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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第三十話 エーリッヒ兄さんの結婚。

「よう、久しぶりだな。坊主」

 俺が王都に到着し、陛下から古代竜討伐の件で貴族に叙されてから二日後、今日はブラント家においてエーリッヒ兄さんの結婚式が行われる事になっていた。

 いや、実はもう正式には、エーリッヒ兄さんはブラント家の人間なのだ。
 この世界における結婚式とは、王族や大物貴族でなければ二人だけで教会に行き、そこで神父に報告に行い結婚を認めて貰う。

 あとは、役所に書類を提出するだけだ。

 なので今日は、二人が結婚した事を周囲に紹介する結婚披露パーティーという位置付けになっていた。

 実は、エーリッヒ兄さんとミリアム義姉さんが知り合ってからここまで三年ほど。
 十七歳で下級官吏の試験に受かったエーリッヒ兄さんの働き振りを二年間ほど見たルートガーさんが、安心して一人娘を任せられると判断して、その間に地盤固めに動いたそうだ。

 そんな面倒な事をした理由は、貴族間の複雑な人間関係や、他の親族からの嫉妬から来ている。
 ブラント家には娘が一人しかおらず、跡は入り婿に継がせるしかない。
 そういう情報が流れると、爵位と役職目当ての有象無象に、親族と自称親族に縁戚に、寄り親であるモンジェラ子爵なども周囲からせっ突かれて、『こういう婿候補も居るんだけど……』とルートガーさんに持って行く事も多くなる。
 例えその候補者が駄目駄目で、推薦するに当たらない人物だとしてもだ。

 いきなり駄目と言うと角が立つので、一応は話を持って行かないといけない。
 寄り親というのも、なかなかに大変なようだ。

 陳情で四苦八苦している、前世の政治家に似ているのかもしれない。

 そんな中で、ルートガーさんはエーリッヒ兄さんを選んだ。
 当然、面白くないと思う連中は多い。

 正式な結婚が遅れたのも、そういう面倒な横槍を調整するのに時間がかかったからなのだ。

『もっとも、今は表立って文句を言う連中は減りましたけどね』

 ルートガーさんが言うには、竜を退治して双竜勲章と準男爵位を得た俺の存在が大きいようだ。
 以前は、散々にエーリッヒ兄さんを『水呑み貧乏騎士の五男風情』と批判していたのに、今では『竜殺しの英雄の兄で、頭も切れる素晴らしい婿殿』だと掌を返す人も多いそうだ。

 嫌な話ではあるが、こんな俺でもエーリッヒ兄さんの援護が出来たのだから良しとする事にする。

『偶然とはいえ、ミリアム嬢の婿の件で強引に横槍を入れないで良かった……。私は、まだ運があるのだと思う』

『うちが、騎士爵家で良かったですな』

『これが準男爵家とかだと、ルックナー財務卿も絡んで来る可能性があった』

『もしエーリッヒ以外の人を強引に送り込んでいても、あの方は平気で竜殺しの英雄と縁を結べなかった件で怒るでしょうしな』

『立場上怒らないと駄目なのだが、言われるこちらは堪らんよ』

 これが、寄り親であるモンジェラ子爵の正直な感想だそうだ。
 式の前日にブラント邸に来て、ルートガーさんに愚痴を溢していたのをなぜか俺も聞く羽目になっている。

 『バウマイスター卿も、他人事ではないのだぞ』と、テンションが下がる教訓と共にだ。

 最終的に、婿の選定で決定権を持つのはブラント家当主であるルートガーさんである。
 だが、場合によっては、寄り親の力で強引に婿を押し付けるケースも多々発生するらしい。
 今回は、運良くそれをしないで良かったと安堵の溜息をついていたのだ。

