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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第二十四話 ブライヒレーダー辺境伯家主催園遊会。

「いやあ、今日も大漁だったな」

「熊が一頭狩れたのは大きいわね」

「だよねぇ。エル君の止めの一撃は見事だった」

「ふっ、ちゃんと熊の胆を傷付けない位置にと計算はしたさ」

 いつの間にか、狼の群れから助けた二人の美少女がパーティーに入った俺達であったが、というかいつの間にか俺が新パーティーのリーダーになっているらしい。

 前世では学級委員長すら未経験な俺なのにと思ってしまうのだが、実際になってみると、意外と仕事などなかったというのが結論だ。

 放課後、四人でなるべく競争相手の少ない遠い狩場を目指して移動し、そこで俺が探知を使って獲物を探す。
 簡単な物は適任なメンバーに振って狩らせるし、大物ならばパーティーの特性を生かして四人で戦う。

 最初は、新規組の二人に少々の不安を感じていたのだが、あの狼の群れの件は運が悪かった部分も多かったらしい。
 イーナの槍術は時には突進する猪の脳天を一撃で仕留める腕前であったし、ルイーゼなどは気配を消して敵に近付くという特殊なスキルで、プロの猟師にさえ難しいホロホロ鳥を容易く捕まえてしまうほどだ。

 四人で動いているので、狼の群れや複数の熊に襲われても慌てないで済むし、効率も良いし、実入りもかなり良く。
 今では、四人で狩りに出るのが当たり前になっていたほどだ。

「今日も、木の葉亭で夕飯にするか」

「今日のお勧めメニューは何だろうな?」

 獲物を買取所に卸してから夕食に向かおうとすると、近くに見える予備校の校舎から見慣れた担任の教師が駆け寄って来る。

 彼はギルドの中堅職員で、元はかなり腕の良い冒険者でもあったらしい。
 惜しい事に怪我で引退を余儀なくされたが、今でもこうして後進の指導に邁進していたのだ。

 今年三十七歳で、嫁さんと娘が二人いるらしい。
 家族を食わせるのに苦労しているのであろう。

「おーーーいっ、お前達」

「ゼークト先生、何か用事ですか?」

「ああ、予備校経由でこんな物が届いてな」

 担任は四通の封筒を持っていて、その中の俺宛への封筒の封を切ると、中には園遊会の紹介状が入っていた。

「園遊会ですか?」

「主催はブライヒレーダー辺境伯様なので、絶対に出るように」

「わかりました」

 なぜか俺達は、ブライヒレーダー辺境伯主催の園遊会に出席する羽目になったのであった。




「しかし、なぜに俺が園遊会に招待なんて?」

「ヴェル君の実家は、ブライヒレーダー辺境伯家の寄り子だからじゃないかな?」

 三日後の休息日のお昼前、俺達四人はそれなりにめかし込んで園遊会の行われる会場へと向かっていた。
 俺とエルは、急遽仕立てて貰った貴族用の礼服姿で。
 ちなみに代金は銀板二枚、日本円で二十万円ほどかかり、急な出費に俺とエルは半分涙目である。
 イーナとルイーゼは実家にドレスがあったので急遽作る必要は無かったのだが、それに合わせたアクセサリーや靴などで出費を強いられ、やはり俺達と同じく涙目であった。

 二人は、『新装備の購入貯金が……』と悶絶していたようだ。
 せっかく女の子として可愛く生まれたのだから、嬉しそうにオシャレをすれば良いのにと俺などは思ってしまうのだが。

「そういえば、そうだったな。うちの実家って、ブライヒレーダー辺境伯の寄り子だった」

「だったって……」

「俺は、まるで縁が無かったからなぁ……」

 そのせいで物凄い不幸に見舞われていたが、それでも寄り親は寄り親で、そう簡単に縁は切れない所が零細貴族の悲しさとでも言うべきであろうか?

 しかしながらよくよく過去を思い出すと、なぜか父や兄がこの手の園遊会やパーティーに参加した記憶がなかった。
 と言うか、彼らが領内から外に出た記憶すらない。
 出席するのに山脈一つ超えなければいけないので、それは当然とも言えたのだが。

「ブライヒレーダー辺境伯様も、さして重要ではない園遊会やパーティーでバウマイスター家に余計な負担はかけたくなかったんだと思うよ」

 多分、ルイーゼの推測は当たっているはずだ。
 だが、それに甘えてせっかくの縁を作るチャンスを逃す父や兄は、やはり貴族としてはどうなのかと思ってしまう。
 コネや人脈は、一生かけて作る価値がある。

