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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第二十六話 アンデッド古代竜との遭遇。

「すげぇ! 眺めが絶景だな!」

「さすがは、運賃が金貨一枚だけはあるわ。食事とかも良い物が出るし」

「デザートも美味しい」

 王都で下級官吏を勤めるエーリッヒ兄さんの結婚式に出るため、俺とエル達はブライヒブルクから週に一度出ている魔導飛行船へと乗り込んでいた。

 この魔導飛行船は、過去に滅んだ古代魔法文明の遺産なのだそうだ。
 奇跡的にほぼ無傷で遺跡から発掘され、それを現代の魔法技術で運営をしている。
 現代の魔法技術は古代のそれよりは劣っているが、新規に魔導飛行船を建造するのは無理でも、簡単な修理と維持くらいは可能である。

 古代の遺跡からは八隻ほどが発掘されたようで、ヘルムート王国は北方のアーカート神聖帝国の首都バルデッシュ航路、西方の貴族を取り纏めるホールミア辺境伯領ルート、東方の貴族を取り纏めるブロワ辺境伯領ルート、最後に南方のブライヒレーダー辺境伯領ルートと、合計で四ルートを運営していた。

 王国が直に運営しているのは、魔導飛行船が有用な軍事兵器でもあり、有事の際には軍に接収されるからである。

 あと、北方のアーカート神聖帝国も同様に遺跡からの発掘品を何隻か運用している。
 なので、魔導飛行船があっても、ヘルムート王国が一方的に軍事的に有利というわけでもないようだ。

 ここ二百年近く、停戦は一度も破られていないので、戦争はもう数百年は無いであろうというのが、両国の政治関係者達の一致した意見のようであったが。

 でなければ、魔導飛行船の航路が設定されるはずもないという事実も含めて。

「しかし、本当に早いな」

 無事に魔導飛行船に乗り込んでから丸一日、既に航路の四割ほどを消化したらしい。
 意外と高速で進む魔導飛行船の窓から外を見ると、眼下にはヘルムート王国の雄大な自然が広がっていた。

 大半が未開発地か魔物のテリトリーなので、人が住んでいる土地が少なくても当たり前と言えばそれまでなのだが。

「坊主、何を見ているんだ? 魔物でも出たか?」

「まさか、魔物は一部の例外を除いて、領域からは出ないのが常識じゃないですか」

 俺に声をかけてきたのは、ブライヒレーダー辺境伯の筆頭お抱え魔法使いであり、俺の師匠であるアルフレッド・レインフォードの師匠であったブランターク・リングスタット氏であった。

 ブライヒレーダー辺境伯の筆頭お抱え魔法使いともなれば結構忙しいような気もするのだが、俺が王都に兄の結婚式で出かけるので修行を少し遅らせて欲しいと願うと、なぜか彼は俺達の保護者兼引率役をすると宣言し、本当に魔導飛行船に乗り込んでいたのだ。

「アルのような、語り死人になった例くらいだものな」

 普通の魔物は、まず例外なく自分達のテリトリーからは出て来ない。
 なので、領域の隣でノホホンと畑を耕す農民がいたりと、傍から見るとかなりシュールな光景になっているのも珍しくなかったのだ。

 唯一の例外と言っても良い語り死人は、元は人間である。
 外に未練があるので、それを果たすために外に出るという行動原理はある意味納得のいくものであった。

 ただ、魔物の領域で死んだ人間の大半はゾンビやグールになってしまう。
 ゾンビやグールには未練もクソもないので、彼らが領域の外に出る事はあり得なかったのだ。

 そこから更にリッチなどの上位アンデッドに進化し、稀に外に出る個体も存在はしていたが、数が少ないのですぐに討伐されてしまうのが常であった。

「他に例外は無いのですか?」

「あるにはあるよ。何千年も前の書物に書いてあったがな」

 その滅多にない例外とは、死んだ竜が語り死人のようにアンデッド化する事であると言う。

「ただ、ワイバーンのような小型の竜や、領域の主クラスの属性ドラゴンではな。アンデッド化はするが、領域からは出ないんだ」

「それって、もしかして?」

「先代のお館様が求めた古代竜クラスじゃないと、領域から出たりなんてしないのさ」

 その血が万病に効くと、古文書に書かれている古代竜。
 以前、その血を求めて未知の魔物の領域に軍勢を送り込んだ先代ブライヒレーダー辺境伯。
 その結果は散々であったが、そもそも今まで誰も見た事が無い古代竜をなぜ実在するとブランタークさんは明言するのであろうか?

