に来なくても政務に支障があるわけでもない。
 仕事上の話は、定期的に開催される会議ですれば良いのだから。

 ただ、兄としてはお互いにビジネスライクに徹しようとした結果、萎縮してしまう部下達に申し訳ない気持ちで一杯であったのだが。

「用事があるのなら通せ」

「あの……、本当に宜しいので?」

 今まで意地でも訪問して来なかったのに、今になってから自分に用事があるという。
 コンラートからすると、何か良からぬ事でもと考えているのであろう。

「暗殺などあり得ん。それをした時点で、あいつも終わりなのだからな。ただ、どうせ碌な用件ではあるまい。早めに聞いてしまう事にする」

「わかりました」

「ああ、それと。あのバカに出す茶などない」

「……。承知しました」

 数分後、コンラートの案内でルックナー会計監査長が入室してくる。

 実の弟ではあるが、もうそんな事はどうでも良かった。
 なまじ血が繋がっていると面倒だなと思いながら、用件があるのなら早く言えと、ルックナー財務卿は弟を急かしていた。

「実は、さる筋から入手した情報なのですが……」

 早く言えと言ったのは自分であったが、まさか挨拶も無しにとは。
 ルックナー財務卿は驚きつつも、更に話をするようにと促していた。

「財務卿閣下が現在梃入れをしている、南端未開地なのですが……」

 梃入れというか、あれだけの大金を投じた未開地開発なので。 
 誰かが仕切らないと、欲に塗れた貴族達の内輪もめで計画が頓挫する可能性があったからだ。
 極論すれば、バウマイスター男爵から金だけ抜いて、あとは未開地開発の成否なんて知った事かなどという貴族も珍しくは無いからだ。

 そこで、自分やエドガー軍務卿に、バウマイスター男爵の寄り親であるブライヒレーダー辺境伯などが、近隣でバカ貴族達の監視をする事になっていた。
 勿論、その苦労に見合う成功報酬はいただくつもりであったが。

「卿には、関係の無い話だ」

 この計画が国家予算を投入した物なら、会計監査長の出番は多い。
 ところが、この計画は100%バウマイスター男爵が出資をして行われる。

 当然、出番などあるはずもなかった。
 王国も補助金を出す予定ではあったが、普通にチェックだけして終了である。
 そこに、ルックナー会計監査長が利権に加われる要素は一つも存在していなかった。

 何かケチでも付けてきたら、それを口実に役職を解こうとまで考えていたからだ。

「確か卿には、バウマイスター男爵を亡き者にしようとした疑惑があったな」

 バウマイスター男爵による古代遺跡探索の際に、冒険者ギルドに圧力をかけてガイドをわざと少なくした。
 真実は、冒険者ギルドが役職持ちとはいえ、いち男爵の圧力に屈するはずもないという物であったが。

 ところが、それを理解している平民達などは極少数であり、今もその噂はかなりの人数に信じられている。

 しかも、その噂を流したのは、この弟が認知をしていない血の繋がった息子とは。

 ルックナー財務卿は、笑いを堪えるのに懸命であった。
 自分でも嫌な奴だとは思うが、今まで散々に嫌がらせをされたのだ。
 自爆した弟をバカにするくらい、少しは許されるであろうと思っていた。

「その疑惑は完全に誤解かと。それよりも、早めにお知らせした方が良い情報がありまして……」

 公式の場では、財務卿と会計監査長である二人。
 当然、その地位の高さは財務卿の方が上である。
 なので、目の前の弟は自分に敬語で話しかけてくる。

 裏ではボロカスに言われているのであろうが、会計監査長になるくらいの実力はあるので、その辺は弁えているようだ。
 個人的には、公の席で失言でもすれば良いのにと思ってしまうのだが。

「知らせたい情報?」

「はい。その情報とは、バウマイスター男爵の暗殺計画なのですが」

「ほう、卿もついに決断したのか」

 弟から告げられた、未開地開発計画の要であるバウマイスター男爵暗殺計画に。 
 自分で、自分のバウマイスイター男爵暗殺計画を告げに来たのかと嫌味な口調で尋ねる兄。

 我ながら、歪んだ兄弟関係ではあるなとルックナー財務卿は思っていた。

「ご冗談を。とあるフリーの冒険者が、バウマイスター騎士爵領の次期当主に古代の魔道具を融通したそうで」

「なるほど」

 『どうせ、その冒険者も魔道具もお前が準備したんだろう?』という言葉を、ルックナー財務卿は喉の奥に呑み込んでいた。
 証拠もないのに罪を問えば、それはルックナー財務卿の失態になってしまうからだ。

