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幕間七 バウマイスター準男爵家諸侯軍編成事情。

「ヴェルってば、また竜退治だってさ」


「大変ねぇ……」


 私、イーナ・ズザネ・ヒレンブラントが、親友であるルイーゼと共に知り合ったヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターは、とんでもない魔法の名手であった。


 私達の最初の出会いは、狼に襲われていたのを彼に助けられたからであり。

 つい先日も、王都へと向かう魔導飛行船の中で、襲い掛かる天災レベル脅威『アンデッド古代竜』をほぼ一人で退治していた。


 そして、高価な巨大魔石と骨を王国に買い取って貰い、竜退治の功績で準男爵にもなっている。


 ブライヒレーダー辺境伯家中では、密かに『山脈超えの、貧乏騎士家』、『水呑み騎士』とまで呼ばれ、半ば嘲笑と侮蔑の対象であったバウマイスター家の八男が、昇爵して準男爵になったのだ。


 いくら魔法の才能があったとはいえ、晴天の霹靂というやつかもしれない。


「しかし、ヴェルの奴。どんどん出世していくな」


 才能があるから当たり前なのだが、エルからすれば心配なのであろう。

 いくら剣の才能があるとはいえ、王都の騎士団に行けばエルを超える腕前の騎士など沢山いる。


 私も同じで、槍で私に勝る人など沢山いるのだ。


 ルイーゼは特別として、彼女も心配だから暇さえあればヴェルにくっ付いているのだと思う。


 基本的に、ルイーゼは一人の女性としてヴェルが好きなのであろうが。

 

 魔法の才能があって、財力もある。

 背も平均的だし、顔も『エーリッヒ兄さんには完全に負けている』と常々口にしていたが、平均よりは整った顔立ちをしていると思う。


 というか、エーリッヒさんは、ブライヒレーダー辺境伯家中でも滅多にいない美男子である。

 比べるだけ、ヴェルが無謀とも言えたのだ。


「ついでに、面倒なのも増えた」


 ルイーゼの言う通りで、なぜルートガー様が形式だけでもヴェルの家臣という事にしておけと言ったのかが、ここ数日で良くわかったからだ。





『我が名は、ヘクトール・フォン・プリングスハイム。プリングスハイム騎士爵家の三男にして、剣において我に勝てる者は無し!』


『私は、先のランケ家とアルトマン家との領地境における小競り合いにおいて、敵方の三名の騎士を戦闘不能にし!』


『私、エルスハイマー男爵と申します。今回、古代竜退治で活躍されたバウマイスター卿を慰労すべく屋敷でパーティーなどを。偶然ではありますが、私には今年十二歳になる妹がおりまして……』


『ヴェンデリン様においては、身の回りのお世話をするメイドが必要かと。そこで、我がエグルマイヤー商会が良い娘を紹介いたしたく。我が娘なのですが、身贔屓な分を差し引いても……』


 最初は、ヴェルが叙勲された翌日から。

 後ろは、まだ今日も終っていない。


『我が必殺の、槍術大車輪!』


 今日もブラント邸の門前で、アピールなのか、一発芸なのか?

 良くわからない技を披露している浪人がいる。


 目立たないと駄目なのは良くわかるのだが、ただ目立てば良いわけではないのは、ご覧の通りであった。

 

 何か、ブラント邸前の風が強いような気がする。


 準男爵になったヴェルの家臣志願者に、自分の娘や姉妹を妻として勧める貴族に、メイド名目での妾の押し付け。

 商会の当主が多いのは、どうにかして貴族家の専属となって身代を大きくしたいという野心があるからだ。


 普通、こういう場合は領地持ちの貴族が好まれるのだが、ヴェルはとんでもない額の金を持っている。

 バウマイスター準男爵家の御用商人となり、ヴェルから資金の運用を任されたら。


 アルテリオさんに言わせると、政商クラスでも涎が出るほどの優良物件なのだそうだ。


 そんなわけで、並み居るこれら有象無象を避けるべく。

 エルは従士長で、私とルイーゼは護衛兼メイドという扱いになっていた。


 あとは、周囲が勝手に妾だと思ってくれれば御の字なのだそうだ。

 そういえば、メイド服は着なくても良いのであろうか?