 前世で、半分耄碌した会社の相談役のジジイが朝礼で言うほどなのだから。

「今回は、ヴェルがブライヒブルクに滞在しているからね。代理扱いなんだと思う」

「代理ねぇ……」

 成人になってから自分で宣言しないとバウマイスター家の継承権は放棄できないので、俺はまだ一応は貴族の身分にある。
 エルも俺と同じような境遇なので呼ばれたのかもしれないし、イーナとルイーゼは自分の所の陪臣の娘だ。

 その二人が優秀な成績で冒険者予備校に入ったので、今のうちにツバを付けておこうという腹なのかもしれない。

 貴族とは、何とも裏で色々と企む生き物である。
 あくまでも、俺の想像にしか過ぎないのだが。

 パーティーは、ブライヒブルクの中心部にあるブライヒレーダー辺境伯家の屋敷の庭で行われている。
 さすがは領主の屋敷の庭、その広さは数百人の招待客がノンビリと食事や酒や歓談を行えるほどであった。
 この園遊会は年に一度、ブライヒレーダー辺境伯家が、内外の貴族とその家族、陪臣とその家族、取り引きのある商人、各種ギルドや教会関係者などを招待しているらしい。

 それと、冒険者予備校の校長や一部講師に、一般・特待生クラスを問わずに貴族籍を持つ生徒なども呼ばれているようだ。
 一部、見知った顔も確認できた。

「こういう時に、自分が貴族だって確認できるんだよなぁ」

「エルは、こういうパーティーに参加した事があるのか?」

「まあね。うちにも寄り親はいるからな。その寄り親が、定期的にパーティーを開くんだよ」

 エルは五男なので優先順位は低かったが、それでも何回かはこの手のパーティーに出た事があるらしい。

「でも、さすがは南部の筆頭貴族であるブライヒレーダー辺境伯家のパーティーだな。飯も酒も豪勢だ。うちの寄り親は子爵だから、もう少し内容が落ちるんだ」

 エルは、そう言いながら積極的に料理に手を出していた。
 その気持ちはわからなくもない。

 突然に、『最近稼げているよな』という淡い嬉しさを奪う。
 パーティーに着ていく正装代金という手痛い出費。

 ならば、せめて銅貨一枚分でもそれを取り戻そうと必死に食事を食べているのであろう。
 特に、単価の高い肉に集中しているようだ。

「ヴェルは、食べないの?」

 同じく、女の子であるイーナやルイーゼも、まずは色気よりも食い気なようで。
 持っている皿には、肉類を中心に料理が山盛りに積まれていた。

「勿論、食べるさ。食べて、この正装代金の一部でも回収せな。しかし……」

 エルも俺もイーナもルイーゼも、身も蓋もない言動であったが、これが零細貴族や陪臣の子供の現実なのであろう。
 ふと脇を見ると他の予備校生なども同様で、冒険者予備校に入らざるを得なくなった時点で、もう半分貴族の枠からは外れているという認識なのであろう。

 そのくらい図々しくないと、生活できないという現実もあるのであろうが。

「しかし?」

「いやね。このブライヒブルクに来てから思うんだけど……」

 あのバウマイスター本家で出る、毎食の硬い黒パンと、まるで病人食のように塩味が薄い、細切れの肉片が多いとラッキーだと感じてしまうスープの食事とは、一体何だったのであろうと思ってしまうのだ。

 俺が狩りに出るようになったら、メニューに何品か加わるようになったが、それでもあの硬い黒パンと薄い塩スープに変化はなかった。

 初めてこっそりとブライヒブルクに来た時に、バザーで売った獲物の代金で食べた食堂のシチューをどれだけ美味しいと感じた事か。
 前世が食に拘る日本人であったとは思えないほど、俺はあの薄不味い塩スープに慣れてしまっていたのだ。

「ああ、バウマイスター家の件ね」

「イーナは何か知っているのか?」

「子供の頃に、父上から聞いた事があるのよ」

 簡単に言うと、あの出兵でバウマイスター家の財政は危機的状態に陥ったらしい。
 領地が孤立しているので特産品を外部に売ろうにも、年に決まった回数山を越えて来る商隊が、わざわざ山を越えてまでも持ち帰ろうとするまでの物がなかった。

 確かに、魔法の袋もないのに唯一余裕のある食料を荷駄で山道を運ぶのは、手間的にもコスト的にも厳しい。
 そこで、比較的需要の高い、長持ちする小麦などをブライヒレーダー辺境伯家が儲け無しのボランティアで受け入れる事にしたそうだ。

 小麦を買い取って貰えるようになったので、父は少しでも多く小麦を売れるように農地の拡大を指揮し、俺などまるで眼中になかった。
 それが、俺の子供の頃の父や兄の姿である。

