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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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幕間二十一 魔の森初探索。

「へえ、変わった森だね」

「何? このトゲトゲな葉の植物」



 本日の、ボク達冒険者パーティー『ドラゴンバスタ-ズ』には、リーダーであるヴェルがいない。

 色々な大人の事情というか、ヴェルに言わせると将来の禍根を絶つために、実のお兄さんの追い落とし工作に奔走しているからだ。

 こう言うとヴェルが残酷な人に聞こえるかもしれないけど、貴族では別に珍しくない話で。

 あのルックナー兄弟を見れば、おのずとわかるというものだ。
 それに、ボクもあのお兄さんの態度には感心しなかった。
 いくら弟に頭を下げるのが嫌だからって、それが出来ない時点で貴族としては駄目だと思う。

 そんなわけで、ヴェルはそのお兄さんの追い落とし工作のために魔法を駆使している最中だ。

 朝、ボク達を探索する魔の森の入り口まで魔法で送ると。
 一生懸命に開墾をしたり、用水路を掘ったり、土壌の改良を行ったり、肥料を作ったりと。

 いまいち、お兄さんの追い落とし工作には見えないんだけど。
 今まで誰も開発できなかった未開地に、見事な農村やら田園地帯を作り、新しい使用人という名目の移民希望者に、商店までオープンさせていて。

 これが、バウマイスター領の住民達を驚かせているらしい。

 ボクも、その話はエリーゼから聞いたんだけど。

『ヴェンデリン様が領内の開発に手を貸してくれるのならば、この領の将来に希望が持てると。皆さん、そう仰っています』

 そのエリーゼは、バウマイスター領唯一の神官であるマイスター様の代わりに教会で働いている。
 何でも、マイスター様は腰を悪くしてしまったらしく、現在はベッドから起き上がれない状態なのだそうだ。

 エリーゼが治癒魔法をかけてみたようだけど、マイスター様が老齢過ぎてあまり効き目はないらしい。
 徐々に症状は緩和しているが、あとは自然治癒に頼るしかないのだそうだ。

『年を取ると、治癒魔法が効き難くなるのですよ。残念な事です』

 ヴェルと見舞いに行った時に、マイスター様は笑いながら自分は年を取り過ぎたのだと語っていたのを思い出す。

 そして、エリーゼが臨時で代理司祭になったんだけど、教会は恐ろしいほどの賑わいを見せているらしい。

 領民達が急に信仰に目覚めたわけではなく、エリーゼが可愛いから見学がてらという人もいないわけでもないけど。
 一番の理由は、エリーゼの治癒魔法にあったんだ。

『エリーゼ様、うちの子が熱を……』

『先週の開墾作業中に、腕を切ってしまいまして……』

『木から落ちて骨折を……』

 医者など居ない領地なので、全て民間療法で治療していた怪我や病気が、エリーゼの治癒魔法で一瞬で治ってしまう。
 彼女が王都で、『ホーエンハイム家の聖女』と呼ばれている事を知らない領民はいないらしく。
 居る間に治療して貰おうと、皆で順番に押しかけているようだ。

 エリーゼも人が良いから、来る人を拒まずに治してしまう。
 更に、代金代わりの寄付金なども一切受け取っていなかった。
 少しの食べ物などは受け取っているようだけど。