「今日は、絶好のパーティー日和だな」

「ブランタークさんの場合は、天候よりも酒のような気が……」

「言うようになったな。準男爵殿」

 パーティーはブラント家の屋敷と庭で行い、招待客は三百名ほど。
 この人数は、下級法衣貴族としては標準的な物らしい。
 親戚に友人や、職場の同僚に上司。
 あとは、ブラント家にはモンジェラ子爵という寄り親がいるので呼ばれているし、その寄り親と同じ派閥からも、数名の中級以上の貴族が呼ばれている。
 本人が来るケースと、嫡男などを代理人として寄越すケースと半々なようだ。

 一時間後に始まるパーティーに備え、ブラント夫人や屋敷のメイド達が準備にてんてこ舞いな中、俺は庭に設置された会場でブランタークさんに話しかけられていた。

 そういえば、ブライヒレーダー辺境伯は自分と同じく文官肌のエーリッヒ兄さんを気に入っている。
 ブランタークさんは、彼の代理人としてパーティーに参加しているようだ。

「久しぶりって、まだ二日くらいでは?」

「細かい事は良いじゃねえか。しかし、お前さんが準男爵ねえ」

「自分が、一番驚いていますけどね」

「それだけの功績を挙げたって事だな」

 ブランタークさんは、うんうんと一人で勝手に頷きながら納得していた。

「ブランタークさんも功労者なんですけど……」

「俺はほらよ、オマケの類だろう?」

「ですが、古代竜の骨と魔石の代金の一割を受け取る権利があります」

 ブランタークさんが魔道飛行船を守ってくれなければ、俺の功績は、片手落ちも甚だしい結果になっていたであろう。
 それに、アルテリオさんが陛下にブランタークさんが報酬の一割を受け取るのが妥当だと進言し、陛下もそれを是としている。

 なので、ブランタークさんには白金貨百五十枚を受け取る権利があるのだ。

「というわけで、白金貨百五十枚です。本当に、半分いらないんですか?」

「俺はもう四十八歳なんだぜ。老後の資金と酒代としては十分じゃねえか。それによ。俺自身にもそれなりに資産があるんだよ」

 そう言いながら、ブランタークさんは自分の資産額を口にしていたが、そのあまりの金額に俺は驚きを隠せないでいた。

「俺の冒険者時代のパーティーは、半端なく稼いだからな」

 超一流の魔法使いであるブランタークさんに、あの強かなアルテリオさんがいて属性竜まで倒しているのだ。
 さぞや稼いだのであろうと、俺は思ってしまう。

 更に、一時期はうちの師匠も新人教育の名目でパーティーに加わっていたらしい。
 きっと、物凄い戦闘能力を持ったパーティーだったのであろう。

「他のパーティーメンバーも、適当に貴族様に仕えたりして第二の人生を歩んでいるのさ。だから、俺はこの分け前で文句は無いな」

 そう言いながら、ブランタークさんは俺から白金貨百五十枚の入った袋を受け取り、それを無造作に魔法の袋に放り込んでいた。

「良い飲み代が出来たぜ」

「酒蔵ごと買うつもりですか?」

「それだと、同じ種類の酒ばかりになるからな」

 そんな話をしている間に、パーティー開始の時間は着々と迫っていた。
 屋敷に庭にはテーブルが置かれ、そこには沢山の豪華な料理や酒が並ぶ。
 さすがは貴族の結婚披露パーティーとでも言うべきか、寄り親でもある中級以上の貴族も招待しているので当然ではあるのだが。

「貴族って、大変ですね」

「冠婚葬祭でケチる貴族なんて、バカにされるからな」

 普段は質素な生活を送り、懸命に貯めたお金でここぞという時で使って、貴族として相応しい振る舞いをする。
 中級以下の貴族は、概ねそんな感じのようだ。

「招待される側も大変なんだよ」

 ブランタークさんの視線の先には、庭に繋がる部屋の奥に積まれたご祝儀が山と積まれていた。
 さすがに現金の入った袋は無かったが、品質の良い夫婦が生活に使いそうな品々や、衣服や宝飾品など。