 なるほど、そういう事情があったのかと思うのと同時に、『そこで時間を稼げたのだから、他の特産品を考えろよ!』とも俺は考えてしまう。

 しかも父は、小麦の生産で領民達を縛り、そのせいで彼らは狩りや狩猟に行く時間を減らし、結果自分達も含めて領民達の食事がえらく貧困になった。
 少々主食のパンが少なくても、自然の恵みの多いバウマイスター騎士領では狩りで得られる肉や、採集で得られる果物、山菜、川魚、自然薯、ハチミツなどがあるのにだ。

 ただこれらの品々は、山を越えたブライヒレーダー辺境伯領でも普通に産出する。
 なので輸出には使えず、そんな物を取っている暇があったら麦を作れと父が発破をかけたのであろう。

 なるほど、名主のクラウスが俺に当主になって欲しいと懇願するわけだ。
 彼本人の欲望は、考えない物として。

「……」

「どうかしたの? ヴェル」

「いや、うちの実家って衰退する未来しか想像できないから」

「ご愁傷様」

 と、素っ気無くイーナは言うが、こう言っては残酷だが彼女も俺もバウマイスター騎士領の将来に興味など無かった。
 俺は八男でまず継承の目が無い実家の領地であったし、イーナにとっても関係のない隣領地の話だ。
 これが実家を継ぐ身であったら、主家の寄り子が治める領地の話なので少しは気になっていたのであろうが。

 あとは、俺達が生まれるか生まれないかの頃に起こった魔の森への遠征で、イーナやルイーゼの実家に犠牲が出て、隔意を持っている可能性であろうか?
 ただこれも、本人達は『そんな、記憶も無い赤ん坊の頃の事を言われても……』という事のようだ。

「あと三年で縁が切れるから、気にならないな」

「いや、それは少し甘いと思うよ。ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスター君」

 突如、イーナではなく他の若い男性の声が聞こえ、俺は声のした方向に身を向ける。
 するとそこには、年齢は三十代前半ほどに見える、品の良さそうなブラウンの髪にグレーの瞳をした青年が立っていた。
 まあ、年齢的にギリギリ青年扱いでも構わないであろう。

「ええと、どちら様でしょうか?」

「ヴェル、バカ!」

 その青年に名を尋ねると、隣にいたイーナが慌てた態度で俺の腕を引っ張る。

「そのお方は……」

「ああ、申し遅れました。私の名は、アマデウス・フライターク・フォン・ブライヒレーダーと申します。君が、バウマイスター家に生まれた魔法使いですか。お会いできて光栄ですね」

 何と、俺に挨拶をして来た青年は、我がバウマイスター家の寄り親であるブライヒレーダー家の若き当主であった。

「これは、無礼をいたしました。平にご容赦を」

「ヴェンデリン君は、今までこの手の席に顔を出した事がないと聞いています。しかも、君はバウマイスター家の跡取りでもない。私の顔を知らなくて当然ですよ」

 寄り親の顔を知らない寄り子の子供というのは前代未聞のような気がしたが、当人であるブライヒレーダー辺境伯は気にしていない様子であった。

「しかし、君が冒険者予備校に入学していて助かりました。バウマイスター家の方々を、この手の集まりに呼ぶのは不憫だったので……」

 パーティーのために、山脈を一つ越えるのだ。
 それに、現在のバウマイスター家の財政状態は良くない。
 しかもその原因は自分達なのだから、パーティーに来られない父達を非難するわけにもいかず、かと言って形式だけでも招待状を出さないわけにはいかないのだが、毎度父達は断るので周りの家臣達が無責任に非難していたらしい。

「『寄り親の誘いを断るなんて無礼な!』と、こんな感じです。だからこそ、君が来てくれて助かっています」

 この手の礼儀作法も習っていなかったし、貴族の嗜みであるダンスは今日が園遊会で助かったくらいの、いかに値段の高い飯を大量に食うかしか考えていない俺でも、バウマイスター家の人間が出席した事に意義があるらしい。

 何とも、貴族とは面倒な生き物であった。

「挨拶も終わりましたので、これが本題です。少々、お時間を頂けませんでしょうか?」

「大丈夫ですが、何か私に用事でも?」

「ええ、大した用事ではないのですか」

 そのようにブライヒレーダー辺境伯に誘われて屋敷へと向かった俺であったが、それはすぐに真っ赤な嘘である事に気が付くのにそう時間を必要としなかったのであった。




「お手間をかけさせて申し訳ありませんね」

「いえ……」

 俺がブライヒレーダー辺境伯に案内されたのは、彼の私室であった。
 しかも、室内には俺と彼の二人だけ。
 最初にメイドが人数分の紅茶を煎れていたが、彼女は一礼してからすぐに部屋を退室してしまう。

「それで、ご用件とは?」

「気が付きませんか?」

「ええと……。何がでしょうか?」

「才能は折り紙つき。ですが、まだ経験不足といったところでしょうか。ブランターク」

 そう言った後に、ブライヒレーダー辺境伯が誰かの名前を呼ぶと、そこに一人の男性が入ってくる。
 年齢は、四十歳代後半くらい。
 白髪混じりの黒髪を角刈りにしている、鋭い眼光の歴戦の冒険者といった感じであろうか?