「そのような重要な情報を、卿がどうやって手に入れたのかは知らぬが……」

 ルックナー財務卿は、明らかに自作自演でバカらしい茶番なのは理解している。
 だが、貴族が他の貴族に情報源などを聞いても笑われてしまうだけ。
 それこそが栄達や飯のタネなのに、無料でペラペラと喋るはずがないのは常識以前の事であった。

「この時期にそれを通報しに来て、卿は何を考えているのかね?」

 貴族の子弟同士が殺し合う。
 ある程度は発生する事案であったが、その対応には差があった。

 上手く病死や事故死で切り抜けて、問題にもならない事案。
 疑われても、証拠が挙がらずに処罰されない事案に。
 見事にバレて、厳罰を受ける事案と。

 どの結果になるのかは、これは様々な条件が加味されて素人では判別が難しい。

 だが、今回のケースでは。
 王国側が、犯人の処罰を手ぐすねを引いて待っていたケースになっている。
 当然、犯人には厳しい処分が下るはずだ。

「(向こうが暴発してくれるのなら、処罰も容易いか。しかし……)」

 間違いなく目の前の男は、バウマイスター家の長男に暗殺に使う魔道具を融通している。
 そして、バウマイスター領との移動や連絡の困難さを考えれば、既に長男がそれを使用している可能性もあった。

 もし狙われたバウマイスター男爵に何かがあれば、この男の身も無事に済むはずがない。
 なのに、この男は平気な顔で恩着せがましく通報に来ている。

 一体、何を考えているのかと思うのだ。

「卿は、バウマイスター男爵の身に何かがあれば……」

 『お前は破滅なのだぞ』と言いかけたところで、目の前の男がそれを遮るように話を始める。

「私とて、王国に仕える貴族なのです。此度の、南端未開地開発を阻害するような真似はいたしませんとも」

「白々しいと言っても良いかな?」

「過去には、バウマイスター男爵殿と多少の諍いはあったものの、私はそれを好ましいとは思っていませんので」

 今のままだと、間違いなくこの男とその派閥に属している貴族達に未開地開発の利益は入ってこない。
 出来るかどうかは別にして、関係修復を急ぐのは貴族として当然とも言えた。

「(ワシの目が黒い内は、絶対に認めないがな)それで、卿は何をしたいのだ?」

「そのフリーの冒険者は、長男の依頼を受けて裏町の盗品市でその魔道具を手に入れたようですな」

「まあ、そんなところであろうな」

 遺跡から出土した魔道具は、基本的には発見した冒険者の物となる。
 冷蔵庫やコンロなどの便利なだけの物はそれで良いのだが、中には厄介な機能を備えていたり。
 場合によっては、呪われていて触るだけで大変な事になる危険な物もあった。

 なので、そういう物は冒険者ギルドによって強制的に買い取られ、王国が精査して物によっては厳重管理される。

 ただ、中にはそれを逃れて裏市場へと流れる品もあったのだ。

 冒険者が自己申告をしないで、その危険な魔道具を盗品専用の市場に流し、それを貴族が裏から手に入れて何か謀略や犯罪に絡んだ事に使う。

 いくら取り締まりを強化しても、ゼロに出来ないのは仕方が無い事なのかもしれない。

「そのフリーの冒険者は、その魔道具が『竜使いの笛』だと聞いて購入したようです」

「貴様……」

 『竜使いの笛』とは、遺跡から出土する魔道具の中でも危険順位が高い品となっている。
 この笛を吹くと、竜にしか聞こえないその音が広範囲に広がり。
 それを聞いた竜が激怒して集まって来る、半ば呪いのかかった魔道具であったからだ。

 しかも、その『竜使いの笛』を吹いている人間を竜は襲わない。
 その代わりに、呼ばれた竜は死ぬまでその周辺を破壊して殺し尽くす。
 さすがに、属性竜のような大物には効果はなかったが、飛竜やワイバーンには絶大な効果があるそうだ。