『君達も、そのくらいの覚悟はあってバウマイスター卿と行動を共にしていると思いますが……』


 口調は丁寧だが、ルートガー様の言葉は厳しい。

 今までヴェルにくっ付いて良い思いをした分、デメリットも引き受けて当然。


 彼は、そう言っているのだ。


『俺は、軍の指揮とかも習わないとな』


 エルは、ヴェルの家臣として生きる覚悟を決めているようだ。

 特に動揺した様子はなかった。


『ボクは、ヴェルの側室さん? 妾?』


 ルイーゼに関しては、彼女はヴェルの傍に居られれば良いらしい。

 陪臣の娘なので、ヴェルの正妻になれるなどと言う甘い夢は元から抱いていないようだ。


『イーナ殿は、どうです?』


『私は……』


 ヴェルは、出会った頃から私達にえらく寛容だ。

 甘いとも言えるが、その甘さに私は甘え切っていた。

 だがルイーゼとは違って、ヴェルに甘えた態度を見せたり、上手く会話したりが出来ていなかった。


 きっとヴェルは、私をつまらないキツイ女だと思っているのであろう。


『今のところは、バウマイスター卿のパーティーメンバー兼家臣で良いと思うけどね』


 そこで私に話しかけて来たのは、ヴェルのお兄さんであるエーリッヒさんであった。


『これは、私も不徳だったと思うんだけどね』


 ヴェルはその才能のせいで、家族からは虐められたりはしなかったものの、互いになるべく関わり合わない関係を六年以上も続けていたらしい。


『あの年で、妙に一人に慣れているというか。積極的に他者と関わり合わないような。正直、結婚式に君達を連れて来るとは思わなかったくらいだ』


 エーリッヒさんは、『成人するまで、自分が王都で面倒を見れば良かったのかな?』と悩んだ事もあったそうだ。

 

 兄や両親が、そこまでヴェルを危険視するとのかと。

 そして、それをまだ子供なのに平然と受け入れる物分りの良過ぎる弟にもだ。


『君達も、ヴェルも、まだ子供だからね。暫くは表向きの形式だけ整えて今まで通りで良いんだよ』


 この言葉に、私はえらく救われたような気がする。

 ただ、それから数日後に、同じ人物がその子供に厄介な仕事を持ち込むのであったが。






「バウマイスター準男爵家諸侯軍ですか?」


「私も賛成はしたくなかった。でも、編成しないと色々と面倒になるんだ」


 ヴェルが王国からの命令により、王都郊外の軍駐屯地へと連れ去られた翌日。

 朝、起きるのと同時にエーリッヒさんが話を切り出してくる。


 内容は、私達を中心に諸侯軍を編成するという話であった。


「そんな突然にですか?」


「残念だけど、編成しないと収まらないんだ」


 そう言いながらエーリッヒさんがリビングのカーテンを開けると、居候をしているブラント家の外には多くの人間が集まっていた。


「仕官希望者ですか?」


「いや、そちらはほとんどいない」


 ここ数日で、私達の存在が広まったせいであろう。

 一部例外を除いて、押し掛け仕官行為や、妾押し掛け行為は激減している。

 その代わりに、今度は陣借り希望者が増えたそうだ。


「陣借りですか?」


 初めて聞く言葉なので、私は思わず首を傾げてしまう。


「まずは、ヴェルが何の件で呼ばれたのかだね」


 これは、エーリッヒさんの寄り親であるルックナー財務卿やモンジェラ子爵から連絡が来たそうだ。

 

 王国で一番偉い人が、王都に近い魔物の領域を開放すべく、そこを支配する老属性竜の退治をヴェルにも命じた。

 他のメンバーは、王国筆頭魔導師に、ヴェルと同じく巻き込まれたブランターク様のようだ。

 