 しかも彼は、魔法使いに多いローブ姿であった。
 つまり、彼は魔法使いのようだ。

「うちの、筆頭お抱え魔法使いです」

「ブランターク・リングスタットだ。見ての通りに、以前は冒険者をしていてな」

「更に付け加えると、前にうちの筆頭お抱え魔法使いであったアルフレッド・レインフォードの師匠でもあった人です」

「えっ?」

 いきなり師匠の名前を出された俺は、間違いなく顔に誰にでもわかる驚きを示しているはずだ。
 死んでから語り死人となり、五年以上も自分の魔法を有望な後継者に伝えるべくその姿を維持し続け、遂に俺と出会ってその願いを成就した師匠。

 俺はこの話を、出来れば他の人に伝えないで墓まで持って行こうと考えていた。
 師匠が語り死人になっていた件や、俺と出会って魔法を教えて貰った件に、最後に免許皆伝を貰って彼の遺産を引き継いだ件などもだ。

 特に一番最後は、実は大きな問題を孕んでいる。
 魔の森で壊滅したブライヒレーダー辺境伯軍は、遠く数百キロ以上の行軍を含めた遠征を行うに対し、その弱点である補給を師匠に一任していた。

 二千人の軍勢を養う食料や物資を、全て師匠が魔法の袋に入れて運んでいたのだ。
 更に、それらブライヒレーダー辺境伯軍の物資は、あまり使われないままで軍勢のみが全滅してしまった。

 魔法の袋には、まだとんでもない量の物資が残っていたのだ。
 そしてその物資は、全て俺の腰に付いている魔法の袋に入っていた。
 この魔法の袋が師匠から譲られた物なので、当然と言えば当然とも言えた。

「私は、先ほど言ったよね? 君は、まだ経験不足だと」

「まだ子供で学生ですからね」

「そうさな。結構な魔法は使えるようだが、まだ他の魔法使いの気配に鈍感だ。アルに教わらなかったのか?」

「えっ? 俺には、リングスタットさんが言っている事が理解できません」

 さすがは、師匠の師匠なだけの事はあるらしい。
 俺が師匠から、魔法の手ほどきを受けている事に気が付いているようなのだ。
 しかし、ここで素直にその事実を認めるのも危ないような気がする。
 ここは、一旦とぼけて様子を見る事にする。

「あれ? 俺って、この子に危機感を抱かせちまったか?」

「駄目じゃないですか。ブランターク」

「なあ、坊主。俺は、別にお前さんを罰しようとしているわけでもない。当然、お館様もだ」

「私は、君と交渉がしたいのです。そして、ブランタークはお弟子さんの最後の様子が知りたいわけでして。その辺は、信用していただけませんでしょうか?」

 二人に諭され、俺は遂に師匠と二人だけの秘密を語る事になるのであった。




「そうか。器合わせまでしたのか。お前さん、相当にアルに気に入られたんだな」

 それから暫く、俺は二人に少し長い話をしていた。
 魔法の素質がある事に気が付いたので森で静かに練習していると、そこに語り死人になった師匠が現れて彼の弟子になった事。
 師事した時間は短かったが、そのおかげで今の俺がある事。

 最後に卒業試験として、聖の属性魔法で師匠がゾンビになる前に成仏させた事や。
 そのお礼と卒業祝いとして、彼から魔法の袋とその中身を遺産として受け継いだ事など。

 俺が話をしている間、二人は神妙な顔付きでそれを聞いていた。

「そうか、奴は満足して成仏したんだな」

「あの、疑わないのですか?」

「いや、疑う余地などない」

 師匠の師匠であるブランタークさんは、些か他の魔法使いには使えない特殊な能力を持っているという。
 それは一度覚えた魔力を記憶し、その魔力の持ち主である人物がどこにいるのかを感知できるというものであった。