「古代竜の存在を疑っているのか? 坊主」

「実際に見ないと信じない性質なので」

 その辺は、幽霊とかUFOなどと同じなのかもしれない。
 俺は、どちらも信じていなかったが。

「そういう奴は多いな。だが、古代竜は実在するさ」

 ただ、普通の人間では到底辿り着けない領域の奥地に生存しているし、何万年も生きるのでそう簡単にはアンデッドにはならない。
 よって、そう簡単に人間の住む領域には姿を見せないそうなのだ。

「会えれば奇跡ですか」

「大抵の人間には、天災クラスの不幸だがな」

 その体で使えない部分はない、高価な素材の塊ではあるが、同時にそれを得られる強さを持つ人間も奇跡の存在である。
 普通の人間が顔を合わせれば、間違いなくあっという間に殺されてしまうであろう。

 圧倒的強者にして、自分よりも弱い相手には無慈悲な存在。 
 それが、古代竜という生き物らしい。

「確率から考えても、一生縁が無いですね」

「そうとも言うな」

「ところで、どうしてブランタークさんは俺達の同伴を?」

 俺は、この一日気になっていた事を聞いてみる。
 王都に出かける子供の引率など、どう考えても筆頭お抱え魔法使いの仕事ではなかったからだ。

「そっちは、ついでさ」

 ブランタークさんの話によると、王国の南部を取り纏めるブライヒレーダー辺境伯には定期的に王国に現地の情勢を伝える義務があるらしい。
 だがそう毎回本人が行くわけにもいかず、こういう時に筆頭お抱え魔法使いの出番となるようなのだ。

「社会的地位が高いという事で、良く代理人にされるんだよ」

 他にも、王都で細々とした用事があるらしい。
 代理人になっても失礼に当たらないので、あちこちに出向くのだそうだ。

「エーリッヒ殿の結婚式には出るけどな」

 エーリッヒ兄さんの結婚式に出る事も、彼の仕事の一部なようだ。
 エーリッヒ兄さんが婿入りをする家は、下級ではあるが世襲法衣貴族の家柄だ。
 当然、上には高位の世襲法衣貴族が寄り親や派閥の長として君臨しているので、失礼にならない程度に式には顔を出す。

 地方の有力在地貴族と中央の世襲法衣貴族が、あまり親密になるとキナ臭い噂が流れてしまう。
 かと言って、何も繋がりが無いのも考え物だ。

 そこで、ブライヒレーダー辺境伯の代理人としてのブランタークさんと、彼らとの顔合わせの舞台としての結婚式であるようだ。

「まあ、そんなに難しい話は無いけどな。少しは繋がりが出来ましたよという事実を確認するだけだ。それに、うちのお館様はエーリッヒ殿に期待していたからな」

 比較的凡人が多い我がバウマイスター家の中で、温和で頭の良いエーリッヒ兄さんにブライヒレーダー辺境伯は期待をしていたらしい。
 出来れば内政を担当する家臣として召抱えたかったようだが、それはエーリッヒ兄さん本人に断られてしまったそうだ。

「隣接領主の五男が、寄り親のお気に入りの家臣になるとか面倒な点もあるからな」

「将来、お気に入りのエーリッヒ兄さんをバウマイスター家の次期当主に押し込もうと……」

「そういう勘繰りはされるだろうからな」

 そういうイザコザが嫌で、エーリッヒ兄さんは王都で下級官吏になったようだ。
 他にも、面倒なクラウスの勧誘もあったのだが。 
 俺もその点は同じなのだが、さすがに将来俺がブライヒレーダー辺境伯のお抱え魔法使いになろうとした時に、それに嫌味を言うほどバウマイスター家の面々がバカではないと信じたかった。

「実力主義と、地縁・血縁に複雑な人間関係が絡まって余計に面倒なんだよな。貴族って」

「ブランタークさんは、その貴族のお抱えじゃないですか」

「別に俺は貴族でもないし、魔法の実力で雇われたに過ぎないし、嫁も子供もいないからな。おっと、この話は他言無用に……」

 突然、ブランタークさんが話を中断して魔導飛行船の進行方向に鋭い視線を向ける。

「あの……、ブランタークさん? っ!」

「半日の訓練で、ちっとはマシになったな。そうだ、何か禍々しい魔力を感じる」

 しかも、この魔力の大きさは人間にはありえなかった。
 これ以上の魔力量を持つ人間はいるが、それを表に出せるわけがないのだ。
 以前も説明したが、普段はその魔力は体内に隠れていてその全容が探知できるはずもない。