 何気に、あの人もツイていない部分があると思う。


「三人で属性竜を討ち。その後、軍と冒険者有志で統率が無くなった魔物を殲滅していく作戦のようだね」


 作戦に参加する軍は、王国軍王都駐留軍から選ばれた精鋭を。

 残りは冒険者ギルドに募集を出し、自信のある者のみが参加する事になっていた。


「何かが足りないと思わないかい?」


「そういえば……」


 ここ二百年以上も戦争は無かったが、王国が戦争をする際には、王国軍の他に指名された貴族が諸侯軍を編成して参加するのが普通だ。


「そう、王都周辺にも所領を持つ貴族はいるのに、彼らには動員命令が来なかった。理由はわかるかな?」


「ええと……。戦功を挙げた際の褒賞のせいでですか?」


「正解だ」


 王国が広大な穀倉地帯を直轄地として得るために、今回の作戦は決行される。

 そこに多くの貴族が参戦して、万が一にも戦功を挙げてしまったら。


 褒美に領地を与える可能性も、考慮しないといけなかったからだ。


「王国軍には貴族も居るけど、当主以外か、当主でも法衣ばかりだしね」


 戦功に対する褒美は、勲章と金銭で済ます事が可能である。

 元々貴族としてよりも、王国軍軍人として出陣する名目の方が高いし、褒賞も金銭や軍内での昇進などで済ませるからだ。

 

 冒険者に至っては、最初から倒した分だけの出来高払いなので言うまでもなかった。


「でも、本来の所領から離れた飛び地とか欲しいのかな?」


「次男に弟にと。他の一族に相続させてしまえば良いからね」


 エルの疑問に、エーリッヒさんはそのように答えていた。

 なるほど、継承争いの緩和と一族の発展という点から考えても、悪くない考え方ではあった。


「あれ? でも、ヴェルは貴族枠での参加だよね?」


 法で、未成年者が魔物の領域に入る事は禁止されている。

 今回、未成年者であるヴェルが動員されたのは、貴族が戦争で借り出される際に当主が何歳でも問題は無いという法の穴を突かれたからだ。


「そう、貴族の枠で参加しているのさ」


 貴族が動員されるわけだから、当然その貴族が兵を率いても構わないわけだ。

 

「相手が属性竜だから、別行動だろうけどね」


 当主は最前線で属性竜と戦い、諸侯軍は後方で魔物と戦う。

 そういう役割分担になるそうだ。


「王宮筆頭魔導師様は男爵だけど、彼は陛下の個人的な親友で一番信用されている家臣だそうだ。当然、陛下の意図は読むはず」


 空気を読まないで、男爵でもある彼が堂々と諸侯軍を編成して繰り出してくる。

 という事は無いらしい。


 少なくとも、エーリッヒさんの寄り親であるルックナー財務卿は確認をしていないそうだ。


「王宮筆頭魔導師様は、法衣だからね。そう簡単に軍を編成可能な兵士なんて揃えられないし」


 これは、ブランターク様の派遣要請に答えたブライヒレーダー辺境伯様も同様であった。

 王都に屋敷は維持しているのだが、人員は数名の常駐家臣に警護の兵士に、屋敷を維持する使用人のみ。

 これで、諸侯軍など編成できるはずもなかった。


 王国側としても、ブライヒレーダー辺境伯様に諸侯軍など出されても困るだけであり、ブランターク様だけを借りたらしい。

 

「ブライヒレーダー辺境伯様の諸侯軍に参加を認めると、他の辺境伯が五月蝿いですから」


 『うちも!』となるのは、当然の結末とも言えた。


「それで、最後に残ったのがヴェルか」


 陛下は、ヴェルに単身で来いとは一言も言わなかったそうだ。

 そうなると、ヴェルだけは軍勢を率いても良いという解釈も可能とも言える。


 準男爵になったばかりでの突然の出陣命令で、まだ家の体裁など整えてはいないと高を括ったのか?


 それとも、わざとなのか?