『さすがは、ヴェンデリン様の奥様』

『エリーゼ様、ありがとうございました』

『お礼代わりと言っては何ですが、今日採れた野菜です』

 皆、エリーゼを女神の如くありがたがり、その婚約者であるヴェルの評判も上がっていく。

 当然、あのお兄さんが良い顔をするわけがない。
 エリーゼが危険なので、ヴィルマの他にも護衛を増やしたくらいなのだから。

 ただ、今のエリーゼに手を出すと、領主であるヴェルの父上でも危険だと思うんだよね。
 皆、ヴェルが領主を継げば良いと心の中ではそう思っているのだし。




「凄く蒸し暑いわね」

「南端だもの」

「それだけが理由かしら?」

 まあ、ヴェルの方は今は放置するしかないよね。
 朝夕の送り迎えはしてくれるのだし、ヴェル自身も何だかんだで土木魔法が気に入ったみたいだし。

『あははっ! 田んぼが広がって行くぞ! 土壌の改良も順調だ!』

 妙にハマっているようだけど、イーナに聞いたら『男は時に、良くわからない物に熱中する』のだそうだ。

『おおっ! 綺麗な真四角の田んぼを邪魔する巨石め! お前は強制排除だ!』

『古い巨木の切り株とは! 砕けて、肥料になってしまえ!』

 真剣に動かない障害物と対峙しているのを見た事があるけど、ちょっとボクには理解できなかった。

 そんなわけで、暫くはヴェルは戦力にならないわけだけど。
 その代わりに、ブランターク様が探索に参加している。

 魔力の量ではヴェルに負けるけど、多彩な魔法を使う経験豊富な魔法使いなので、安心して頼れるという物だ。

「ふむ……」

 そして肝心のブランタークさんであったが、彼は持参した古い本を見て一人勝手にフンフンと唸っていた。

「あのブランタークさん?」

「ああ、悪い」

 イーナの呼びかけに、ブランタークさんは謝りながらこちらに顔を向ける。

「その本は?」

「お館様から、借りたんだけどよ」

 ブランターク様やボクやイーナの主君であるブライヒレーダー辺境伯様の趣味は、古書籍の蒐集であった。
 前に貸して貰ったエッチな小説を見るに、ジャンルは特に問わないようだ。

 とにかく、古くて貴重なら無類の愛着を感じるらしい。
 こう言っては失礼だけど、少し変わっていると思う。

「その本って、どんな本?」

「タイトルは、『図解魔物・産物大全』となっているな」

 かなり昔の本で、そこには魔物の領域に住まう魔物や採取可能な産物が図付きで紹介されているらしい。
 他にも、攻撃パターンや弱点。
 食べられたり、使える部位などと。

 大変に詳しく載っているのだが、一つ問題のある書籍でもあるそうだ。

「一部、見た事も無い魔物や産物の紹介がされていてな」

 詳しくは書いてあるのだけど、誰も見た事が無い魔物ばかりで。
 その部分が、この図鑑を『半フィクション図鑑』などと呼ばせているそうなのだ。

「ただ、このトゲトゲの葉の植物が載っていた。『ナンゴクシダ』だそうだ」

 この図鑑には、魔物の領域特有の虫や魚や植物なども詳しく載っていて、その中の一ページにトゲトゲも載っているそうだ。

「えっ? じゃあ、もしかして?」

 未開地南端で海を塞ぐようにして存在する、広大な魔の森を現在三つに分けて探索していたのだが、遠征軍が入った中央部は、他の魔物の領域とさしたる違いが見付けられなかった。

 ところが、今日入った西部の森は、ボク達が今までに見た事が無い樹木や植物が生い茂っている。
 このナンゴクシダの他にも、多くの植物が重なるように生い茂っていたのだ。

「未発見の魔物が居るとか?」

「図鑑には残っているからな。大昔の冒険者はここに来ていたのかもしれないな」

 確認する術はなかったけど、そういう可能性もあるのだとボクも思う。
 もしくは、他の場所にも、この森と同じような植生や魔物が分布している場所があるのかもしれない。

「その図鑑が、フィクションで無い事が証明されましたね」

「まあな。ただ……」

「ただ何ですか?」

 イーナの問いに、ブランタークさんはとある方向に視線を向ける事で答える。

「この森は、何でもデカいな!」

「確かに……」

 ブランタークさんも、イーナも。
 巨大な木に大量になっている、黄色い三日月のような果物に絶句していた。
 何しろ、その一本がボクの身長くらいあるのだから。

「えーーーと。『バナナ』って果物らしいな」

 図鑑を見ると、そのバナナなる果物の解説が図入りで書かれていた。
 南方に自生する植物で、黄色い二十センチほどの実が大量に房状でなるのだそうだ。

「まず最初に、大きさが間違っていると思う」

「おかしいな?」

 ブランタークさんの言う通り、この図鑑の記載で間違っていたのはこのバナナが初めてであった。
 というか、大きさだけが間違っているのだ。

「魔物の領域だからな。他の土地では考えられない非常識があったりするという事にしておく。実際にあるけど」

 魔物の領域は、ここもそうだが魔力の元であるマナが濃い場所が多い。
 魔物が大型になるのも、その濃いマナのせいであったのだから。

「でも、大きければ得だよね」

「まあ、そういう事だな」

 調査とはいえ、採集や狩りを行わないわけではない。
 ヴェルへのお土産も必要という事で、ボク達はそのバナナの採取を始める。
 他にも、全長一メートルほどある『マンゴー』とか言う実や、『ドリアン』とか言う実に。