 ブランタークさんの魔力探知は、普通の人よりも少し多いくらいの見知った魔力を数千キロ離れた場所からも探知できるからこそ凄いのだ。

「人間ではない。野生動物もありえない」

「普通の魔物のはずがない。この航路は、魔物の領域からは離れているんだからな」

 現状では、二度と建造が不可能な魔導飛行船を飛ばしているのだ。
 その辺の配慮は当然とも言えた。

「何なんでしょうね?」

「まさかとは思うけどよ……」

 どうやら、俺達の予想は当たっていたらしい。
 魔導飛行船は急にその進路を変え、更にスピードを上げて逃走を開始していたからだ。
 魔導飛行船は、内臓された巨大な魔晶石に込められた魔力をエネルギーに、見た目が蒸気機関のような機械と普通の船のように帆を用いた風力によって動いている。

 風力は無料だが、魔晶石に貯め込まれている魔力は適時補充しなければいけないので、それには当然コストがかかる。

 なので、何も無い魔導飛行船が経済性を考慮した航路を外れ、一番燃費の良い巡航速度を無視するという事は、それらを無視しても構わない緊急事態が発生したという事しかあり得なかった。

「あの、ブランタークさん?」

「坊主、付いて来い。ブリッジに上がって船長に事情を聞く」

「あの、何で俺も?」

「いいから、来い!」

 ブランタークさんに強引に手を引かれた俺は、普段は関係者以外立ち入り禁止のブリッジの入り口に到着する。
 するとそこでは、十数名の貴族や大商人らしき人達が入り口を警備する船員に抗議の声をあげていた。

「だから、どうして急に航路を変えた!」

「何があったのか説明しろ!」

「こんな、魔導機関の燃費を無視した速度! 何かが無いとおかしいじゃないか!」

「私の口からは、何も言えないんです……」

「では、船長を出せ!」

「説明くらいして当然じゃないか!」

 業を煮やしてブリッジに押し入ろうとする彼らと、ブリッジの中から応援が出て来て数名でそれを阻止しようとする船員達。
 一向に埒が明かない状態になっていたが、彼らの目にブランタークさんの姿が入ると、一人の船員が声をかけてくる。

「ブライヒレーダー辺境伯家の筆頭お抱え魔法使いでいらっしゃる、ブランターク・リングスタット様ですよね?」

「そうだが、それが?」

「船長から、相談したい件があると」

「わかった。事態が把握できないで不安なのはわかりますが、ここは私が代表して船長からお話を聞くという事で」

 ブランタークさんは、普段俺達に使うぞんざいな言葉ではなく、筆頭お抱え魔法使いに相応しい口調で貴族や大商人達に話をしていた。
 はっきり言って、まるで別人のようだ。

 身分が身分なので、こういう事も出来ないといけないのであろうが。

「まあ、このままじゃ何もわからないしな」

「ブランターク殿に任せるとしよう」

 押し問答をしていた貴族や商人達も、ブランタークさんが高名な魔法使いである事を知って静かに道を開ける。
 なるほど、高名な魔法使いは社会的な身分が高いようだ。

 大物商人や貴族達が、素直に退くのだから。

「この子は、俺の弟子だ。一緒でも構わんな?」

「はい」

 なぜか俺までブリッジの中に入る許可を貰ってしまい、仕方なしにそのままブランタークさんに付いて行く。
 魔導飛行船のブリッジは、普通の帆船と同じような位置にある。
 上甲板の上にクルクル回す舵と共にあるのだが、さすがに高速で飛ぶので、その天井部分は透明なガラス状の材料で出来たドームによって守られていた。

「わざわざすみません。船長のコムゾ・フルガです」

「副長のレオポルド・ベギムです」

 共に三十代後半くらいの、落ち着いた風の中年男性に挨拶をされたが、その返事もそこそこに二人はブリッジの後方を指差す。
 透明なドームのおかげで後方も良く見えるのだが、問題はその後方に見えてはいけない物が見えていた事であろうか?

