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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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幕間十四 決闘騒ぎ。

「さてと、今日も導師からの厳しい特訓が始まるな」

「だよねぇ……。ヴェルは、瑕疵物件の浄化とどっちが楽だと思う?」

「聞くなよ……」

 あの胡散臭いリネンハイム氏に浄霊のお礼として貰った屋敷から、俺とルイーゼはダルそうに出かけようとしていた。

 というか、結果的には貰ったというより、浄霊の代金として交換した屋敷でしかない。
 俺は、リネンハイム氏に一欠けらの恩義も感じていないのだ。

 さすがに、あの胡散臭いリネンハイム氏の件では、後でホーエンハイム枢機卿に文句を言いに行っている。
 エリーゼも同伴してであったが、ホーエンハイム家に行くとわかっていたとばかりに彼は待ち構えていて、俺達にこう言っていたのだ。



『リネンハイムは、表の高級物件の売買では有名な男だ。だが同時に、裏の瑕疵物件の売買でも有名でな』

 どう見ても売れそうもない物件を安く買い取ったり、もし売れたら高額の手数料を支払うと物件の持ち主に言わせた後、独自のコネで浄化を行って普通の物件にして利益を上げる。

 そのコネというのは、大半が教会とのコネであると思われるが、そのための経費は十分に使っているようだ。

『あの男はどういうわけか、こちらが新しい教会を作りそうな場所を見抜くのが上手い』

 事前に整地までして揉み手で現れ、しかも少し相場よりも安く売ってくれるらしい。
 胡散臭いが、不動産屋としての才能はある。
 そういう男らしい。

『それで、浄化の優先順位が高いと?』

『寄付金もケチらないのでな。平民出の司祭に大人気だな』

 ホーエンハイム氏に言わせると、人の欲に敏感なのだそうだ。

『御爺様! いきなり素人のヴェンデリン様に、あそこまで難易度の高い浄化なんて!』

 話に割って入ったエリーゼが、また激高してホーエンハイム枢機卿に苦言を呈していた。

『すまぬの。エリーゼの大切な旦那様に無理を強いて。昨日は、愛しの旦那様と仲良く浄霊できたから良しとしてくれぬか?』

『愛しの旦那様……』

 しかし、さすがは年の功。
 軽くかわされて逆に反撃までされてしまい、エリーゼは顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。

『浄化の良い練習にはなりましたけどね』

『それにだ。婿殿が自分で稼いだとはいえ、いきなり上級貴族街で大枚など叩いて屋敷など購入してみよ。どうなると思う?』

『えっ、そこまで酷いんですか?』

 俺が、貧乏騎士の八男なのが良くないようだ。
 普通に新参者が、いきなり上級貴族街で有り余る財力を使って元男爵以上の屋敷を購入する。
 それだけで、『成り上がりの新参者が……』と陰口を叩かれるそうだ。
 『お前なんて、下級貴族街の屋敷で十分だ』と。

『そこでだ。あの胡散臭いリネンハイムと裏に居る教会に騙されて、性質の悪い瑕疵物件ばかり数軒も、紹介とは名ばかりで浄化させられた。その苦労を思えば、あの男爵屋敷くらいという話になる』

 ホーエンハイム枢機卿に言わせると、成り上がり者にはこのような配慮も必要らしい。
 貴族達からの悪評も、俺を上手く使って多額の利益を得たリネンハイム氏に向かっているらしい。

 彼の場合は、元々胡散臭いと評判なので余計にだそうだ。

『浄化した性質の悪い瑕疵物件も、普通に売れますしね』

『手頃な屋敷が無くて、下級貴族側で順番待ちをしている連中もおるのでな。そういう連中に、婿殿は恩を売ったとも言える』

 たかが屋敷一つ買うくらいで、俺は本当に貴族という生き物がわからなくなってくる。
 中身が元庶民なので、余計にそう思ってしまうのだ。

『挙句に、無料で貰ったあの屋敷にも、変なのが憑いてましたね』

 メイド服を着た若い女性の霊が、『旦那様ですか? 旦那様なら、生きたまま八つ裂きです』とニッコリ笑顔で言って来るので、俺達は全員で絶句してしまったほどであった。

 すぐにエリーゼが優しく説得し、軽い浄化魔法ですんなりと成仏はしてくれたのだが。

『何? リネンハイムの奴、報酬の屋敷まで瑕疵物件を渡したのか?』

『俺とエリーゼなら、浄化可能だと思ったんでしょうね』

『相変わらず、油断のならない……。後で、少し絞らないと駄目だな』

 翌日、ホーエンハイム枢機卿に呼び出されて絞られたのか?
 リネンハイム氏がお詫びに来て、もう一軒屋敷を譲渡しますと言って権利書を押し付けて行く。
 すぐにその権利書に記載された屋敷へと向かうと、そこは元は某王族が使用していた屋敷であるらしい。

 物凄く広大な敷地に、大邸宅が建っていた。

 と同時に、また周囲の塀全てに教会謹製のお札が張られ、敷地の中では数百もの悪霊が真昼間から飛び交う、最高級の瑕疵物件でもあったのだが。

『何々……。(七代前の王弟様のお屋敷で、この人は使用人や家臣やその家族までもを、多数地下室で拷問にかけて虐殺するのが趣味でして。でも、内緒ですよ)……』

 あまりに酷い話だが、王様の弟が大量快楽殺人者だと世間にバレるのも問題なわけで、結局その王弟は病死した事にされたらしい。
 もっとも、その隠密処分のせいで、殺された人達の怒りが屋敷と敷地に澱んで溜まってしまい。
 今では、教会すら匙を投げる災厄クラスの瑕疵物件と化しているようであったが。

 そういえば、この屋敷と同じ区画にある屋敷は全て無人となっていた。
 上級貴族なので当然この屋敷の由来は知っていて、近所に引っ越す事すら躊躇われる物件なのであろう。 

『あのインチキ不動産屋め!』

『ヴェンデリン様?』

『所持しているだけで、邪魔じゃないか!』

 結局この屋敷も、エリーゼと二人で浄化する事となる。
 しかし、歴代の教会関係者が匙を投げるほどの物件だったので、その浄化には多大な時間と魔力を消費する羽目になり、その日は導師との特訓を休むほどであった。