「これって、コーヒーの実?」

「そうだな」

 ボクだと両手でないと持てないほど大きなコーヒーの実が、目の前の巨木に大量になっていたのだ。

「こんなに大きいと、豆の焙煎が大変そうだね」

「そうでもないみたいだぜ」

 ブランタークさんがコーヒーの実の果肉を齧り、焙煎する種の部分はそれほど大きさが変わらない事を証明していた。
 逆に言えば、コーヒーにするために種を取るのが大変でもある。

 コーヒーは、ブライヒレーダー領よりも南方の一部の土地で栽培されているのだが、量が少ないので喫茶店などで頼むとマテ茶の十倍近い値段がするのだ。

 ちなみに、紅茶はマテ茶を発酵させた物なので、そこまでは高くない。 
 精々で、マテ茶の倍くらいの値段だ。

「少し酸っぱいけど、実も食えるんだぜ」

「へえ、初めて知った」

 ブランタークさんから切り分けて貰ったコーヒーの実は、少し酸味はあるけど甘くて美味しかった。

「これも、ヴェルにお土産だね」

「そうだな。あの坊主って、珍しい食べ物が好きだからな」

 確かに、その異常なまでの食べ物への執着は、王都滞在時でも大いに発揮されていたんだ。




『これ、不味いな……』

『王室御用達のお店のだよ』

『どこの御用達だろうと、不味い物は不味い!』

 ヴェルは、食べ物の好き嫌いはハッキリ言うけど、初めて見る食べ物は必ず口に入れるし、気に入ると大金を使ってでも手に入れようとする。

 王都では、お気に入りの料理屋、喫茶店、お菓子屋、魚屋、肉屋、穀物商店、乾物屋などが存在していて。
 贔屓にして貰っている店は、密かに『竜殺しの英雄御用達』のお店として評判になっていた。

 ただ、御用達看板などの掲示は、ヴェルが嫌がるのでどの店も行っていない。

 あとは、本人もたまに料理を作る。
 包丁捌きが雑だったり、味が濃い目だったり、量が多かったりするけど。
 どこで教えて貰ったのかは知らないけど、今までに食べた事が無い独特の料理を作ったりするのだ。

 特に大ヒットだったのは、『カラアゲ』と『フライ』だったと思う。
 ある日ヴェルは、『料理を作るぞ!』と言って台所に入って行く。

 たまにあるいつもの光景だったんだけど、その日はいつもよりも気合が入っていたようだ。

 覗きに行くと、まずはホロホロ鳥の肉を魔法で熟成させ、更に別の魔法で肉を柔らかくしていく。

 プロの料理人や家庭の主婦だと、薄い刃物で肉の筋を切ったり、イチジクやジンジャーの果汁に漬けたりして手間と時間がかかるのに。
 ヴェルには、魔法があるから便利だと思う。

 魔法をこんな事に使う人は、正直珍しいとは思うんだけど。

 次に、例のショウユに砂糖やジンジャーの汁を混ぜた調味液に処理した肉を漬けて味を染み込ませ。
 それにヴェルが、『カタクリ粉』なる粉を付けてから高温の油で揚げる。

 他にも、『衣には、カタクリ粉以外に少量の小麦粉、御飯、卵、油などを混ぜて事前に冷やしておく』とか。
 『二度揚げこそが正義!』とか言っていたけど、ボクにはなぜヴェルがそこまで拘るのか理解できなかった。

 エリーゼも、『ヴェンデリン様は料理の腕前はそうでもないのに、なぜか独特の調理方法は良く知っているので不思議です』と首を傾げていたくらいだから。 

 それと、この『カタクリ粉』という粉だけど、ヴェルがジャガイモを材料にある日突然自作した粉で、エリーゼはスープなどにとろみを付けるのに使っていた。

 あとは、教会や診療所などで、この粉を熱湯で溶いて砂糖と塩を混ぜた物を病人に食べさせるように勧めたのもヴェルだ。
 こうすると、普通の食べ物では嚥下が困難な病人でも栄養が摂れるらしい。

 実際に効果は出ていて、教会はヴェルに大金を払って『カタクリ粉』の独占製造権を獲得していた。
 寄付以外で教会が経済活動をとか思う人は多いと思うけど、実は地方では独自に酒を醸造して販売し、それを運営資金に充てている支部も多いのだ。