 正直、この能力は凄い。
 いくら魔力の多い魔法使いでも、普段体の表に出ている魔力の量は少ない。
 優れた魔法使いは、他の優れた魔法使いの気配に敏感だとは言っても、実はこれは一種の勘であったし、その探知範囲も良くて数百キロ程度。
 魔の森で語り死人になっていた師匠が俺の存在に気が付いたのは、探知範囲で言えばギリギリであったのだ。

 それをブランタークさんは、一度覚えた魔力ならば数千キロまで探知可能だと言う。
 ただ凄いとしか言いようがなかった。

「まあ、その能力は凄いんだがな。魔力量は、中級から上級の間くらい。アルの師匠だなんて言ってもな。すぐに抜かれてしまうほどで、師匠だなんておこがましいにも程があったのさ」

 そのブランタークさんであったが、なぜか南部の魔の森がある地点で、師匠の魔力を五年以上も感じていたと言うのだ。

「俺は、奴がリッチにでもなってしまったのかと思っていた」

 リッチとは、ゾンビの上位種にあたるアンデット系の魔物だ。
 理性などないし、喋れないで魔法も使えないゾンビとは違って、リッチは生前には及ばないが知性と魔法が使える魔物であった。

「リッチでも、あの天才だったアルだからな。退治しないと駄目なんだが、場所が場所でな」

 軍隊でもようやく辿り着いたのに、冒険者があの魔の森に到着するのは不可能に近かった。

「幸いに、あそこから動かなかったからな」

 ところが、その師匠の魔力反応が突然移動を開始する。
 俺と合流するためだったのであろう。
 ブランタークさんからすれば、辺境の村にリッチが移動を開始したと思ってしまったようだが。

「討伐をと考えたんだが、当時は俺も冒険者でな。依頼も出ていない件で仲間に無理は言えなくてな」

 山一つ越えて、元は天才魔法使いであったリッチと戦闘を行い、報酬どころか経費しかかからない。
 ブランタークさんは、早くに討伐依頼が出る事を祈っていたそうだ。

「ところが、一箇所に留まっている。しかも、二週間ほどで消えてしまった。別口で誰かが倒してしまったものだと思っていたんだ」

 しかし、あの魔法使いが一人もないはずの辺境の村で誰が?
 そんな事を考えている内に冒険者稼業に限界が来てしまい、死んでしまった弟子の替わりにブライヒレーダー辺境伯家のお抱え魔法使いに転職してしまったので、暫くはその事を忘れてしまっていた。

 だが、ここ最近になって話は急展開する。
 その魔法使いがいないはずのバウマイスター家から、冒険者予備校に特待生で魔法使いが入学したのだと。

「更に、今日で確信したさ。坊主が、アルの魔法の袋を下げているのを今目にしてな」

「奪ったのかもしれませんよ」

「それは無いな。その魔法の袋は、アル自身が所有者の変更をしないと他の誰にも使えない。という事は、アルはリッチになっていなかった。語り死人として、坊主にそれを託したのだとな」

 語り死人は、生前に残した未練を果たそうとする。
 その魔力が消えたのに討伐の噂が流れないという事は、無事にその未練を果たしたのであろうと。

「なるほど、アルフレッドには家族がいませんでしたからね」

「アルは、物凄く女にはモテたんだがな」

 十五歳の頃から冒険者として十五年間以上も活躍し、それから鳴り物入りでブライヒレーダー辺境伯家のお抱え魔法使いになった師匠であったが、彼は孤児出身ゆえにどこか家族を作る事に恐れを抱いていたらしい。

 女性に言い寄られる事は多かったが、遂に家族を作らないままで死んでしまったようだ。

「そんなわけだから、坊主がアルの遺産を受け継いでも何の問題もないわけだ。何しろ、本人からの譲渡だしな」

 語り死人でも、師匠本人と言えば本人だ。
 ブランタークさんは、俺が師匠の遺産を受け継いでも何の問題もないと考えているようだ。

「私も、問題は無いと思うんですけどね」

 とは言いつつも、ブライヒレーダー辺境伯には何か懸案事項があるらしい。
 俺には容易に想像がついていたが、違う可能性もあったので本人から先に言って貰う事とする。

「アルフレッドは、魔の森への父の遠征において大きな役割を担っていました。遠征軍の副将兼参謀長、魔法部隊隊長、補給部隊隊長などです」

 師匠は、魔法使いとしてはこの大陸で間違いなく五本の指に入る存在であったらしい。
 魔力も上級クラスでトップクラスの量を誇り、各種攻撃魔法はおろか、師事していた俺は師匠の多彩な魔法を見本にそのレパートリーを広げていたのだから。

 当然、軍内では攻撃の要であり、それを認められて遠征軍でナンバー2の地位を得ていた。
 魔法部隊の隊長については、他の少数従軍していた魔法使いが全員良くて下級と中級の間くらいの実力しか保持していなかったので自動的に隊長に任命されている。