『あの物件を浄化とは! 某なら、挑戦する気すら起きないのである!』

 あのアームストロング導師がそこまで言う物件ではあったが、何とか屋敷の浄化には成功していた。 
 エリーゼの、助言と協力があってこそであったが。

 俺だけなら確実に失敗するし、エリーゼだと魔力量が圧倒的に不足しているので不可能なのだそうだ。

『あのインチキ不動産屋、まさか揉み手で売却の相談に来ないよな?』

『無いとは言えません……』

『絶対に、売ってやらねえ!』

 もしそうなると腹が立つので、浄化した物件をわざとブライヒレーダー辺境伯が懇意にしている不動産屋に売り、何と白金貨十五枚で売れはしたのだが……。

『この血塗れ王弟屋敷ですけど、周囲の屋敷は全てリネンハイム不動産に安く買い叩かれていまして……』

『さすがは、インチキ不動産屋』

『同業者の間でも、胡散臭いって有名ですからね』

 それでも、暫くしてその買い叩いた周囲の屋敷が全て売れたようで、彼は追加報酬として大金を送ってきていた。
 それなりに誠意もあるようで、やはり胡散臭いリネンハイム氏は本当に良くわからない人物であった。

 結局、胡散臭いのには変わりはなかったのだが。





「あのインチキ不動産屋から来る浄化関係の仕事は、報酬は良いけどレベルは高いからな」

 それ以降、たまに浄化魔法の練習も兼ねてその手の依頼も受けていた。
 依頼主は、教会が半分にリネンハイム氏からのが半分くらいであろうか?

 報酬が良いのと、導師との修行と違って魔法の修行をしているという実感があるので、つい引き受けてしまうのだが。

 先生役のエリーゼと一緒に、最近では下級貴族街や商業・工業街にまで出かけるようになっていたのだが、その依頼全てが性質の悪い瑕疵物件の浄化であった。

「それなりのレベルなら、教会に任せれば良いから当然だと思うよ」

 長年浄化されていない性質の悪い悪霊やレイスなどの排除には、俺のような極稀に出現する強力な魔力で一気に消滅させる力技の方が有効だったりする。
 なお、同種である導師は、聖の魔法が苦手であるらしい。
 『これなら、使えない方がマシである』と、良くこぼしていた。

「(導師の場合、悪霊でも殴り殺すのかな?)魔法の修練にはなるんだけどな。導師との修行とは別の意味で」

 休息日以外にはほぼ毎日行われているアームストロング導師からの修行は強くはなれるのだが、ブランタークさんから教わる魔法のような上手さが確認できず。
 しかも、修行内容が魔法格闘術一本なので、俺はつい自分が魔法使いなのを忘れてしまいそうになるのだ。

 ルイーゼも、自分が魔闘流を修行している身である事を忘れてしまいそうになるらしい。
 魔闘流とは、もっとスマートで技巧派な格闘技だと力説しているくらいなのだから。

「いってらっしゃいませ」

 そして、そんな話をしている二人を見送る、俺の婚約者であるエリーゼの存在があった。
 彼女は、イーナとルイーゼがブライヒブルクの邸宅時代から俺と一緒に住んでいる事を知り、屋敷の改装が終ると荷物を持って屋敷に居候を決め込んでしまった。

 世間で言うと、結婚前に同棲しているとも言うわけだが、彼女はそんな風聞など気にもしていなかった。

 意外と、物事に動じない性格をしているのかもしれない。

 更に、新しい屋敷に必要な使用人なども、全てホーエンハイム家のツテで揃え。
 自身も、俺に食事やお菓子を作ったり、お茶を淹れたり、その他の家事をこなしたりと。

 ルイーゼに言わせると、『もう若奥様だね』という状態になっていたのだ。

 まあ、だからと言ってまだ手は出していなかったが。
 この世界において、貴族の正妻になるような未婚の女性に婚前交渉は厳禁という考え方があるらしい。
 その割には、えらく妾だの愛人だのの話が多いような気がするのだが。

 キスくらいは、挨拶の延長として許して欲しいものであった。
 間違いなく、他の貴族もしていると思うし。

「エリーゼ、張り切ってるね」

「これで、弁当とか貰えたらなぁ……」

 別に、エリーゼが料理が下手というわけではない。
 導師の修行の一つで、己で糧を得るというわけのわからないメニューがあるのだ。
 簡単に言うと、昼食は自分で森などから獲物を獲って来いという事であった。

 俺とルイーゼは一応は調理はして食べていたが、導師は血抜きだけをしてから、焼いて塩を振って食べるの繰り返すのみ。
 しかも、それを主菜として俺達にも勧めるのだ

『導師、他の食べ方は?』

『いらぬ。某、この食べ方が一番好きな故に』

 何不自由ない名門貴族の家に生まれた彼であったが、次男な上に魔法の才能があったので、それを伸ばすために冒険者稼業に足を踏み入れた。
 次男なのに部屋住みにされなかったのは、幼馴染である陛下の後押しと、三男も存在していたためである。

 とんでもない環境の変化に見えるが、彼はその変化を物凄く楽しめる人だったらしい。
 実家では出ない、辛い味付けの大雑把な庶民料理に、アルコール度数だけは高い安酒にと。

 何を口に入れても、『初めて食べます。珍しい味ですね』と言って他のパーティーメンバーが呆れるほどで、すぐに冒険者稼業に慣れていったようだ。

『野営も楽しみであったな! 獲ったウサギを血抜きして焼くのだ』

 それで、塩を振って食べる。
 導師は、この調理方法が大好物になった。
 だが、これを実家や、己の子爵家で食べるわけにもいかず。

 彼が、良く陛下の命令で外地に出るのを好むようになった最大の理由でもあったのだ。
 あのパルケニア草原偵察任務でも、一人で何日も平原中を巡って大好きな野営を重ねていたそうだ。

 何と言うか、とても似合っているような気がするのだが。

「俺は、エリーゼの弁当の方が食べたい」

「ボクも、何を獲っても血抜きして塩焼きだからもう嫌だ」

 だからと言って、それがなくなるわけでもない。
 諦めながら屋敷を出ようとするが、悲しいかな導師からの修行のせいで変に勘が良くなったようだ。

 ルイーゼなどは、多分屋敷の玄関で気が付いているはず。
 こちらに、意味ありげな笑顔を向けていた。

「何者だ?」

「きっ、きっ、気が付いたんだな」

 俺が声をかけると、門扉の裏から数名の男性が姿を現す。
 年齢は二十代前半くらいから、中心に居る人物は四十代後半くらいであろうか?
 みんな、高価そうに見える服を着ているので貴族なのであろう。

 しかも、その中心にいる男性は相当に身分が高いようにも見える。
 金髪を七三に分け、体型は身長百八十センチ、体重百五十キロと言った感じであろうか?