「あの領に隣接する山脈は、飛竜の住みかなのだがな。卿はその通報をわざと遅らせて、領民達を根絶やしにするのかね?」

 だとしたら、この目の前の男は死刑にされても当然の罪を犯した事になる。
 ただ同時に、そんなヘマはしないのであろうなとも思っていた。

「本当に、『竜使いの笛』であったらという話ですよ。あの裏市場の、胡散臭い連中が勧める魔道具ですので」

 相当な目利きでないと、基本犯罪者が売買する物なので騙されてガラクタを掴まされてしまうからだ。
 勿論、それで詐欺だなどと御上に訴えても、『そこで買い物をしたお前が何を抜かす!』という結論になってしまう。

 裏市場でお得な買い物をするには、相当な度胸と目利きとコネが必要であった。

「それで、その魔道具は何だと言うのかね? ハエでも呼ぶ笛なのか?」

「いえ、『怨嗟の笛』だそうで」

「お前は……」

 ルックナー財務卿は、思わず目の前の男に暴言を吐きそうになってしまう。
 『怨嗟の笛』とは、同じく古代に作られた『竜使いの笛』など比べ物にならない呪われた魔道具であった。

 当然、出土した品は全て王国が管理している事になっている。

 なぜなら、『怨嗟の笛』とは己の身を犠牲にした仇討ち専用の魔道具だからだ。

「(あの長男も、哀れだな……)」

 この弟からの、今までの話で事情を推理すると。
 これまでの弟は、自分とバウマイスター男爵に対抗するために、跡取りの長男に手紙で情報を送ったりして縁を結ぼうとしていた。

 ところが、その肝心の長男は思った以上に使えない男らしい。
 こう言っては悪いが田舎者の僻みという奴で、中央の貴族など全て業突く張りのロクデナシだと思っているらしく、なかなか協調体制に至らないのだそうだ。

 あんな僻地にいるので、余所者を受け入れ難いのであろう。
 せめて、表面だけでも愛想良くするのが貴族でもあるのに、その点でもこの長男は、バウマイスター男爵に劣る男なのだと思ってしまう。

 王国としても、長男が男爵くらいで我慢して本家の相続をバウマイスター男爵に譲るくらいの度量があれば、別に無理に引き摺り下ろす算段など考えていなかった。

 ところが、情報を集めれば集めるほど、長男の狭量ぶりが目立ってくる。
 こうなると、もう排除するしか選択肢はない。

 社会的に生かしておくと、長男本人がこれから長きに渡りバウマイスター男爵の足を引っ張る可能性もあるが。
 この目の前の居る、バカな弟のような存在を誘発してしまうからだ。

 長男を神輿にして、未開地開発の利権やバウマイスター本家の相続問題に関わって利益を掠め取ろうとする。
 正直なところ、そんな頻発するバカの相手をする労力が惜しい。

 ならば、可哀想ではあるが長男には退場して貰う方針になっていた。
 当然、陛下もその線で合意している。

 話を戻すが、ここで厄介なのはこの目の前のバカな弟がこちらの真意に気が付いているという点にある。

 だからこそ、あの長男を最後に有効活用する策を実行したのであろう。

 まず最初に、長男がバウマイスター男爵を暗殺しようとしている事実を通報してきた。
 明らかに共犯関係にあるか、この弟の方が親切顔で長男に『怨嗟の笛』を提供したのであろう。

 した事を考えるととんでもない悪党なわけだが、結果的にはこちらの裏の意図を読んで動いているとも言える。
 三ヶ月以上と、予想以上に挑発に耐えて自重していたので、この弟が暴発を手助けしたとも考えられるからだ。

「しかし、『怨嗟の笛』では万が一の可能性がないか?」

「あの僻地でですか?」

 弟は、こちらを見て嘲笑するかのような笑みを浮かべていた。

「『怨嗟の笛』は、人が大量に住まう場所でないと効果が薄い。そういう事です」

 通報を遅らせたのも、万が一の可能性すらないと思っているからで。
 あとは、そのフリーの冒険者とやらは使える人間なので使い捨てにしないという事なのであろう。

 これから裏市場の捜査をしたとしても、『怨嗟の笛』の出所や、ましてやそれを購入したフリーの冒険者が誰かなどわからないはず。
 この弟からの情報で探すにしても、こいつが嘘をつけば終わりなのだから。