 何で酒をと思わなくもなかったが、利益率が高いのと、自分達が人前で飲まなければ良いという教義なので問題になってはいない。

 問題に出来る人が少ないという理由もあるんだけど。

 教会は急ぎヴェルからカタクリ粉の製造方法を聞きだし、効率的な生産工房を作って市場にカタクリ粉を流通させ始める。

 あとは、カタクリ粉を使った料理の普及であろう。

 『イモモチ』とか言う、蒸かしたジャガイモとカタクリ粉を混ぜてから丸く成型して焼いたお菓子に。
 それの、カボチャを材料に使ったバージョンも。

 焼いたイモモチは、砂糖と例のショウユを混ぜた物を付けて食べると美味しかった。
 ネーミングセンスは、カタクリ粉と同じで疑問なんだけど。

 他にも、中にチーズを入れて焼いた物や、中に『アンコ』とか言う小豆と砂糖を煮た物を入れたバージョンや、大豆を炒ってから粉にした『キナコ』と砂糖をまぶした物などと。

 更に、カタクリ粉で作ったパスタも、歯応えがあって美味しかったのを記憶している。

 それで、どうしてヴェルがこんな事をしているのかと言うと、教会はこれで新しい慈善活動を行うのだそうだ。 
 教会認定の屋台を王都で運営し、そこでイシモチ、パスタなどの販売を行う。
 店主や従業員には、一家の働き手を失った寡婦や孤児などを当てて、彼女らの経済的な自立を促すのだそうだ。

 最後に、教会は屋台に材料を卸して利益をあげる。
 という点も忘れてはいけないのだけど、その辺はヴェルがホーエンハイム枢機卿に、『あまり阿漕に稼ぐと、世間からの非難が増えますよ』と釘を刺していた。

 そしてこれら一連の動きにより、ヴェルはいつでも安くカタクリ粉が買え、屋台でイモモチが食べられるようになって万々歳なようだけど。

 更に後には、先のカラアゲや。
 肉や魚の身に、小麦粉、解き卵、パンを砕いたパン粉をまぶして油で揚げた『フライ』なども加わっていく。

 特にフライなどは、木の串に一口大の肉や魚や野菜などを刺して揚げた『クシアゲ』なる料理も考案していて、これは先に知り合いになっていたアルテリオさんに話を持ちかけていた。

『マヨネーズでハブにされたから、もう忘れられてしまったかと思ったぜ』

『今度の物は、製造で手間がかかりますからね』 

 その串揚げに付けるソースなら、ボク達もヴェルが手作りした物を何度も味見した事がある。
 とても美味しいんだけど、材料に使っている香辛料の材料費のせいで、庶民には厳しい値段になるので商売は難しいと思っていたんだ。 

『材料を一括で安く仕入れ、工房で大量に作るんですよ』

 ヴェルは、他にもトマトを材料にした『ケチャップ』や、『タルタルソース』、『バジルオイル』、『ユズコショウ』、『ラー油』、『トウバンジャン』、『タバスコ』などのレシピをアルテリオさんに教えていた。

 みんな、突然ヴェルが作り始めた謎ネーミングの調味料達だ。

『男爵様は、妙に調味料に詳しいんだな』

『自分で作ると面倒なんですよね。そこで、アルテリオさんの出番です。買いに行きますので』

『そんな理由かよ』

 王都滞在中はほぼ毎日が導師との修行の日々で、ヴェルは休息日や早朝・夕方などを料理と余暇の時間にしていたのだから当然であった。
 ボクも導師の修行に付き合わされて、ほぼ同等に忙しかったんだけど。

『あのショウユとミソだっけか? アレの製法は?』

『うーーーん、アレは……』

 ヴェルは、魔法に頼らない詳しい製法をアルテリオさんに伝えていた。

『醸造用の酵母の選定と、きめ細やかな温度管理か……』

 ヴェルの場合は、魔法という力技で材料を強引にショウユやミソに変えてしまうのだそうだ。
 それでも、そこに至るまでに相当の失敗も重ねたらしい。

 もし魔法に頼らないでこれを作るとなると、もっと試行錯誤が必要かもしれないのだとも。

『詳しい製法は教えて貰ったわけだし、ここは知り合いの酒造蔵と組んで……』

 ボクも良くは知らないんだけど、酒やお酢を作るには酵母という目に見えない小さな生き物の力を借りるらしい。
 しかも、使える酵母の種類が決まっていて。
 他の、酵母に似た物で醸造してしまうと、酒にならないで腐ってしまい材料を無駄にしてしまうのだそうだ。