 典型的なメタボ体型で常に鼻息も荒く、どう見ても武術などの心得があるようには見えなかった。

「ろ、ろっ、ロマーヌス・アルベルト・フォン・ヘルター公爵なんだな」

 何と、彼は公爵のようだ。
 つまり、王族と血の繋がりがあるという事だ。

 あと、喋り方が前世のテレビドラマで見た某画伯ソックリなので、思わず笑ってしまいそうになる。

 オニギリとかを渡すと、喜ぶのであろうか?

「あの、公爵様が何の用事で?」

「お、おっ、お前に決闘を申し込むんだな」

 と言うのと同時に、彼は白い手袋を投げて来る。
 ところが、導師との修行で勘が鋭くなっていたのであろう。
 俺は、その白手袋をひょいとかわしてしまう。

 投げているのが微妙な公爵様なので、少し気を付ければ普通の人にでも簡単にかわせてしまいそうではあったが。

「に、にっ、逃げるんて卑怯なんだな」

「決闘って、理由をお聞かせ願えますか?」

 というか、勝手に決闘なんてして良いのであろうか?
 もし決闘が違法行為で、俺が彼を傷付けたり死なせたりして、その罪を問われた場合。

 最悪、処刑などと言われても困ってしまうからだ。

「ぼ、ぼっ、僕のエリーゼちゃんに手を出したからなんだな」

「えっ、そうなの?」

 俺は思わず、隣のルイーゼに聞いてしまう。
 実は、俺と婚約する前は、この公爵様と婚約していた可能性などを考えてしまったからだ。

「ボクが知るわけないじゃない。でも、今のエリーゼはヴェルの婚約者なんだから」

「それもそうか。というわけなので、お引取りを」

 もしかすると、過去にホーエンハイム枢機卿の命令で婚約者にされていたのかもしれない。
 あくまでも過去の事なので、俺は気にしてはいなかったが。

「そ、そっ、そんな理由では引けないんだな」

「あいや、お待ちを!」

 そこでようやく、公爵様の取り巻きの一人である若い男性が俺に声をかけてくる。

「私は、公爵様と交友のあるディートハルト・フォン・バルシュミーデ男爵です」

 まるでカマキリのように痩せていて、いかにも腰巾着が似合いそうな男性だ。

 あと二人居るのだが、共に三十代くらいでエンデルスとヘプケンという騎士であった。
 多分、公爵の寄り子でもあるのだろう。

 どこにでも居そうな、とても地味に見える二人であった。

「貴族同士の決闘に関しては、これは正式に法によって認められているのです」

 正式に宣言して、お互いに了承し、日時を決めて第三者の立会人が審判をする。
 以上の経緯で行われた決闘での負傷や死亡は、絶対に罪にならないという話であった。

「なので、安心して決闘を受けていただきたく」

「嫌だ」

「う、うっ、受けるんだな!」

 また公爵が白手袋を投げて来るが、俺はそれをまたひょいとかわしていた。

「決闘は貴族の華。逆に受けぬは、大いに恥なのにですか?」

「俺に、何のメリットも無いじゃないか!」

 さすがに、この目の前の運動経験ゼロにしか見えないメタボ公爵に負けるとは思わないが、もし負けたら向こうはエリーゼを要求してくるはず。

 というか、エリーゼの許可も受けずに勝手に決闘なんてするわけにもいかないのだ。
 ホーエンハイム枢機卿も、黙ってはいないであろう。

「勝てば、公爵様を倒した栄誉が得られますぞ」

「はあ?」

 俺が他人の実力を見た目でしか見られない愚か者で、実はこの公爵が物凄い魔法や武術の達人だという事なのであろうか?

 いや、ブランタークさんから習った他の魔法使いの気配を探る方法では、公爵の魔力は確認できなかった。
 むしろ、下手に倒すと公爵を殺したとか怪我を負わせた罪でいらぬ罰を背負わされそうだ。

「ぼ、ぼっ、僕は寛容なんだな」

「明日、また伺いますので。それまでに良いお返事を」

「く、くっ、首を洗って待っているんだな」

 言いたい事だけを言い、俺達の前から立ち去る公爵様御一行に。
 俺もルイーゼも、ただ唖然として見送るだけしか出来ないでいた。




「決闘かよ。えらく久しぶりに聞く単語だな」

 結局、その日の修行は例の公爵様対策で中止となっていた。
 どう対応して良いものかわからなかったので、瞬間移動の魔法で呼んで来た寄り親であるブライヒレーダー辺境伯様に。
 ブランタークさん、アームストロング導師、当事者の一人でもあるエリーゼといつもの俺達四人という面子で相談を始める。