 確かに、寄り子から招待されて寄り親が手ぶらで来るわけにもいかず、安いお祝いだと恥をかいてしまうわけで、金銭面での苦労は大きいのであろう。
 長年の慣習で相場が決まっていて、それに合わせて手痛い出費を迫られるのだそうだ。

「しかし、無いなぁ……」

「何が無いんですか?」

「無いと大問題になるやつが」

 ブランタークさんの発言に首を傾げていると、そこに正装に着替え終えたエーリッヒ兄さんが現れる。

「お久しぶりです。ブランタークさん」

「おう。うちのお館様も、本当は来たがっていたんだがな」

「ブライヒレーダー辺境伯様は、仕方が無いですよ」

「まあ、ブラント家の寄り親とのバランスもあるからな」

 確かに、今回の結婚式はブラント家側が主役なのに、その寄り親を超える辺境伯が婿養子の客として来るのはバランスが悪い。

 理解は出来るのだが、俺は余計に貴族の面倒臭さを実感していた。

「ところでよ。バウマイスター家側からの祝儀は来てないのか?」

「それが、手紙で何度も催促したんですけど……」

「おいおい、本当なのかよ。こんな事が、うちのお館様に知れたら……」

 いつもは飄々としているブランタークさんが、この時ばかりは不安そうな表情を浮かべていた。

「あの、どういう事なんです?」

「エーリッヒと坊主の父親が、持参金を送って来ないんだとよ」

 貴族同士の結婚の場合、普通は嫁を受け入れる家が嫁の実家に結納金を支払い、嫁も実家から持参金や結婚生活に必要な家具や衣服などを持参する。

 その相場は双方の家柄によって大体決まっているのだが、細かくて面倒なので今は説明はしないでおく。

 あと、エーリッヒ兄さんのように婿入りする際にも、婿を受け入れる家は婿の実家に持参金を持って行くし、当然婿の実家もそのお返しで祝儀を送るのは当たり前の風習になっていた。

 ところが、なぜかまだバウマイスター家側から祝儀が送られて来ていないらしい。

「拙いんですよね?」

「当たり前だ。こんな無礼が許されるはずがない」

 エーリッヒ兄さんも大恥をかいてしまうし、ブランタークさんの態度を見ればわかるが、寄り親のブライヒレーダー辺境伯まで大恥をかいてしまうのだ。

 しかし、ここまでバウマイスター家の連中が空気を読めないとは思わなかった。

 さすがは、王国最南端のボッチ貧乏貴族家とでも言うべきなのであろうか?

「遠方ですからね。荷が届かないとか?」

「いや、それはありえん」

 こういう場合、遠方なので嵩張る物は送らないので、金貨や宝石などを一族の誰かが持参するのが当たり前らしい。
 父が直接来るという可能性は低いが、家臣か、エーリッヒ兄さん以外で独立していない兄弟の誰かが来るのが普通なようであった。

 普通なのに、まだ来てはいなかったのだが。

「困りましたね」

 まさかこんな事態になるとは、エーリッヒ兄さんでも想像がつかなかったらしい。
 それに、バウマイスター家は普段は貧しくても貴族なので、こういう儀礼的な物に金を惜しまないはずなのだ。

 一体、どうしてしまったのであろうか?
 そんな事を考えていると、俺達の元に二人の若い男性が現れる。

 エーリッヒ兄さんが招待した、バウマイスター家の三男パウルと、四男のヘルムートであった。
 二人は既にバウマイスター家の継承権を放棄し、この王都で警備隊に勤めている。
 年齢はそれぞれに二十六歳と二十四歳であったが、共にまだ独身のようであった。