 そんな目にも見えない小さいな生き物をどう判別するのかは、これは各醸造元で秘伝となっていて、過去にはこれを巡って殺人事件まで起きた事があると聞いている。

 ヴェルは、『食べ物の恨みは恐ろしいんだ』とか言ってたけど。

『しかし、酵母の選別にアレを使うのか……』

『内緒ですよ』

『酵母の話は、マジでヤバいんだ。拷問されても、絶対に言えるか』

 アレが何なのかは知らないけど、アルテリオさんは魔法を使わないショウユとミソの製造研究をヴェルから委託されたようだ。

 その代わりに……。

『製造に成功したら、独占製造権料を支払う。製造に成功するまでは、男爵様から購入すると』

『安くするから、材料持参で』

『自分で買いに行くのが面倒だからだろう?』

『正解です』

 こんなやり取りの後に、アルテリオさんは新しい商売を始めていた。
 例の『クシアゲ』をメインにしたお店を、王都内やその郊外に十数店舗一気にオープンさせたのだ。
 他にも、ヴェルが考案した料理なども出していて、お店は全店オープン時から沢山のお客さんで賑わっていた。

『各店舗を寄り子にした飲食店経営か。なるほどね』

 アルテリオさんがオーナーである母体の商会が各店舗に材料を卸し、各店舗の店員達の配置と教育も行う。
 人員の出勤管理を行って定期的に休暇を与え、売り上げに応じたボーナスも支給する。
 更には、優秀な人材の幹部登用や、独立支援制度なども準備されているそうだ。

『男爵様は、何でこんな事に詳しいんだ』

『ある朝! 突然神が!』

『言いたく無いのなら聞かないから』

 各店舗と、そこに供給するために立ち上げたソースやケチャップ工房の運営で、アルテリオさんは笑いが止まらない状態らしい。
 余計な事をヴェルに聞いて、機嫌を損ねたくなかったのであろう。

 特に工房の調味料類は、ヴェルがショウユとミソを独占的に卸しているために、いくら納品してもすぐに無くなってしまう状態なのだそうだ。 
 そこから派生した、『テリヤキソース』の販売も好調らしい。

 しかし、相変わらずネーミングセンスが謎だ。

『保存用に、高価な魔道具を利用した地下冷蔵倉庫を新設したんだけど。入れる物があまり無いんだよ。男爵様が月に一度ショウユとミソを納品して、それが一週間ほどで無くなるまでしか使わないのさ』

 屋敷に姿を見せたアルテリオさんは、ヴェルに仕入れ代金を支払いながら、何気に仕入れ量の増量を要求していた。

『あまり一気に市場に流すと、価格が暴落しません?』

『暴落するほど、需要を満たしていないから』

 むしろ、需要を満たしていないので転売で利益を上げている人がいるそうだ。

『良いですけど、早く量産体制を確立してくださいね』

 ミソとショウユを造る魔法はもう手慣れた物らしく、導師との厳しい修行の後でも大量に製造可能らしい。
 ヴェル自身も、『ここで魔力を使うと、魔力量の増大に効果的だ』と語っていた。

『ミソは、意外と早く製造できそうだとさ。ショウユは、何年かかかると思う』

『醤油は、仕方が無いですね』

『今、委託している酒蔵と組んで、ミソ蔵を新設しているから。あとミリンだっけか? アレは、すぐにでも製造可能だってさ』

『味醂も、料理には不可欠ですから』

『男爵様考案の料理にはだろう? ところで、あのナットウとトウフだっけか?』

 ヴェルが考案した物を、アルテリオさんが次々に量産体制を確立していく。
 ヴェルは、導師との修行やボク達とのデートの合間に、こんな事ばかりしていたのだ。

『ニガリとやらの入手がなぁ……。塩とは違って液体だから、輸送の関係で仕入れ代金が上がる。製造だって、海水が無いとな』

『一応、代用品はありますけどね』

 続けて、またヴェルは妙な食べ物の製造をアルテリオさんに委託していた。

 前にヴェルが真剣な表情で作っていた、トウフという食べ物。
 水に漬けてふやかした大豆をドロドロに砕き、それを煮てから濾して白い『トウニュウ』なる汁を作り。
 それにニガリなる液体を入れると、なぜかトウニュウが固まるのだ。