 そこで最初の陣借りに戻るのだが、貴族の子弟や浪人などが一時的にバウマイスター準男爵家軍に席を置き、そこで活躍をして経歴に箔を付けるか感状を書いて貰う。


 これが、陣借りと呼ばれる制度であった。

 制度というのは、相応しくないかもしれない。

 王国側とて、動員された貴族の諸侯軍が少ないと戦力にならないので、半ば黙認していると言うのが正しいようであった。


「陣を借りる側は、戦功と名誉と褒賞を求めてだね」


 今回の場合は、多くの魔物を狩って報酬を得つつ、どの程度の戦功を立てたのかを感状を出して評価して貰う。

 大活躍をすれば、陣を借りた貴族家にスカウトされる事もあるし、他に仕官する際にも紹介状と共に感状は有効な資料となる。


 逆にバウマイスター家側のメリットは、少なくとも軍勢の数で恥をかかないで済むという点だ。


 動員中の食住の面倒はバウマイスター家持ちだが、武具などは陣借りする側が自前で準備するのが当然で、戦死・戦傷も一度の見舞い金で済む。


 安めに軍勢の数を揃える点において、これほど便利な制度はなかった。


「ですが、軍を編成するって言われても……」


 多少腕が立つとはいえ、十二歳の少年少女三人に、ベテランも多い陣借り希望者をメインにした軍の編成と運営など不可能である。

 困っていると、助け舟を出して来たのはエーリッヒさんであった。


「そこで、私の出番らしいね。うん、寄り親達に言われたさ」


 竜殺しの英雄にして、準男爵家を立ち上げて初の動員。

 ここでヴェルに恥をかかせるのは、同じ王国貴族としてどうなのか?


 という建て前の元、ルックナー財務卿やモンジェラ子爵が、ブライヒレーダー辺境伯様を差し置いて恩を売るための策であろう。


「名目上の代将は、従士長であるエルヴィン君に任せるとして」


 このバウマイスター軍は、出征期間中は主将であるヴェルとは合流できないそうだ。

 そこで、エルを代将に私とルイーゼも幹部に入れ。

 エーリッヒさんが、陣借り者との契約交渉、必要な資金や物資の管理、王宮や役所などへ提出する必要な書類などの作成と。


 数多ある事務的なお仕事を、やってくれるそうだ。


「名目は、バウマイスター軍の参謀と副将扱いかな? 腕っ節はまるで駄目だから、後方支援専門で宜しくね」


 もう既に、ヴェルの元を尋ねて必要な資金も貰っているそうだ。

 さすがは、エーリッヒさんとでも言うべきであろうか?


「ですが、エーリッヒさんはブラント家の当主では?」


 同じ貴族同士なので、一方の下に入ってしまうのは問題のような気がしたのだ。


「私はまだ跡取りだから大丈夫。爵位はまだ義父が持っているから」


 それなら問題は無いが、予想では結婚後に行われる予定であった爵位継承を遅らせたのであろう。

 主に、ルックナー財務卿からの要請であると思われるが。


 貴族の爵位継承は、今の当主が生きている間でも死後でもどちらでも良い。

 ただ、中央の法衣貴族は生前継承が大半で、領地持ち貴族は死後継承が大半。


 なぜ違うのかは誰にもわからないのだが、ただそういう慣習だとしか言い様がなかった。

 法衣は役職持ちが多いので、その役職を老齢でこなせなくなる前にという理由というか説が存在しているのだが。

 