 奥さんがいれば、当然一緒に来るのが当たり前だからだ。

「結婚おめでとう。エーリッヒ」

「おめでとう」

「ありがとうございます。パウル兄さん、ヘルムート兄さん」

 俺はほとんど話した事が無い二人の兄達は、エーリッヒ兄さんにおめでとうを言っていたが、その表情にはどこか優れない物があった。

「どうかしたのですか? 兄上達」

「ヴェンデリンか。実は、困った事になってな……」

「今、王都はお前の話題で持ちきりだが、それを興味本位で聞いている余裕すら吹き飛ぶほどな」

 正直、今まで碌に話をした事が無いので声をかけるのが不安だったのだが、二人の兄達は俺に特に隔意を抱いているわけでもないらしい。

 実家にいた頃は、あまりに年が離れていたので話をするタイミングが難しかったようだ。

 そして二人には、ある懸念が存在していた。

「実は、こんな手紙が実家から届いてな」

 三男パウルが取り出した手紙を、エーリッヒ兄さんが読み始める。
 暫く紙面を真剣に眺めていたが、すぐに溜息をついていた。

「エーリッヒ兄さん」

「困った……」

 エーリッヒ兄さんは俺にも手紙を見せるが、そこにはとんでもない内容が書かれていた。
 要約すると、まさかエーリッヒ兄さんが同格の騎士爵家に婿入りするとは思わず、しかも今まで貯めていたお金は長男クルトが結婚する時にほとんど使ってしまっていて、正直なところ出すお金が無い。

 更には、王都まで祝い金を持っていける人間もいない。

 そこで、お前達で立て替えておいてくれと書かれていたのだ。
 加えて、そもそもお前達に独立準備金を出したから金が無いわけで、立替えくらい当たり前とまで書かれていて、かなりイラっと来る手紙だ。

 しかも、紙面はひらがなとカタカナだけなので異常に読み難い。
 筆跡からすると、どうやら長男のクルトが書いたようだ。
 ちなみにお前達とは、パウルとヘルムートの事である。

「無茶にも程がある」

 あまりの無責任な文面に、俺はただ呆れるばかりであった。
 そもそも、兄達が勤める警備隊の給料などたかが知れているのだ。
 年に金貨が三枚から四枚で、この金額だと地方では普通に暮らせるが、大都市で物価の高い王都ではギリギリの生活を強いられる。
 更に、その中で結婚資金まで貯めるのだ。
 祝儀の立て替えなど、まず不可能であった。

「クルト兄さんと親父は、王都で警備隊員風情の俺達に何を期待しているんだろうな?」

「知らん」

 更に言えば、兄達は成人して実家を出る時に継承権を放棄する条件として、父から幾ばくかの独立準備金名目の侘び金を貰っている。

 つまりもう縁は切れているので、バウマイスター家のために金を出す必要など全くないのだ。

「クルト兄貴の結婚式で、金を使い過ぎたんだろうな」

 そこで、彼らにとっては予想外のエーリッヒ兄さんの婿入りだ。
 出せる金など無いのであろう。

「エーリッヒ兄さんも、実家を出る時に継承権の放棄を条件に準備金を貰っていましたよね? だから、これで終わりと考えているのでは?」

「いや、そんな理屈は通用しない」

 俺に考えに、ブランタークさんがすぐに反論する。

「貴族家の継承をしない結婚なら、わざわざ祝いなんて必要ないんだよ。だが、エーリッヒはブラント家の次期当主になるんだぞ。言わば、家を譲って貰うんだ。普通なら借金をしてでも祝儀は出す」

「その借金を、ブライヒレーダー辺境伯様が断ったとか?」

「それはねえよ。頼まれれば絶対に貸すさ。貸さないでバウマイスター家が祝儀を出さなかったら、お館様も恥をかくからな」

「なるほど」

 ブランタークさんの意見に多くの人が賛同していたが、今はそんな話をしている場合ではない。
 バウマイスター家の、おバカな行動を咎めている時間が惜しいのだ。
 とにかく、あのご祝儀置き場にエーリッヒ兄さんが恥をかかないくらいのお祝いを置かなければいけないのだ。

