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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百六十一話 魔王様、奮闘す!

「あれはまさか!」

「オットーの奥の手が成功したようだな。もうバウマイスター辺境伯は、こちらの世界に戻って来れまい」

 私に対し、エストという魔族が勝ち誇ったような顔をしました。
 自分のリーダーが、バウマイスター辺境伯殿の暗殺に成功したと確信したのでしょう。

 確か、オットーが使用したペンダントの本来の使用目的は、特別な異空間で魔力の消費を早め、負荷をかけた魔法特訓を行うためのもの。
 大昔、ただ強い魔族が絶対とされた時代の魔道具、修行用具であったはず。

 ところが、この魔道具は使い方によっては人を殺す事も可能です。
 魔道具の使用者が、空間の中で全魔力を消費した者を脱出させなかった場合、その人物は永遠に異空間の迷子となり、これはもう死んだも同然。
 そういう使い方も可能なので、今は危険な魔道具として販売も使用も禁止されているのです。
 ブラックマーケットに大昔の発掘品が出回り、時おりそれを犯罪組織が暗殺に使用したりしてニュースになっているようですが。
 あの空間に閉じ込められたら、魔力切れと共に永遠に空間を落下し続け、どんな人でも気が狂ってしまうのです。

「あのような物をどこで手に入れたのです?」

「お前に話す義理などあるか! 喋るわけがないだろうが、バーーーカ! 精々時間稼ぎをしてやるぜ。一秒経つ毎に、バウマイスター辺境伯の死ぬ時が早まるわけだ。焦るよななぁ? 何しろ、大切な金づるだ」

 喋り方に品がない人ですね。
 魔族としても男性としても、まったく好意に値しない人物です。
 こういう人であるのなら……。

「そうですか……ならば、強引にでも口を割らせるしかありませんか……。自分がとても賢いと思っているオットーの事です。もし自分が脱出できなかった時のために、あなた達に脱出手段を委ねているでしょうから」

「はんっ! 俺様が喋ると思うか? 戦い慣れておらず、俺を捕えられない宰相閣下さんよ。俺は時間を稼げば勝ちなんだぜ」

 こうやって話を続けているのも、時間稼ぎの一つですか。
 ですが、あなたはミスを犯しました。
 あなたは、私と一対一の戦いが永遠に続くと思ったのですか?

 先にヨーゼフという魔族を倒し、バウマイスター辺境伯の救援に向かったイーナさんとルイーゼさんがフリーなのを忘れているのでは?

「そうだったな。ヨーゼフを倒した小娘が二人ほど余っていたんだよな」

 エストという魔族は、意外とやるようですね。
 背後から奇襲をかけたルイーゼさんの一撃を軽くかわしてしまいました。

「通用するか! チビ!」

「魔族の男性はどいつもこいつも、レディーに対して失礼だな。魔族は男女同権じゃないの?」

「あんなフェミババアの言う事なんて聞けるか! 俺は支持していないから関係ないね」

 いきすぎた女権論者もどうかと思いますが、こうもあからさまに女性を下に見る男も嫌ですね。
 それにしても、思ったより隙がない。

「そうなんだ。ボクは別にどっちでもいいけどね。ヴェルは優しいから」

「それは残念だったな。あいつは、もうお前らに優しくできないさ」

「そういう言い方をするから、君達は女性から嫌われるんだよ。モテない男が集まって、ヴェルに嫉妬でもしたの? ぷっ、恥ずかしい人達だな」

 ルイーゼさん、バウマイスター辺境伯の件もあってか、エストを煽りに煽っていますね。
 怒りで我を忘れさせ、その隙を突く作戦ですか。
「そうやって怒らせて、俺の意識をこちらに集中させてから、宰相閣下が攻撃をするわけか。残念だな、通じなくて」

 ルイーゼさんと話をしている隙を突き、私に背中を見せたエストに向けて魔法を放ちますが、再び察知されてかわされてしまいました。

「女の浅知恵だな。底が知れるぜ」

「そんな事はないと思うんだよなぁ」

「チビ、負け惜しみか? ああ、もう一人いたな」

 三度目の正直とばかり、また別の方向からイーナさんが魔力を篭めた槍を放ちますが、これもかわされてしまいました。

「バーーーカ! 俺様が人数計算を間違うわけないだろうが!」

 イーナさんの攻撃も余裕でかわし、エストは余裕の表情を浮かべました。
 彼は私達を倒す必要などなく、ただ時間を潰せばいいのだから。

「三人で俺様一人に攻撃を掠らせもないとはな。人間の小娘二人はともかく、魔力ばかり多くて戦えない魔族とは。しかも、それが宰相の血筋ときた。魔王復権が聞いて呆れるぜ」