 補給部隊の隊長に関しては、彼が全ての物資を魔法の袋に入れて運んでいたので、他にあまり補給部隊で偉い人がいなかったという点も大きかった。

「彼は膨大な物資を袋に仕舞い、その中に入れた物を自由に取り出せます。おかげで、あの二千の遠征軍は補給の心配をしなくても良かったのですから」

 他にも、重要ではあるが荷を抱えているので足が遅い補給部隊を同伴しないで済んだ点も大きかった。
 行軍が早ければ、その分必要な物資も減るからだ。

「その魔法の袋の中には、遠征軍の補給物資が納められているはずですが」

「はい」

 知らなければネコババでも問題はないと思っていたのだが、知っているのであればこれは返すのが筋であろう。
 何しろ、俺は彼の領内にある冒険者予備校に通っているのだから。

 正直、あんまり実家の事は考えていなかったが。

「ちなみに、こちらがそのリストです」

 師匠は生前、毎日律儀に袋に入っている遠征軍の物資の種類と量を欠かさずチェックしていたらしい。
 それを示す彼直筆のメモが残されていて、俺はそれをブライヒレーダー辺境伯に渡していた。

 各種食料、水、薬草などの医薬品、資材、予備の武具に。
 兵士に与えるためや、魔の森で得た魔物由来の素材やその他の物資などを買い取るため、かなり高額の金銭も持っている。
 更には、既に一部褒賞を与えたのであろう。

 かなりの量の魔物の素材に、薬草や鉱石なども入っていた。

「兄を治す霊薬の材料には手が届かなかったものの、さすがは魔の森。貴重な素材なども多いですね」

「それで、これをお返しすれば宜しいので?」

「ええ、さすがはアルフレッド。律儀に自分の資産と分けていてくれたのが幸いですね」

 物資などの返還が決まったので、俺はすぐにブランタークさんさんが持っている魔法の袋と自分の魔法の袋の入り口を合わせる。
 更に、俺が頭の中で指定した収納物を思い浮かべると、それらは次々とブランタークさんの魔法の袋へと移動していた。

 この方法を使うと、わざわざ一旦全ての物資を表に出さないで済むからだ。

「俺の魔力だとギリギリだな。行軍や侵入で消耗する前であったらお手上げだったな」

 魔法使いしか使えない持ち主を限定する魔法の袋は、魔力をほとんど使用しない癖に、その魔法使いの魔力限界量で収納する量が決まる厄介な機能を備えていた。
 ブランタークさんは、自分の弟子の魔力の大きさを改めて確認しているようだ。

「ブランタークだって、名の知れた有名な魔法使いじゃないですか」

「お館様はそう言ってくれるけど、坊主は他の魔法使いなんてあまり知らないでしょう」

「そう言われると、確かに……」

 生い立ちと今までの生活のせいで、俺には世間で有名な魔法使いへの知識があまり無かった。
 図書館では、もうとっくに鬼籍に入った、半ば歴史の登場人物のような人物の記載しか見れなかったからだ。

「これでも、俺は結構有名人なんだぜ。だが、そんな俺を遙かに超える天才だったんだよ、アルは。本当、惜しい男を亡くしたものさ」

 ブランタークさんが嘆いている間に、リストを持っていたブライヒレーダー辺境伯は、返却された物資の資産価値を丼勘定ながらも急ぎ計算していた。

「白金貨五十枚分は軽くありますね」

 皮肉な事に、魔の森で得た素材などがかなりの価値を占めているようだ。
 でなければ、普通に人が食す保存用のパンや干し肉や水や酒。
 それに、予備の武具や宿泊用のテントなどがそこまで高価になろうはずもない。
 むしろ、資産価値のかなりの部分がこれら魔の森で採集された素材の評価額で占められていた。

「おかげで、我が領の財政も一息つけるでしょう」

 いくら十二年近くも前も領軍の大損害とはいえ、二千人近くの人死を出せば損害の回復にはそのくらいの時間は軽くかかる。
 他にも軍事費の支出は増えるし、その間はそれを理由に内政をサボるというわけにはいかない。

 いまだに開墾地の増大や、次第に人口が増えるブライヒブルクやその周辺にある町の整備なども必要もあるので、いくら大身のブライヒレーダー辺境伯家とはいえ決して楽な財政状態ではないのであろう。