「あの、俺が出します」

「そうだな。幸いにして、坊主には金があるしな」

「相場を教えてください。それと、物品もですよね?」

 予備校入学前に、未開地や海などで魔法の訓練がてら狩りや採集や食品の製造などもしていたので、その中で使える物があれば魔法の袋から取り出せば良い。

 無ければ、アルテリオさんに頼むという線もあった。 
 あの人なら、祝儀に相応しい品物でもすぐに揃えてくれるはずだ。 

「ヴェル、すまない」

「うちも、バウマイスター家ですから。一家の当主として、兄さんの祝いを出さないのも変でしょう?」

 エーリッヒ兄さんとは兄弟の中で一番仲が良かったし、これはエーリッヒ兄さんの問題だけで終わらない。
 寄り親のブライヒレーダー辺境伯の面子も丸潰れだし、残り二人の兄達の将来にも関わって来るからだ。

 今回の婚姻で、エーリッヒ兄さんがブラント家の人間になれば、役所で財務関係の仕事をしている下級法衣貴族達や、その上司や、寄り親や、同じ派閥の幹部をしている中級貴族などと繋がりが出来る。
 もしそうなれば、エーリッヒ兄さんのように貴族家への婿入りは不可能でも、その分家や家臣の家に婿入りが可能になるかもしれないのだ。

「というか、中央とコネを繋ぐチャンスなんじゃないの?」

 今まで、うちの実家のあまりのバカさ加減に黙っていたエルがボソっと漏らしていた。

「ああ、エルの坊主も、騎士爵家の子だものな」

 ブランタークさんは、エルの考えに納得したような表情をする。

「ええ、ここで普通に親戚付き合いをしておけば、何か中央に頼まないといけない時にツテが出来るじゃないですか」

 たまにではあるが、地方の小領主だって中央に陳情などをする事もある。
 ただ、中央からすればその件数は膨大なので、どうしても順番待ちが長くなってしまうのだ。
 ようやく出番が出来て陳情しても、『無理です』と簡単に却下される事も多い。

 そこで、中央の下級法衣貴族と婚姻関係を結んで親戚付き合いをするのだ。
 何か頼みたい事があると親戚に頼み、頼まれた下級法衣貴族が寄り親や同じ派閥の中級貴族などに頼む。

 なるほど、人脈は宝とは良く言ったものだ。
 当然この関係を維持するのには少々の経費がかかるが、この費用をケチるようでは貴族としては問題アリであろう。

「普通の貴族ならそう考えるよな。だが、あのバウマイスター家はちょっと例外なんだよ」

「どういう事なんです?」 

「あそこは、物凄く引き篭もり体質なんだよ」

 ブランタークさんがエルの質問に答えるのだが、それはバウマイスター家の興りにも要因しているらしい。
 初代は、王都に居を置く役職すら無い貧乏騎士爵家の次男であり、そんな環境を嫌って南部へと向かったそうだ。

 無人の未開発地を開墾して村を作り、そこを自分の領地として王国に認めて貰おうとしたのだ。

 その苦労は並大抵の物ではなかったが、次男以下が領主になるには一番確率が高い方法ではある。

 初代は、あの山脈を越えた盆地に村を作るのにちょうど良い土地を見つける。
 北部と西部は山脈で他領と隔たっていて、東部と南部には広大な未開発地と海が広がる、広さだけで言えば小国並みの土地。
 お隣さんがいないのも、無駄な領地や利権争いをしなくても良いので好都合だったようだ。