 これは、三人で攻撃の手数を増やさなければいけないかと思ったその時、ここで思ってもみなかった人物の声が耳に入ってきました。

「そうかな? お前こそ戦いの最中に雄弁だな。その余裕がお前を敗北に導く」

「なっ! 魔王か!」

 私ですら気がつきませんでした。
 エリーゼさんと後方に退いたはずの陛下が、エストへの第四の矢として彼の背後に立っていたのですから。

「暫く寝ておれ!」

「がはっ!」

 エストは陛下の魔力を篭めた一撃を受け、その場に倒れてしまいました。
 陛下は手加減をしたようで彼は死んではおらず、気を失ったようです。

「殺されぬだけありがたいと思え。王の慈悲だ。ライラ、バウマイスター辺境伯を救出するぞ」

「救出ですか?」

「そうだ。バウマイスター辺境伯は我らの大切な客だぞ。この襲撃の責任が我らにある以上、彼を助けなければいけないのだ」

 確かに、商品の輸送を頼んだ連中が暗殺者社集団だったなんて、とんだ失態、不祥事です。
 忙しさにかまけて、私に隙がありすぎたのでしょう。

「あの、ヴェンデリン様を救出できるのでしょうか?」

 陛下と一緒に後方に下がっていたエリーゼ殿もおり、彼女も突然消えたバウマイスター辺境伯殿の事が心配なのでしょう。
 あきらかに動揺した表情を浮かべています。

「ライラは、『次元空間発生魔晶石』を持っておるではないか」

「持ってはいますが……」

 オットーがバウマイスター辺境伯殿に対して使用したのは、古の訓練用の魔道具です。
 指定した相手と魔法の袋と同じ別の空間に移動し、そこで鍛錬を行う。
 その空間は広さに限りがなく、常に浮遊していなければ永遠に落下し続けて迷子になる可能性があり、かといってその場に浮遊し続けると、通常の数倍の魔力を消費してしまいます。
 早く救出しなければ、バウマイスター辺境伯殿の方がオットーよりも先に魔力が尽きてしまう以上、永遠に脱出不可能となるでしょう。
 一度魔力が尽き落下し続ける彼を探すなど、まさに砂漠で一粒の色違いの砂粒を見つけるようなもの。
 バウマイスター辺境伯殿の魔力が尽きる前に見つけなければいけないのです。

「ライラ、バウマイスター辺境伯が消えた位置で次元空間発生魔晶石を作動させ、バウマイスター辺境伯がいる空間の同位置に強引に接続するのだ」

「ぶっつけ本番ですね……」

 通常、違う次元空間発生魔晶石を用いるとまったく繋がっていない別の場所に飛んでしまうのですが、いくつかの条件を満たすと別の次元空間発生魔晶石が繋いだ座標に飛ぶ事ができるのです。

 実は、私の先祖がこの手の魔法が得意であり、次元空間発生魔晶石を組み込んだネックレスも先祖代々の家宝として持っています。

「ライラさん、ヴェンデリン様を助けてください」

「お願いします、ライラさん」

「ボクからもお願い」

 エリーゼさん、イーナさん、ルイーゼさんに頭を下げられてしまいました。
 絶対にバウマイスター辺境伯様を助け出さなければいけませんね。

「ライラ、ここは恩を返しておくのが魔王としての度量を示す事になるぞ。それに、バウマイスター辺境伯は余の友人だからな」

 陛下も、バウマイスター辺境伯殿の救出に異存はないようです。
 むしろ積極的に見えますね。

「わかりました。急ぎ準備しましょう。ですが……」

「ですが、何か不都合でも?」

 実は、次元空間発生魔晶石が繋げた空間に、別の次元空間発生魔晶石で移動するにはいくつかの条件が必要です。
 まずは、バウマイスター辺境伯殿が消えた場所で次元空間発生魔晶石を使用する。
 次に、オットーの次元空間発生魔晶石が作動した時の魔力の残滓を辿る。

 そして、その空間を開く時には膨大な魔力を必要とする。
 その量たるや、私の魔力量よりも相当多いはず。

「ならば余が魔力を提供しよう」

「それはいけません」

「なぜだ? ライラ?」

「誰か一人空間に突入してバウマイスター辺境伯殿を救出する者が必要なのですが、それを陛下にやっていただかないと。こじ開けた空間は、私が維持しないといけないので、私が突入できないのです」

「じゃあ、ボクが行くよ」

「ルイーゼさん、次元空間発生魔晶石で作った空間では魔力が恐ろしい勢いで消耗していきます。そのため、昔の魔族が鍛錬に使用していたのですが……」

「ボク、一応上級だよ」

「先ほどの戦いで魔力を消費しておりますし、辛うじて上級であるルイーゼさんですとバウマイスター辺境伯殿に合流する前に魔力が尽きて、空間を永遠に落下する羽目になるかもしれません」

「げっ! そうなの?」

「はい、あの空間はそういう場所なのです」

 魔力は膨大ですが、バウマイスター辺境伯殿よりも実戦経験がないオットーが容易く勝利できるからこそ、彼はバウマイスター辺境伯殿を空間に引きずり込んだのですから。

「ならば余が行くのがいいな。それにしても、反対せぬのだな。ライラよ」

 反対したいのが本音ですが、この状況では陛下がバウマイスター辺境伯殿の救援に向かうのが一番効率いい。
 それに、私は信じています。
 陛下は必ずこの試練を突破なされると。

「もう一つ、強引に空間をこじ開けて繋げる魔力が不足しています。他の戦っている方々にも参加していただかないと」

 問題はオットーの配下達はまだ倒れていない者の方が多く、しかも彼らは時間稼ぎに集中している点です。
 時間が経てば経つほど、バウマイスター辺境伯殿の魔力切れが確実となるのですから。

「それなら、もうすぐ大丈夫なはず」

「そうね、私達が救援に行こうかと思ったけど、その必要もないみたい」

「そうなのですか?」

 私がブランターク殿を始め、オットーの配下達と戦っているみんなの方を見ると、既に全員が対戦していた相手を倒していたのでした。







「よく倒せましたね。オットーは例外として、配下達も魔力量が多いのに」

「訓練と実戦は違うのである!」

「そうだな。それなりに上手く戦う連中だったが、如何せん狩猟もした事がない連中だからな。ちょっと時間はかかったが、何とか倒せたさ。でも、こういつらは目を覚ますと危なくないか?」

 エリーゼさん達と陛下とともにバウマイスター辺境伯殿の救出案を練っている間に、導師殿やブランターク殿は他の魔族を倒してしまいました。
 彼らは全員上級だったはずなのですが、あまりに呆気ないといいますか……。

「実戦経験の不足である!」

「これは憂慮すべき事なのでしょうか?」

 もし人間と魔族が戦争になった場合、魔力の量だけで戦力を計算すると魔族が戦い慣れている人間に思わぬ不覚を取るのでは?