「ただの竜じゃないな。この船の幅とさして大きさが違わないじゃないか……」

 更に性質の悪い事に、この竜にはもう一つの特徴が存在していた。
 それは、既にこの竜には皮膚や血肉の類が一切存在しておらず、つまり骨だけで動いている竜であったという事だ。

 そんなボーンドラゴンとでも言うべき巨大な竜が、この船に迫っている非常事態。
 なるほど、これは他の乗客には言えないはずだ。

「ここは、高名であるリングスタット様に……」

「あんな化け物に勝てるか」

「それは、本当なのですか?」

「勝てると嘘をついてから俺が飛び出して負ける。パニックが広がると思うけどな」

 勝てない物は、ハッキリと勝てないと言う。
 その辺のシビアさは、さすがは元一流冒険者であった。

「ですが、このまま逃げ続けても……」

 確かに船長の言う通りで、逃げるだけではいずれ手詰まりになってしまう。
 このまま燃費も無視して逃走を続けても、そのうち魔力が尽きればあの骨竜に捕まってしまう。
 かと言って、ブランタークさんが分の無い勝負に挑んでも情況が改善するとは思えなかった。

 むしろ、ブランタークさんをけしかけた件で、余計にあの骨竜の怒りを買ってしまう可能性があったのだから。

「手が無いわけでもない」

「おおっ! それは、どんな手で?」

 藁にも縋る気持ちで、船長達はブランタークさんの回答を待つ。

「あの竜はアンデッドだ。ならば、『聖』の属性魔法で成仏させるのが良いだろう」

「なるほど。リングスタット様が、聖の魔法で成仏させるんですね」

「いや、俺は聖の魔法は使えない」

 聖の魔法が使える魔法使いは、かなり少ない。
 いくら高位の魔法使いでも、使える確率は初級や中級の魔法使いとさして違わなかったからだ。

 魔法使いとしての才能に比例していないので、聖の魔法が使えるだけで貴重なのだが、大した事が出来ないという人も多く、それは余計に使える聖魔法の使い手を減らしてもいた。
 そういえば、アルフレッド師匠はなぜ俺が聖の魔法が使えるとわかり、それを指導したのであろうか?

「では、誰が聖の魔法を使うのです?」

「そりゃあ、俺の弟子に決まっている」

 ブランタークさんは、俺の事を弟子だと言っている。
 師匠の師匠なので、孫弟子になるのだから間違いではないのであろう。

「えっ? 俺なんですか?」

「坊主しかいないじゃないか」

「それは、そうなんですけど……」

 ブランタークさんの言い分はわかる。
 あの骨竜を倒すには聖魔法が必要で、それが使える俺が戦うのが理に叶っているのだと。

 だが、考えても見て欲しい。
 俺はまだ十二歳のガキで、実戦経験など凶暴な熊を相手にしたくらいだ。

 そんな俺が、あのバカデカイ骨竜の相手をする。
 無理にも程があるというものだ。

「無理ですよ! 俺は、まだ魔物と戦った事すらないのに!」

「人間、何事も初めてがあるよな」

 それは事実だが、こんな初めては遠慮したい気分だ。

「どこの世界に、竜がデビュー戦の冒険者見習いがいるんですか!」

「ここに居る! というか、お前が戦わないと全員死ぬ! 根性据えて戦うんだ! アルフレッドなら、笑顔で『行って来ます』と言うんだがな」

「その言葉は、卑怯ですよ……」

 俺にとって、師匠はその人生全てを賭けて追いかける偉大な人であった。
 彼はその才能を生かし切れないまま その若い人生を終えた。
 ならば、俺は彼の分まで魔法使いとして生きる義務があるのだ。

 ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターには、アルフレッド・レインフォードという偉大な師匠が居たという事実を世間に知らしめるために。