 本拠地を確認した初代は、実家のツテで王都に住む貧民などから移住者を募り、自ら泥に塗れて開墾に精を出した。
 そして、それから四代百年以上。

 四代目が、今の領主である父らしい。
 前に、家系図で確認していたのだ。

「しかし、百年もかけて人口八百人。村落三つですか。多いのか少ないのか……」

「騎士爵にしては多い方さ。追加で、移民を募ったようだし」

 なら財政的にはもっとマシな気もするのだが、そこであの痛恨の出兵が発生している。

「元から、バウマイスター家の当主ってのは寄り親とも疎遠なんだよな。まあ、そう頻繁に顔を合わせられないってのもあるけど」

 寄り親が必要なので、仕方なしに一番近くにいたブライヒレーダー辺境伯に頼った。
 だが、やはり物理的に山脈を隔てて孤立しているので、あまり懇意でもない。
 引き篭もっても自給自足で生きていけないわけでもないので、余計に引き篭もり体質になってしまったのであろう。

「先代お館様の、出兵強要も良くなかった」

 可愛い跡取り息子の病気を治す霊薬の材料を求めて、先代ブライヒレーダー辺境伯は、バウマイスター家に大きな負担をかけた。

「これが決定的となって、余計に孤立への道に進んでしまったんだな。俺も、その辺の事情は今のお館様に聞いたんだけど……」

「それでですか。ブライヒレーダー辺境伯に金を借りなかったのは」

 引き篭もっているから、中央との繋がりなんていらない。
 金なんて無いし、それをブライヒレーダー辺境伯家から借りるなんて真っ平御免。
 この件でバウマイスター家の評判が落ちても、それで何か罰があるわけでもない。
 法に触れたわけでもないし、辺境にいるバウマイスター家の貴族としてのマナー違反など、王都に住む貴族達はすぐに忘れてしまうであろう。
 大身なので、ブライヒレーダー辺境伯はご苦労様。

 多分、こんな風に思っているらしい。

「完全な開き直り……」

 俺も、エル達も、ブランタークさんも、三人の兄達も。
 実家であるバウマイスター家の意図に、ただ絶句するのみであった。

「拙いなんて話じゃねえ!」

「ブランターク様、ブライヒレーダー辺境伯家は、バウマイスター家に懲罰で兵を向けるとか?」

「この程度の理由で、兵なんて送れるかよ」

 ただ、イーナの懸念もわからないでもない。
 貴族とは、体面やプライドを大切にする生き物だからだ。

 だが、あの山脈を越えて軍を送る難しさは前の失敗を見れば明らかだ。
 魔の森への進軍とは違って山さえ越えれば良いのだが、超えてから八百人の住民が防衛戦闘を行うので、戦闘は悲惨な物となるであろう。
 現地での物資の補給は不可能だし、多大な犠牲を出して勝利したとしても、今度は山一つ超えた占領地を復興しながら統治しないといけない。

 もしそんな事をしたら、ブライヒレーダー辺境伯家の財政もまた傾いてしまうのだ。

「その辺も、見透かしているんでしょうね」

「まあ、並の頭をしていれば気が付くからな。あとは、嫡男継承への異常なまでの拘りと、才能ある下の子供への反応を見ればわかるか……」

 閉鎖的な領地なので、思考が完全に保守的なのだ。
 ただ領主を頂点とするピラミッドを維持する事に傾注しているので、嫡男継承に拘るし、その秩序を乱す可能性がある下の子達には素っ気無い。

 虐めや虐待は無かったが、それは彼らからすれば最大限の優しさでもあり、それ以上の優しさなど必要ないと考えているのであろう。
 こうなると、中身がおっさんなのも考え物だ。
 そういう気持ちが理解できるからこそ、俺は家族と距離を置いたのだから。