 最悪、替え玉を準備されて死体となって発見という結末すらあり得た。

「あの領に篭る怨念では、バウマイスター男爵か婚約者殿の浄化一発で消滅かと」

 確かに、この弟の言う通りであった。
 『怨嗟の笛』とは、笛を吹いた人物に周囲の怨念を呼び寄せてから集め、その存在を高度なアンデッドにして仇に復讐を果たさせるアイテムであった。

 集める怨念とは、説明が難しいが悪霊とかそういう物ではない。
 例えば、仕事をしていて上司から説教を浮け、その事でイラっと来たり、この野郎と思ったりする。
 この時の負の感情などは、その場に堆積する。

 だが、その程度の怨念では、その周辺にある霊的な存在などに変化は起こらない。
 さすがに殺人などで発生した怨念は、被害者の霊をその場に留まらせる効果があったが。

 そして『怨嗟の笛』であるが、これは笛の音が聞こえる範囲内にある怨念を、笛を吹いている人間に集める機能を持っていた。
 笛の音も、魔道具なので想像以上の広範囲に広がるわけで。
 一箇所では微量の怨念でも、数が集まればと膨大な量になるという仕組みだ。

 そして集まった怨念は、笛を吹いた人間の命を奪い、その存在を強力なアンデッドにしてしまう。
 少量の怨念では人間に害を及ぼさないが、大量ならばそういう効果もあるというわけだ。

「あの長男は、バウマイスター男爵の暗殺を目論んだ。ですが、罪を裁く前に死なれると困る。私もそう考えたのですが、如何せん私の情報網に引っかかるのが遅かった」

 そのため、『怨嗟の笛』を持ったフリーの冒険者は、もうとっくに長男と接触しているはずであろうと弟は残念そうに語っていた。

 その嘘の白々しさと、本当に心から残念そうな表情をする演技力と。
 貴族らしいと言われればそうなのだが、今回に限っては腹が立つだけであった。

「間に合わなくて残念です」

「(良く言う。呆れて何も言えん)」

 というか、長男には死んで貰わないと困るのであろう。
 彼が生きたまま捕まり、『怨嗟の笛』の入手先を話せば全ては終わりなのだから。

「(さて、どうした物か……)」

 この弟は、あの長男を陥れてから切り捨てた。
 個人的には同罪で処分したいところであったが、長男の処分に手を貸したという見方も出来る。
 勿論、善悪だけで判断すると最悪な男なのだが、それだけで判断できないのも政治や貴族の世界だ。

「(どうせ、ここに話に来た時点で自分が関わった証拠は消しているのは確実か……)」

 証拠が無ければ、中央で役職についている貴族の処罰など不可能だ。
 ルックナー財務卿は、この件での処分は難しいであろうという結論に達する。

 一応痕跡の調査は行うが、この弟が証拠を残している可能性は薄いだろうと考えていた。

「情報の提供には感謝する。だが、バウマイスター男爵に何かがあれば、わかっておろうな?」

 確実に潰す。 
 証拠など無くても、陛下も、エドガー軍務卿も、他の閣僚も、自分などは言うまでもないと。
 ルックナー財務卿は、人を殺さんばかりの視線で目の前の弟を睨みつける。

「それと、例の分け前の事であるが……」

 公に未開地開発の利権とは言えないので、この表現になっていた。
 この弟は、それを得るためにあの長男を切り捨てた。
 一番気になっているであろうから、教えてやろうと思ったわけだ。

「バウマイスター男爵が決める事であろうな。ワシからは、何とも言えん」

 勿論、建て前で嘘である。
 予算だけ渡して丸投げなので、ルックナー財務卿やブライヒレーダー辺境伯に権限が無いはずがない。
 だが、バウマイスター男爵側の責任者である、甥でもあるローデリヒが一セントとて許すはずもない。