 なお、後継者に継承後は、譲った先代も前の爵位格の扱いを受ける。

 年金が出るわけではないが、公の場での扱いが、例えばルートガーさんだと騎士爵位持ちと同じ扱いになるのだ。

 一種の名誉爵位だと思うと、わかり易いのかもしれない。


 『引退したジジイをぞんざいに扱うな!』という、年寄りの本音も見え隠れもするのだが。


「では、問題ないですね」 


「『うわっ、何て面倒な! エーリッヒ兄さん、報酬は弾みます!』って言っていたね。うん、結婚直後で物入りなのでありがたい」


 当然、エーリッヒさん一人では回らない。

 そこで、ルックナー財務卿とモンジェラ子爵が出てくるわけだ。


 彼らが紹介する、財務閥に所属する貴族の子弟に。

 エーリッヒさんの職場の後輩達なども、休職して後方支援で手助けをするそうだ。


「休職ですか? 大丈夫でしょうか?」


「全然問題ないから。むしろ、戦功が付くからありがたがられる」


 休職の許可を出すのは、ルックナー財務卿とモンジェラ子爵なので文句など出ない。

 休職中の給料は出ないが、それはエーリッヒさんがヴェルから預かった予算で戦陣手当て込みで出す予定で収入は増える。


 職場の査定は、いくら財務系の役人でも貴族なので戦場経験があった方が良いに決まっているのだ。

 長くても月単位でしかない休職など、出世の不利になるはずもなかった。


「希望者が多くてね。先輩を断るのは大変だったよ」


 自分が実質ナンバー2になる諸侯軍に、職場の先輩が部下で入るとやり難い。

 そんな理由で、エーリッヒさんは助っ人を全て後輩で固めたそうだ。


 ルックナー財務卿やモンジェラ子爵が寄越す人材は、最初から言い含められているので問題はないそうだ。


「あとは、ブライヒレーダー辺境伯様だけど……」


 ここで一人も出さない選択肢などまずあり得えず、王都の屋敷から後方支援担当の家臣、三名の文官、屋敷の警備隊長と十五名のベテラン警備兵、自分達で雇った陣借り者二十名ほどを寄越すそうだ。


 ちなみに、費用は全額ブライヒレーダー辺境伯様が負担する。

 理由は、ヴェルをお抱え魔法使いには出来なかったが、寄り子には確実にしたいので、隙あらば狙っているルックナー財務卿とモンジェラ子爵を牽制するためであった。


「ブライヒレーダー辺境伯様、気合を出して助っ人を出したね」


 エーリッヒさんがバウマイスター家諸侯軍を編成すると聞くと、私とルイーゼは相談をして、すぐに彼女をブライヒレーダー辺境伯家別邸に使いとして出している。


 その身体能力の全てを駆使して急ぎ戻ったルイーゼの成果が、一家としては最大の助っ人なのだから、よほどヴェルを寄り子として確保したいのであろう。


「そういえば、エルは?」


「陣借り者の面接」


 面接とはいえ、陣借り者などは強くなければ使い道が無いのだ。

 エルと手合わせをして、残り二人の指揮官と普通に面接を行う。

 ちなみに、その二人の指揮官とはエーリッヒさんが助っ人を頼んだ二人のお兄さん達であった。

 