 俺の屋敷のリビングに集まり、エリーゼが全員分のお茶を淹れてから話は始まる。

「久しぶり?」

「ええ、ブランタークの言う通りです」

 ブライヒレーダー辺境伯様の説明によると、貴族同士の決闘はこの王国がまだ小国であった頃から存在していたそうだ。
 名誉、女、土地、利権、財貨など。

 どんな理由でも構わないが、決闘を行うには明確なルールが存在している。

「相手に白い手袋をぶつけて、決闘を宣言するのである」

 見た目通りと言うと失礼になるのか?
 導師も、決闘のルールを知っていたようだ。

「それ、二回ともかわしました」

「では、成立していないのである」

 導師によると、白い手袋が相手に触れない限りは決闘を申し込んだ事にならないそうだ。

「白い手袋をぶつけられない時点で、決闘なんて止めた方が良いと思うけどね。あの公爵様は」

「ルイーゼ嬢の言う通りではあるが、決闘には代理人も認められる故に」

 どうやら、あの公爵様。
 自分は戦わないで代理人に任せる癖に、偉そうに首を洗って待っていろとか言っていたらしい。

 ある意味、とても羨ましい性格をしているようだ。

「でも、何でここまで時間が経ってからなのかしら?」

 イーナの言う通りである。
 エリーゼが欲しいのであれば、婚約した直後に異議を申し立てれば良いはず。
 それが、今になってというのが怪しかった。

「念のために聞きますけど、エリーゼさんはヘルター公爵の事は?」

「はい、知っております」

 今から二年ほど前から、『ぼ、ぼっ、僕の二十五番目の妻に相応しいんだな』と言われ、しつこいくらいに妻になるように誘われていたそうだ。

「御爺様が、断り続けているのですが……」

 諦めが悪く、『し、しっ、子爵如きが、公爵たる僕に逆らうのは不敬なんだな』と、逆に向こうがホーエンハイム枢機卿を非難する有様なのだそうだ。

「子爵如きって、あの公爵様」

「ええ、バウマイスター男爵の言う通りです。表向きは、ちょっと困った方だと皆は言いますね」

 本音は、教会の幹部を考え無しで侮辱する、空気の読めないバカという評価を受けているらしい。
 他にも色々と問題を起していて、バカだけど公爵だから公に非難されていないだけなのだそうだ。

 当然、裏ではボロカスであった。 
 王都の住民達などは、半分知恵遅れ扱いしているそうだ。

 あと、ブライヒレーダー辺境伯であったが、俺の事をバウマイスター男爵と呼ぶようになっていた。

 エーリッヒ兄さんの結婚式で祝儀を出さなかった件で、もう本家の方は記憶の隅に置いておきたいそうだ。
 『商隊を、年に何回か回しているそんな家もあったかな?』くらいの認識であると前に言っていた。

 結局祝儀を出さなかった件は、極一部の関係者にしか漏れていなかった。
 あまりに非常識なので、外部に漏らす事が無いようにブライヒレーダー辺境伯が動いたからだ。

 すぐに俺が補填していたので、披露パーティーの参加者で気が付いた人は少ない。
 こちらが外部に漏らす意図がなく、向こうも敢えて公にはしないはずなので、そちらからも漏れる心配は無い。

 思うに、父はどうかは知らなかったが、クルト兄さんはそれが目的だったのかもしれなかった。

「ヘルター公爵は、前国王陛下の末の弟なのですよ」

 王族だが行き先が無く、たまたま子供がいなかったヘルター公爵家に養子に入った。
 陛下からすると、叔父に当たるわけで。
 今までの不祥事でも注意はしているが、相手が甥なのでその場では素直に頷いても、裏では聞く耳を持っていない。

 その繰り返しで、王族間でも鼻ツマミ者扱いなのだそうだ。

「ホーエンハイム子爵、怒ったでしょうね」

「みたいですね。王都在住の家臣から報告も上がりましたし」

 子爵風情とは言うが、実はヘルター公爵とホーエンハイム枢機卿では、貴族としての力は後者の方が上であった。

 それもそのはずで、この王国における公爵とは半分名誉職のような物であり。
 余った王族に、恥をかかせないレベルの生活を保障する程度の物でしかなかったからだ。

 なので、公爵に領地持ちはいない。
 大昔に国王が崩御した際、数名の公爵が同時に反乱の兵を挙げた事があるそうで。
 それ以降は、公爵は王都在住で法衣貴族なのが決まりであった。
 地方で王権の正当性を訴えて、反乱を起せないようにだ。

 あと公爵家の数も決まっていて、そう簡単には増やせない仕組みになっている。

 そもそも、階位というのはこの時に作られたらしい。
 王国成立初期には、貴族の中で一番階位が高い者が国王という意図で。
 その後に王権が確立されると、支給される年金の基準額が階位毎に決められたそうだ。

 昔に、『余の財産である、国の資産を自由に使って何が悪い!』と浪費に走り、国の財政を傾けた国王が居たとかで。
 現在では、国王も第一位の階位に定められた年金を支給され、それを個人的に使うシステムになっていた。

 さすがに公費や歳費は予算から出るので、国王のお小遣いとしての年金であったのだ。

 あと公爵も当然、階位に従った年金を貰っている。

「年金は、貴族で一番多いですけどね。領地は、無しですけど」

 普通なら、法衣子爵如きに後れは取らないはずなのだが、ホーエンハイム子爵は教会の枢機卿でもある。

 当然、それ以上の実力があるのだ。

「エリーゼさんは、ホーエンハイム枢機卿の長男で爵位継承者の長女であったはず。それが、公爵の二十五番目の側室とか。父親が騎士爵以上なら、間違いなく誰でも怒ります」

 よほど食い詰めないと、二十五番目という時点で問題になってしまうはずだ。
 その順位だと、規模の大きい商人でも娘は差し出さないレベルであった。

「御爺様は、陛下に事情をお話になって……」

 事情を聞いた陛下は、ヘルター公爵を呼び出して叱責したそうだ。
 しかし、この人は評判通りの人であった。

 都合の良い時には、陛下の叔父である事を鼻に掛ける癖に、このように怒られると、『甥如きの叱責など気にしない』という人のようで、全く懲りずに定期的にエリーゼを妾に欲しいと言い続けている。

「ある意味、凄い人だな」

「ええ、ただ自分の欲望のままに動いていますから」

 エルの指摘に、ブライヒレーダー辺境伯は困ったような表情をしながら答えていた。
 実際今までに、迷惑を被った事があるのであろう。

「俺が驚くのは、あのヘルター公爵に二十四人の奥さんが居る事実ですね」

「籍に入っていない愛人なら、これの三倍はいますけど」

「良く破産しませんね……」

 法衣とはいえ、公爵なので年金は多いはずだ。
 だが、それに準じて人を雇ったり、貴族として様々な付き合いなどもあるはずで。
 あと、王族と縁戚なのでそっちの付き合いもあって、公爵でそう余裕がある人はいないらしい。