 普段はチャランポランでも、ヘタレでも、我が侭でも。
 これだけは、譲れないのだと。

「あんな骨竜、ちょっと大きな模型みたいな物ですよね?」

「ああ、ちょっと材料費が高いな」 

 こうしてブランタークさんからの発破により、俺は初の魔物との実戦がアンデット化した古代竜という、最悪のデビュー戦を迎える事となるのであった。




「作戦は単純なんだがな。坊主が飛翔の魔法で飛び出し、一気に聖の魔法であの骨竜を成仏させるだけだ」

「いやいや、そんなのは作戦とは言わないでしょう」

「綿密な作戦を立てている時間はないしな」

「正しい認識ですね。俺は、物凄く不幸ですけど……」

 ブリッジにおいて、船長から船を追いかけてくる古代竜の退治を任されたブランタークさんは、ありがたい事に俺をその実行者に任命していた。

 とにかく、外で戦闘をしないといけないのでその準備をしていると、そこにエル達が心配そうな表情で俺に声をかけてくる。

「ええと……。無事を祈る」

「すまないな。私達では攻撃すら届かないんだ」

「攻撃が当たっても、ボク程度の魔力だと致命傷を与えるのは無理なんだよ。ゴメンね」

 もう既に、船内には船長からこの船が竜に追われているという事実が知らされていた。
 普通ならパニックになるところだが、続けて船長はこの船にはブランターク・リングスタットとその優秀な弟子が乗船していると伝え、なら大丈夫だと彼らはすぐに落ち着いていたのだ。

 さすがは、ブランタークさん。
 ブライヒレーダー辺境伯自慢の魔法使いである。

「アルなら普通に勝てたと思うんだけどな。俺はと聞かれると、相当に分が悪い。坊主も、良い線でいけると思うんだがな」

 あのレベルのアンデッドになると、相当に魔力を込めた魔法で始末するしかないらしい。
 余計な小細工などよりも、ただ古代竜のアンデッドが無事に成仏するほどの聖の魔法を放てば良いのだと。
 技よりも、パワーと言った感じであろうか?

「とにかく、念には念を入れてぶっ放せ。それだけだ」

 ブランタークさんは、万が一骨竜がブレスなどを吐いた時のために船に残る事になっている。
 せっかく竜を倒しても、その前に船が落ちてしまうと意味が無いので必要な処置ではあった。

「メインを坊主にやらせるんだ。俺は、この船が傷一つ付かないようにする」

 骨竜がどんなブレスを吐くのかは知らなかったが、それを防ぐために、ブランタークさん魔法障壁の展開準備に全力を尽くすようだ。

「飛翔に、俺と同じくブレスが来れば魔法障壁、挙句に竜を成仏させる『聖』の魔法を貯めるのか。お前、やっぱりアルの弟子だよ」

 魔法の同時展開は、師匠が得意とする特殊能力であった。
 俺もそのコツを習い、この六年で三つまでの魔法の同時展開を習得している。
 師匠は七つまで可能なのでまだ先は長いのだが、今はただ出来る事をやるだけだ。

 焦って、失敗しないようにだけ注意すれば良い。
 例え、相手が伝説の古代竜でもだ。

「勝負は一瞬で終わる」

 船のすぐ後方にまで迫っている骨竜に飛翔で接近し、その短時間までで『聖』の魔法の準備を終える。
 既に、魔力の溜めは始めていて。
 それが終われば、俺は急ぎこの船から飛び出して骨竜に魔法をかけないといけない。

 本当に、僅かな時間で勝負が決まる一種の賭けでもあったのだ。

「坊主、飛翔の魔法で体を浮かせておけ。外に出たら、相対速度の調整も忘れるな」

「はい」

 それを忘れると、俺は一気に船と竜に置き去りにされてしまう。
 再び飛翔で追いかけると魔力と時間の無駄なので、これは必須事項とも言えた。

「坊主、これが終わったら訓練の続きを本格的にやる。死ぬなよ」

「こんな年では死ねませんよ。では……」

 俺が頷くと同時にブランタークさんは、エル達と一緒に船の最後尾にあるドアを一気に開ける。
 そのまま無事に飛び出した俺であったが、その直後に骨竜はドス黒い毒霧のようなブレスを広範囲に吐き始める。

「危ねえ!」

 準備はしていたので、すぐに俺は魔法障壁を発動させる。
 ブランタークさんの方も、船を完全に包み込む魔法障壁の展開を一瞬で終えていた。

 やはりブランタークさんは、師匠の師匠なだけはある。
 魔導飛行船全体を覆う魔法障壁は、骨竜のブレスを完全に防いでいた。

「と、感心しているわけには!」

 船の無事を一瞬で確認した俺は、その僅かな時間の間にも魔力を聖の魔法を発動するために貯めていた。

「(骨竜を包む込む、高濃度の聖の光……)」

 以前に師匠を成仏させた光線魔法は避けられる危険性があったので、今回はそんなイメージで魔法を発動させる事にする。
 既に骨竜の至近に到達していた俺は、骨竜の両手と尾っぽからの連続攻撃を飛翔でかわし、一気に貯め込んでいた魔力を開放する。