 バウマイスター男爵本人も嫌がるはずなので、まず不可能という回答しか出て来ないのだ。
 こうなると、もう自業自得としか言いようがなかった。

「なるほど。確かに、その問題はありますな」

「(何がその問題だ!)せっかく虎口を間逃れたのだ。余計な欲をかくべきではないと思うが……」

 多分、捜査をしてもバウマイスター男爵暗殺計画でこの弟に罪を与える事は難しいはず。
 証拠が見付かる可能性が低いからだ。

 悔しいが、今回は仕方が無い。
 だが、こいつらに利権を分けるのだけはあり得ないとルックナー財務卿は思っていた。

 罪から逃れられたのに、まだ欲をかくのかと思ってしまうからだ。

「感情論的に、私達への分け前は認められないと?」

「いい加減にしたらどうだ?」

 『お前など、つま先一つで崖に立って生き残っているに過ぎないのだぞ』と、ルックナー財務卿は心の中で悪態をついていた。

「ただ、貴族としてのコネがあれば可能だと私は思うのです」

「はあ? コネ?」

 コネどころか、嫌われている相手から利権を得るなど。
 そんな夢物語を、一体どこから思い付くのか?

 ルックナー財務卿は、ただ弟の能天気さに呆れるばかりであった。

「コネならありますがね。何しろ、ローデリヒは私の息子なのですから」

「……(しまった!)」

 ルックナー財務卿は、己の迂闊さを呪い始めていた。
 バウマイスター男爵家の家宰ローデリヒは、この弟と血を分けた息子である。

 今までは、父である弟が息子であるローデリヒを認知していなかったので、二人は王国の貴族法においては他人の関係にあった。

 ところが今になって、急に弟はローデリヒを息子として認知すると宣言した。
 ローデリヒからすれば、『ふざけるな!』と言いたくなるのであろうが、ここが王国が二千年も前に制定した貴族法の盲点とも言える。

 当主の力が著しく強いせいで、親である当主が子供を認知するしないは自由でも、子供の側から当主である親と縁を切るのは不可能。
 というか、そもそも想定していないのが現状であったからだ。

「お前……。ローデリヒに……」

 貴族なので、利のために捨てていた子すら利用する。
 自分も貴族なので否定は出来ないが、さすがに人間としては酷過ぎるとルックナー財務卿は思ってしまう。

「(対策が無いとも言わぬが……)」

 親と縁を切りたい貴族の子は当然いるが、彼らには親との接触を断ち、自分の死後に自然と平民に転落する道しか残されていなかった。

 しかし、今のローデリヒにはバウマイスター男爵家の、いや間違いなく伯爵家にまで陞爵する家の家宰として働き続けなければいけない。
 この弟と連絡を絶つなど、事実上不可能に近いのだ。

「(ローデリヒが、完全に拒絶してくれれば……)」

 だが、それは甘い考えであった。
 詳しい事情を知れば、人は弟を非難してローデリヒに同情的な視線を向ける。
 ところが、世の中はそれだけで全てが決まるわけもない。

 もしローデリヒが、父親を拒絶して意地でも利権を分けないと。
 途端に、周囲から彼やその主人であるバウマイスター男爵に非難が集中するのだ。

 『利権のために、今さら捨てた子供を認知とか。ルックナー男爵は人の道から反れている』という本音を隠し。
 『長年不仲であった親子が和解をして目出度い』という建て前の元で、それを拒絶する主従を狭量だと言って非難する。

 非難を世間に広めるのは、間違いなくルックナー男爵の派閥に属する貴族達と、ただ単に利権が得られない貴族達のはずであった。

「(この男は、そういう連中を纏めて大規模に圧力をかけてくるはず)」

 この厭らしい策に、完璧な対策など存在しない。 
 悔しいが、ある程度の利権を認めてやるしかないのだ。
 早めに和解しておけば、さすがに派閥に属さない連中を纏めて扇動したりはしない。

 そこまで騒ぎを大きくしてこちらの怒りを買い、本格的な争いによって被害が増える前に、自分の派閥に属する連中だけ口を潤せる分を掠め取る。

 言い方は悪いが、その辺の駆け引きはマフィアに似ている部分がある。
 和解で約束する利権も、ショバ代その物とも言えなくはなかった。

「少し、待て」

「わかりました」

 このやり取りを最後に、弟は何も言わずに執務室を出ていく。
 利権の分配なので、ルックナー財務卿が勝手に決めるわけにもいかず、他の貴族達にも諮る必要があるのを向こうも知っているからだ。