 なのに、彼は二十四人も奥さんが居る。
 どのようにやり繰りをしているのか、気になってしまうのだ。

「(実はやり手で、財テクに勤しんでいるとか?)」

「いえいえ。あの人は、借金だらけですから」

 さすがは、ブライヒレーダー辺境伯とでも言うべきか。
 彼は、ヘルター公爵家の懐事情にも詳しかった。

「彼の代で、急激に借金が嵩みましてね」

「理由が、簡単過ぎる……」

 浪費に、女性遍歴に、今日居たゴマを擂る寄り子達への支援にと。
 毎年貰う年金は、借金の返済だけに消えているそうだ。

「(それって、自転車操業じゃん)」

 そんな状態(借金まみれ)でエリーゼを嫁に欲しいとか、ある意味お目出度く出来ているようであった。

「私がヴェンデリン様と婚約したと発表したら、大人しくなったんです。それで、諦めた物ばかりと」

「何か必勝の策があるのかな?」

「必勝の策と言いますか、バウマイスター男爵に勝てる決闘の代理人を見付けたのでは?」

「決闘か……」

 凶暴な野生動物に、骨竜、老巨竜、ある程度の数の魔物と。
 それなりに戦闘経験はある。
 だが困った事に、対人間戦闘はアームストロング導師との修行でしか経験していない。

 もしかすると、予想外の敗戦を喫する可能性があったのだ。

「そもそも、竜殺しの坊主に対抗可能な代理人かぁ。厳しいよなぁ……」

 元冒険者であるブランタークさんは、可能な限りヘルター公爵が雇えそうな高名な魔法使いを含む冒険者を思い出し始める。

「爆炎のキンブリーは、代理人なんて受けないからな。ブリザードのリサは、あの借金公爵が出せるような依頼金じゃないし……」

「物騒な二つ名ですね」

「冒険者でもあるから、二つ名のインパクトって重要なんだよ。仕事の依頼数に関わるし」

 プロレスラーに派手な名前を付けるのと、同じ事のようだ。
 両名とも、現役の冒険者としては有名人なのだそうだ。

「決闘形式だから、魔力と魔法威力に優れた坊主を出し抜く技が使えないのが厳しい」

 なまじ互いに公平な状態からのスタートなので、対戦相手は俺に勝るであろう、経験に基づいた奇襲や相手の意表を突くような戦法が使い難い。

 そうなると、単純に魔法使いとして高出力な俺に勝つのが難しくなってしまう。

 これで代理人を引き受ける人は、相当なマゾであるとブランタークさんは答えていた。

「相手が、俺なんて実は弱いと思っているとか?」

「あるかもしれないな」

 魔法の才能がある事に気が付き、ある程度の鍛錬で中級くらいにまでなった新人が陥り易い罠なのだそうだ。
 『俺でも、あの骨竜は倒せた。むしろ、もっと余裕だったと思うし』などと思い込んでしまう。
 これも、その気になればほとんど独学で学べる魔法の悲劇というやつだそうだ。

「坊主、俺と導師で決闘方法を仕込んでやるから引き受けろ」

「良いんですか? いや、大丈夫ですか?」

「俺や導師なら坊主の負けだけどな。生憎と、ヘルター公爵からは代理人の依頼は受けちゃいないよ」

「某もである。しかし、五十七年ぶりの決闘であるか。楽しみであるな」

「あの、楽しいイベントってわけじゃないですけど……」

 人がこれから決闘なのに、導師は相変わらずであった。
 やはり、見た目通りに決闘が大好きなようだ。

「前に、気に入らぬ貴族に申し込んだのだが、泣いて断るので興醒めであった! 大の男が、みっともない!」

「(導師と決闘なんて、未来が死しか無いからじゃないですか?)」

 導師を除く全員が、心の中でその貴族に心から同情してしまうのであった。





「よ、よっ、良くぞ引き受けたんだな。い、いっ、引導を渡してやるんだな」

 結局、俺は導師やブランタークさんに言われて、次の日に決闘を受け入れる羽目になってしまう。
 向こうはなぜか大喜びなのだが、もしかするととんでもない隠し玉でも持っているのかもしれない。

「拙い。ここに来て、緊張が……」

 決闘は、二日後と決まり。
 その前日の夜、俺は緊張のためか眠れずに屋敷の二階のベランダで夜空を見ていた。
 この世界でも月は一つだけで、色は少々青っぽかったが、大きさなどは地球とそう違わなかった。

「早く寝ないとな」

「ヴェンデリン様、私のために無理はしなくても……」

 とそこに、俺と同じく起きてしまったらしいエリーゼが、俺に声をかけてくる。
 エリーゼは優しいので、俺が緊張しているのを見て決闘を取り止めてもと構わないと言い始めたのだ。

 しかし、それは駄目だ。

 あんな某画伯モドキのメタボ中年に、十三歳のエリーゼを二十五番目の奥さんとして渡すなど、俺のなけなしのプライドが許さない。

 というか、四十代後半のおっさんに十三歳の巨乳美少女とか。
 まず犯罪だと思ってしまうのだ。

 この世界では違法でも何でも無いが、俺の心の中の裁判官が彼を有罪だと告げていた。

「エリーゼは、安心して見ているがいいさ。エリーゼは俺の婚約者であり。それに手を出すバカは、公爵でも蹴散らすぞと世間に示してやる」

「ヴェンデリン様」

「なあに、油断しなければ大丈夫だって。あんなヒキガエルにエリーゼは渡さない」

「はい、そう言って貰えて嬉しいです」

 俺はエリーゼを引き寄せると、二人でまた月を見始める。
 完璧なシチュエーションに、俺の格好良いセリフ。

 今の俺、大勝利の構図であった。

「私も、ヴェンデリン様の勝利を信じています」

「ありがとう」

 俺とエリーゼはそっと口づけをしてから、明日に備えてお互いの寝室へと向かうのであった。




「さーーーて! 今日は、注目の大イベントだぁーーー! あの竜殺しの英雄バウマイスター男爵と、ヘルター公爵の代理人による決闘が、五十七年ぶりに行われまぁーーーす!」