 俺が返却した物資に、ブライヒレーダー辺境伯は物凄く嬉しそうな顔をする。

「君がいてくれて助かりました」

 それは、普通に考えれば諦めるしかない物を、すぐ傍にいる俺が持っていて、しかも素直に返還に応じたのだ。
 嬉しくもなるであろう。

「それで、報酬なのですが……」

「あるのですか?」

「それは、当然あります」

 もしその物資が入った師匠の袋が、いまだに魔の森の中に置き去りにされていた場合。
 冒険者にその回収を依頼しても、これを受ける人は皆無であろう。

 それを考えると、俺に報酬を払うのは安上がりとも言えた。

「二割を報酬とします。一千万セントを受け取ってください」

 随分と準備が良いらしく、ブライヒレーダー辺境伯はすぐに謝礼として評価額の二割を渡してくれる。
 さすがに白金貨は無かったので、全て金板で支払われていたが、元々白金貨は大商人が大口取引の決済に用いたり、王族や大物貴族が嵩張らない資産として保持しているくらいで、市場にはまず出回らないので当然と言えよう。

 それに、お店で使おうにも、お釣りがないので断られてしまう。
 なので、俺が持っていても意味が無かったのだ。
 ただ、どういうわけか師匠の遺産の中に十枚ほど入っていて、冒険者はリスキーな分稼げる可能性があるのだという事にしておく。

 結局物資は返す羽目になっていたが、それでも報酬は貰えたし、師匠の遺産や、俺が自分で得た物資などには一切変化がなかったので特に問題はなかった。

 変に返還を断れば、この大陸南部で大きな力を持つブライヒレーダー辺境伯を敵に回してしまうが、素直に返したので彼の好感を得たし、コネも得た。

 ただ魔法が上手ければ好きに生きられる世界など無いはずだから、俺の判断は間違っていない。
 少なくとも、俺はそう考える事にしていた。

「(白金貨十枚か。日本円で十億円とか……)」

 実は師匠は、もっと多くの現金を持っていた。
 それでもこの金額は大金であったし、前世でも今世でも大金を使う環境に無かった俺からすると、正直あまりピンと来ないのも事実であったのだ。

 変に気を大きくして破滅しないように、やはり今の生活レベルを維持しようと俺は決意する。
 まあ、高級外車とかが買えるわけでもないし、服や服飾品でもオーダーすれば大金なのだろうが、生憎とその分野には興味がなかった。

 唯一あるとすれば、冒険者や魔法使いとして使う、高価な素材や、魔法的な能力を付与された武器や防具なのであろうが、これも師匠は冒険者時代に相当に高価な物を多数手に入れて魔法の袋に仕舞っていたようだ。

 俺が新しく買う必要はまるでなかった。

「さて、思わぬ幸運により、我らは臨時収入を得る事が出来たのですが、もう一つヴェンデリン君に渡さなければいけない物があるのです」

「もう一つですか?」

「はい。君は、我がブライヒレーダー辺境伯家の首席お抱え魔法使いであったアルフレッドの遺産を受け継ぐ資格のある人間です。実際に、その魔法の袋と中身は正式に受け取っている。違いますか?」

「確かに、受け取っていますが」

「彼の資産は、その魔法の袋だけではありません。他にもあるのです」

 ブライヒレーダー辺境伯が言うには、彼は冒険者稼業を引退する間際にブライヒブルクに屋敷を購入したらしい。
 他にも、冒険者ギルドにある程度の金を預けてもいたようだ。

「冒険者を引退しても、そこから一切ギルドと縁が無くなるという話ではないのです」

 ギルドに再就職をしたり、有名で名の知れた冒険者はギルドにお飾りの名誉役職を貰って名義貸しをしたり、現役時代に貯めた金を預託金としてギルドに預けたりもするらしい。

 その預託金で、新人冒険者に基本的な教育を施したり、初期装備を買う資金を低利で貸したり、他の商人ギルドや職人ギルドに低利で貸し出して利益を得たりと。

 預託金に利息は付かないが、冒険者ギルドに窃盗に入るバカはいないし、預けている預託金の額が多いとそれだけ冒険者ギルドに貢献している扱いになって名誉なので、元冒険者はあまり必要の無いお金は冒険者ギルドに預けてしまう事が多い。

 銀行などないので、安全にお金を預かってくれる冒険者ギルドはありがたい存在なのであろう。
 これを、持ちつ持たれつとも言う。

「でも、師匠が死亡扱いになったのは、もう十年以上も前の話ですよ。残っているのですか?」

「こちらにも、事情がありましてね……」

 師匠には家族もいないし、以前のブライヒレーダー辺境伯領は今とは比べ物にならないほど財政的に苦しかった。
 なので、師匠の遺産はすぐに接収したらしい。

「ギルドの預託金は良いです。金額は記録に残っていますから、引き揚げた分の金額を君に渡せば良い。一千万セントだったかな? 確か?」

「……」

 さすがは、有名な冒険者でもあった師匠。
 ギルドに預けている預託金も大金であった。

「あの、宜しいのですか?」

「というか、君に返さないと駄目なんです」

 このブライヒレーダー辺境伯領は自分の領地ではあるが、領地の運営には各種の法が適用されている。
 遺産の受け渡しなどは、毎年大小多くの争いが発生して、その度にブライヒレーダー辺境伯側の事務方が苦労して裁定する羽目になっているそうだ。