「ライラ殿の国にいる警備隊の連中。彼らならこうは簡単にいかないのである! 彼らはプロだからである!」

 要するに、革命ゴッコのため適当に鍛錬していたオットーの仲間達と、それを仕事にしている者達との差なのでしょう。

「魔物と戦った事すらない連中に負けないのである!」

「そう、いくら魔力が多くてもいくらでも隙は見い出せる」

 ヴィルマさんの言うとおり、彼女の足元には縛られたオットーの仲間達がいました。

「このままで大丈夫なのであるか?」

「まだ魔力が残っているからな。目を覚ますと危険かもしれないな」

 導師殿とブランターク殿は『捕えた魔族達が目を覚ますと危険なので処刑すべきでは?』と提案しました。
 人間でその意見を否定する者がいません。
 彼らが戦い慣れているというのは、そういう部分からも判断できます。
昔と違って、我々今の魔族は犯罪者でも命を奪うのはよくないという考えが主流ですから。

「その心配はありません。手伝っていただけますか?」

 さすがに殺すのはどうかと思うので、私は彼らを完全に無力化する事にします。

「いいぜ。これは魔道具か?」

「はい。魔力量が多い魔族を拘束するためのものです」

「この特殊な縄で縛り、縄は空の魔晶石繋がっている。そういう事か」

「この縄から縛った者の魔力が抜け、空いている魔晶石に貯まっていきます。魔力が多い魔族は素手でも脱獄が容易いので、罪人はみな常に魔力を抜かれるのです。抜いた魔力を有効活用もしますし」

「ずっと縛られているのか」

「犯を犯して逮捕されたような者は、拘束中ずっと腰を縄で縛られて魔力を抜かれるのです。気絶しない量の魔力だけ残され、あとは作業に狩り出されます」

「魔族の罪人って大変だな……」 

 魔力を抜かれ、他にも肉体労働や作業に従事させられますしね。
 人間が罪を犯した時に課せられる強制労働よりも大変かもしれません。

「抜いた魔力は適性価格で買い取られ、犯罪被害者への弁済に当てられますからね。ですが、その価格が安く『他の魔族の職を奪っているのでは?』という批判がないわけでもありません」

「魔族も大変だな」

 ブランターク殿に同情されてしまいましたが、私は罪人になった事がないですからね。
 そんな話をしている間に、縛られた魔族達の魔力はほぼすべて吸い上げ終わりました。
 巨大な魔晶石に、大量の魔力が貯まりました。
 この巨大魔晶石も特殊なもので、魔力質の共通化もやってくれるので、簡単に魔道具の動力に転用可能なのです。

「これを使って私が、バウマイスター辺境伯殿が引きずり込まれた空間を強引にこじ開けます」

「俺達の魔力を返せ!」

 それにしても、オットーの仲間達は思ったよりも頑丈ですね。
 導師殿達から意識を失うほどの攻撃を受け大半の魔力を奪われたのに、もう目を覚ましてしまうなんて。

「どう喚こうとも、お主らは魔力がほとんどない状態なのである! グダグダ言うと、首が本来あり得ない方向に向く事になるのである!」

「「「「「「「「「……」」」」」」」」」

 お前らの首をへし折るという導師殿の脅しで、彼らは全員口を噤んでしまいました。
 魔族の大半は人間を残酷な野蛮人だと思っていますし、導師殿からそう脅されると信じてしまう人は多いのでしょう。

「では、ライラ殿」

「はい、陛下もご準備を」

「任せてくれ。バウマイスター辺境伯は必ず助けるぞ。何しろ、余達の一番の顧客だからな」

 私と陛下は『飛翔』でバウマイスター辺境伯殿が消えた地点に飛び、ブランターク殿と導師殿が、捕えた魔族達から吸い上げた魔力が貯まった魔晶石を持ってついて来ます。

「この辺ですね。わずかに魔力の残滓が残っています」

「そうだな。この辺だな」

 ブランターク殿は魔力量が少なめですが、魔力の『探知』が得意なようですね。
 私と同じくらい、魔力の残滓に敏感とは驚きです。

「これから、私の魔力とその巨大魔晶石の魔力で強引に空間をこじ開けます。陛下はすぐに飛び込んで、バウマイスター辺境伯殿と合流してください」

「わかった。して、どうすれば脱出できるのだ?」

「一番てっとり早いのは、こじ開けた場所に戻ってくる事です。ですが、異次元の空間は方向や位置の把握が難しい。それに、私がこじ開けた入り口を維持できるのは三分までです」

「うーーーん。それだと間に合わない可能性もあるな」

 バウマイスター辺境伯殿を回収し、入り口まで戻ってくるのに三分。
 私はバウマイスター辺境伯殿達がいる空間への入り口をこじ開ける事は可能ですが、彼らがいるすぐ傍に入り口をこじ開けられる保障がありません。
 だから、空間内で一番長時間活動できる陛下に突入役をお願いしたのですから。

「迷子になる可能性もあるので、オットーが持つ次元空間発生魔晶石を破壊するか、オットーが死ねば空間から脱出可能な事も覚えておいてください」

 私が強引に抉じ開けて入り込みますが、その空間はオットーと彼が持つ魔道具によって開かれたもの。
 魔道具が壊れてしまうか、彼が死ねば空間を保てなくなり、バウマイスター辺境伯殿と異物である陛下は外に、この世界ですけど追い出されてしまうのです。

「三分か……間に合わぬ可能性の方が高いな。ならば、バウマイスター辺境伯と合流し、オットーを倒した方が確実かもしれぬ」

「倒せなくても、次元空間発生魔晶石が破壊できれば大丈夫です」

「とはいうが、ライラよ。オットーもそこまで間抜けではあるまい。倒すしかないのだ。なあに、戦闘は魔力を回復させたバウマイスター辺境伯に任せるから安心せい。彼と器合わせをすれば完璧だ。さすがに彼も、この状況で器合わせを否定すまい」