 聖属性特有の青白い光は、俺を中心として骨竜の全てを包み込み、聖光を浴びた骨竜は数十秒ほど断末魔のような咆哮をあげていた。

 その間、骨竜は滅茶苦茶に手足や尻尾を振り回してくる。

 俺は魔法障壁でそれを防ぐのだが、あまりの衝撃に骨竜の傍から弾き飛ばされそうになってしまう。
 だが、弾き飛ばされれば、せっかく展開した聖魔法の範囲から骨竜が外れてしまい、骨竜を倒せなくなってしまうのだ。
 懸命に飛翔魔法で位置をコントロールしながら、その攻撃を防いでいた。

「(まだだ。あいつが完全に動けなくなるまでは……)」

 俺は、更に魔力を送り込んで聖の光を継続する。
 すると、次第に骨竜の咆哮は薄れていき、最後にはそのまま動かなくなってしまう。
 急ぎ魔力の反応を見ると、どうやら完全にアンデッドモンスターとしては、その活動を終えてしまったようだ。

「師匠の時と比べると、体が消滅する事は無いのか」

 さすがは古代竜の骨とでも言うべきか、聖の光を長時間浴びても骨には何一つダメージを受けていない。
 むしろ、アンデッド状態から脱したせいで、骨は美しい光沢を放つようになっていた。

 聖の光が収まってから数秒後、上空で竜の骨格図通りの形を保っていた骨であったが、次第にパーツ毎にバラけて地面へと落下し始める。

 アンデッドとしての活動を停止した骨は、ただの無機物でしかない。
 重力に引かれて落ちるのは、当然の結末と言えよう。

「おーーーい、坊主! 骨を回収しろ! 勿体無いじゃねえか!」

 ブランタークさんは、空中に浮いている俺に、バラけて地面へと落下しつつある骨を拾うようにと叫んでいた。
 いくら伝説の古代竜の骨とはいえ、アンデッドの骨を素材として使うのはどうかと思ったのだが、俺が無事に聖の魔法で浄化したので問題は無いのであろう。

 素早く、地面に落ちる前に全ての骨の回収に成功する。
 こういう時には、やはり魔法の袋は便利であった。
 そして、俺はもう一つ不思議な物体の回収に成功していた。

 直系二メートルほどと。
 魔法の袋がなければ空中で拾えなかったであろう真っ赤で綺麗な光を放つ石の正体は、この竜の魔石であったらしい。
 本では、どんな魔物でもその体内に持っている魔物が魔物である根拠となる石であるようだ。

 加工すると魔晶石になるし、魔力の減った魔晶石の充電にも使えるそうなので、冒険者は必ず倒した魔物からこの魔石を回収すると予備校の参考書に書かれていた。
 授業でも、先生が強調して教えていたほどだ。

「さすがに、今日は魔力がほぼ限界だよ」

 古代竜の骨と魔石を回収してから船に戻ると、俺の魔力が既に限界ギリギリまで消耗していた。
 もう一匹竜がいたら、俺は確実にあの世行きであろう。

「しかし、古代竜の骨格一式にとんでもない大きさの魔石か。大儲けじゃないか」

 無事にアンデット古代竜を倒した俺を多くの人が歓声と共に出迎えていたが、ブランタークさんは例の魔石が気になってしょうがないらしい。
 要望に答えて袋から出すと、あまりの大きさに周囲からまた歓声があがっていた。

「確かに、大きいですね」

「この魔導飛行船を動かしている魔晶石でも、精々で直径五十センチほどですよ」

 全長が百メートルを超える魔導飛行船のエネルギー源でもある魔晶石が、この目の前にある巨大な魔石の四分の一。
 なら、この四倍の直径を持つ魔石ともなると、果たしてどれだけの事が出来るのであろうか?