「エーリッヒなら、あの村をもっと発展させられただろうな。あとは、坊主。お前もだ」

 魔法が使える俺が、もし当主になったらと。
 実際、名主のクラウスに懇願もされている。

「あとは、エーリッヒ兄さんが当主になり、俺がそれを手伝うパターンですね」

「むしろ、その可能性を感じて怖かったんだろうな。お前らは、仲が良いみたいだし」

 俺は、自分の魔法の才能についてはある程度自信を持っている。
 しかし、領地を治める領主としては未知数だ。
 そんな物は、やってみないとわからないのだから。

 なので、エーリッヒ兄さんが領主をしてくれるのなら、俺は喜んで家臣になったであろう。

「あれ? でも、普通は子供にこれだけの魔法使いが出たんだよ。お抱えにしない?」

「そんな事は簡単さ。無理だからだよ」

 ルイーゼの意見を、ブランタークさんは真っ向から否定していた。

「いくら坊主が子供でも、坊主レベルの魔法使いを雇うのに幾らかかると思っているんだ?」

「でもそれは、家族価格でとか」

「無理に決まっているだろうが。ルイーゼの嬢ちゃんよ。もしお前さんが、実家に魔闘流の師範として物凄い安金で扱き使われたらどう思う? お前の親や兄弟が、『この給金で問題ないよね。家族だし』って言ってな」

「さすがに、それは……」

 そんな肉親の情を盾に搾取される関係など、長く続くはずもなかった。

「だろう? それに、もし最初はそれで何とかなっても、坊主が逃げれば終わりだろうが」

 引き止めようにも俺の方が圧倒的に強いのだし、そんな不手際で魔法使いを失えば領民からも不満の声が出るはずだ。

「どのみち、相場の給金は出せないんだ。なら、最初から雇わない方が良い」

 更に、そこでエーリッヒ兄さんが当主になったらという話に戻るが、兄さんなら出来る限りの待遇にしようと努力するし、それがわかる俺は彼に手を貸していたであろう。

 何しろ俺は自分で簡単にお金が稼げるのだし、出世払いという契約でも良いのだから。

 だが、あの父やクルト兄さんのための無料奉仕は御免被る。
 これが本音でもあった。

「要するにだ。そんな理由が重なって、祝儀に関しては絶望的だと。坊主、お前さんが出してくれ。あとで、お館様が全額返すから」

「わかりました」

 別に返して貰わなくても良いのだが、それを言うとブライヒレーダー辺境伯様の面子を潰してしまう事になる。
 新バウマイスター家当主として俺が出す分以外の分は、遠慮なく返して貰う事にした。

「すいません、ブランターク様」

「俺達は、金がなくて……」

「いや、この件はお前達の実家の方がおかしい。独立準備金まで出した息子達に祝儀の立て替えなんて、滅多に聞かないからな」

 兄達はブランタークさんに謝っていたが、確かにこの件で彼らを攻めるのは酷だ。
 それに兄達は、自分達が出来る範囲でエーリッヒ兄さんにもう祝儀を出しているのだから。

「ええと、祝儀の相場って幾らなんですか?」

「このケースだと、騎士爵家で金板一枚だな。だが、金貨を半分で、あとは金額分の物品も混ぜるのが普通だ」

 パーティーの間、招待客に見えるように置くのだから当然とも言えた。
 あとは、両家との繋がりを演出する物なので、自分の領地から産出する物品も混ぜるとベターなのだそうだ。

 結納で、三方の上に昆布やスルメとかが乗っているのと同じ感覚なのであろうか?

「実家の特産品ですか?」

「そこまで厳密に考える必要はねえよ。その地方の品で良いのさ。魔法の袋に無いのなら、アルテリオに用意させるか?」

「アルテリオさんは、商人ですしね。でも、彼は招待されていないんですね」

「そりゃあそうさ。坊主繋がりでブラント家と縁は出来たが、それまではお互いに顔すら知らなかったんだから。それとな……」

 実は、エーリッヒ兄さんのパーティーに急遽参加したいと希望する貴族や商人などが、それこそ処理し切れないほど発生したらしい。
 原因は、主に俺であったようだが。

「お前と縁を繋ぎたい連中が殺到してな。だが、これはエーリッヒの結婚パーティーなんだ。こんな失礼な話も無いから、俺がルートガー殿と捌いておいたから」

「仕事してたんですね……」

「当然だろう。というか失礼賃に酒を驕れや」

「酒ですか? ありますよ」

 祝儀をどんな物品で飾ろうかと迷っていたところだったので、俺は魔法の袋から酒が入った瓶を取り出し始める。
 醸造や発酵を魔法で再現する実験の成果で、材料は野イチゴ、山ブドウ、砂糖、米、麦、などであった。