「ですね。では、早速入り口を」

 空間への入り口をこじ開ける作業を始めると、倒した魔族達を見張っているバウマイスター辺境伯殿の奥さん達が何か喚いています。

「コラぁーーー! 男女間の器合わせは駄目に決まっているじゃないか!」

「そうよ、駄目よ! 人間には人間の慣習があるのよ!」

「ヴェンデリン様を救出するだけでいいんです!」

「何の躊躇いもなくヴェンデリンさんと器合わせなんて! 魔族の少女は大胆ですわね」

「カタリーナ、そこ、感心する部分じゃないから。異性同士の器合わせは駄目。よくない」

「なあ、状況的に仕方がないんじゃあ……」

「駄目なものは駄目。大量の魔晶石もあるのだから、それで魔力を補充すればいい」

 人間は、そんなに異性間の器合わせが嫌なのですか?
 それをしたからといって、陛下とバウマイスター辺境伯殿がどうこうなるわけでもないのに……。
 彼女達、私が準備した魔力質を共通化させる魔晶石への魔力補充にえらく協力的だと思ったら……。
 今のバウマイスター辺境伯の魔力量でも、回復させえすれば、異空間で魔力を消耗したオットーに勝てると思って魔力提供に協力したわけですか。

「でもさぁ……旦那が強い方が脱出する可能性が高いし。なあ、姉御」

「いけません。タブーです」

「姉御、年だから昔からの決まりに弱い? うっ、すいません、生意気言いました」

 下から外野が色々と言っていますが、今は緊急事態なので無視です。
 導師殿とブランターク殿は反対していないのですから、人間とは案外女性の方が保守的なのでしょうか?

 十数秒ほど、集中しながら特殊な魔力を練ってバウマイスター辺境伯殿が消えたポイントに流し込むと、無事に空間へと繋がる穴が完成しました。
 久々だったのですが、ミスをしないでよかった。

「ライラ、では行くぞ!」

「陛下、ご武運を」

「王たる余の初陣だな。相手がショボいが、まあ仕方あるまい。エリーゼ殿はまだ反対か。魔族に器合わせをした男女が結婚せねばならぬ決まりなどないわ。では、参る!」

 陛下は私がこじ開けた穴に飛び込み、あとはバウマイスター辺境伯殿を無事に救出してくれる事を祈るのみとなるのでした。








「どうだ? バウマイスター辺境伯。もうそれほど魔力に余裕もあるまい」

「……」

 この空間に飛ばされから、どれだけの時間が経過したであろうか?
 時間の概念がないので、段々と時間を感じる感覚が鈍ってきたような気がしてよくわからない。
 数分のような気もするが、数時間経ったようにも感じてしまうのだ。
 ただ魔力の減りから考えると、数十分が正解か。

「時間の概念がないのに、なんで魔力が減るんだ?」

「そういう空間だからさ。知りたかったら、あの世でこの魔道具を作った先達に聞くがいい」

 時間の概念はないのに、魔法を使うと魔力が普段の数倍も早く消費してしまう。
 嫌な空間だな。

「辛かろう、自分よりも魔力が多い敵に粘られてなぁ。ほれ!」

 俺の魔力が早く尽きるよう、オットーは時おり魔法を飛ばしてくるようになった。
 これが通常の空間なら、魔力を節約して回避するという手が使えた。
 ところが、この空間では『飛翔』による回避行動だけでも大量の魔力を消費してしまう。
 下手に動けず、『魔法障壁』で防ぐしかなかった。

 小さな『魔法障壁』で魔法を防ぐという手も使えなかった。
 オットーがわざと俺の体全体を覆うような魔法を放ってきたからだ。

 オットーは俺以上に魔力を消費しているのだが、魔力量の差でまだ奴が圧倒的な優位にある。
 予備の魔晶石で魔力を回復していたが、それは奴も魔晶石を持っていたので同じ事が可能だった。
 オットーがどれほどの魔晶石を持っているかわからないが、やはりどう考えても俺の方が先に魔力が尽きてしまうであろう。
 そのくらい、両者の魔力量の差は大きかった。

「一か八かでケリをつけるか?」

「……」

 俺はオットーの問いを無視した。
 今の、まだある程度魔力が残っているうちにオットーに最後の勝負を仕掛ける。
 勝率はゼロではないが、ほぼゼロに近いであろう。
 オットーが逃走するか防御に徹すれば、早く魔力が尽きて俺の死が早まるだけ。
 師匠なら速攻でケリをつけても勝率は高いが、俺ではまだ無理だ。

「(とにかく、今は待つしかない)」

 外にエリーゼ達がいる。
 導師とブランタークさんもいて、ライラさんと魔王様もいるのだ。
 何か対策を立てているはずで、ならば一秒でも長く魔力を保たせるのが一番生存率が高いはずであった。
 ここで、オットーの挑発に乗るのは危険だ。

「若いのに無理はしないのか。年寄りみたいだな」

「……」

 何を言われても無視だ。
 今はとにかく時間を稼がないといけない。

 それにしても、俺は今少し後悔している。
 人間と魔族では考え方が違うのに、魔王様と器合わせをしなかったのは失敗だった。
 もっと魔力があれば、ここまで追い込まれる事はなかったのに。

「まあいい。それほど遠い先でもないさ」

 さらにどれだけ時間が経ったであろうか? 
 俺の魔力は枯渇寸前で、段々と内心に焦りが広がってくる。

「バウマイスター辺境伯、その魔法の袋に入った魔晶石で魔力を補充してはどうだ?」

 オットーの野郎、既に俺の持つ魔晶石が空なのを知って挑発してきやがった。
 本当に嫌な奴である。
 それでも、今は一秒でも長く魔力が枯渇するのを防ぐしかない。

「ふふふっ、もう少しだな」

 そして遂にその時が訪れた。
 『飛翔』が保てなくなったのだ。
 わずかに魔力が残っているので意識は失っていないが、もう落下は防げない。

 俺は、上か下か右か左かもわからない真っ白な空間を落下し始める。
 どうやらこれで俺も終わりのようだ。
 最後まで助けを待つという、俺の賭けは失敗に終わった。

 この世界に飛ばされてから色々とあったが、今度も短命で死んでしまうとは……。
 いや、俺はこの空間では死ねないのだった。
 ただひたすら落下を続け、最後には気が狂ってしまう未来か。

 これは完全に狂う前に、自害でもした方がマシか?
 いや、まだ何か脱出手段が?