 決闘を引き受けた俺は、翌日の朝にヘルター公爵が寄越した迎えの案内で会場へと移動していた。
 俺は郊外の空き地ででも行うのかと思っていたのだが、実際には何と王都コロシアムで行われるようだ。

 この王都コロシアムは、各種武芸の王国大会に、幾つかある騎士団による模擬戦闘試合など。
 三万人ほどの観客を入れてイベントを行える、石造りの豪華な施設であった。

「時間もないのに、良く予約が取れましたね」

「ヘルター公爵様は、王城にも顔が利くのです」

 自慢気に語るのは、先日にもいたカマキリ男バルシュミーデ男爵だ。
 ブライヒレーダー辺境伯からの情報によると、あのヘルター公爵の寄り子達の中では比較的頭脳派であるらしい。

 あの集団自体の知能レベルが微妙なので、普通よりは少し上のバルシュミーデ男爵が、知恵袋扱いされているそうであったが。

「コロシアムには、観客席に魔法が飛ばないように魔法障壁をかけるスタッフも居ます。なので、安心して魔法をどうぞ」

「自信満々だな。魔法禁止とか言い出すかと思ったけど」

「あなたの、唯一の特技じゃないですか。存分にどうぞ」

 明らかにバカにされているようだが、特に気にもならなかった。
 むしろ、代理人の方が気になっていたのだ。

「さて、到着です」

 コロシアムは、既に観客で満員であった。
 あと、彼らは何かの紙欠を懸命に売買し、握り締めているようだ。

「おいおい、人の決闘で賭けかよ」

 紙欠の売買をしている男性の横には、現在のオッズという張り紙がされたプレートが立っていた。

「何々……。バウマイスター男爵1.1倍。ヘルター公爵13.5倍って!」

 賭けは、完全に俺の方が優位であった。
 だからと言って俺にギャラが入るわけでもないので、別にどうでも良かったのだが。

「その自信が、あと少しで絶望に変わるのですがね」

 ヘルター公爵側は、何かとんでもない隠し玉を準備しているらしい。
 バルシュミーデ男爵も含めて全員が、俺に嫌らしい笑みを浮かべていた。

 試合前に、控え室からコロシアムの入場口に移動すると、そこから観客席の様子が良く見える。
 客の入りは満席で、久々に行われる決闘という伝統行事に多くの人達が興味があったようだ。

 それと、観客席の一部に関係者専用の席も設けられていて。
 エル、イーナ、ルイーゼ、エーリッヒ兄さん、ブラント一家、導師、ブランタークさん、ブライヒレーダー辺境伯のその家臣達と。

 実はみんな、結構娯楽に飢えているのかもしれなかった。
 心配して来ているのであろうが、なぜかみんな軽食と飲み物を買って楽しんでいるようであったし。

「さーーーて! そろそろ、選手入場です!」

 妙に元気なアナウンスの従ってコロシアム内の試合会場に入ると、そこにはヘルター公爵、バルシュミーデ男爵、あと二人の影の薄い騎士も合わせて四人で待ち受けていた。

「さ、さっ、最後なんだな。り、りっ、竜殺しもここで終りなんだな」

「よほど自信がおありなようで」

「さ、さっ、最高の代理人なんだな」

「どこにいるのです?」

「げ、げっ、元気が良過ぎるからまだ出せないんだな」

「はあ?」

 何か嫌な予感がする。
 そう思っている内にヘルター公爵達は後ろへと下がり、その直後に対戦相手が入場する入り口の扉が開く。
 中から、巨大な檻を載せた台車が前へとせり出し、所定の位置に着くとその檻の扉が開く。

 中からは、高さ五メートル全長十メートルほどの、金属製の山のような物体が飛び出していた。
 いや、それは良く見ると魔物であった。

 属性竜には劣るものの、小型種のワイバーンよりは大きい。
 うちの実家と、ブライヒレーダー辺境伯領を隔てる山脈に多く生息する。
 中型で群れを作って生活し、獰猛な肉食で時にはワイバーンさえ狩ってしまう中型竜。

 飛竜と呼ばれるそれが、ほぼ全身を金属製の鎧に包まれていたのだから。

「おいっ! 代理人なのか?」

「決闘のルールに、代理人は人でなければ駄目とは書かれていません」

「そりゃあな……」

 決闘のルールには、『決闘者は、代理人を指名する事も可能である』としか書かれていない。
 だが常識から考えて、代理人なのだから人以外は駄目に決まっているのは当然であった。

「反則じゃないのか?」

 俺の発言に、観客席からも『卑怯だ!』という声が上がっている。
 逆に、『面白そうだから戦え!』という野次も飛び交っていた。

「魔物では駄目とは、一つも書かれておりませんので」

 しかし、さすがは自称頭脳派のバルシュミーデ男爵だ。
 考えが浅はか過ぎて、ただ笑うしか無い。
 竜を俺に放ち、同時に決闘を賭けにして胴元として金を集める。
 観客の大半は俺に賭けるはずなので、もし俺が負ければ胴元は大勝利となるはずだ。

「(エリーゼを手に入れ、同時に金も儲けるか)」

 しかし相手が飛竜では不安なので、あの金属製の鎧なのであろう。
 しかもこの鎧、魔法で探ると鋼の上にミスリルでコーティングがされているようだ。
 要するに対魔法用の鎧で、魔法使いである俺に不利になるように準備したのであろう。

 多分、俺とエリーゼが婚約した直後から念入りに準備をしていたようであったが。

「ささっ、早く戦わないと」

「バルシュミーデ男爵、あんたも戦う準備をしておけ」

「はあ? 何を仰っているのです?」

 どうやって飛竜を捕らえたのは知らないが、捕まえた竜が人の言う事を聞くなんて事は絶対にない。
 小型のワイバーン種でも、今までに飼い慣らした人など皆無で。
 逆に、失敗して殺される人間の数は、今までに数え切れないほどなのだから。