 俺は、その評価額と共に非常に気になり始めていた。

「そうですな……。これだけの大きさの魔石となりますと、相場は白金貨千枚からでしょうな」

 まるで俺の心の声を見透かしたように、一人の商人がウンウンと頷きながら声をかけてくる。
 年齢は五十歳ほどであろうか?
 その身なりを見るに、かなりの商いを行う商人らしい。

 運賃が最低でも金貨一枚の魔導飛行船に乗っているのだから、零細商人のはずはないのだ。

「アルテリオか。やはり、その魔石が欲しいのかね?」

「ああ、私なら白金貨千二百枚からスタートだな」

 ブランタークさんは、その大商人らしき人物と知己であるらしい。
 二人で魔石を見ながら、仲良さそうに話をしていた。

「白金貨千二百枚! 珍しいけど、そんなにするのか!」

「ええと……。君は、この古代竜を倒した小さな勇者殿の友人だったかな?」

「同じ冒険者予備校の同級生です」

 エルは、アルテリオさんに自己紹介と挨拶をする。

「なるほど、そうだったのか。ブランターク、君の雇い主は良い冒険者を育てるのに熱心なんだな」

「そいつも、剣は良い腕しているぜ。騎士団の下っ端じゃあ、話にもならねえ」

「その若さでか。それは、素晴らしいな。おっと、この魔石の相場の話だったな。この魔導飛行船を動かしている魔晶石は、前に七千年の寿命を誇ったシナプス火山を住処とした老火竜の魔石を材料に作られている。大きさはこれの四分の一だったが、ロストテクノロジーである魔導飛行船を動かせるかどうかの瀬戸際だ。魔石はオークションにかけられ、王国の依頼を受けた政商が競り落としたのさ。その金額は、白金貨二百七十五枚だった」

 戦時の際には、戦艦クラスの働きが可能なこの巨大な魔導飛行船を動かせる魔石なので、その価値が日本円にして二百七十五億円というのは決して安くは無かった。
 前世の地球上にある国家が所持する、イージス艦や原子力空母と比べれば遙かに安い金額と言えよう。

「じゃあ、その四倍の大きさの魔石は?」

「ええと、エルヴィン君だったよな。当然、最低でもそれだけはする。俺が~からと言っているのは、これほどの大物ともなると、絶対にオークションで競り落とされるからだ」

 このレベルの大きさの魔石は、隣国であるアーカート神聖帝国にも現存していないらしい。
 アーカート神聖帝国では、古代魔法文明の遺産である遺跡やダンジョンが多くあり、中からたまに現在の技術では到底製作不可能な大きさの魔晶石が出土するらしいのだ。

「しかし、今回はそのオークションさえ行われないだろうな」

 アルテリオという商人がそう独り言を言うと、周囲にいる他の貴族や商人達もその意見に賛同して静かに頷き始める。

「あの、それって?」

「なあに、簡単な事さ。しかし、小さな勇者殿。お前さん、王都に付いたら色々と大変だぜ」

「大変なんですか?」

「ああ」

 何が大変なのかは良くわからなかったが、それから一日半後、無事に航路を元に戻した魔導飛行船は無事に王都へと到着する。
 骨竜のせいで数時間の遅れはあったが、思ったよりも遅れは出なかったようだ。

「いやあ、俺達まで殿様待遇だったな」

「ブランタークさん、あんなに高い酒を全部飲んでしまって大丈夫なんですか?」

「大丈夫さ。坊主は、あのまま古代竜のブレスに焼き落とされるはずだったこの船を救ったんだからな」

 確かにブランタークさんは、船上で強固な魔法障壁を展開して、あの古代竜のブレスからこの船を守っている。
 俺も、無事にアンデット古代竜の活動を聖の魔法で終息させる事に成功していた。

 なのでこの一日半、俺とブランタークさんと同伴者のエル達は船長のはからいで、この船の一番豪華な部屋に案内されていたのだ。
 運賃は、通常金板一枚。
 日本円で約一千万円の、まず政商クラスの大商人か大物貴族しか利用できない超VIPクラス専用の部屋であった。

 室内には豪華な装飾や家具などが配置され、テーブルの上には高価なフルーツなどが籠に盛られている。
 専属のメイドがいて、自由に高級なお茶やお菓子などを頼めるし、専用のワインセラーなどがあって自由に酒を飲む事ができた。

 俺やエル達は、まだ年齢が年齢なのでノンアルコールで過ごしていたが、ブランタークさんは箍が外れたように高価なお酒をガブ飲みしていたのだ。

 良く急性アルコール中毒にならないなと思ってしまったのだが、彼は酒に異常に強いらしい。
 二日酔いの兆候すら見せずに、朝食を美味しそうにお替りまでして食べていた。

「いいか、坊主。船長殿は、船を救った俺達に心から感謝して部屋を変えてくれたんだ。遠慮なんてしたら、かえって失礼に当たるじゃないか」

「さすがに、あのワインセラーの酒を全部飲んでしまったのは……」

「いやあ、高価な酒を堪能したな。一年分くらいは飲み溜めしたな」

 ブランタークさんの、本当なのか嘘なのかわからない見解を軽く聞き流す俺であったが、確かに船に乗っている間は船長達は俺達を下に置かない丁寧な対応をしてくれたし、今もこうして船を下りる俺達に、わざわざ見送りまでしてくれていた。