 そんな事を考えていたら、突然誰かに背中から体を支えられて落下が止まった。

「えっ? どうして?」

「どうにか間に合ったようだな。バウマイスター辺境伯、だから言ったであろう? 余の忠告を聞かぬからそうなる」

「陛下?」

 俺を救ったのは、何と魔王様であった。
 俺は導師かライラさんが救いに来ると思ったのだが、魔王様とは意外だった。

「よくライラさんが許しましたね」

「内心渋々だな。この空間では、上級でも活動時間が短い。ライラは空間をこじ開ける仕事があるからの。もう一つ、残念な知らせがある」

「何でしょうか?」

「バウマイスター辺境伯を探すのに時間がかかった。もう余が潜ってきた入り口は消えておろう。オットーが持つ次元空間発生魔晶石を破壊するか、オットーを殺すしか脱出の手段がない。その前に……」

 魔王様は声を小さくし、そっと俺の耳元で呟いた。

「(目を閉じよ。早く)」

「はい?

「(いいから、早く!)」

 小声ながらも強く言われたので、俺は慌てて目を閉じた。

「未練たらしく生き残った王家の残骸が、これより世界の王となる俺の邪魔をしただと?」

「オットーとやら、多少弁が立ち、魔力も余に次ぐほどだが、ついてくる者は少なく、小心で卑劣で、自分の事しか考えられぬ小物よ。人を統べる資格などないわ。『フラッシュ』」

「あーーーっ! 眼がぁーーー!」

 俺が言われた通りに目を瞑った直後、魔王様はオットーを挑発しつつ魔法で眩しい光を放った。
 突然『フラッシュ』という魔法に相応しい光が目に直撃したオットーは、まるで某天空の城のア二メに出てくる悪役のように、目を押さえながらのたうち回っている。

「よし! 少し離れるぞ!」

 魔王様は、俺を抱えたまま『飛翔』でオットーから距離を置いた。
 そして俺に、ある提案をする。

「わかっておろうな? もう躊躇する暇はないぞ」

「わかりました。ですが、俺は人間ですよ」

 魔王様は俺と器合わせをしてその魔力を増やし、勝率を上げたいようだ。
 彼女はオットーよりも魔力は多いが、残念ながらオットーよりも戦闘力がない。
 十三歳の少女に、ライラさんもそこまで厳しい訓練は課さないのだから当然だ。

 それよりも、俺の魔力を増やしてしまっていいのかと、彼女に尋ねてしまった。 

「バウマイスター辺境伯は人間にしては魔力量が多い。あとどの程度増えるかわからぬが、それも時間の問題でしかない。結局は何も変わらぬよ。それよりも、今は目の前の敵に対抗する力を手に入れる方が先だ。そなたも守らねばならぬものが多い、今回の暗殺事件、単純に魔族の仕業だと思うか?」

「いいえ」

 王国、帝国どちらか知らないが、人間が金を積んで俺の暗殺を依頼したかもしれない。
 むしろその可能性の方が高いであろう。
 オットーを捕えて尋問すればわかるかもしれないが、今はそんな余裕がない。
 彼の視力が回復する前に、器合わせを始めよう。

「それでよし。予備の魔晶石も大量に持ってきた。少し魔力を回復させてから始めるぞ」

「はい」

 俺は魔王様が持参した魔晶石で少し魔力を回復させてから『飛翔』で再び浮かび上がり、魔王様と対面して両手を繋いだ。
 自分よりも魔力がある人と器合わせをするのは、師匠以来初めての事である。

「さて、どのくらいまで魔力が伸びるか……」

 すぐに魔力量の限界がきてオットーに対抗できないという事態は避けたいが、こればかりは神のみぞ知るというやつだ。
 最悪、二人で攻撃すればいいので、オットーに負ける事はないと思いたいが……。

「余はそんなに心配しておらぬぞ。バウマイスター辺境伯は、ちょっと普通の人間の範疇を超えているからな」

「それって、褒められているのですか?」

「当たり前だ。もしかしたら、バウマイスター辺境伯は余よりも魔力量が上かもしれないと思っておるぞ」

 魔族の王よりも、魔力の量が多い人間って……。
 もしそうだとしたら、それはやはり俺が別の世界の人間なのと関係あるのだろうか?
 さすがにそれはないか。
 今の時点で魔王様の魔力量を超えても、彼女も魔力量は成長途上にある。
 どうせすぐに抜かれるはずだ。

「これは予想以上だな。おおっ、バウマイスター辺境伯の魔力は心地よいの」

「そうですか?」

 目の前で両手を繋いだ美少女からそういう事を言われると、少し恥ずかしい気持ちになってしまう。
 それと、気のせいか少し魔王様の顔が赤いような……。

「陛下、大丈夫ですか?」

「うんっ、まあ気にするな。時にバウマイスター辺境伯は知っておるか? 魔族と人間にある数少ない差を」

「差ですか? なんでしょうか?」

「極稀にある事だが、魔族が器合わせをして魔力を通わせると、魔力の相性がよくてお互いに好意を抱く事があるそうだ。まあ、滅多にない事だし、余は魔族でバウマイスター辺境伯は人間だからな。そういう事はないのだが」

「それは珍しい話を聞けました。陛下」

「なあ、ヴェンデリンよ」

「はい……」

 あれ?  
 どうして急にバウマイスター辺境伯から、ヴェンデリンなんて名前で呼ばれるようになったんだ?