 この国の空軍が魔導飛行船のみで、竜騎兵などが存在しない理由は竜がまるで人に慣れないからであった。

「そのクソ竜は、まずは弱そうで一人のあなたに向かいますよ。死んでください」

「はあ……。忠告はしたからな」

 確かに、全身鎧の竜は、最初は子供で一人の俺を食おうと突っ込んで来る。
 途中、小さめの火矢魔法など放ってみるが、あのミスリルコーティング鎧がちゃんと仕事をしているようで、全く効き目が無かった。

「まあ、予想通りか」

「強がりですか?」

 俺がピンチになったと思って嘲笑うバルシュミーデ男爵であったが、俺が飛竜になど負けるはずはない。
 まずは、軽く魔法障壁を張って攻撃を受けないようにする。

 飛竜はそのまま全力で俺の魔法障壁にぶつかり、そのまま数十メートルほど弾き飛ばされてしまったようだ。

「なっ!」

「俺にも、攻撃は効かないわけだ。それで、次だが……」

 そうなると、あとは本能に従って近くにいる得易い獲物に標的を変える。
 飛竜は食欲と言う本能を満たすために、四匹の獲物に飛び掛っていた。

 そう、ヘルター公爵達という獲物にだ。

「ひいっ!」

 飛竜の標的が自分達に変わり、ヘルター公爵達はその場で腰を抜かしていた。
 どうやら、あの中に貴族の責務を果たせそうな人はいないようだ。

「く、くっ、喰われる!」

 ヘルター公爵が叫ぶのと同時に、飛竜が四人の目前にまで到達するが、またも飛竜は魔法の壁に阻まれて数十メートルほど弾き飛ばされる。

 俺が、あの四人の周囲にも障壁を張り巡らせたのだ。

「喰い殺されたら、後で事情が聞けないからな。決闘に制御不能な竜を持ち込むとか、大不祥事ですぜ。公爵様」

「……」

 俺の発言にバルシュミーデ男爵は顔を俯かせてしまうが、逆にヘルター公爵は元気になっていた。

「ち、ちっ、チャンスなんだな。い、いっ、今の内に、バウマイスター男爵に一撃を!」

「バカ過ぎる……」

 俺は、四人を魔法障壁で囲んでいるのだ。
 抜け出して攻撃など、まず出来るはずがなかった。

「俺も、魔法障壁で囲まれているからな! あと、代理人は竜じゃないのか!」

「か、かっ、関係ないんだな!」

 というか、このヘルター公爵は特上級のオールマシマシバカであるようだ。
 バルシュミーデ男爵以下三名は、もう観念して大人しくしているようであったが。

「坊主、竜をどうにかしろ!」

「わかりました」

 観客席から、ブランタークさんが竜の始末を依頼して来たので、すぐにグラウンドの土を鋭い槍状にして複数空中に浮かせ、それを超高速で飛ばして飛竜の両目に突き刺す。

 勿論、属性竜にこんな魔法は通用しない。
 飛竜レベルなので、鎧が被さっていない両目から脳の部分を破壊する事に成功したのだから。

「本当に……。決闘をするなら、普通に申し込めよ」

 俺は、素早く死んだ飛竜を氷漬けにしてから魔法の袋に仕舞う。
 バカ公爵達の犯罪の証拠なので、素早く確保したのだ。

 あと、それと同時に。

「久々の決闘を汚す愚か者達を捕らえよ! 裁定は、陛下に一任する!」

 アームストロング導師の命令で、四人はコロシアムの警備兵達によって捕らえられていた。
 どの程度違法なのかは知らなかったが、決闘の代理人として捕らえた竜をけしかけ。
 更に、その制御が出来なかったのだ。

 決闘なのに、決闘以前の無様で貴族としてこれ以上の恥は無いであろう。
 陛下がどんな裁定を下すのか、興味が尽きないという物だ。

「ヴェンデリン様!」

 導師に続けてエリーゼも観客席から降りてきて、俺に抱き付いて来る。

 胸の感触がとても心地良くて、決闘に勝てて心から良かったと思っていた。

「ご無事で良かったです」

 その聖女という評判に似つかわしくないが、普通の十三歳の少女の姿に、観客達はとても微笑ましいと思ったようだ。

 すぐに観客席中から、拍手が鳴り響いていた。

「凄い拍手」

「ふむ、あそこに居るほぼ全員。賭けには勝っているからである」

 なるほど、確かにそれは重要であった。

「胴元のヘルター公爵は、払えますかね?」

 賭けの胴元プラス、多分自分達でも自分達の勝ちに賭けているはずで。
 その損害額を考えるに、もしかするとヘルター公爵家の財政状況は、自転車操業すら不可能になったのかもしれなかった。

「あとの処理は、陛下に任せるのである」

 導師はそう言うと、そっと一枚の紙を俺に見せる。
 それは陛下直筆の手紙で、中身は決闘でヘルター公爵やその取り巻きなどを殺してしまっても、その罪は不問とすると書かれていた。

 もし俺が決闘で勢い余ってという危惧を先取りして、導師が手紙を陛下から貰っていたようだ。

「こりゃあ、ただじゃ済まないでしょうね」

「せっかく水に落ちた犬なので、ここは棒で叩くという選択肢が採られるはずなのである」

「怖っ!」

「ヘルター公爵とは、それだけ目の上のタンコブであった。我らも気を付けるのである」

「ですね」

 俺も出来るだけ、普段の行動には気を付けようと心に誓うのであった。





「ご苦労であったとの、陛下からのお言葉なのである!」

 あの決闘騒ぎから三日後、今日は休息日なので屋敷で休んでいると。
 そこに、陛下からの手紙と恩賞を携えたアームストロング導師が現れる。

 彼は朝食がまだだと言って、エリーゼから配膳して貰い。
 それを全て平らげてから、ヘルター公爵達への処分と合わせて発表していた。

「ヘルター公爵家は断絶。ヘルター公爵自身は、地方の修道院へ。妻達と子供達は実家に戻り、子供達は貴族籍を剥奪。他のバルシュミーデ男爵以下三名も、同様の処置である」

 公爵の名を使ってコロシアムの使用順番を抜かし、観客兼賭け金の補給源として大量の平民達を集め、彼らの前で久々の決闘を汚した。
 自分達ですら御し得ない飛竜を、コロシアム内に放ったのも良くなかった。
 もし飛竜が、魔法障壁を打ち破って外部へと脱走したら?
 大騒ぎになるのは明白であった。