「(あの腐れ野郎が!)」

 もう実の弟だとは、欠片も思わない。 
 ただの政敵として、自分が死ぬまでに確実に社会的に葬り去ってやる。
 ルックナー財務卿は心の中で、弟を口汚く罵りながら決意する。

「ところで、バウマイスター男爵殿の無事の確認ですが……」

「そちらも、ブライヒブルクに緊急連絡だな……」

 秘書であるコンラートの指摘に、ルックナー財務卿は了承はしつつもこの場から逃げ出したくなってしまう。
 実の弟のせいで、ブライヒレーダー辺境伯からも、他の閣僚達からも嫌味を言われるのは確実であったからだ。

「あの野郎、急死でもすれば良いのに」

「……」

 コンラートは、自分の上司が呟いた貴族らしからぬ言葉を聞かなかった事にし、今日の予定の変更作業にとりかかる。

 ルックナー財務卿の憂鬱な一日は、まだ始まったばかりであった。 




「ふふふっ、大成功であったな」

「左様ですな、父上」

 実の兄であるルックナー財務卿との面談を終えた弟は、その日の夜に自分の家族や同じ派閥に属する者達を呼んでパーティーを開いていた。

 参加者は、自分の正妻に、跡取り息子と娘が一人ずつ。
 あとは財務系の仕事を生業とする、反主流派に属する準男爵や騎士爵を持つ法衣貴族が十二名ほど。

 彼らも家族や主だった家臣などを連れて来ていて、自分の家臣達は会場の警備を担当し、屋敷で働くメイドや使用人達は給仕に大忙しであった。

「あのバウマイスター家の長男は、死んだようですな」

「そういう魔道具だからな」

 『竜使いの笛』だと嘘をついて、『怨嗟の笛』でアンデッドにしてバウマイスター男爵に始末させる。
 向こうとて、あの長男には暴発して欲しいと願っていたのだし、むしろこちらは彼らに協力したとも言えるのだ。

「問題は、あの冒険者ですか?」

「アレならば、始末する予定だ」

 現在、数名の腕の立つ家臣達を山脈の途中に配置していたので、依頼を終えて山道を進んでくるフリーの冒険者は始末されるはずであった。

「あんな高地の山道だ。負傷でもしたら生き残れまいて」

 そして、沢山いる野性動物に始末される。
 多少の残骸が残ったところで、死人には口無しなので証拠にはならないはずだ。

「あの者は、父上が重用していたのでは?」

「便利な駒ではあったよ。口も堅いのでな。ただ、あの程度の冒険者、代わりなどいくらでもいるからな」

 冒険者本人は、依頼者の秘密などを知れる立場にいるせいもあり。
 自分が、他の冒険者とは違うと思っていたようであったが。

「所詮は、吹き溜まりの中でマシな部類の人間であったというくらい。そもそも、冒険者とは魔物を狩ってナンボの商売だ。あんなカスは、チンピラに毛が生えた程度の存在なのさ」

「それは、あの長男もですか?」

「アレは、もっとバカだ。いくら弟が魔法の才能に長けているとはいえ、まだ十五~六歳の若造だぞ。心の中で舌を出して頭を下げれば大儲けなのに、それが出来ない時点でバカでしかない」

 似た物親子は、メイドからワイングラスを受け取って話を続ける。

「所詮は田舎者というわけだ。お山の大将でないと我慢できない。なら努力をすれば良いのに、それも出来ない。付ける薬が無いとはあのバカを指すのだ」

「だから、利用して捨てたと」

「あのバカにでも利用価値があったのだ。むしろ、感謝して欲しいところだ」

 パーティー会場では、皆が明るい表情で談笑し、料理や酒を楽しんでいた。
 全く縁が無いと思っていた未開地開発で、自分達のボスが幾ばくかの利権を、犬猿の仲である兄から確約の言質を取った。

 元々反主流派で、ボスであるルックナー男爵の才覚で何とか維持している派閥なので。
 久々に実入りの良さそうな話に、全員が気を良くしていたのだ。

「しかし、あの下女の子供を認知するとは」

「認知はしても遺産など一セントも渡さないし、爵位の継承もあり得ない。だが、ローデリヒと我らに血縁がある以上は、何かしらの便宜が必要となる。いくらローデリヒが拒否したくても、それが貴族の世界という物だ」