「余とヴェンデリンもつき合いが長いからな。代わりに余の事もエリーと呼ぶがいいぞ」

「さすがにそれは……」

 そんな愛称で魔王様を呼んだら、あとでライラさんに何と言われるか。 
 あの人は、もの凄い忠臣だからなぁ……。

「そういう事は気にするでない! 我々は同じ敵に立ち向かっている戦友同士であるし、余は王である! いくら宰相たるライラでも反論は許さぬ! よって、気にせずに余をエリーと呼べ!」

「はい、エリー様……」

「様はいらぬ。第一、ヴェンデリンは余の家臣ではないではないか」

「ですが、他国とはいえ王なので」

「ヘルムート王国やアーカート神聖帝国ならいざ知らず、ゾヌターク共和国の王などさほど偉くもない。何しろ実権がないからな。わかったら、エリーと呼んでみよ」

「エリー」

「それでいい」

 エリーは、俺に対し満面の笑みを浮かべた。
 こういう妹がいたら可愛くていいかもしれない。
 じゃない! 
 今は戦いに集中しなければ。

「と、これで器合わせは終わりだな」

 結構時間がかかったが、今の俺の魔力量は……ほぼ魔力がない状態で器合わせをしたので、実際に魔力を補充してみないと増加量がいまいちわからないな。

「目くらましなど、舐めた真似をしくさって!」

 暫く『眼がぁーーー!』と言いながらのたうち回っていたオットーが復活したようだ。
 彼は、自分に目潰し魔法を使ったエリーに対し、強烈な殺意を向けた。

「王など! 民を虐げ、その富を吸い上げ、贅沢な暮らしをしていた俗物でしかない! だから落ちぶれたのに、この私の邪魔をするのか?」

「金で暗殺を受け請った俗物と語り合う舌など持たぬわ。お前はいちいち偉そうだが、要はただ自分がその俗物な王や貴族に成り替わりたいだけであろう? 所詮は愚人でしかない」

「小娘がぁーーー!」

 エリーがオットーを挑発している間、俺は彼女が持参した大量の魔晶石で魔力を回復させていた。
 その中にエリーゼの指輪も混じっている。
 やはり、みんなで協力してエリーをここに送り込んでくれたようだ。

「バウマイスター辺境伯……。貴様……」

「残念だったな、オットー。これで形勢逆転だ」

 俺はエリーと同じ魔力量まで成長したようだ。
 しかも、まだ限界が来ていないような気がする。
 それはあとで検証するとして、今はオットーを倒してこの空間を脱出しなければいけない。

「人間が、なぜ魔王に匹敵する魔力を……」

「さあな、そんな事を俺が知るか。あの世で神にでも教えてもらえ」

 いくらオットーとはいえ、俺との根競べで魔力は四分の一以下にまで落ち込んでいる。
 回復用の魔晶石も使い切ってしまっているようで、その状態でも魔力を回復させなかった。
 それでも、器合わせをする俺の半分くらいの魔力量が残っているのか。

「どうする? 一か八かの勝負を……」

「死ねぇーーー!」

 逆に追い詰められたオットーは、突然無属性の魔法を俺に向けて放った。
 即応性、威力ともになかなかだが、残念ながら俺に不意打ちなど通用しない。
 俺もカウンターで無属性魔法を放ち、二人の間で無属性魔法がぶつかり合い、眩い光を放つ。

「まだだ!」

「くぅ!」

 俺は無属性魔法の威力をあげた。
 双方の青白い光が激突し、眩い光を放つ位置が徐々にオットーへと近づいていく。
 彼も慌てて無属性魔法の威力をあげるが俺には及ばず、ただオットーの魔力切れを早めさせるだけであった。

「あいつ、逃げるという選択肢はなかったのか?」

「ライラによると、これはあくまでも魔法訓練用の魔道具だそうだ」

 殺人にも転用可能だが、それには条件がある。
 一緒に空間に入った者を先に魔力切れにしなければならず、双方魔力が残っている状態で魔道具の効果を解くと、二人とも元の世界に戻ってしまうらしい。 

「であれば、ここで魔道具の効果を解いたとしても、元の場所でヴェンデリンと戦う事に変わりはないし、外にはエリーゼ殿達もいるからな」

 それならここで、一対二で戦った方がマシというわけか。
 ただ単に戦闘経験のないオットーが、圧倒的優位から圧倒的不利に転落し、動揺のあまりヤケになって魔法を放ってきたという説も否定できないが。

「ヴェンデリン、もっと魔法の威力を上げろ。オットーが死ねば脱出可能らしいが、何があるかわからぬ。余は魔力の大半をヴェンデリンに送るから早くケリをつけよ」

 そう言うと、エリーは『飛翔』を切って俺におぶさり、自分の魔力を俺に送り始めた。
 まさか、効率のいい魔力転送をブランタークさん以外に使える人がいたなんて。

「王は臣下にも民にも施しをする存在だ。魔力を分ける事など容易い」

 魔族では、魔力移転は王族や貴族の魔法というわけか。

「余がおぶさり、男性であるヴェンデリンも色々と複雑な心境であろうが気にするな」

 いえ、今のエリーの胸の大きさなら背中に押しつけられてもさほど。
 うちには大戦艦エリーゼ、戦艦カタリーナなどがいるので、水雷艇エリーでは……。

「ええと……残念ですが……」

「なっ、余も三年前に比べれば成長しておるのだぞ!」

「あと五年もすれば、エリーは絶世の美女になるだろうなぁ」

「そうか。そうか」

 オットーに向けて高出力の無属性魔法を放っている間、俺はエリーの機嫌を取るのに懸命であった。
 年頃の女の子をガキ扱いしてはいけないというわけだ。

「ふざけるな! 私を無視するな!」

 オットーが吠えていたが、彼は一瞬でも気を抜けば俺の魔法で消滅させられてしまう。
 もし無理やり魔法から逃れても、今の魔力量ではものの数分で魔力が尽きてしまうはずだ。
 そうなれば、オットーを殺すなんて簡単な事だ。