 ヴェルは、その固まった物を『トウフ』と名付けていた。

 試食させて貰ったら、ホンノリ甘くて美味しかったのを記憶している。
 何でも、このトウフなる食べ物は健康にも良いし、美容やダイエット効果もあるらしい。

 製造が面倒なのと、ニガリという海水から採れる液体の入手にコストがかかるらしいけど、それはヴェルが代替品の情報を提供する事で解決していた。

『卵の殻を酢に漬ける?』

『ええ。四日間ほど漬けておけば、ニガリの代用になりますから』

『男爵様は良く知っているな。それで、このトウニュウやらトウフを量産してどう稼ぐんだ?』

『それはですね……』

 またヴェルに唆されて、アルテリオさんは大金を投じて新しい商売を始めていた。
 例の大豆が材料のトウニュウとトウフの販売に、煮た大豆を藁にくるんでから暖めて作るナットウなる食べ物にと。

 ただ、このナットウはボクはちょっと苦手だった。
 エルも駄目で、イーナとエリーゼは美味しそうに食べていたけど。

 他にも、トウフを材料にしたアブラアゲとか、ガンモドキとか。
 トウニュウを絞った残りである、オカラなる物を使った料理とか。

 あまり味が無くて柔らかいので、色々な料理やデザートやお菓子にも転用可能で、販売直後から多くの客が詰め掛けていたのを記憶している。

『これもまた大盛況だな』

 まだ数が作れないので値段は高かったんだけど、美容やダイエットに良いと店頭で調理方法込みで販売すると、貴族や富裕層を中心に爆発的に売れ始めたのだ。

 あとは、あの人達に売れたのも大成功の原因であった。

『材料に、肉や魚を使っていないのが素晴らしい!』

 エリーゼの御祖父さんであるホーエンハイム枢機卿が所属している正統派ではなく、古の教義に従い厳しい戒律を課している懐古派の神官さん達が、トウフやオカラの料理を良く買いに来るようになったんだ。

 他の宗派の神官さん達でも、たまには肉や魚を使わない食事をとか、なるべく使わない食事をと言って買いに来るようになったそうだけど。

『また何か考え付いたら頼むよ』

 アルテリオさんはご機嫌だったけど、ボクに言わせると自分で経営した方が良いような気もするんだ。
 でも、ヴェルはそれをしない。

 アイデアで得たお金はかなりの物だけど、自分で経営した方がもっと儲かると思うのに。
 それで『なぜ?』って聞いてみると、ヴェルはこう答えていた。

『もう十分に儲けたし、こういう商売は真似する人が多いからずっと儲けるのは大変なのさ。なら、経営ノウハウのあるアルテリオさんに任せて、俺は安く普及した物が買えれば大満足だし』

 なるほど、ヴェルには随分と計算高い部分もあるようだ。
 それに、他にももっとアイデアを持っていそうだし。  



「確かに……」

「王都の教会と、幾つかの商会に、アルテリオか。あの野郎は、坊主のアイデアを買い取ってバカみたいに儲けているらしいしな」

 ボク達やブランタークさんは、ここ二~三年でヴェルが王都やその周辺に広げた様々な調味料や料理の話をしながら、森になっている様々な果物を採取していく。

「えーーーと。カカオ? こんなのが食えるのかね?」

 ブランタークさんは、『報告』の魔法で見付けた赤ん坊くらいありそうな実を次々に魔法の袋に詰めていく。
 図鑑にはカカオの実と書かれていて、何かに使用できるそうだ。

 他にも、パイナップルなる高さ二メートルほどの表面がトゲトゲな実に、パパイヤ、マンゴー、マンゴスチン、スターフルーツ、ココナッツ、ライチ、ザクロなど。

 全部両手で抱えるほどの大きさで、名前は全て例の図鑑に書かれているフルーツ類であったが、やはり大きさは常識外であった。

「何度でも言うが、何でもデカいな」

 確かに、図鑑に書かれた標準的な大きさの記述がまるで当てにならないのだから。

「でも、美味しいから良いと思うんだ」

「大味じゃないのが救いか。でもなぁ……」

 ブランタークさんには、ある懸念があるらしい。

「でも、何です?」

「こんなにデカいフルーツが沢山自生しているって事は、それを食べる魔物もデカいって事になるよな」

「確かに……」

 段々と嫌な予感がしてくるけど、それはどうやら正しかったらしい。
 ブランタークさんは、ある方向を見てその表情を険しくさせていた。

「ワイバーンクラスの反応が複数か。お前ら、魔物に狩られて食われるなよ」

 ブランタークさんの指示で戦闘準備を整えると同時に、ボク達の視界に巨大な魔物が襲い掛かる姿が映し出されるのであった。




「ああ、疲れた」

「ブランタークさん、ヴェルはいつ迎えに?」

「もう一時間と待たないで済むはずだ」

 最初の大きなフルーツ採集は楽しかったんだけど、やっぱり未知の巨大な魔物との戦闘では疲れ果ててしまう。
 フルーツも大きかったけど、それを食べる魔物も大きかったからだ。