 一応、ワイン、果実酒、ラム、焼酎、エールなどのつもりだ。

「へえ。坊主は、使える魔法の種類が多いんだな。どれどれ……」

 早速試飲を始めるブランタークであったが、変な失敗作を祝儀にするわけにもいかないので、ちょうど良かったとも言える。
 俺はまだ未成年なので、酒は飲めなかったのだ。

「良い味だな。超一流の名酒には少し劣るが、これなら毎日の晩酌にも十分だ」

 最初に出した分は全てブランタークさんが自分の魔法の袋に仕舞ってしまったが、まだ沢山あるので全部の種類を何本かずつ出す。

「この酒瓶も、魔法で作ったのか?」

「はい」

「お前、アルよりも魔法の引き出しが多いな。羨ましい限りだぜ」

 ガラス瓶はちょっと無理だったので、瓶は全て陶器製である。
 瓶と言うよりは、陶器製の容器と言った方が正確であろう。
 密封は、未開地にコルクの木があったのでそれで行っているし、容器の方も、造作などはなるべく形を整える努力をしたが、酒が漏れなければ良い程度の出来でしかない。

 芸術性など、皆無であると保証できた。

 次は、あの山ほど作っていた塩の入った甕も十個ほど出しておく。
 内陸部にある王都では塩が高めなので、これも喜ばれるはずだ。
 続けて、砂糖の甕も同じ数を置く。
 これも南部が主産地なので、王都ではやはり相場が少し高いのだ。

 あとは、麦や米の袋に、以前に狩って皮をなめして貰った熊や鹿の毛皮など。
 あとは、エーリッヒ兄さん向けにブライヒブルクの武器屋に注文していた弓矢なども置いておく。

 お嫁さんには、女性に何を送ったら良いのかわからなかったので、以前にブライヒブルクで購入した絹布の反物と、未開発地で採集した瑪瑙や翡翠の原石を置いていた。

「こんな物ですか?」

「坊主も、今では一家の主だからな。二家分なら十分だろう」

 祝儀置き場に指定されたスペースは、ようやく全てが出揃って埋まっていた。
 俺が祝儀の品を置かなければ婿側のスペースがスカスカで、エーリッヒ兄さんが大恥をかくところだったのだから。

「本当に、父や兄は俺達の事なんてどうでも良いんだな……」

「領地に引き篭もっていれば、外部からの評判なんて聞かないで済むからな……」

 あまり話した事もないパウル兄さんとヘルムート兄さんであったが、さすがに哀れに思えてしまう。

「済まないな。ヴェンデリン」

「いえ、俺も祝儀は出さないといけなかったので。一応、手紙で父上に立て替えた分を催促しておいてください」

「無駄だろうがな」

「形式上、一応はしておかないと」

「そうだな……」

 自分の息子達に祝儀の立て替えを頼むなどと言う、前代未聞な事をしたあの父に、立て替えた分の請求をしても100%返って来ないのは確実だ。

 それでも、一応は催促の手紙を出しておくようにと、俺は兄達に頼んでいたのだ。

「ヴェル、申し訳ない」

「エーリッヒ兄さんは何も悪くないのですから」

 結局俺は、二家分の祝儀を金貨と物品で金板二枚分ほど出していた。
 だが、以前から師匠の遺産やら、子供の頃からコツコツと未開地で採集・製造していた物もあったし、つい二日前には白金貨千三百五十枚を陛下から貰っている。

 そのくらいの出費なら、気にもならなかったのだ。 

「いや、そっちではなくてね……」

「そっちではない?」

 どうやら、エーリッヒ兄さんの言う申し訳ないが祝儀の話ではない事に俺が気付くのは、式が始まってからになるのであった。
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