「暗殺などという方法で俺の殺害を目論んだ報いだ」

「降伏する! 私はある人物に頼まれて暗殺を実行した。その後ろに人間もいるのだ。それを知りたくないか?」

 このままだと殺されると判断したオットーは、突如降伏を口にした。

「だから、私を殺さないでくれ」

「ちなみに、俺を殺そうとした人間とは?」

「言えない。助けてくれないと言わないぞ! もう一つ、私は法によって保護される権利がある。弁護士の派遣と、ゾヌターク共和国で裁判を受ける権利が……」

「ヴェンデリン」

「そうだな」

 こいつは、とんでもないクズだ。
 暗殺を目論見、成功したらゾヌターク共和国に逃げ込み、王国の法で自分を捌く権利などないと言い張る。
 魔族に対しては、自分は悪逆な貴族を討ち取った英雄だと言い張って名を売り、無罪を勝ち取るつもりなのであろう。
 もし王国が抗議しても、野蛮な法を用いる人間の国に魔族を引き渡すなどあり得ない、そんな事をしたら政府が人権侵害をしようとしている、などと言って騒ぐつもりだったのであろう。
 貿易交渉すら締結されていないのに、犯罪者の引き渡しなんてもっとできないよな。
 そこまで考えての悪事か。

 まったく同情の余地すら存在しない。
 こいつは、ニュルンベルク公爵よりも圧倒的に駄目な奴だ。

「お前はここで死ね!」

「バカな! 私は人間側の首謀者を知っているのだぞ!」

「大凡想像がつくし、外にいる連中に聞けば済む話だ。ちょっと痛めつければ吐くだろう」

「容疑者を私刑するなど、野蛮な人間めが!」

「だから、暗殺を目論んだお前が言うな! 王国の法では貴族と王族への暗殺は未遂でも死刑。生かして捕える必要もなく、そのまま処刑しても文句は出ない。都合によってコロコロと言い分を変えるな! それにだ」

「それに何だ?」

「ここはバウマイスター辺境伯領だ! ここでは俺が法律なんだよ! 家族が巻き添えにならないだけありがたく思え!」

「やはり人間は野蛮な生き物だ!」

「お前が言うな!」

 もう聞く耳持たないと、俺は無属性魔法の威力をあげた。
 既に魔力がほとんどないオットーに青白い光の奔流が迫り、遂に彼の魔力が完全に尽きたその瞬間、俺が放った無属性魔法の奔流に包み込まれた。
 高威力の無属性魔法がオットーの体を容赦なく溶かしていき、激痛のあまりオットーが断末魔の叫びをあげた。

「私こそが魔族を統べ、人間すら支配して世界の王にぃーーー!」

 最後にそう言い残すと、オットーの体は魔道具と共に完全に消え去ってしまった。

「ふう……何とかなったか。エリー、助かったよ」

 ギリギリで救いに来てくれたエリーに、俺は改めてお礼を述べた。

「ヴェンデリンよ。ありがたいと思うのなら、一つお願いがあるのだが」

「聞けるお願いなら聞くよ」

「ちょっと疲れたので、おんぶじゃなくて抱っこしてくれないか?」

 ええと……。
 それは、お姫様抱っこというやつでしょうか?

「余は魔力がなくなりそうだからな。眠くなってきたのでおぶさるのも辛いのだ」

「わかりました」

 そう言われては仕方がないと、俺はエリーをお姫様抱っこした。

「楽になった。余は満足だ」

 エリーがそう嬉しそうに言ったところで、真っ白な空間に罅が入り始めた。
 オットーが死に、彼が持つ次元空間発生魔晶石が破壊されたので、この空間が維持できなくなったのだ。
 次第に空間に入る罅が増えていき、遂には砕けて破片が地面へと落ちて行く。
 白い空間がなくなった場所には、青い空が見えていた。

「どうやら無事に戻れたみたいだな」

「そうだな」

 数十秒で完全に白い空間が砕け落ち、俺はエリーをお姫様抱っこしたまま空に浮いていた。
 その場所は、オットーにより別空間に引きずり込まれた場所からそう離れていなかった。

「おおっ! 無事であったか。バウマイスター辺境伯! よかったのである!」

「辺境伯様、無事でよかったな」

 俺とエリーを見つけた導師とブランタークさんが、『飛翔』で俺達の傍まで飛んできた。

「それにしても、バウマイスター辺境伯も隅に置けないのである!」

「それが誤解ですよ。エリーは魔力切れなので、俺が抱っこしているだけで」

「それにしては、どうしておぶらないでわざわざお姫様抱っこなんだよ?」

 ブランタークさんが、怪しいぞという視線を向けてきた。

「エリーがそうしてほしいと言ったので。エリーは命の恩人ですからね」

 もし彼女が間に合わなかったら、俺は永遠にあの空間で落下し続けていたであろう。
 死ねずに永遠に落下し続けるなんて、死ぬよりも最悪だ。
 それを思えば、疲れたから抱っこしてほしいという可愛いお願いくらい聞いても罰は当たらないと思うんだ。