「とにかく寄せ集めだから、ある程度の指揮官は必要だよね」


 というわけで、王都の警備隊で十数名の兵士を指揮しているヴェルとエーリッヒさん共通のお兄さん達。

 三男のパウルさんと、四男のヘルムートさんであった。


 休職の問題も、今回の出兵にはエドガー軍務卿が絡んでいるので文句など出るはずもない。

 直属の上司にお伺いを立てたら『頑張って来い』と言われ、二十名ほどの貴族家出身の兵士達を付けられたそうだ。


 彼らも、パウルさんやヘルムートさんと一緒に、陣借り者の面接の手伝いをしている。


「幸いにして、予算はヴェルからたっぷり出ている。期限までには、形にはなるかな」


「ヴェルは、幾ら預けたんです?」


「白金貨百枚」


「ヴェルは、どこかの方面軍でも編成するのでしょうか?」


 バウマイスター軍は、後方支援者も入れて五百名以内に収める予定になっている。

 諸侯軍と呼ばれてはいるが、実質はバウマイスター準男爵家軍に他家が助っ人を送っているだけなのだから当然だ。

 あまりに数が多いと、『新興の準男爵風情が……』と騒ぐ貴族が出るので、ヴェルから預けられた予算が過剰過ぎるのだ。


「ちゃんと帳簿は付けているし、余ったら返せば良いよ。それに、陣借り者達も安心して魔物を狩れるという物さ」


 活躍すれば、褒賞はケチらない良い貴族様だというアピールにもなるからだ。

 今回は魔物の討伐なので、褒賞は倒した魔物の数に比例する契約になっている。


 無いとは思うが、沢山倒し過ぎて褒賞が不足する事態は無いという安心感にも繋がるであろう。


「準男爵で、五百名は多いですね」


 普通の法衣準男爵だと、三十名の諸侯軍編成でアップアップなのが現実だ。

 陣借り者を含めてこの数字なので、人を雇うととにかく金がかかる事が良くわかる。


 領地持ちだと、領内の男手を動員可能なので、同じ爵位でももう一つ桁が上がるそうだが。

 ただ、いくら無料で動員可能とはいえ、働き手で税を納める領民を徴用し過ぎて、戦争後に借金だらけになる貴族も昔は多かったそうだ。


 領内の田畑に手をかけられない分収穫が落ち、戦死・戦傷で人手も減るので当然ではあったのだが。


「このくらいの数にしないと、参加できない人が多過ぎて不満が出るんだ」


「まさに、寄り合い所帯……」


「諸派閥混成部隊だね。良く言ってだけど」


 エーリッヒさんの認識は、的を得ているとしか言い様がなかった。

 一族枠で、兄三人とその知己や部下達。

 ヴェルの寄り親を狙っているブライヒレーダー辺境伯と、ルックナー財務卿やモンジェラ子爵。

 エドガー軍務卿ですら、ヴェルの兄二人の休職を認めて助っ人まで送っているのだ。


「みんな、竜殺しの英雄と縁を繋ぎたいわけだね」


 陣借り者達も、活躍して仕官狙いまではいかなくても、唯一動員された諸侯軍なので目立つという利点がある。

 そこで得た感状は、他の貴族が出す感状よりも効果があると思っているのであろう。


 この人数まで絞るのに、大分手間がかかっていたのだ。


「面倒な話ですね」


「ヴェルが、一番それを思っていると思うよ。さて、人員は揃ったから役割分担を決める会議に、必要な食料などの物資も購入しておかないと。アルテリオさんに連絡を取るかな」


 実務は、エーリッヒさんが上手く回してくれるようだ。

 出来る事はやるが、私達は十二歳の子供でしかない。

 それでも、名目上はヴェルの三人しかいない正式な家臣である。


「必要な時に、偉そうに指定された場所に立っていてね。言い方が悪いけど」


 予想はしていたが、お飾りという事なのであろう。

 いきなり実務を全て振られても困るから、文句は言えないのだが。


「あと、もう一つ仕事があるんだ」


「何ですか?」


「怪我は治せるにしても、死なないでね。私と兄二人に、君達三人は死ぬ事が許されないから」


 対魔物ではあるが、これは戦争なのだ。

 当然、死者が出る可能性が高いわけで。

 だが、エーリッヒさんと二人のお兄さん達に、私達三人は死ぬのは禁止らしい。


「可哀想だけど、死ぬのは陣借りしている人達が先」


 上が詰っているので、彼らは命をかけて戦って評価を得る必要がある。

 その話をエーリッヒさんから聞いた時に、自分達は相当に恵まれた環境にいるのだなと実感してしまう。


「今は、出来る事を精一杯にですか」


「そうだね。金勘定だけの私が言うのも何だけど……」


 それから数日後、大慌てで準備を終えたバウマイスター準男爵軍五百七名は、王国軍パルケニア草原方面派遣軍と合流して戦場へと赴くのであった。


「チャンスだ。魔物を沢山討って、ヴェルに借りた金を」


「エルは、本陣で構えているのが仕事」


「魔物狩りてぇ!」


「ボクは?」


「前に出て活躍すると、陣借り者達に嫌われるわよ。エーリッヒさん、パウルさん、ヘルムートさんの安全第一で」


「だよねぇ」


 私の仕事は相変わらず窘め役だけのような気もするのだが、とにかくこの諸派閥混成軍こと、『各貴族の思惑一杯軍』は、何とか無事に出発するのであった。

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[一言] そこまでヴェルを危険視するとのかと。 →そこまでヴェルを危険視するのかと。
[一言] 晴天の霹靂というやつ →昇竜の誉れと云う奴
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