 父であるルックナー男爵が温情で、庶子であった次男ローデリヒを認知した。
 貴族の世界では、いくらルックナー男爵の普段の評判がアレでも、その決断を褒めないわけにはいかない。

 それほど、貴族家の当主とは家族に対して強力な権限を持っているのだ。

「逆に、あの下女の子供からは親子の縁は切れない。現状で、あの下女の子供が未開地開発で代官を任される以上は、逃げてこちらと接触を断つわけにもいかず。バウマイスター男爵も、渋々ながら認めるしかないと」

「また一から、代官を今の時点で探しても。どいつもこいつも誰かの紐付きで、バウマイスター男爵も頭を抱えるだろうよ」

 それに、ローデリヒは使える種類の人間である。
 そう簡単に手放したくはないと、バウマイスター男爵も思うであろう。

「相変わらず、悪辣ですな」

「こんな、上に大物貴族が詰っている世界だ。バウマイスター男爵のように強力な魔法が使えるわけでもなし、人と違う事をしないとな」

 でなければ、いくら現財務卿の弟でも派閥など作れるはずもない。
 悪辣でも、生き残れて派閥が大きく出来れば結構。

 そういう風に感じていたのだ。

「さて、そろそろ皆に挨拶を……」

「きゃぁーーー!」

「何者だ!」

 ルックナー男爵が、パーティーに参加している面々に挨拶をしようとしたその時。
 パーティー会場の窓際にいた、準男爵夫人が悲鳴をあげる。

 全員がその方向に視線を向けると、窓の外一杯に黒い煙のような物で構成された巨大な顔が映し出されていた。
 その目は赤く光っており、更に強く光った瞬間。
 パーティー会場の窓が破られ、黒い煙の顔は中に入って来る。
 そしてそれと同時に、会場中をその黒い煙が覆い始めていた。

「化け物!」

「いきなり何奴!」

 不気味な物の侵入に反応し、家臣や警備の兵士達が剣を抜いて斬りかかるが、相手は煙みたいな物なので全くダメージを与えられない。
 逆に、その体を黒い煙で包まれ、十数秒ほどで糸の切れたマリオネットのように倒れてしまう。

 ルックナー男爵が良く見ると、倒れた家臣達は絶命しており。
 その体の色は、土気色に変色していた。

「ひっ!」

 更に、悪い事は続く。
 パーティー会場中に漂っていた黒い煙は、今度は家族や他の貴族達など。
 自分を除く全ての参加者達を包み込み、それら全ての命を奪っていた。

「ひぃーーーっ!」

 僅か一分ほどで、パーティー会場に居た五十名以上の参加者が一瞬の内に絶命する。
 あまりの恐怖に転がるように逃げようとしたルックナー男爵であったが、慌てていた彼は何かに躓いてしまう。
 良く見ると、苦悶の表情のまま絶命した自分の跡取り息子であった。

「一体、ワシに何の恨みが!」

「ヴェンデリン! ルックナーダンシャク! コロス!」

「お前、もしかして……」

 未開地で怨嗟の笛を使わせて始末したはずの、バウマイスター家の長男の怨霊なのではないのかと。

「しかし、あいつはワシの顔など知らないはず……」

 更に言うと、連絡速度などを考えるとまだ長男が怨嗟の笛を使ってから二日ほどしか経っていないはず。

 それが、まずあのバウマイスター男爵に、その婚約者であるホーエンハイム家の聖女、ブライヒレーダー辺境伯のお抱え魔法使いと。

 これほどの面子と戦って生き残り、この王都まで飛んで来て顔すら知らない自分の屋敷を探り当てたのだ。
 これほどの恐怖を、ルックナー男爵は今までに感じた事はなかった。

「オマエモ、シネェーーー!」

 黒い煙で殺されるのかと思ったルックナー男爵であったが、黒い煙を操る悪霊は何もして来なかった。
 不思議に思い、もしかして助かるのではないかと思い始めた彼に、新たな絶望が襲う。