「そんなわけです」

「他意があるわけではない。ブランターク殿よ、気にするな」

「本当ですか? 魔王様」

「余がそうだと言っているのだ。気にするな」

「そうですか……。俺はどっちでもいいんですけど、下の連中がどう思うかな?」

「下?」

 ブランタークさんに指摘されて下を見ると、なぜか俺が生還して大喜びのはずが、エリーゼ以下女性達はみんな怒っていた。

「あなた、ご無事の帰還をお祝いいたします」

 エリーゼは口ではそう言っていたが、その表情は冷たく羅刹のようであった。

「あのぅ……。エリーゼさん?」

「妻でもない女性をそのように抱っこするのは、感心できません! 陛下も未婚の淑女とて不用意ですよ」

「エリーゼ殿、これはほぼすべての魔力をヴェンデリンにくれてやったから、余が疲れててしまっただけの事だぞ」

「なら、もういいですよね?」

「余は体がダルいぞ。ヴェンデリン、もう少しこのままにしておいてくれ」

「はい」

「ヴェルぅーーー」

「イーナ、俺は悪いのか?」

 イーナが非難めいた言い方をしたので、俺は思わず反論してしまう。

「ライラさんが怒るわよ」

「ライラ、気にするでない。ただ魔力切れで疲れただけだ」

「畏まりました」

「ライラさん、そこは怒らないと!」

「私は陛下の臣下ですので、このくらいの事でいちいち目くじらを立てる必要はないかと」

 ライラさんは、俺がエリーをお姫様抱っこしても気にならないようだ。
 魔族の世界は平成日本に近いので、キスをしていたわけでもないしという事なのであろう。

「まあまあ、イーナちゃん」

「ルイーゼは気にしていないの?」

「だって、陛下が特別な意味がないって言っているからね」

「そう。陛下が自分でそう言うからには、きっと本当に何もない。魔族の王たる者が嘘をつくはずがない」

「それもそうね。陛下はあくまでも疲れたから抱っこしてもらっているだけだものね」

「まあな」

 エリーはイーナの言い分に口では納得していたが、なぜか目が泳いでいた。

「それよりもさ。陛下はどうして急に旦那を名前で呼んでいるんだ?」

「ヴェンデリンさんにも、自分を愛称で呼ばせていますわね。私はむしろそちらの方が気になりましたが……」

 カチヤにカタリーナも、俺とエリーに色々と言いたい事があるようだ。

「お姫様抱っこ、羨ましいです」

「姉御は年を考えて……すいません。何でもありません」

 お姫様抱っこが羨ましいと純粋に感想を述べたリサに対し、カチヤが年を考えろと文句を言うが、彼女の目が一瞬で座ったをの見てすぐに謝った。

「ほほう、そういう事か。ヴェンデリンも豪胆よな」

 テレーゼ、フィリップ公爵時代のような目つきで思わせぶりに俺を見るのをやめてくれ。

「旦那、あたい達も頑張ったんだから公平にしてくれよな」

「なるほど、それはいいアイデアですね」

 カチヤのトンチンカンな意見に、なぜかエリーゼが納得してしまった。

「あなた、また妻が増えるのは仕方がありませんが、私達に心配をかけたのですから、公平にお姫様抱っこをしてほしいです」

「いいアイデアね。エリーゼ」

「ボクもそれでいい」

「ヴェル様、陛下だけにズルイ」

「だよなぁ。姉御もそう思うだろう?」

「そうですね。こういう事で不公平な扱いをすると、あとで家庭不和の原因にもなりますから」

「リサの言うとおりじゃ。ヴェンデリンの腕が翌日大変かもしれぬが、死ぬわけでもない。頑張れよ」

「わかりました」

 それでエリーゼ達が納得するのであれば……。
 暗殺から逃れたのに、奥さん全員をお姫様抱っこするのか。
 みんな、どれほどお姫様抱っこに憧れているのやら。

「おっ! 生きていたか、ヴェル。ハルカさんと近隣の警備隊を纏めてきたんだが、必要なくなっちまったか。それにしても、お前、魔族の嫁を貰うのか?」

「それはない」

 人間が魔王様を嫁にするには、色々とハードルが高いような気がするのだが……。

「私達も間に合いませんでしたが、通信をしたアグネスさん達も間に合いませんでしたね」

「それは仕方ないよ。アグネス達は遠方で他の仕事をしていたから」

 ハルカと救援に間に合わなかったアグネス達の話をしていると、バウルブルク方向から三つの魔力反応が近づいてきた。
 『高速飛翔』で俺の救援に向かおうとしたアグネス達で間違いない。

「先生、間に合わないで申し訳ありません」

「先生、無事でよかったです」

「先生……。私は先生に奥さんが増えても気にしませんから」

 到着するなり、アグネス、シンディ、ベッティの三人は俺に声をかけてきた。
 そして、お姫様抱っこされたままのエリーを見て羨ましそうにしている。

 それにしても、この三人。
 俺を『先生』って呼べる妻は自分達だけだと、俺を先生と呼ぶのをやめなかった。

「ところで先生。下手人は?」

「主犯は倒した。あとは、全員拘束されている」

「間に合っていれば、私もご褒美が貰えたのに……」

「残念です。でも、いいなぁ……」

「陛下、気持ちよさそうですね……」

 アグネス達は、羨ましそうに俺にお姫様様抱っこされたエリーを見ていた。

「魔力が回復するまでは仕方ないではないか」

「立つくらいできますよね?」

 アグネス眼鏡の奥が光り、エリーに対し厳しい指摘をする。

「他にも色々とあって疲れたのだ。余は魔力が異常に消費される空間にいたからな。体もダルイのぉ……」

「本当ですか? 陛下」

「嘘は言わぬ。あーーー、本当にダルイのぉ……」

「「「むむっ……」」」

 アグネス達は、エリーに対し不審の視線を向けた。

「まあまあ、三人とも落ち着いて」

 俺が慌てて宥めるものの、アグネス達はエリーに対し不審な視線をやめなかった。

「アグネスさん、シンディさん、ベッティさん。お三人も懸命に駆けつけたのですから、きっとヴェンデリン様がご褒美をくれますよ」

「それもそうですね。エリーゼ様」

「わーーーい、お姫様抱っこだぁ」

「一度本で読んで羨ましいと思ったんですよねぇ」

 というか、この世界の女性はどうしてそこまでお姫様抱っこに拘るのだ?
 まさか聞くわけにもいかず、俺は家庭の平和のために奮闘し、翌日両腕が筋肉痛になった。
 暗殺未遂事件で怪我はなかったが、それだけが唯一の被害であった。 
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