「古代竜を討った英雄殿達だからな。多少の飲み食いくらいでは、船長は腹を立てないさ」

 なぜか俺達と行動を共にしているアルテリオさんであったが、彼は王都に本部を置く大規模な商会の当主らしい。
 王宮にも出入り出来るとかで、世間では政商扱いされている人物であった。

 しかも彼は、昔はかなり高名な冒険者で、そのメンバーにはブランタークさんもいたそうなのだ。

「ちなみに、さっきの話に出た老火竜を討伐したのは俺達なんだよ」

「私は、その賞金の分け前で商会を設立したわけです」

 老火竜の討伐には成功したが、アルテリオさんは冒険者としては致命的で治療不可能な傷を負い、それならばと商人として第二の人生をスタートさせていた。
 ちゃんと成功しているので、今となっては負傷も良い思い出なのだと言っているが。

「じゃあ、ブランタークさんはこれが二匹目の竜退治ですか」

「はあ? 何を言っているんだ?」

「でも、ブランタークさんが船を魔法障壁で守り、俺がその間に聖の魔法で成仏させたわけですから、これは共同作業でしょう?」

 ブランタークさんが船を守ってくれなければ、古代竜による毒々しい色のブレスによって魔導飛行船は沈んでいたであろう。
 なので俺は、ブランタークさんにも古代竜の骨と魔石の売却代金を半分貰う権利があると主張する。

「今回のケースの場合、坊主の聖魔法が無ければ退治なんて不可能だったじゃないか。俺は自分の身を守ったに過ぎない。まあ、エル達も船にいたからな。守り賃として、売却益の十分の一だけ寄越せや」

「ですが……」

「と言うかよ。俺は、坊主が思っている以上に資産家だし、この年でもう大金なんていらねえんだよ」

 若い頃は超一流の冒険者として荒稼ぎをし、引退後は幾つかの貴族家などに仕えていたブランタークさんは、その辺の貴族など相手にもならないほどの資産を持っているらしい。

 なので、今回の褒賞の分け前は半分もいらないと俺に伝えていた。

「それにな。俺は、お館様から仰せつかった仕事で忙しい。その分坊主に負担が来るから、まあ迷惑料だと思え」

「迷惑料ですか?」

 俺はブランタークさんの言いたい事がわからずに、その場で首を傾げてしまう。

「なんだ坊主らしくもない。わからんのか? まあ、良い。アルテリオ、少し面倒を見てやってくれないか?」

「報酬は?」

 そこで報酬というところが、さすがは商人というところであろうか。

「そういえば、お前は商人だったな。俺やアルよりも才能がある魔法使いと知己になれたと思って喜べや」

「まあ、ここで恩を売っておくのも悪くないか」

 アルテリオさんは、納得したように一人頷いていた。

「なあ、エル。あの二人は何を言いたいんだ?」

「ヴェルが、とてつもない大金を得られるかもしれない。それと関連しているんだろうが……」

「ねえ、ヴェル。王都でケーキでも驕ってよ」

 俺はますます二人の言っている内容が理解できず、更に俺の近くにいるエル達もそれがわからないようであった。

「もう少しすればわかるよ。じゃあ、俺はこれで」

 一応引率者役のはずなのに、ブランタークさんは用事があると言って先に船着場から出て行ってしまう。
 残された俺達が、エーリッヒ兄さんからの手紙に添付されていた地図を参考に彼の家への経路を話し合っていると、そこに煌びやかな鎧姿の騎士が従者と共に現れる。

 鎧の豪華さから考えて、その騎士は相当な高位にある人物だと考えられた。

「陛下よりの言付けにございます。今回の古代竜退治の儀、ご苦労であったと。ついては、今より王城にて謁見を行うと」

「……(これが、ブランタークさんの避けた面倒……)光栄の極みにございます。すぐにお伺いいたします」

「ご案内いたします」

 古代竜を倒さなければ、王都に来れないどころか命を落としていたはずなので、それは間違いではないと断言する。
 だが、そのせいで俺はこの国の王様と顔を合わせる羽目になってしまうのであった。
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