「ニクゥーーー!」

「シンセンナニクゥーーー!」

 先の殺された、他の貴族達や、使用人達や、家族のゾンビが一斉に起き上がり、一斉に自分目がけて襲い掛かってきたのだ。

「そんな! こんな非常識な事があって良いのかぁーーー!」

 その言葉を最後に、ルックナー男爵の意識は永遠に閉ざされる事となる。




「はあ? 大量の貴族や使用人達がゾンビに?」

「ええ。突然、ルックナー男爵邸に謎の黒い煙が発生し、それに触れた者達が全員だそうです」

 さて、ブライヒレーダー辺境伯やエドガー軍務卿などに、あの弟の分の利権をどう認めさせるかで悩んでいたルックナー財務卿の元に、突然その弟の訃報が入ってくる。

 愚物とはいえ、あの長男を犠牲と踏み台にし。
 今までずっと放置していた庶子を認知するという。
 その方法も無いとは言わないが、周囲が引くほどの手まで使ってまで縁を作り、強引に利権に割り込む策が成功したので。
 その成功を祝し、子分達を集めてパーティーをしていた時にこの惨劇に見舞われたらしい。

 警備隊に属する知り合いの騎士から報告を受けたルックナー財務卿は、急ぎ現場へと直行する。
 惨劇の舞台となったパーティー会場では、黒焦げになった五十体以上の死体の身元確認が警備隊員によって行われ。
 先に駆け付けた聖職者や魔法使い達と共に、ホーエンハイム枢機卿の姿も確認されていた。

「ホーエンハイム枢機卿」

「卿の弟ならば、あそこに居るぞ」

 不機嫌そうな表情を崩しもしないホーエンハイム枢機卿は、ルックナー財務卿に自分の弟の死体が置かれている場所を顎で指差していた。
 そこに視線を向けると、ほぼ骨しか残っていない死体が一体倒れている。

 どうやら、五十体以上ものゾンビに肉を全て食われてしまったようだ。
 思わず、先ほど食べた夕食を吐きそうになってしまう。

「これほどの人数を殺したアンデッドとは?」

「ワシは、孫娘とアームストロング導師から通報を受けていてな」

 二日ほど前の、未開地におけるバウマイスター家長男によるバウマイスター男爵暗殺未遂事件の結末と。
 王都方面に逃げてしまった怨念の残りカスの存在。

 何も出来ないとは思うが、万が一の事でもあるので注意して欲しいと。
 ブライヒレーダー辺境伯が雇っている通信用の魔法使いから、緊急で連絡が入ったそうだ。

「なので、高位の浄化魔法を使える神官を複数名待機させていたのだ。エドガー軍務卿も、パウル殿から通報を受けていてな。念のために、同じく強力な火系統の魔法が使える魔法使いを数名待機させていた」

 その甲斐もあり、被害はパーティーに参加していた人達以外には一人も出ていなかった。
 膨れ上がるアンデッドの存在を探知した神官が会場に駆け込み、ゾンビ達に生きたまま食われているルックナー男爵を見て高笑いをしていた黒い煙の塊を一瞬にして浄化。

 続けて飛び込んで来た数名の魔法使い達と共に、ゾンビを一体残らず焼き払ったとの話であった。

「そんな……。私には何の報告も……」

「出来ると思うかね? この惨劇の責任の一端には、被害者でもある卿の弟も入っていると思うのだがね」

 一端どころか、主犯と言われても否定は出来ないのはルックナー財務卿には痛いほどわかっていた。

「それは、最もですが……」

「卿の弟のせいで、ワシの孫娘とその婚約者であるバウマイスター男爵が死に掛けたのだがな。それをあやふやにして処分もせず、向こうの奇手に怯えて利権を認めろだと? 卿は、自分だけ手を汚さずに濡れ手に粟を狙っているのかね?」

「いえ、そんな事は……」

 自分は閣僚で侯爵でもあったが、ホーエンハイム枢機卿は子爵ながらも教会の枢機卿である。
 しかも、ミスをしてるのは自分なので何も言い返せず、ただ恐縮するばかりであった。

「まあ、未開地の開発には財務卿である卿の協力も必要なので、これ以上は何も言わないが。それなりの誠意が必要であるとワシは思うのだよ」

 そこまで言うと、ホーエンハイム枢機卿はエドガー軍務卿の命で駆け付けた魔法使い達にお礼を言い、神官達に念入りに屋敷の浄化するようにと命じてから帰路についていた。

 そしてその後ろ姿を、ルックナー財務卿は肩を落としながら見送るのであった。
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