 全高二メートル、全長七メートルほどの体に、五十センチを超える長い犬歯が特徴の『サーベルタイガー』なる肉食の魔物に。
 全長十メートル近い、『ライノー』という頭部に二本のツノがある魔物。
 他にも、『ダチョウ』なる空を飛べない全長が五メートルを超える怪鳥に、『ヘルコンドル』というワイバーンと同じくらいの大きさの巨鳥と。

 今までに見た事も無い魔物達と多数遭遇し、エルとイーナが牽制している間にブランタークさんが魔法で、ボクが魔闘流の技で仕留めていく。

 多分、彼らの餌場を荒らしたから怒って攻撃して来たのだと思う。
 肉食の魔物は、ただ単にボク達を餌だと思ったようだけど。

「しかし、何だあの森は?」

 ブランタークさんが愚痴る気持ちも、ボクにはわからなくもない。
 あんなに巨大で凶暴な魔物ばかり住む魔物の領域なんて、今までに聞いた事がなかったからだ。

 冒険者時代に王国中を渡り歩いていたブランタークさんでさえも、これほど危険な領域は初めてであったと語っていた。

「獲物は、山ほどあったよね」

「そりゃあ、あれだけマナが濃ければな」

 あの大量の巨大フルーツ群を、巨大魔物群は食い尽くせないでいるのだ。
 つまり、それ以上の速度で繁殖しているという事になる。
 通常の植物や田畑の作物では、到底あり得なかった。

「つまり、あのフルーツの木も半分魔物化していると?」

「多分、そうだと思う。だから、あんなに実が大きいのだろうな。ついでに、食い尽くされないほど早く成長する」

「中に入れれば、冒険者にはお宝の山であると?」

「この図鑑にしか載っていない、半ば空想扱いの魔物や採集物だからな。希少性もあって、売れると思うぞ」

 ただ、普通の冒険者だと、魔物に遭遇した時点であの世行きだと思う。
 優秀な魔法使いであるブランタークさんに、導師から修行を受けたボクが居たから何とか疲れた程度で済んでいるわけで。

 あとは、ヴェルが居ればもっと楽に探索できるのだと思うけど。

「ところで、今回の成果だが……」

 ブランタークさんが報告魔法で毒無しと判定した植物や果物類に、襲い掛かられたので倒した様々な珍しい魔物達にと。
 ブライヒブルクで売れば、きっとかなりの金額になるはずであった。

「いいか。これは、あくまでも調査だからな。まだ探索していない場所も多いし、調査結果は魔の森全域を調べてからでないと出せないわけだ」

 つまり、今のところは換金しないし。
 換金しないという事は、利益が確定していないので税を納める必要がないという事だ。

「ただ、誤解するなよ。後でちゃんと換金して税は払うさ」

 要するに、ブランタークさんはヴェルのお兄さんの懐にあまりお金を入れたくないらしい。
 税を払うのは、あのお兄さんを次期当主の地位から引き摺り下ろしてからだと言いたいのであろう。

 ボク達は元々ヴェル側の人間だし、それについては全く異存はなかった。
 あのお兄さんが、脱税を疑ってここまで調べに来る度胸があれば払っても良いんだけどね。

「さて、そろそろだな」

「いやあ、今日も一日土にまみれて働いたなぁ」

 突然目の前に、瞬間移動で移動して来たヴェルが姿を現す。
 良く見ると、少しローブが土で汚れているようであった。
 今日も、新規の田んぼや用水路の造成に勤しんでいたのだと思う。