「彼らが裁定に従うのは、私達が厳格に法に則って動いているからです。なので、それを私が破るわけにはいかない。君は、アルフレッド本人から正式に遺産を譲渡された人間です。よって、私が接収していた他の遺産も君に渡す義務があるのです」

「確かに、ブライヒレーダー辺境伯様の言う通りですね」

「屋敷は、予備校にも近い。今の寮を引き払って、そこに住めば良いじゃないですか」

 他にも冒険者ギルドの事務本部にも近いので、師匠はそれを狙って近い場所に家を建てたのであろう。

「年数は経ちましたが、状態保存の魔法がかかっているから当時のままで綺麗だし、中の家具などもそのままにしています」

「えっ、どうしてですか?」

「アルフレッドの奴、魔法具で家の警備をかなり厳しくしていたんだよ」

 とっくに運び出されていると思われていた家の家具などが運び出されていなかった理由を、ブランタークさんが教えてくれる。
 家の家具の中には、魔法具に改造されていて他の人間が使えなくなっていたり、無理に外に運び出そうとすると、家の警備をしている小型ゴーレムが飛び込んで来るそうなのだ。

 この小型ゴーレムも魔法具の一種なのだが、これは師匠が冒険者時代に古代の遺跡から手に入れた物らしい。
 今よりも遙かに進んだ魔法理論によって作られているそうなので、到底解除は不可能という結論に至ったようだ。

「つまり、都合良く俺が現れたから押し付けたと?」

「そうとも言うな。それと、坊主なら魔法の袋のように専属使用人の変更も可能かと思ってな」

「家が貰えるなら努力してみます」

「おお。期待して待っているからな。引っ越したら俺も祝いに招待してくれよ」

「出来たら招待しますよ」

 パーティーに招待された件自体には裏は無かったが、まさかそこでこのような交渉をブライヒレーダー辺境伯とするとは思わなかった。

 多くの軍需物資と魔の森の魔物から取った素材は失ったが、その代わりに得た物も多かったので、俺としては大満足と言ったところであろうか。

「ヴェンデリン君がここに本拠を構えてくれるなると、こちらも色々と助かりますね。君が冒険者を引退した頃には、ブランタークもお抱え魔法使いは引退でしょうから、そのままうちに仕えて貰えると大歓迎です」

「そうですな。さすがに六十歳を超えると現役は辛い。跡を坊主が継いでくれると安心だな」

「はあ……」

 いくら師匠以外の人間が入れない家でも、こんな小僧に景気良くくれた理由はそんな所にあったようだ。

 冒険者を引退後なので、いきなり俺を引き抜くという事はしないようだ。
 いくら魔力量に優れていても、碌な社会経験も無い魔法使いを大貴族家の筆頭お抱え魔法使いにするのは色々と厳しいのであろう。

 師匠の遠征時の役割の多さを見るに、ただ魔法をぶっ放すだけでなく、一種の知恵袋的な役割も担う必要があり、それを得るための冒険者としての経験なのであろう。

 ある程度年齢を重ねて得られる、人生経験や人間関係などもあるのだから。

「今は、確約は出来ませんが……」

「今日は、君と繋がりが出来ただけで私としては上等なのです。君はまだ冒険者予備校に通う生徒だから、焦らないで待つ事にします」

 いつの間にか俺はブライヒレーダー辺境伯と知己になったばかりではなく、将来のお抱え魔法使い候補として唾を付けられたようだ。
 いつまでも冒険者というわけにもいかないので、第二の人生としてはありがたい話なのだが。

「預託金は、後でうちの人間に届けさせます。では、園遊会を楽しんで行ってください」

 結局、一時間ほど席を外していた俺であったが、すぐに園遊会の会場に戻ると、急ぎ残っていた料理を集めて食べ始める。

「おいおい、戻って来たと思ったら良く食べるな」

「お腹減ったし」

「ブライヒレーダー辺境伯様に呼ばれていたんだって? 実家絡みの事か?」

「そんなところだな」

 まさか、あの取り引きの内容を他の人に話すわけにはいかないので、俺は主に肉料理を頬張りながらエルの質問に適当に答えるのであった。
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