「あとは、遂にヘルター公爵家の借金が、王家の忍耐許容量を超えたのである。飛竜を捕らえるのに、超一流の冒険者達に払った費用。飛竜専用の特注ミスリルコーティング鎧の費用。賭けの胴元としての支払いと。先日でトドメであったようである」

 挙句に全ての陰謀に失敗して、ヘルター公爵家の借金が阻止限界点を超えてしまってもいる。

 主犯と主犯格に同情の余地などなく、四人は爵位を取り上げられて田舎で信仰に生きる生活を送るそうだ。
 もし脱走などを試みると、まだ若いのに病死する可能性もあるのであろう。

 改易された元貴族家当主の修道院送りなど、大概がそういう物だ。
 処刑だと問題があるから、死ぬまで飼い殺しなのだから。

「あの竜の生け捕りと、鎧作成に協力していた他の寄り子達もである。陛下にコッテリと絞られた挙句に、『そのような余裕があるのであれば、罰金の支払いで改易は無しにしようかの』と言われて涙目であった」

 払わなければ、改易されても文句は言えない。
 なので、渋々支払う事を了承したようだ。

「一体、何だったんでしょうね?」

「陛下は、少年の事は褒めていた由に」

 自分と、対決の相手であったヘルター公爵達すら同時に魔法障壁を展開して飛竜から救い。
 飛竜が装備するミスリルをコーティングされた鎧部分を避け、その両目から脳に土槍を突き刺して殺し。

 最後に、一発で死んだ竜を氷漬けにして魔法の袋に収納した。

「あんな連中ではあるが、ヘルター公爵達が死んでしまうと問題にするバカも居るので良いフォローであった。観客達も、少年の華麗な魔法が見れて大喜びであった」

 あとは、決闘後のエリーゼとの感動的な抱擁であろうか。
 これも、『婚約者を、ブタじゃなくてヘルター公爵から守るため、決闘で見事に竜を撃ち果たしたまだ少年の貴族様』と市井では評判になっているらしい。

「あの話をネタにした劇を作りたいと、芸能ギルドが王城に申請を出したようであるな」

「うわっ、何それ」

 きっと、物凄い脚色がされて本人が見るに耐えない作品になっってしまうのであろう。

「あとは、少年への褒美であるか」

 そう言うと、アームストロング導師は俺に王国の紋章が刺繍された絹製の袋を渡す。
 中には、白金貨五十枚が入っていた。

「多いですね」

「半分、口止め料も含まれているのである!」

「口止めって、何をです?」

「そういう名目だけとも言うのである!」

「うわっ! ぶっちゃけた!」

 内訳は、まず殺した飛竜の売却代金。
 飛竜は竜なので、一体分あれば余裕で白金貨以上の価値はあった。
 あとは、その飛竜が装備していた特製鎧の売却代金。
 勿論、そのままでは使えないので鋳熔かす事となるが、あの鎧は表面にミスリルがコーティングされている。
 それだけでも、結構な価値になるそうだ。

「借金だらけなのに、良くやるよ……」

 俺とエリーゼが婚約した直後から、最後の財力を振り絞って準備を進めていたようだ。
 考えようによっては、エリーゼのために物凄く情熱的なのかもしれない。

 方向性は、激しく間違っていたが。

「あとは、ヘルター公爵家の財産整理で出た資産の一部もであるな」

「あれ? 借金だらけなのでは?」

 ここ暫くは、あまりに借金が増えて年金で利息だけを支払っていた状態であったそうだ。
 そこで、ルックナー財務卿が債権者達と相談をし、借金その物の圧縮や返済免除などを勝ち取ったらしい。

 前世でも、大企業が経営破綻をして、銀行などがある程度債務放棄をするのに似ている。
 債権者である商人達は、『今までに支払われた利息で、大分儲けたようだな』とルックナー財務卿に言われると、素直にかなりの債権を放棄したそうだ。

「バルシュミーデ男爵以下三家には、借金など無かったそうである」

「なら、寄り親の財政を何とかしてやれば良いのに」

「それは、貴族としてのプライドから不可能である」

 例え王家でも、ヘルター公爵家の財政状況を憂慮して手を差し伸べてはいけないのだそうだ。
 ましてや、寄り子が寄り親の財政状態に口を出すなど不可能に近い。

 ヘルター公爵家側が求めればあり得たが、それをすれば次のいらぬ介入を招く可能性がある。
 結果、ヘルター公爵家は借金塗れのまま潰れる羽目になった。

 貴族のプライドとは、本当に面倒な物である。

「他に、ヘルター公爵に協力していたバカな寄り子達も複数いて、彼らから罰金も取っているのである」

 飛竜を生け捕り可能な冒険者パーティーを探し、実際に捉えさせ、特注鎧の発注まで行い、あとで返済すると言われていたとはいえ資金の提供までしていたそうだ。

「共犯ですかね」

「彼らとて、罰金を支払わなければ改易なのだから素直に支払ったのである」

 貴族家を四つも潰し、罰金も取った。
 潰した貴族家に年金はもう不要であるし、あの迷惑のタネであったヘルター公爵家が無くなるのは利益になる。
 全体的に考えると、公共の利益になったのであろう。

 俺に、多額の褒賞が出るはずである。 

「ただ、潰れたヘルター公爵家に代わり、新しい公爵家が必要だと運動を始めた王族が何名か……」

「陛下も大変だぁ……。エリーゼ、イーナ、ルイーゼ。遊びに行こう」

 話が終れば、今日は休息日である。
 あとは、ヘルター公爵の事など忘れて遊びに行くだけであった。

「こら、俺も行くぞ。護衛役は必要なんだからな」

 護衛役兼、自分も遊びに行きたいエルも同行を宣言する。

「某も、行くのである!」

「導師は、めちゃくちゃ目立つけどな。誘拐なんて考える輩も居なくなるけど……」

「某は、話題のバケツパフェが食べたいのである」

「うわっ、胸焼けしそう……」

 それが人間の業と言われればそれまでだが、ようやく初の決闘とそれに関わる事件は終わりを告げるのであった。
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