「坊主、また田んぼを広げたのか?」

「『開墾不要・用水路完備。農作業オンリーでスタートできる農民生活』ってチラシをですね」

「そりゃあ、応募者は多いよな」 

 開拓地で自作農を募集する貴族は多いのだけど、このエリアの土地はお前の物だと言われ、あとは自分で開墾をするのが普通なんだよね。

 ところがヴェルの場合だと、ある程度土壌まで改良された田んぼを渡され、ベテラン農夫の指導を受けながら稲作が可能なので応募者が殺到しているらしい。

 みんな、新しい土地で農業をするのだから大変なのは理解している。
 でも、その苦労が最初だけでも半減するのなら。

 しかもヴェルは、一年目は最低限の給金を保証している。
 生活に必要な物も、ヴェルが経営している商店で安く買えるし。
 食料などはバウマイスター領でも買えるから、移民先で生活苦や食糧難になる心配もない。

 だから、現在未開地の開墾地と人口は急激に増えていたんだ。

「家が足りなく無いか?」

「そこは、あの胡散臭いリネンハイム氏にね」

「大丈夫か?」

 ブランタークさんは心配しているようだけど、実際には上手くいっている。
 王都内で、もう取り壊す予定の物件をリネンハイムさんが見つけて来て、それを無料に近い値段で買い取ってしまう。
 買うのは上の家と土台だけで、持ち主も解体費用が無料になって僅かでも利益になるのですぐに了承してくれるそうだ。
 買い取った物件はレンブラント氏の魔法の袋に収納され、ある程度纏まると、ここに来てヴェルから指示された場所に建てていく。

 補修が必要な物件は、その都度王都から連れて来た大工達が修理していきと。

 この方法により、僅か三週間ほどで開墾地は家屋は四十五戸、人口は百八十人ほどにまで増えていた。

「田んぼも前進させましたし、みんな育苗中の苗が育つまで土作りや細かな改修作業に大忙しですから」

 米の苗が育てば、今度は水を張った田んぼで田植えを行うのだそうだ。
 本当ならば、開墾と土作りで新規の田んぼが収穫可能になるのには数年の時間がかかる。
 ところが、ヴェルが作った田んぼでは、一年目でもある程度の収穫が見込めるというのだから凄い。

「坊主も、自分の物でもない土地のために頑張るよな」

「そこは、親しき仲でも利益は必要ですから」

 ヴェルが今、気合を入れて魔法で開発している開発特区とやらは、将来的にはヘルマンさんの物になる予定であった。
 彼だって、心の中では実のお兄さんを追い落とすヴェルの工作になど力を貸したくないはず。

 だけど、現在ヴェルが開発している田園地帯や村落が自分の物となると思えば。

 分家のみんなのためにも、心を鬼にしてお兄さんを追い落とす工作に協力するはずであろうと。
 しかし、いつものヴェルらしからぬ悪辣ぶり。
 いや、貴族らしさとでも言えば良いのであろうか?

「(ボクは、そういうヴェルも好きだけどね)」

 自分の居所を守るために、全く誰も傷付けないでなんて甘い理屈が通用するはずもない。
 しかも、ヴェルには強力な魔法と、多額の資産があるのだから。

 己の我を通すために、時にはこういう事もしなければいけないのだと。
 そして、ボクはそれを悪い事だとは考えなかった。

「(ヴェルのお兄さんには悪いけど、ボクやエリーゼ達の居場所を確保するために追い落とされて貰うから)」

「ところで、探索はどうでした?」

「見た事も無い、変な果物とか魔物が沢山いたぜ」

「えっ、ブランタークさんでも見た事が無い魔物ですか?」

「坊主、俺はベテランの冒険者だったけどな。全ての魔物を見た事があるなんてはずもない。何しろ、この大陸は広いからな」

 この南端の未開地のみならず、未だに前人未到で何が生息しているのかわからない領域など、まだ沢山残っているのだとブランタークさんは語っていた。

 だからこそ、北方のアーカート神聖帝国とも和平が続いているのだとも。
 みんな、勝てて利益が出る保障も無い戦争をするよりかは、未開地の開拓の方を選ぶ。

 なら、昔の人達は何で戦争をしていたのかという疑問も浮かぶのだけど、それは偉い学者さんでも確実な回答は出せないそうだから。

「じゃあ、早速に戻って見てみましょうか」

「しかし、お館様の書籍が実務で役に立つとは……」

「何気に、酷い事を言いますね」

 ブランタークさんの言う通りで、ボク達だってあのエッチな小説のせいで過去に酷い目に遭っているのだから警戒して当然だと思うんだ。

「さあ、戻るぞ」

 ヴェルの合図で、ボク達は彼の傍に集合する。
 そして一瞬の後に、広大な農地が南方に広がる開発特区内の屋敷の前へと戻って来るのであった。
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